相州の、1:1250スケール艦船模型ブログ 主力艦の変遷を追って

1:1250スケールの艦船模型コレクションをご紹介。実在艦から未成艦、架空艦まで、系統的な紹介を目指します。

制作モデルのアップデートと、アメリカ海軍:第二次世界大戦期の巡洋艦総覧

2021年のご挨拶

あけましておめでとうございます。

それにしても、混沌とした新年になってしまいましたね。筆者はおそらく生まれて初めて実家に戻らず自宅で年越しを迎えました。ある意味、のんびりとした数日ではあったのですが、メリハリなく、長めの休日を過ごしてしまった、そんな感じでした。

年が開ければ、何か見えるかと、漠然とした期待があったにもかかわらず、どうも現実はもう少し厳しいようです。どうか安全第一に、お過ごしください。

そして時折、ここを覗きに来ていただけると、幸いだとおもっています。今年もどうぞよろしくお願いします。

 

と言うことで、2021年最初の投稿ですが、表題の通り「第二次世界大戦期のアメリカ海軍の巡洋艦」を総覧してみたいと思います。

筆者の事情としては、引き続き、制作ラッシュが続いており、比較的負担の軽い稿、と言うことで、やや過去の投稿を多用しながら、進めてゆきます。少し文体等、矛盾や揺れ幅が大きいかと懸念しつつ。

 

と言うことで、最初は少し最近のモデル作製のアップデートを。

まずはあの「赤い戦闘飛行艇

直下の写真はあの「赤い戦闘飛行艇」の飛行時の再現。以前本稿でもご紹介しましたが、おそらく世界で唯一の入手可能な1:144スケールのモデルです。ディスプレイ台と飛行士はついていませんのでご注意を。

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下の写真は同様に着水時のモデル。ウォーターライン(?)モデルです。こちらも飛行士のフィギュアは付いていませんのでご注意ください。筆者はフィギュアはいずれも1:144モデルのストックから転用しています。
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現在、良きライバルである「青いカーチス」を製作中です。

 

次に、フィンランド軍装備から、「冬戦争」時の主力戦闘機を。

「フォッカー D-21」(フィンランド風にいうと「フォッケル」ですかね)

こちらは頼りになるShapeways(Kampffieger models)の製品をストレートに塗装し、Mark I Model製のデカールを貼っています。

素材は White Natural Versatile Plasticで安価なのですが、表面がかなり粗い感じで仕上がります。下地処理はしているのですが、やはり塗装面は光が当たると目立ちますね。どこまでこだわるかですが、別素材でもう一回トライしていようかな。

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こちらは本稿の下記の稿にも反映しておきます。

fw688i.hatenablog.com

ああ、なんだか1:144スケールモデルのサイトっぽくなってきたなあ。 

 

という事で、少し長い前置きになりましたが、さていよいよ今回の本論部分へ。

米海軍の第二次世界大戦期の巡洋艦

米海軍は第二次世界大戦に、重巡洋艦6クラス32隻、軽巡洋艦5クラス59隻、そして大型巡洋艦1クラス2隻という大量の巡洋艦を投入しました。

その設計思想は戦術の変遷に従って柔軟に変更され、当初は補助戦闘艦、偵察艦としての性格が強くみられましたが、後半の設計は艦隊の航空主兵化に伴い、空母機動部隊や輸送部隊の艦隊防空に重点が置かれる設計となりました。

 

重巡洋艦

6クラス32隻が投入され7隻が戦没しています。

いわゆる条約型重巡洋艦(カテゴリーA)として5クラス18隻が建造され、条約失効後に1クラス14隻が建造され、第二次世界大戦に参加しています。

 

ペンサコーラ級重巡洋艦同型艦: 2隻)

ja.wikipedia.org

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(直上の写真は、「ペンサコーラ級」重巡洋艦の概観。143mm in 1:1250 by Neptune) 

 「ペンサコーラ級」は米海軍が初めて建造した重巡洋艦です。当初は、日本海軍の「古鷹級」と同様に強化型の軽巡洋艦として設計されましたが、建造途中にロンドン条約により巡洋艦にカテゴリーが生まれそれぞれに制限を課せられたため、「カテゴリーA=重巡洋艦」に類別されたという経緯があり、結果的に条約型重巡洋艦の第一陣となりました。

設計当初は8インチ3連装主砲塔4基を搭載する予定でしたが、艦型の大型化を抑制するために4基のうちの2基を連装主砲塔にあらためて建造されました。雷装としては53.3cm3連装魚雷発射管を2基搭載していました。

やや装甲を抑えめにし9100トンと列強の重巡洋艦としてはやや小ぶりながら、強力な砲兵装を有し、抗堪性に考慮を払い初めて採用された缶室分離方式で配置された主機から32.5ノットの速力を発揮することができました。

強力な兵装配置と、やや変則的な砲塔配置に伴い、トップへービーの傾向があり、復原性に課題があるとされていました。

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(直上の写真は、「ペンサコーラ級」重巡洋艦の特徴的な主砲塔配置。連装砲塔を低い位置に、3連装砲塔を背負い式に高い位置に配置しています。高いマストとも相まって、重心がいかにも高そうに見えます) 

 

2隻が建造され、2隻ともに大戦を生き抜きました。

 

ノーザンプトン重巡洋艦同型艦:6隻)

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Northampton-class cruiser - Wikipedia

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(直上の写真は、「ノーザンプトン級」重巡洋艦の概観。146mm in 1:1250 by Neptune) 

ノーザンプトン級」は米海軍が建造した条約型重巡洋艦の第2グループです。

前級「ペンサコーラ級」から8インチ主砲を1門減じて、3連装砲塔3基の形式で搭載しました。砲塔が減った事により浮いた重量を装甲に転換し、防御力を高め、艦首楼形式の船体を用いることにより、凌波性を高めることができました。9000トンの船体に8インチ主砲9門、53.3cm3連装魚雷発射管を2基搭載し、32ノットの速力を発揮しました。

航空艤装には力を入れた設計で、水上偵察機を5機搭載し、射出用のカタパルトを2基、さらに整備用の大きな格納庫を有していました。

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(直上の写真は、「ノーザンプトン級」の主砲配置と航空艤装の概観。水上偵察機の格納庫はかなり本格的に見えます(中段)。同級は竣工時には魚雷を搭載していたはずですが、既にこの時点では対空兵装を強化し、魚雷発射管は見当りません) 

 

前級で課題とされた復原性の不足は、細身の艦型から引き継がれており、後に対空装備の増強の際には魚雷兵装を全撤去するなどの対応を取らざるを得ませんでした。

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(直上の写真は、「ノーザンプトン級」と前級「ペンサコーラ級」(上段)の主砲配置の差を見たもの) 

同型艦は6隻が建造されましたが、そのうち「ヒューストン」がバタビア沖海戦(1942年3月)で、「ノーザンプトン」がルンガ沖海戦(1942年11月)で、そして「シカゴ」が1943年1月のレンネル沖海戦でいずれも日本海軍と交戦し失われました。

 

 ポートランド重巡洋艦同型艦:2隻)

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(直上の写真は、「ポートランド級」重巡洋艦の概観。155mm in 1:1200 by Superior :メーカーの差この場合にはスケールの差も顕著に現れています。1:1250スケールでの寸法は148mmと試算できます) 

 

同級は、前級「ノーザンプトン級」の拡大改良型で、米海軍としては初めて10000トンを超える艦型を持った重巡洋艦となりました。

砲兵装は基本前級「ノーザンプトン級」を継承していますが、復原性を改善するために、建造当初から雷装は廃止されました。しかし一方で対空装備の増強、艦橋の大型化などにより、一見バランスの取れた重厚な艦型に見えますが、実は復原性は悪化した、とされています。

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(直上の写真は前級「ノーザンプトン級」(上段)と「 ポートランド級」との艦容の比較。重厚さを増したように見えますが、重心の高さから生じる復原性の課題は改善されませんでした)「

 

同級の「インディアナポリス」が3発目の原子力爆弾の部品をテニアンに輸送中に日本海軍の潜水艦に雷撃され撃沈されたことは大変有名なエピソードです。

 

ニューオーリンズ重巡洋艦同型艦:7隻)

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New Orleans-class cruiser - Wikipedia 

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(直上の写真は、「ニューオーリンズ級」重巡洋艦の概観 142mm in 1:1250 by Neptune) 

 

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(直上の写真は、「ニューオーリンズ級」重巡洋艦の特徴を示したもの。艦橋の構造を、前級までの三脚前檣構造から塔状に改めています(上段)。航空艤装の位置を改めて、運用を改善(中段)。この艦級に限ったことではないですが、アメリカの建造物は理詰めで作られているためか、時として非常に無骨に見える時がある、と感じています(下段)。フランスやイタリアでは、こんなデザインは、あり得ないのでは、と思うことも。「機能美」と言うのは非常に便利な言葉です。でも、この無骨さが良いのです)

 

米海軍の条約型重巡洋艦としては第四段の設計にあたります。

主砲としては8インチ砲3連装砲塔3基を艦首部に2基、艦尾部に1基搭載するという形式は「ノーザンプトン級」「ポートランド級」に続いて踏襲しています。魚雷兵装は、「ポートランド級」につづき、竣工時から搭載していません。航空艤装の位置を少し後方へ移動して、搭載設備をさらに充実させています。

乾舷を低くして艦首楼を延長することで、米重巡洋艦の課題であった復原性を改善し、32.7ノットの速力を発揮することができました。

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(直上の写真は、前級「ポートランド級」と「ニューオーリンズ級」の艦橋構造の比較。艦橋構造をそれまでの三脚前檣構造から塔構造に改めています)

 

同型艦は7隻が建造されましたが、そのうち第一次ソロモン海戦に参加した3隻(「アストリア」「ヴィンセンス」「クインシー」)全てが撃沈されてしまいました。

第一次ソロモン海戦については本稿でも以下の回で触れています。

fw688i.hatenablog.com

その後も、ソロモン海域での戦闘では常に第一線で活躍し、サボ島沖夜戦では同級の「サンフランシスコ」が旗艦を務める艦隊がレーダー射撃によって、日本海軍の重巡「青葉」を大破させ、「古鷹」を撃沈する戦果を上げています。一方で、第三次ソロモン海戦では、同じく艦隊旗艦を務めた「サンブランシスコ」が「比叡」「霧島」との乱打戦で大破していますし、ルンガ沖夜戦では、日本海軍の駆逐艦部隊の輸送任務の阻止を試みた同級の「ニューオーリンズ」「ミネアポリス」が、日本駆逐艦の放った魚雷で大破する、といったような損害も被っています。

 

米海軍の「ヤラレ役」を一身に背負った感のある緩急ですが、それだけ「切所」を踏ん張った、と言うことだと考えています。

 

 

重巡洋艦「ウィチタ」

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(直上の写真は、重巡洋艦「ウィチタ」の概観 150mm in 1:1250 by Hansa) 

条約型重巡洋艦の第5弾として1隻のみ建造されました。

当初は前級「ニューオーリンズ級」の8番艦として建造される予定でしたが、並行して建造中の条約型軽巡洋艦「ブルックリン級」の設計構想を大幅に取り入れたものとなりました。そのため艦容は「ブルックリン級」に類似しています。f:id:fw688i:20210110140911j:image

(直上の写真は、設計の際にベースとなった「ブルックリン級」軽巡洋艦(上段)との鑑容の比較。基本的な配置は極めてよく似ていることがよくわかります)

 

航空兵装を初めて艦尾配置とした他、対空兵装にMk 12 5インチ両用砲を採用し、これを単装砲塔形式で4基、単装砲架形式で4基、計8基搭載しています。f:id:fw688i:20210110140442j:image

(直上の写真は、「ウィチタ」の対空砲配置。Mk.12 5インチ両用砲を単装砲塔で4基:艦橋周りに3基と後橋直後に1基配置しています(写真上段と下段)単装砲架形式で艦中央部に4基配置しています(写真中段))

 

艦型は条約型巡洋艦としては最大で、速力33ノットを発揮することができました。

 

 

両用砲という先見性

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この砲は同艦以降後建造された巡洋艦のみならず、戦艦、空母、駆逐艦など米海軍艦艇のほぼ全ての艦級に搭載され、実に1990年まで使用された優秀な砲で、単装砲架から連装砲塔まで、多岐にわたる搭載形式が採用されました。

同砲は楊弾機構付きで毎分15-22発、楊弾機構なしの場合でも毎分12-15発の射撃が可能で、これとMk 33両用方位盤との組み合わせで、それまでに比べ飛躍的な射撃能力を得ることができました。「砲」そのものもさることながら、装填機構や方位盤などの射撃管制機構との組み合わせで「両用砲」と言う「システム」を駆逐艦に搭載したアメリカ海軍の先見性には、本当に驚かされます。

 

ボルチモア重巡洋艦同型艦:14隻)

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(直上の写真は、「ボルチモア級」の概観 165mm in 1:1250 by Poseidon?) 

 同級はワシントン・ロンドン体制終了後に米海軍が建造した重巡洋艦で、条約による制限が無くなったため排水量14000トンの大型艦となりました。f:id:fw688i:20210110141203j:image

(直上の写真は、同級がタイプシップとした「ウィチタ」との鑑容比較。概観はよく似ていますが艦型が大型化し、対空兵装などが改められています)

 

前級「ウィチタ」をタイプシップとしながらも、大幅に艦型が大型化し、主砲はそれまでの錠悪形重巡洋艦と同等ながら、副兵装として「ウィチタ」で採用したMk 12 5インチ両用砲を連装砲塔6基搭載するなど、充実した対空兵装を保有していました。また装甲が大幅に強化されています

計画では16隻が建造される予定でしたが、14隻が完成し、戦没艦はあリませんでした。ほとんどの艦が1960年代、70年代まで現役に止まり、4隻はミサイル巡洋艦に改造されました。

 

派生形に「オレゴンシティ級」がありますが、同級は全て戦後の就役となりました。

 

軽巡洋艦

5クラス59隻が投入され、3隻が失われました。

 

オマハ軽巡洋艦同型艦:10隻)

(直下の写真は、米海軍が建造した「オマハ級」軽巡洋艦。136mm in 1:1250 by Neptune)

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Omaha-class cruiser - Wikipedia

オマハ級」軽巡洋艦(1923- 同型艦10)は、「チェスター級」に次いで米海軍が建造した軽巡洋艦で、7000トンのゆとりのある船体に、6インチ砲(15,2センチ)12門と3インチ高角砲8門と言う強力な火力を有していました。4本煙突の、やや古風な外観ながら、主砲の搭載形態には連装砲塔2基とケースメイト形式の単装砲を各舷4門という混成配置で、両舷に対し8射線(後期型は7射線)を確保すことができる等、新機軸を盛り込んだ意欲的な設計でした。最高速力は35ノットと標準的な速度でしたが、20ノットという高い巡航速度を有していました。また最初からカタパルト2基による高い航空索敵能力をもっていました。

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(直上の写真は、「オマハ級」の概観 135mm in 1:1250 by Neptune) 

 

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(直上の写真は、「オマハ級」軽巡洋艦のカタパルト2基を装備し充実した航空艤装(上段)と連装砲塔とケースメートの混成による主砲配置、写真の艦は後期型で、後部のケースメートが2基減じられています)

 

10隻が第二次世界大戦に参加し、喪失艦はありませんでした。

 

ブルックリン級軽巡洋艦同型艦:9隻=準同型艦セントルイス級2隻を含む)

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Brooklyn-class cruiser - Wikipedia

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(直上の写真:「ブルックリン級」の概観。150mm in 1:1250 by Neptune )

本級は日本海軍の「最上級」同様、ロンドン条約保有に制限のかかった重巡洋艦(カテゴリーA)の補完戦力として設計された大型巡洋艦で、それまでの偵察任務等に重点の置かれた軽快な軽巡洋艦とは異なり条約型重巡洋艦に撃ち負けない砲力と十分な防御力を併せもった設計となっていました。

このため主砲にはカテゴリーB=軽巡洋艦に搭載可能な6インチ砲を3連装砲塔5基、15門搭載していました。同砲はMk16 47口径6インチ砲と呼ばれる新設計の砲で、59kgの砲弾を毎分8−10発発射することができました。

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重防御を施した10000トンを超える船体を持ち、33.6ノットの速力を発揮することができました。

魚雷兵装は搭載しませんでしたが、対空兵装としては5インチ高角砲を単装砲架で8基搭載していました。「セントルイス級」として分類されることもある後期型では、「ボルティモア級」重巡洋艦で採用されたMk 12 5インチ両用砲の連装砲塔4基を搭載し、汎用性を高めています。

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(直上の写真は、速射性の高Mark 16 15.2cm(47口径)速射砲の3連装砲塔を5基搭載しています。対空砲として5インチ両用砲を8門搭載していますが、後期の2隻はこれを連装砲塔形式で搭載していました。このため後期型の2隻を分類して「セントルイス級」と呼ぶこともあります)

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(直上の2点の写真は、「ブルックリン級前期型」と「後期型=セントルイス級」の概観比較をしたもの。対空装備の差が、微妙に艦橋構造や後橋の構造などに及ぼしているのが分かります。モデルはいずれもHansa製)

 

第二次世界大戦では、日本海軍とのクラ湾海戦で後期型の「ヘレナ」が失われました。

 

クリーブランド軽巡洋艦同型艦:27隻)

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Cleveland-class cruiser - Wikipedia

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(直上の写真:「クリーブランド級」の概観。150mm in 1:1250 by Neptune。主砲塔を1基減らし、対空兵装として、連装5インチ両用砲を6基に増やしし、対空戦闘能力を高めています )

同級は、条約失効後に設計された軽巡洋艦です。当初は次に紹介する対空巡洋艦アトランタ級」の拡大版として計画されましたが、設計途上から汎用的な前級「ブルックリン級」「セントルイス級」の対空兵装強化版として設計変更されました。

対空兵装をMk 12 5インチ両用砲の連装砲塔6基にする代わりに、主砲塔を1基減らしています。

戦時の海軍増強のため、計画では52隻が建造される予定でしたが、13隻が同級の改良型である「ファーゴ級」に設計変更され、9隻は「インディペンデンス級」軽空母に転用、3隻が建造中止とされたため、最終的には27隻が就役しました。正確にいうと27隻のうち1隻は就役が戦後となったため第二次世界大戦には参加していません。

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(直上の2点の写真は、「ブルックリン級」と「クリーブランド級」の概観比較をしたもの。かんきょうのいちや煙突の位置の差に注意。両級の差は主に主砲塔の数と対空装備の差ですが、艦橋構造や後橋の構造などに及ぼしているのが分かります。モデルはいずれもNeputune製)

 

第二次世界大戦での喪失艦はありませんでした。


アトランタ級軽巡洋艦同型艦:11隻)

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Atlanta-class cruiser - Wikipedia

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(直上の写真は、「アトランタ級軽巡洋艦の概観。131mm in 1:1250 by Neptune) 

 

当初は「オマハ級」軽巡洋艦の代替として、駆逐艦部隊の旗艦を想定して設計がスタートしましたが、設計途上で防空巡洋艦への設計変更が行われました。6000トン級の船体に、主砲とし38口径5インチ両用砲の連装砲塔を8基搭載し、併せて53.3cm魚雷の4連装発射管2基も搭載し、当初設計の駆逐艦部隊の旗艦任務にも適応できました。速力は32.5ノットを発揮することができました。

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(直上の写真は、「アトランタ級軽巡洋艦の細部をアップしたもの。なんと言っても全体をハリネズミのように両用砲塔が覆っているのがよくわかります。第一次ソロモン海戦では、持ち場が主戦場から離れていたため(ツラギ東方警備)、戦闘には参加しませんでしたが、こののち、ソロモン海での海戦にはたびたび登場します。前掲の「ニューオーリンズ」級とは一転して、やや華奢な優美な艦形をしています)

 

8基の両用砲塔の搭載により、やや復原性に課題が見出され、5番艦以降では、砲塔数を2基減じて、復原性を改善しています。

同型艦は11隻が建造され、艦隊防空の中核を担いました。

 

ネームシップの「アトランタ」と2番艦「ジュノー」がいずれも日本海軍との交戦で失われました。

 

ファーゴ級軽巡洋艦同型艦:2隻 但し両艦とも就役は終戦

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(直上の写真は、「ファーゴ級」の概観 150mm in 1:1250 by Hansa) 
同級は前級「クリーブランド級」の改良型です。

改良のポイントとしては、兵装の低重心化と同じく低重心化の効果を狙って上部構造の簡素化、小型化に置かれ、併せて期間の配置、煙突の集合化により、外観が「クリーブランド級」とはやや異なっています。

(下の二点の写真は、前級「クリーブランド級」(いずれも上段)と「ファーゴ級」の概観を比較したもの。艦橋の小型化、集合煙突の採用、対空兵装の位置など、米巡洋艦が課題として共通に抱えていた重心のたかさ、復原性の不足に対する改善の試みが見受けられます)

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戦争中に9隻が起工されましたが、7隻は建造中止となり、完成した2隻も就役は終戦後となりました。

 

(直下の写真は、「ブルックリン級」をベースとして発展した米軽巡洋艦の3級の外観比較。手前から「ブルックリン級」「クリーブランド級」「ファーゴ級」の順。重心の低下、復原性の改善を主題に、次第にバランスの良い概観になっていっている?)

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アラスカ級大型巡洋艦同型艦:2隻)

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(直上の写真「アラスカ級大型巡洋艦の概観。194mm in 1:1250 by Hansa)

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アラスカ級大型巡洋艦は、30000万トン級の船体に主砲として「1939年式 Mark8型 30.5cm(50口径)砲」を3連装砲塔3基、そして米海軍ではお馴染みの5インチ両用砲の連装砲塔を6基搭載していました。空母機動部隊の直衛を意識して33ノットの高速を有しています。6隻が計画され、2隻が完成しています。

主砲として搭載された「1939年式 Mark8型 30.5cm(50口径)砲」は、12インチの口径ながら、米海軍の戦艦の標準主砲であった14インチ砲と同等の重量の砲弾を発射できるという優秀砲でした。(この辺り、本稿でもご紹介した日本海軍の「超甲巡」に搭載予定であった新型31センチ砲と良く似ています)

この両級が、実際に砲火を交えていたら、どんな展開になったんでしょうね。

(直下の写真:上から「シャルンホルスト級」「アラスカ級」「超甲型巡洋艦」の艦型比較。各国が異なる狙いで類似性のある設計をしていたことが興味深いですね) 

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と、米海軍の第二次世界大戦期の巡洋艦、総覧してみました。戦争中に起工された「デ・モイン級重巡洋艦や「ウースター級」軽巡洋艦の扱いをどうしようかな、と少し迷ったのですが、両級共にコレクションにモデルがないこともあり、登場いただきませんでした。

しかし、改めてこのように一覧してみると、「ボルティモア級」重巡洋艦や「クリーブランド級」軽巡洋艦のように、本来「一点物」であるはずの艦船すら量産してしまうアメリカという国の国力と、迷いなくそれを実行する実行力(合理的な、と呼んでいいのか?)には、改めて驚かされます。

良きにつけ悪しきにつけ、「信じるとやってしまう」あたり、何かこの年明けのトランプ騒動と何か通じるものがあるような・・・。

 

こんな感じで、2021年もよろしくお願いします。

もちろん「こんな企画できるか?」のようなアイディアがあれば、是非、お知らせください。

 

 

さらに、模型に関するご質問等は、いつでも大歓迎です。こんな模型探しているんだけど、どこかにあるだろうか、と言うような問い合わせや、調達方法など、どんなことでも結構です。

 

特に「if艦」のアイディアなど、大歓迎です。作れるかどうかは保証しませんが。併せて「if艦」については、皆さんのストーリー案などお聞かせいただくと、もしかすると関連する艦船模型なども交えてご紹介できるかも。

もちろん本稿でとりあげた艦船模型以外のことでも、大歓迎です。

お気軽にお問い合わせ、修正情報、追加情報などお知らせください。

 

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2020年も、ありがとうございました。+Encyclopedia of 1:1250 scale model shipのご案内

ご挨拶

2020年、お付き合いいただき、ありがとうございました。

振り返ると2018年9月から2年と3ヶ月、よく続いたものです。最初は10回程度で日本海軍の主力艦をチラチラっと並べて、くらいの気持ちで始めたのですが、手をつけるとコレクター魂に中途半端に火がついてしまいました。まとめが一段落したら全部どこかに片付けて、猫を飼えるように綺麗にしようかなんて考えていたのですが(模型と猫は相性が悪い!)いつの間にか投稿数が120回を超えてしまいました。

コレクションは「片付ける」どころか、ますます深みにはまっていく、というのが現状で、「猫を飼う」なんて言うのは、夢のまた夢、です。

それにしても、こうして自分なりに整理をし始めると、それまで知らなかった事、考えてみみなかった事、「なんでこんなもの作ったんだろう」が「なるほど」そういう事だったのか、と気がつく事、ほとんど毎回新たな発見があって、大変楽しい時間を過ごしています。

たかが模型なのですが、歴史と地政学的な必要性、そこで育った民族性など、「たかが模型」と侮るなかれ。

併せて、それにも増して、どこかで楽しみにいただいている方がいるのかも知れない、それがアクセス数として現れて、これも大きな励みになっていることは間違いありません。

「皆さんに育てていただいた」と、表現としては陳腐ですが、まさに偽らざる心境です。

本当にありがとうござました。

 

それにしても、2020年、これまでに経験したことのない一年でしたね。いろいろな事が、当たり前ではなくなってしまいました。どこかで「この星は今、傷ついている」と言うような言葉をしばしば聞きました。等しい脅威、それが生活の中に入って来ている、というのを日常的に感じる、そんな日々を送られた方も多いのではないでしょうか?

働き方が変わり、子供たちの教育が変わり(筆者は外資系企業に勤めてるのですが、海外の同僚の中には、未だに子供たちの学校は閉鎖、全ての授業はオンラインで、特にネットにアクセスの難しい貧困層の子供たちへの教育は全て放置状態、と言うような話を聞きます)、当たり前の風習を変えざるを得ませんでした(筆者は1月に父を亡くしました。天寿を全うした、と言ってもいい年齢だったので、それはそれで仕方ないと思いながら、葬儀はまだ騒動の始まる前でなんとか執り行えたのですが、その後の法要は最低限のことしかできていません。一周忌もどうなることやら)。

しかも、今のところ、どんな風になったらこの状態を抜け出せるのか、それが見えていません。こんな状況も、おそらく初めてじゃないでしょうか?これは、実は結構辛いですね。

 

そんな中でも、筆者の荷物は毎日海外から届くのです。ああ、ちゃんと仕事してくれている人がいるんだなあ、人の移動がこれだけ制限されながら、筆者の荷物をちゃんと運んでくれている人がいる、これはもう感謝しかないですね。

これは自分もできることを頑張るしかないか、どこかで誰かの助けになっているかもしれない、と信じながら、という、これも「脅威を感じる」一方での偽らざる実感でもあるわけです。

・・・と、何かと考えることの多かった一年でしたが、と言う次第で2021年も「できることを続けていく」(楽しいだけじゃないの、ってそんなこと言わないでくださいよ)つもりですので、何卒、今しばらくお付き合いください。

本当に1年間、ありがとうございました!

そして、2021年もよろしくお願いします。

 

少しお知らせ

これまでの投稿を、以下のブログにまとめています。

**本稿での投稿を適宜そのまま関連がありそうな項目をまとめて移設しているので、実は文体が投稿時期によってまちまちです。大変、気にはなっているのですが、改稿する「勇気」が今のところありませんので、そこはご容赦を。 

本稿と併せて、縦糸と横糸のような関係にできればいいなあ(どっちが縦糸か、と言うようなツッコミは置いといて)、とこれは「小さな野望」ですね。

fw688i.hatenadiary.jp

 

内容をご紹介。

各国海軍の主力艦開発のまとめ

言うまでもなく、本稿では年表風に投稿して来た各国海軍の主力艦開発を、国別にまとめたものです。筆者のお気に入りの順に。

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そして未成艦・If艦のまとめも

未成艦・If艦のご紹介。今のところ多分主力艦(戦艦・巡洋戦艦)でけですが、いずれは手をもう少し広げるかも。

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主力艦以外のミニシリーズも。

日本海軍の補助艦艇はこちらで(もう少し残っていますね)

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2021年の早い時期に前々から公言している「日本海軍の航空母艦」を多分ミニシリーズで投稿する予定なので、これもいずれは「まとめ」としてこちらにも追加します。

 

さらに本稿でぼちぼち始めている日本海軍以外の補助艦艇のに未シリーズも、適宜、こちらにも掲載していく予定です。

 

海上自衛隊シリーズ

これは説明、いらないですかね。

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そして模型サイトらしく、こんな話のまとめ 

今のところ3D  Printingの話だけです。そもそも筆者が1:1250スケールのコレクションを始めた当時は、3D printingがこんなに充実するとは考えていませんでした。今や最重要な選択肢、かも。

fw688i.hatenadiary.jp

 

と言うことで、内輪のご紹介、のような投稿になりましたが、こちらも時折、よろしくお願いします。

 

予告編:2021年の本稿の投稿予定を(順不同です)

こうそうちゅうの投稿ラインナップは以下の通りです。

日本海軍の航空母艦開発小史:ミニシリーズで。モデルはほぼ全て揃っています。甲板の白線を整備中。

装甲巡洋艦のミニ・シリーズ:これまで紹介してこなかった海軍の装甲巡洋艦の補完計画。モデルはほぼ揃っています:米海軍、オーストリア=ハンガリー帝国海軍、イタリア海軍

第二次大戦期の巡洋艦総覧シリーズ:英海軍、フランス海軍、米海軍(?)

第二次大戦期の駆逐総覧シリーズ:英海軍、ドイツ海軍、米海軍、フランス海軍(?)、イタリア海軍(?)

残された主力艦のミニシリーズ:バルト海海防戦艦スウェーデンノルウェーデンマークフィンランド

アドリア海の空賊物語:これはどんな展開になるか???

 

こんな感じで、2021年もよろしくお願いします。

もちろん「こんな企画できるか?」のようなアイディアがあれば、是非、お知らせください。

 

さらに、模型に関するご質問等は、いつでも大歓迎です。こんな模型探しているんだけど、どこかにあるだろうか、と言うような問い合わせや、調達方法など、どんなことでも結構です。

 

特に「if艦」のアイディアなど、大歓迎です。作れるかどうかは保証しませんが。併せて「if艦」については、皆さんのストーリー案などお聞かせいただくと、もしかすると関連する艦船模型なども交えてご紹介できるかも。

もちろん本稿でとりあげた艦船模型以外のことでも、大歓迎です。

お気軽にお問い合わせ、修正情報、追加情報などお知らせください。

 

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寒くなると、やっぱり「フィンランド」

仕込み期間、継続中。今回も、サクッと。

・・・という訳でもないのですが、「訳のわからない」タイトルになりました。

今回は「フィンランド」です。と言っても、行ったことないし、多分、「行きたい、行きたい」と言いながら、きっと行かないんだろうなあ、と思いつつ。でも行ってみたい国の上位にはずっとい続けています。何が見たい、とか、そう言うのないんですけどね。ただ土が踏めればいい、と言う感じ。

 

と、訳の一層わからない冒頭になってしまったので最初に本稿の本分である 1:1250スケールの艦船模型をご紹介してしまいましょう。

フィンランド海軍「イルマリネン級」海防戦艦

ja.wikipedia.org

 

フィンランド第一次世界大戦中のロシア帝国の崩壊の後、フィンランド共和国として念願の独立を果たします。そして独立と同時に小さな海軍を創設します。

創設当初は、崩壊したロシア帝国海軍の統治時代からの残置艦艇を接収する形で発足しましたが、いずれも時代遅れの砲艦などの小艦艇ばかりでした。

そもそもフィンランド海軍の主要な任務は、陸上砲台の運用等も併せて、首都ヘルシンキの面するフィンランド湾の沿岸警備でした。フィンランド湾 - Wikipedia

が、フィンランド湾はその最奥部にサンクトペテルブルグレニングラード)を抱え、これはつまりは、新生ソビエト連邦バルト海への玄関口を扼する位置にあるという微妙な(危険な?)地勢的な背景を抱えているということでもあり、予想される紛争に対し近代的な戦力の整備は必須でした。

1925年の議会で承認された海軍近代化計画の中で、潜水艦5隻、魚雷艇4隻と共に、同海軍初の戦闘艦艇として同級の建造は承認され、1930年、31年と相次いで就役しました。

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(直上の写真は「イルマリネン級」海防戦艦の概観。74mm in 1:1250 by XP Forge:移動式要塞砲台的な感じ?)

今回モデル調達には少し複雑な経路をとっています。元々はお馴染みのShapewaysで見つけたGhukek's Miniatures製の1:1800スケールモデル

www.shapeways.com

これを、例によって1:1250スケールへのスケールダウン(アップ?)をお願いしたところ、そういうリクエストはXP Forgeが対応しています、という事で調達はそちらで行いました。

xpforge.com

入手したモデルの主砲塔だけが少し大きさディテイル等、気になったので、手持ちのストックの砲塔と換装しています。

 

同級はオランダの企業によって設計され、フィンランド湾での活動を想定し、幅広の吃水の浅い船体を持ち、かつ冬季の海面凍結から砕氷能力も考慮された船型をしていました。4000トン級の船体を持ち、機関には砕氷時の前進後進の操作性、速力の調整等への配慮から、デーゼル・エレクトリック方式の主機が採用され、16ノットの速力を発揮する事ができました。しかしフィンランド湾沿岸での任務に特化した強力な艦として、外洋への航行は想定から外されて設計されたため、燃料搭載量が極めて少なく航続距離は700海里程度に抑えられていました。

武装としては、主砲には 隣国スウェーデンボフォース社が新設計した46口径25.4センチ連装砲を2基装備し、併せてこれもボフォース社製の新設計の10.5センチ高角砲を連装両用砲塔で4基搭載するという沿岸警備用の海防戦艦としては意欲的な設計でした。

これらの砲装備管制のために高い司令塔を装備したために、明らかにトップ・ヘビーな艦容をしています。とはいえ、その主要任務が活動海域を限定した移動要塞砲台的なものであることを考えると、それほど大きな問題ではないのかもしれません。

 

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(直上の写真:「イルマリネン」(左)と「ヴァイナモイネン」(右):塗装は例によって筆者オリジナルですので、資料的な価値はありません)

 

イルマリネン:1931年就役。1941年9月、ドイツ軍がエストニア進出を企図して始動したノルトヴィント作戦に、ロシア艦隊への陽動部隊として参加中に触雷して喪失されました。沈没までの間、同艦はフィンランド艦隊の旗艦を務めていました。

ヴァイナモイネン:1930年就役。就役順としてはこちらの方が早かったため、資料としては同級を「ヴァイナモイネン級」と呼称する場合もあります。大戦終盤、ソ連フィンランドに対し反攻作戦を展開しますが、その中で同艦は、唯一の大型戦闘艦として数次の空襲で重要目標とされましたが、大戦を生き残りました。

大戦終結後は賠償艦としてソ連に引き渡され、バルティック艦隊に編入され、1958年に破棄が決定され、1966年に解体されました。

 

少し予告。

海防戦艦という艦種は、バルト海沿岸諸国で好んで建造された艦種です。古くはロシアのバルティック艦隊が保有していましたし(多くは日本海海戦に参加し、撃沈、あるいは日本海軍に鹵獲されました)、スウェーデン海軍はこの艦種を多く保有していました。現在、このスウェーデン海軍の系譜を整備中。2021年のどこかで、ご紹介できると思っています。その際には今回のフィンランド海軍の2隻も再登場していただくかも。ちょっと予告でした。

 

「冬戦争」と「継続戦争」

少し乱暴に整理しておきますと、フィンランド第二次世界大戦参加は、ソ連との国境問題に起因すると言っていいと思います。従って、彼らの参加は「第二次世界大戦への参加」と言う理解よりも、フィンランド国土をめぐる「冬戦争」と「継続戦争」、と言う整理をした方が理解しやすいと考えています。

 

「冬戦争」

1939年ソ連は国境線の変更とフィンランド国内への軍事施設の設置と軍の駐留を拒むフィンランドに侵攻し、いわゆる「冬戦争」が勃発します。圧倒的な戦力を誇るソ連に対し、フィンランドは抵抗しますが、その善戦も虚しく(なんか、初めて書いたお決まりのフレーズ!)、第二次世界大戦下にあって、頼みのドイツは独ソ不可侵条約により動けず、一方の英仏は対独戦展開中のため支援をフィンランドに送れず、孤立化の中で、領土の割譲など過酷な条件を受け入れ停戦せざるを得なくなりました。

ja.wikipedia.org

 

筆者は、直下に掲げた小さな空軍の活躍を描いた中山雅洋さんの名著「北欧空戦史」に触れたことで、第二次世界大戦の最中に行われた「冬戦争」「継続戦争」と「フィンランド軍」に興味を持ち始めました。

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https://www.amazon.co.jp/北欧空戦史-文庫版航空戦史シリーズ-13-中山-雅洋/dp/4257170131

 

そして「冬戦争」については梅本弘氏の「雪中の奇跡」を忘れることはできません。

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https://www.amazon.co.jp/s?k=梅本弘&i=stripbooks&page=2&__mk_ja_JP=カタカナ&crid=1SH9VFGKLOKCO&qid=1609031006&sprefix=梅本%2Cstripbooks%2C254&ref=sr_pg_2

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(手持ちの1:144スケールモデルからのワンショット。冬季装備歩兵(一部はスキーを履いています)と軽戦車部隊。戦車は後にご紹介するBT-42突撃砲と、フィンランド軍が冬戦争当時主力戦車として30両保有していただビッケルス軽戦車(もしくは鹵獲したT-26戦車:いずれも英国製のビッカ-ス6t戦車がベースになっています。ビッケルスはビッカースのフィンランド語読み))

 

そして下記の映画はあまりにも有名。

www.youtube.com

 

そして「継続戦争」へ

1941年6月ドイツ軍が独ソ不可侵条約を一方的に破棄してソ連侵攻を始めると、フィンランドに駐留していたドイツ軍も同様に活動を開始し、これに反撃したソ連空軍がフィンランド空爆フィンランドも対ソ連戦を開始します。

フィンランドとしてはこの戦争を「冬戦争」から継続したソ連との領土問題に起因する二国間の戦争であると主張して、「継続戦争」の呼称が使われています。

この戦争では、フィンランドは「冬戦争」の停戦条件としてソ連軍の駐留を許し、軍事施設の設置を認めざるを得なかったフィンランド領内のハンコ半島を取り戻し、カレリア地方へ侵攻しレニングラード包囲戦の一翼を担います。一方で、ドイツ軍第36山岳軍団と協力し、北極海の米国からソ連に向けての支援物資の窓口であるムルマンスク方面等ラップランドへの侵攻作戦にも参加しますが、こちらは米国からの政治圧力等でフィンランド軍が侵攻を中止したため、作戦は成功しませんでした。

ja.wikipedia.org

 

「継続戦争」に興味を持たれた方、必読書をご紹介しておきます。

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https://www.amazon.co.jp/流血の夏-梅本-弘/dp/449922702X/ref=sr_1_3?__mk_ja_JP=カタカナ&dchild=1&keywords=梅本弘&qid=1609031326&s=books&sr=1-3

 

最近はこんな映画も。

プライベートライアン」や「ブラックホーク・ダウン」などの迫力に比べれば地味ながらも・・・。

www.youtube.com

 

最大の魅力は、その装備の「寄せ集め」感?

表題はフィンランド軍の魅力を一言で言うと、こんな感じかな、と筆者が思うこと、です。「分かる人はわかる」そんな感じでしょうか?とにかく独立直後の小さな新興国が、手に入る兵器はともあれ入手して、と言う感じがあります。当時の余剰兵器の見本市のような状態。そして、これはミリタリーマニア、あるいは模型マニアにとっては、とても魅力的。

 

まずは「冬戦争」時の主力戦闘機。

「フォッカー D-21」(フィンランド風にいうと「フォッケル」ですかね)

ja.wikipedia.org

オランダ製の固定脚の単葉戦闘機で、21機を完成機あるいは組み立てキットで購入し、さらに21機をライセンス生産しています。105日間の「冬戦争」で、12機が失われましたが、120機以上の撃墜記録を残したとか。

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(こちらは頼りになるShapeways(Kampffieger models)の製品をストレートに塗装し、Mark I Model製のデカールを貼っています。欲を言うと、スキーを履いたモデルがあるともっと雰囲気が出たかもしれません。全長57mm 翼端長77mm

www.shapeways.com

 「冬戦争」当時ですら、既に一般的には旧式機として認識されていましたが、その後の継続戦争でも引き続き地上攻撃機として使われ続けました。

 

鹵獲兵器もどんどん活用。その代表格として。

Iー16

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(鹵獲兵器もどんどん投入されました。冬戦争当時のソ連軍主力戦闘機の一つ「I-16」もその一つ。F-toys ウイング・キット・コレクション Vol.3?から。全長45mm 翼端長63mm)

 

そのほとんどが、型落ち、正式採用を見送られたような、本国ではちょっと「ポンコツ」評価をされながら、フィンランド軍の手にかかると第一線兵器として蘇る、そんな魔法を見る事があります。

その代表格が、次にご紹介するF2A戦闘機。

 

F2A艦上戦闘機ja.wikipedia.org

F2A艦上戦闘機は米海軍初の全金属単葉戦闘機として採用された艦上戦闘機ですが、 当時新興の航空機メーカーであったブルースター社は、生産能力の点で納期に所定の数量を間に合わせる事ができず、主力艦上戦闘機の座は、結局グラマン社のF4F「ワイルドキャット」に奪われてしまいます。

その後、F2Aは米軍では海兵隊で採用され、さらに輸出仕様の機体がイギリス空軍、オランダ空軍等で採用されましたが、いずれのケースでも特に太平洋戦線で配備されたF2Aは日本軍の零式艦上戦闘機や陸軍の一式戦闘機「隼」には歯が立たず、次第に第一線から姿を消してゆきます。

一方、同時期、「冬戦争」での経緯から、戦闘機をかき集めていたフィンランド空軍にも採用され、44機が納入されました。これらの機体は、それまでフィンランド軍が保有していたどの戦闘機よりも性能が上回るところから、「冬戦争」でフォッカーD-21の機体を運用して大戦果を挙げた第24戦闘機隊に配備され「ブルーステル」の通称で親しまれました。「継続戦争」初期には、同部隊で実に456機のソ連軍機を撃墜し、35人のエース・パイロットを生み出すと言う大活躍をし、「空の真珠:タイバーン・ヘルミ(Taivaan helmi)」と賞賛されました。

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(直上の写真:筆者の手持ちストックから1:144のF2Aフィンランド空軍仕様。F-toys ウイング・キット・コレクション Vol.9から。全長55mm 翼端長74mmの可愛いモデルです)

1943年にドイツ軍からメッサーシュミット109G 型の供給が始まると、流石にエース戦隊はこちらに装備替えをしてゆきますが、運用は継続され、戦争末期のソ連軍による反攻作戦ではカレリア方面で再び活躍しました。

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 (直上の写真はF2Aの後継主力戦闘機となったMe-109G。直下の写真は3機種の比較。意外とMe-109Gが小さい!)

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一方で、魅力的なオリジナル兵器も。

その代表格がスオミ短機関銃。この銃は、歩兵といえば小銃(単発式ライフル銃)の時代にあって、時代を先取りする形で、見通しの悪い森林での運用を想定されて正式採用されたサブマシンガンの先駆者的存在、と言ってもいいでしょう。

同様に見通しの悪い市街戦等の状況への適応性の高さから、各国陸軍が競って同種の兵器を開発します。

ja.wikipedia.org

 

そして、鹵獲兵器や型落ち兵器の組み合わせからも、魅力的な装備が。 

BT-42突撃砲

フィンランド軍は多くのソ連戦車を「冬戦争」「継続戦争」鹵獲し、自軍の陣営に投入していますが、その中でも代表格、と言うとやはり「BT-42突撃砲」でしょうか。

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(直上の写真:筆者の手持ちストックから1:144のBT-42突撃砲。39mmの可愛いモデルです。メーカーはPtshead)

http://nowear.se/pitheadphp/www/products.php?prtid=507

 

フィンランド軍は「冬戦争」当時、ソ連軍の主力戦車であった「BT -7」戦車を多数鹵獲しました。この既に主力戦車としてはやや非力とみなされていた戦車をベースに、こちらもやや旧式化していたイギリス製4.5インチ榴弾砲を搭載し、火力支援任務用の戦闘車両として改造されたものが同突撃砲です。18両が「継続戦争」に投入され、「継続戦争」初期(1942年)の突撃砲大隊の基幹戦力となりました。1943年頃から同大隊の装備がドイツ製の3号突撃砲に置き換えられると、独立戦車中隊に配置替えされ、特にソ連軍の反攻作戦に対し、ビーブリ防衛戦等に投入されました。

ja.wikipedia.org

 

最近では、こんなところでも有名になっちゃって。なんと所属は「継続高校」ですよ。

girls-und-panzer-finale.jp

 

と言う事で、思いつくままに(というか手持ちの模型を見ながら?)ツラツラと、ミリタリファン視点での、あるいは模型ファン視点でのフィンランド軍の魅力をご紹介してきたつもりですが、伝わっていますかね?もちろんこれはほんの一部分で、前出のF2A戦闘機の導入前に主力戦闘機として「冬戦争」を戦ったフォッカーD-21戦闘機、F2Aの後継となったMe109Gの大活躍や、これも前出のBT-42の後継として導入された3号突撃砲部隊の話など、ご紹介したい話は山ほどあります。

これはまた改めて、というか、もっと詳しい人がたくさんいらっしゃるような気がします。

 

最後に、「継続戦争」ものの映画で、日本では未公開の映画も。

Tail Ihantala 1944

1944年のソ連軍の反抗作戦に対し撤退戦を繰り広げるフィンランド軍を、モノクロの実写フィルム映像を織り交ぜながら(?)描いた映画です。3号突撃砲はもちろん、フォッケウルフ190(らしき機体)も登場します。軍服や装備品のマニア(筆者はあまりそちらは詳しくないのですが)は、たまらんのじゃないかな?

冒頭から3号突撃砲とT34の砲戦シーンが・・・。

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(直上の写真:Tali Ihantala 1944のブルーレイ。筆者はEbayで入手しました。日本語字幕が入っていないので、気合を入れてみなくてはなりません)

筆者はBlue Reyを入手し、必死で英語字幕で見たのですが、最近、Youtubeで下記を発見。なんと日本語字幕を入れていらっしゃいます。ありがたや。

フィンランド製戦争映画 『Tali Ihantala 1944』 - YouTube

 

という事で、今回はここまで。

年内にもう一回?(もしかすると、2020年はこれでおしまいにするかもしれませんが)

 

次回は、どうしようか? 

もし、「こんな企画できるか?」のようなアイディアがあれば、是非、お知らせください。

 

模型に関するご質問等は、いつでも大歓迎です。

特に「if艦」のアイディアなど、大歓迎です。作れるかどうかは保証しませんが。併せて「if艦」については、皆さんのストーリー案などお聞かせいただくと、もしかすると関連する艦船模型なども交えてご紹介できるかも。

もちろん本稿でとりあげた艦船模型以外のことでも、大歓迎です。

お気軽にお問い合わせ、修正情報、追加情報などお知らせください。

 

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イタリア海軍 第二次世界大戦期の巡洋艦 その2・特設コラム付き

制作週間、まだまだ継続中。

と言うわけで、今回も少し短めに。

今回は前回の続きというわけで、イタリア海軍の第二次世界大戦中の巡洋艦の2回目。

軽巡洋艦、「コンドッティエリ型」という総称で知られる軽巡洋艦の艦級の紹介です。

 

「コンドッティエリ型」軽巡洋艦

少し前回の記述とも重複しますが、そもそも第一次世界大戦後、それまでの仮想敵であったオーストリア=ハンガリー帝国の崩壊により、イタリア海軍が主として東地中海(アドリア海)に受けていた大きな圧力は消滅しました。しかし、今度は西地中海、北アフリカに展開するフランス海軍が新たな仮想敵として浮上します。

ところが、とりわけそれまでの仮想敵であるオーストリア=ハンガリー帝国海軍との想定戦場であるアドリア海に適応して小型高速艦を充実させてきたイタリア海軍の駆逐艦では、西地中海に展開する大洋海軍であるフランス海軍の大型高速駆逐艦には対抗できず、これに対応できる高速軽防御の巡洋艦を建造することとしました。

この建艦思想に基づき建造された5つの艦級の軽巡洋艦を総称して「コンドッティエリ型」軽巡洋艦と呼ぶわけですが、これはこの艦級の軽巡洋艦が、いずれも中世末期から近世にかけてのイタリアの著名な傭兵隊長(コンドッティエリ: condottiere)の名前を艦名に冠しているところに起因しています。

 

 

ジュッサーノ級軽巡洋艦同型艦4隻:アルベリコ・ダ・バリアーノ、アルベルト・ディ・ジュッサーノ、バルトロメオ・コレオーニ、ジョバンニ・デレ・バンテ・ネレ)

ja.wikipedia.org

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(直上の写真:「ジュッサーノ級」軽巡洋艦の概観:137mm in 1:1250 by Star)

 

本級は上述のように新たな地中海での仮想敵となったフランス海軍の大型駆逐艦の排除を主目的として設計されたイタリア海軍最初の軽巡洋艦です。5000トン級の比較的小型の艦型に仮想敵よりも一回り大きな主砲(53口径15.2センチ砲)を連装砲塔で4基搭載し、目的のためには十分な火力を有していました。36ノットの高速性を得る代わりに駆逐艦からの砲撃に対抗する比較的軽防御の艦となりました。

 

イタリア海軍の艦船の特徴でもあるのですが、航空艤装は艦首部に搭載していました。

小型の艦型に重武装を施したため、復原性に課題があり、凌波性・居住性も良好とは言えませんでした。

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(直上の写真:「ジュッサーノ級」軽巡洋艦の航空艤装の配置。前回でもご紹介しましたが、イタリア艦の一つの特徴として、一時期まで航空艤装を艦首部に装備する傾向がありました。これは一つにはイタリア海軍の活動領域があくまで地中海であり、太陽に比較すると穏やかな海域、という地勢的な要因も働いていると考えています。本級では、艦首部にカタパルトを搭載し(写真上段)、艦橋下部に格納庫を有していました(写真下段)。もう一つ、主砲塔にも注目。前回の重巡洋艦の回でも少し記述しましたが、イタリア海軍の巡洋艦では、主砲塔をコンパクトで軽量なものにするために、砲塔内で同一砲火に搭載するという設計が採用されていました。このため砲身間の位置が近く、斉射時には左右砲身の干渉波により散布界に課題がありました。同級でも同様の設計の主砲塔を搭載していました)

 

4隻が建造され、「バルトロメオ・コレオーニ」は1940年7月クレタ島を巡るスパダ岬沖海戦でが英・豪艦隊との交戦で失われ、「アルベリコ・ダ・バリアーノ」と「アルベルト・ディ・ジュッサーノ」の2隻が1941年12月の北アフリカへの輸送路をめぐるポン岬沖海戦で英艦隊との交戦で失われました。残った1隻「ジョバンニ・デレ・バンテ・ネレ」も、1942年4月英潜水艦の雷撃で沈没しています。

ja.wikipedia.org

ja.wikipedia.org

 

カルドナ級軽巡洋艦同型艦2隻:ルイージ・カルドナ、アルマンド・ディアス)

ja.wikipedia.org

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本級はイタリア海軍が設計した軽巡洋艦の第2陣です。基本的な設計、武装配置などは前級「ジュッサーノ級」軽巡洋艦に準じていますが、前級で課題であった復原性を改善するために上部構造の軽量化などが設計に盛り込まれました。

f:id:fw688i:20201220105228j:image

(直上の写真:航空艤装が艦首部から艦中央部に移動され、艦首部。艦橋基部等が軽量化されました。直下の写真:「ジュッサーノ級」(上段)と「カルドナ級」の環境構造の比較:上述のように航空艤装が艦首部から艦中央部に移動したため、艦橋基部にあった航空機の格納庫がなくなり、艦橋がコンパクトになっています)

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2隻が建造され、「アルマンド・ディアス」が1941年2月輸送支援活動中に英潜水艦の雷撃で失われました。

 

モンテクッコリ級軽巡洋艦同型艦2隻:ライモンド・モンテクッコリ、ムツィオ・アッテンドーロ)

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(直上の写真:「モンテクッコリ級」軽巡洋艦の概観:146mm in 1:1250 by Copy )

 

本級は「コンドッティエリ型」軽巡洋艦の第3陣ですが、設計思想を一新した第二世代と言えるでしょう。その設計上の特徴は、艦型をそれまでの5000トン級から7500トン級に大幅に大型化して主兵装はほぼそのままに、装甲が格段に強化され巡洋艦を相手とした戦闘にも耐えられる設計となっています。一方で37ノットの高速性は引き継がれています。f:id:fw688i:20201220110745j:image

(直上の写真:艦橋はそれまでの支柱構造から塔構造に改められ、航空艤装は艦中央部に搭載されています)

2隻が建造されましたが、「ムツィオ・アッテンドーロ」が1942年空襲で戦没しています。大戦を生き抜いた「ライモンド・モンテクッコリ」は1964年まで就役していました。

 

デュカ・ダオスタ級軽巡洋艦同型艦2隻:エマヌエレ・フィリベルト・デュカ・ダオスタ、エウジェニオ・ディ・サボイア) 

ja.wikipedia.org

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(直上の写真:「デュカ・ダオスタ級」軽巡洋艦の概観:148mm in 1:1250 by Neptune)

 

「コンドッティエリ型」軽巡洋艦の第4陣で、前級「モンテクッコリ級」軽巡洋艦の拡大強化型です。兵装はほとんど前級のものを踏襲していますが、艦型が8500トン級に拡大され、装甲がさらに強化されています。f:id:fw688i:20201220110821j:image

(直上の写真:塔構造の艦橋と艦中央部の航空艤装、魚雷発射管などの同級の特徴のアップ)

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(直上の写真:「デュカ・ダオスタ級」(奥)と「ジュッサーノ級」(手前)の艦容の比較。前級の「モンテクッコリ級」以降、採用された新たな設計により、艦は大型化し、艦容がそれまでとは一変しました。以後、同級の設計がイタリア軽巡洋艦の標準的なものになってゆきます)

 

2隻が建造され、2隻ともに大戦を生き抜き、いずれも戦後、賠償艦としてソ連(1959年まで在籍)とギリシア(1964年まで在籍)に引き渡されました。



アブルッチ級軽巡洋艦同型艦2隻:ルイジ・ディ・サボイア・デュカ・デグリ・アブルッチ、ジュゼッペ・ガリバルディ

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(直上の写真:「アブルッチ級」軽巡洋艦の概観:151mm in 1:1250 by Neptune)

「コンドッティエリ型」軽巡洋艦の第5陣で、艦型が前級よりもさらに1000トン拡大され、9000トンを超える大型軽巡洋艦となりました。装甲がさらに強化されたほか、兵装が見直され、55口径15.2センチ砲という新型砲を採用。艦首部、艦尾部にそれぞれ3連装砲塔と連装砲塔の組み合わせで背負式に配置され、それまでの主砲8門から10門に強化されています。さらに砲架構造も、砲身間の干渉波により散布界に課題があるとされた前級までの同一砲架構造を改め単独砲架として砲身の間隔を広げて、散布界の改善を狙っています。

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(直上の写真:「アブルッチ級」の特徴のアップ。55口径の新型砲を3連装砲塔と連装砲塔の背負い式で搭載しています(上段)。艦中央部の航空艤装は強化されています(下段))

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(直上の写真:「アブルッチ級」(奥)と前級「デュカ・ダオスタ級」(手前)の艦型の比較。煙突の配置をはじめとする艦中央部の変更が顕著です。直下の写真:両級の砲塔および艦橋の比較。上段が前級「デュカ・ダオスタ級」下段が「アブルッチ級」。上述のように、それまで散布界に課題があるとされていた同一砲架構造を、単独砲架構造に改める事で砲身の間隔を確保しています)
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同級は2隻が建造され、両艦ともに大戦を生き抜き、それぞれ1961年、1972年までイタリア海軍に在籍していました。

 

新型嚮導巡洋艦

カピターニ・ロマーニ級軽巡洋艦同型艦計画12隻完成4隻:アッティリオ・レゴロ、ポンペオ・マーノ、シビオーネ・アフリカーノ、ジュリオ・ジェルマニコ(完成は大戦後))

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(直上の写真:「カピターニ・ロマーニ級」軽巡洋艦の概観:113mm in 1:1250 by Neptune)

これまでに見てきたように、本来フランス海軍の大型高速駆逐艦対策としてスタートした「コンドッティエリ型」軽巡洋艦の当初設計案は、結果的に9500トンクラスの大型重武装の巡航戦闘艦へと発達を遂げました。

一方で、当初設計への要求がなくなったかというと、そういうわけではなく、新たな大型駆逐艦対策巡洋艦の設計が求められました。本級はそういう要求に応えて建造された新型軽巡洋艦です。

本級は、本来の要求に立ち返り4000トンを切る仮想敵駆逐艦よりも少し大きい程度の艦型を有し、40ノットの高速と駆逐艦の標準的な主砲である5インチ砲をアウトレンジ、あるいは制圧できる13.5センチ砲を主砲として連装砲塔4基を有した設計となりました。量産性を考慮し、艦型をコンパクトにすることに重点を置いたため航空艤装は搭載していませんでした。

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(直上の写真:「カピターニ・ロマーニ級」軽巡洋艦の特徴のアップ。「コンドッティエリ型」軽巡洋艦の原点に立ち返り、駆逐艦対応を主眼として新たに設計された本級は、全体の構造が巡洋艦というよりも拡大された駆逐艦に近い外観をしています。写真ではちょっとわかりニキですが、魚雷発射管なども艦中央部に配置され、両舷方向に射界が確保される駆逐艦形式を採用していました。上段写真では、それまでの塔形状の艦橋が駆逐艦に近いものに改められています。固有の高角砲を持たず、その代わり多数の37mm対空機関砲を搭載しているのも見ていただけると思います。直下の写真では、「デュカ・ダオスタ級」(奥)との大きさや特徴を比較しています)
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同級は12隻の建造が計画されていましたが、結局3隻が建造され、全てが大戦を生き抜き、2隻がフランスへの賠償官として引き渡されましたが、残存した1隻と、戦後完成した1隻の計2隻がイタリア海軍でそれぞれ1971年、1980年まで就役していました。

 

未成巡洋艦

エトナ級軽巡洋艦同型艦2隻:エトナ、ヴェスヴィオ(いずれも未成))

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(直上の写真:「エトナ級」軽巡洋艦の概観:131mm in 1:1250 by Anker)

同級は、イタリアがタイ海軍の発注を受けて建造していた軽巡洋艦です。「タクシン級」という名称の下、4000トンの船体に15.2センチ連装砲3基を搭載し30ノットの速力を有する艦となるはずでした。

1941年にイタリア海軍が取得し、搭載主砲を13.5センチ連装両方砲3基に改め、その他にも対空砲を搭載し、高速輸送艦防空巡洋艦として完成する予定でしたが、建造途中でイタリアの降伏を迎え、完成しませんでした。イタリアの降伏後、ドイツ軍が接収して港湾封鎖目的で自沈処分されました。

 

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(直上の写真:「エトナ級」軽巡洋艦の特徴のアップ。モデルはおそらくタイ海軍の発注した15.2センチ主砲を搭載した原設計案を再現しています。イタリア海軍は同級を取得後、主砲を「カピターニ・ロマーニ級」と同じ13.5センチ砲に改、さらに連装の両用砲塔に搭載し、防空巡洋艦として輸送路護衛等に活用する計画でした。直下の写真では、「デュカ・ダオスタ級」(奥)との大きさや特徴を比較しています)f:id:fw688i:20201220111820j:image

 

前回でも触れましたが、イタリア海軍は戦争中期以降、艦隊保全の傾向が強くなり、活動を控える傾向が強くなり、特に戦闘での戦没艦は前半に集中しています。この傾向は今回紹介した軽巡洋艦でも同様で、力を発揮する場所に巡り合うことすらできずに戦争は終結します。

 

特設コラム:1:1250モデルのメーカー間の差異は?

その1:まずは、大きさ比較
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(直上の写真は、「ジュッサーノ級」軽巡洋艦のStar社製モデルとNeptune社製モデルの比較。奥がStar社、手前がNeptune:Star社の方がやや大ぶりで、特にStar社のモデルの特性として、乾舷の高さが気になる事があります。筆者はあまり気になる場合には、金属用のヤスリでガリガリと削ったりすることもあります。金属粉が飛ぶので、家族区からの「非難轟々」状態になります)

 

実はコレクションの根幹にも関わってくるので、あまり筆者としては触れたくはないのですが、結局避けては通れないので、ちょっとまとめをしておきましょう。

写真でも歴然かと思いますが、メーカーによりかなり解釈が異なり、それがフォルムやサイズに現れます。コレクション本来を考えるとどこか1社に統一すべきだとはもちろん思いますが、お財布事情と、ラインナップ、さらには日本というこのスケールではマイナーなロケーションを考慮すると、そうも言っておれず、という現実的な要因から、メーカー混在のコレクションに甘えているのが実態です。

 

その2:ディテイルの差異について

直下の二枚の写真では、外観的には準同型艦と言える「モンテクッコリ級」(Copy社)と「デュカ・ダオスタ級」(Neptune社)のモデルを比較しています。

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直上の写真では、左列がCopy社の「モンテクッコリ級」、右列がNeptune社の「デュカ・ダオスタ級」。直下の写真では上段が「モンテクッコリ級」、下段が「デュカ・ダオスタ級」。いずれを見てもらっても、両社の差は歴然としています。

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Neptune社で統一したいところではあるのですが・・

これまでにも何度か触れてきていますが、サイズ感。ディテイルのバランス等を考慮するとNeptune社が他社を頭二つ程度リードしているのが実情、という事が言えると思います。しかし、入手の価格等を考慮すると、特に筆者のように中古モデルを中心にコレクションする場合には(1:1250スケールマイナー国の日本では、入手経路が非常に限られています)おそらくNeptune社のモデルは他社の倍はする、と考えていいと思います。これは「コレクション」の充実には、大きな障害、です。

一方でHai社、Delphin社、Hansa社そしてStar社などは、モデル自体の質も決して低いわけではなく、価格もかなり手頃に入手ができますし、さらに加えてモデルの分解がしやすいという特徴があり、筆者は最近コレクションの中に多く加わり始めている3D printingモデルのディテイルアップなどには大変重宝しています。

もう一つ、同じNeptune社のモデルでもヴァージョン(制作年)によってかなり大きな差があります。もちろん後のヴァージョンになるほど、技術的な改善からディテイルの再現度は高くなっていますし、場合によっては新資料によってモデルが変更されていたり、それまでのエラーが修正されていたりする場合もあります。

特に筆者のように主として経済的な理由から(本当は中古モデルに手を入れたりするのが楽しかったりするのですが)中古市場を頼りにすると、当然、中古として放出されるのは旧ヴァージョンの比率が高くなりますので、注意と、何よりどこかで「思い切り」が必要です。そうしないときりがないから・・・。(あれれ、これは以前にも書きましたね)

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もし、これからこのスケールでコレクションを初めてみようかな、などとお考えの方のご参考になれば。

 

という訳で、今回はここまで。

 

次回は、どうしようか? 年末も近づいてきましたね。

もし、「こんな企画できるか?」のようなアイディアがあれば、是非、お知らせください。

 

模型に関するご質問等は、いつでも大歓迎です。

特に「if艦」のアイディアなど、大歓迎です。作れるかどうかは保証しませんが。併せて「if艦」については、皆さんのストーリー案などお聞かせいただくと、もしかすると関連する艦船模型なども交えてご紹介できるかも。

もちろん本稿でとりあげた艦船模型以外のことでも、大歓迎です。

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イタリア海軍 第二次世界大戦期の巡洋艦 その1

制作週間、継続中。

と言うわけで、今回も少し短めに。

前回のアドリア海に少し関連して、今回から2度にわたりイタリア海軍の第二次世界大戦期の巡洋艦のご紹介です。

 

イタリア海軍の巡洋艦は概ね以下の3つの系統に分かれています。

ワシントン・ロンドン体制で制限された戦力として整備された戦闘艦としての条約型重巡洋艦(3艦級:7隻)

嚮導巡洋艦(艦名に中世の傭兵隊長の名がつけられたところから「コンドッティエリ型」巡洋艦と総称されることがあります):駆逐艦部隊を支援して仮想敵であるフランスの大型駆逐艦を撃破する目的で建造された艦種で、いわゆる軽巡洋艦ですね。(5艦級:12隻)

新嚮導巡洋艦:上記の嚮導巡洋艦の艦級は次第に大型化し、重巡洋艦に匹敵する強力な戦闘艦になりました。一方でフランス海軍の新型の高速大型駆逐艦に対抗するため、嚮導巡洋艦本来の建造目的に準じた艦級を設計しました。(1艦級:12隻を建造する計画でしたが、3隻が大戦中に完成し、戦後1隻が完成しました)

 

今回は重巡洋艦の巻。

 

条約型重巡洋艦

第一次世界大戦の結果、イタリアが仮想敵としてきたオーストリア=ハンガリー帝国が解体されます。イタリア海軍にとって最大の仮想敵が消滅したわけですが、この仮想敵との想定主戦場はアドリア海であり、この多くの島嶼部を含んだ海域での活動を想定しイタリア海軍の主戦力は比較的小型に設計されていました。

第一次世界大戦後、西地中海、北アフリカ沿岸に展開するフランス海軍が新たな仮想的となったわけですが、同海軍は大型の高速重武装駆逐艦を揃えており、上述のアドリア海での活動を想定したイタリア海軍の小型駆逐艦では対抗できませんでした。

これらのフランス海軍の重装備駆逐艦に対抗するためにイタリア海軍は一連の高速軽装甲の軽巡洋艦を建造しますが、これらは艦名に中世の著名は傭兵隊長の名がつけられたことにちなみ、「コンドッティエリ(傭兵隊長)型」軽巡洋艦と総称されました。

さらにこの設計思想を強化し、ワシントン軍縮条約で保有制限を受けた主力艦を補完する戦闘艦として一連の重巡洋艦を建造します。

 

トレント重巡洋艦同型艦2隻:トレントトリエステ

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(直上の写真:「トレント級」重巡洋艦の概観:157mm in 1:1250 bu Copy(Neptune))

 

トレント級」重巡洋艦は、イタリア海軍が最初に設計した重巡洋艦の艦級です。

基本的には前述のフランス海軍の高速大型駆逐艦を仮想敵とした「コンドッティエリ型」軽巡洋艦の強化型であり、主砲を8インチ砲としました。しかし、基本設計は高速重武装駆逐艦の排除を目的とした軽巡洋艦の延長上にあり、公称38ノット(実際には35ノット)の高速を有するものの比較的軽装甲でした(舷側70mm:1929年就役)。

この辺りの建造までの経緯は日本海軍の「古鷹級」重巡洋艦(就役1926年)と類似しており、これらの強力な巡洋艦の登場が重巡洋艦(カテゴリーA)、軽巡洋艦(カテゴリーB)の艦種規定を始め、補助艦艇の保有制限を設けるロンドン会議の開催へのきっかけとなったといえるでしょう。

 

1000トン級の船体に、前述のように主砲には8インチ砲を採用し、これを連装主砲塔4基に搭載して艦首部と艦尾部に各2基づつ、バランスよく配置していました。同砲は50口径の長砲身砲で、118kgの砲弾を28000mまで届かせることができました。しかし軽量化を狙いコンパクトな砲塔設計を狙ったため、同砲塔内の左右砲の干渉波によりせっかくの長砲身砲を採用しながら散布界には課題があったようです。

魚雷発射管は船体内に内蔵する形式で搭載されていました。

艦首甲板下に水上偵察機の格納庫を持ち、これを艦首方向に設置した固定カタパルトから射出し運用する方式を採用していました。

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(直上の写真:「トレント級」重巡洋艦の特徴である艦首部の航空艤装(上段):1番砲塔直前の水上偵察機の格納庫と艦首にのびたカタパルトが特徴です。下段写真は特徴的な支柱構造の艦橋部)

 

トレント:就役:1929年 1942年6月:英潜水艦の雷撃によりイオニア海で失われました。

トリエステ:就役:1928年 1943年4月:米軍機の爆撃で沈没。

 

 ザラ級重巡洋艦同型艦4隻:フューメ、ポーラ、ゴリチィア、ザラ)

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(直上の写真:「ザラ級」重巡洋艦の概観:145mm in 1:1250 by Neptune: 戦隊をやや小型化し、速力を抑えた代わり、装甲を強化したため、重量は前級「トレント級」を上回りました)

 

「ザラ級」重巡洋艦は前述の「トレント級」重巡洋艦の改良型で、 「トレント級」重巡洋艦がフランス海軍の重武装高速駆逐艦への対抗策として設計された「コンドッティエリ型」軽巡洋艦の延長線上ににある軽装甲の巡洋艦であったのに対し、速力を少し抑えて重装甲とし、より戦闘艦としての性格を強めた本格的な重巡洋艦として建造されました。

条約制限内に収めるために関係をやや小型化し、装甲重量の増大から武装の削減として雷装を廃止するなどの方策が取られましたが、やや条約制限をオーバーする11800トンとなってしまいました。

主砲は53口径の8インチ砲を採用しています。この砲は125kgの砲弾に対し31500mの射程を有する優秀な砲でしたが、前級同様、重量削減を狙いコンパクトな砲塔に搭載したことから、散布界に課題を抱えたままでした。

航空艤装は、前級同様、艦首部に搭載していました。

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(直上の写真: 航空艤装を前級に倣い艦首部に搭載しています(上段):1番砲塔直前の水上偵察機の格納庫と艦首にのびたカタパルトが特徴です。下段写真は特徴的な支柱構造の艦橋部)

 

ザラ:就役:1931年 1941年3月:マパタン岬沖海戦で英艦隊と交戦。沈没。

フィウメ:就役:1931年 1941年3月:マパタン岬沖海戦で英艦隊と交戦。沈没。

ゴリツィア:就役:1931年 1943年9月:イタリア降伏後、ドイツ軍に接収。1944年6月:国側に立って参戦したイタリア海軍の特殊潜航艇による潜入攻撃で撃沈されました。

ポーラ:就役:1932年 1941年3月:マパタン岬沖海戦で英艦隊と交戦。沈没。

 

マパタン岬沖海戦

1941年2月、枢軸国のギリシア侵攻に備え、イギリス軍はギリシア防衛のために陸軍部隊をギリシアに派遣しようと試みます。この阻止を目的としてイタリア海軍が出撃し、1941年3月、英海軍地中海派遣艦隊との間で海戦が発生します。イタリア海軍は保有する重巡洋艦7隻のうち6隻をこの海域に投入し、さらに新鋭戦艦「ヴィットリオ・ベネト」も投入します。

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(1940-, 41,377t, 30 knot, 15in *3*3, 3 ships, 192mm in 1:1250 by Neptune)

 

一方、英艦隊も軽巡洋艦部隊に加え地中海艦隊の主力である戦艦3隻と空母1隻も投入し、これに対抗しました。

当初は英軽巡洋艦部隊と伊重巡洋艦部隊の間で砲戦)が交わされますが、両軍に損害は出ませんでした。

その後。英空母「フォーミダブル」の艦載機とクレタ島基地から発進した雷撃機の空襲で、伊戦艦「ヴィットリオ・ベネト」重巡洋艦「ポーラ」が損傷し、「ポーラ」の救護に海域に止まった僚艦「ザラ」「フィウメ」を、英戦艦3隻(「ウォースパイト」「ヴァリアント」「バーラム」)がレーダ照準による夜間奇襲砲撃を加えこの3隻を撃沈してしまいました。

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(マパタン岬沖海戦に参加した英海軍の戦艦:上段「バーラム」下段「「ウォースパイト」「バリアント」 いずれも「クイーン・エリザネス級」ですが、近代化改装のレベルがやや異なります。余談ですが、「ウォースパイト」は第1次世界大戦でも活躍したロートルですが、第2次世界大戦でも、数次の損傷を受けながらも、そのほぼ全期間を通じて前線で活動し、挙げた戦果から第2次世界大戦期の最優秀戦艦とも称されています。154mm in 1:1250 by Neptune/Argonaut) 

 

 重巡洋艦ボルツァーノ同型艦なし)

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(直上の写真: 重巡洋艦「ボルツァリーノ」の概観:158mm in 1:1250 by Neptune)

 

前述のように地中海の展開するフランス海軍の大型高速駆逐艦への対抗として、イタリア海軍は「コンドッティエリ型」軽巡洋艦の整備を進めるわけですが、フランス海軍もこれに対抗して新設計の「ラ・ガソニエール級」軽巡洋艦を整備します。

これへの対抗策として、再び高速軽装甲の重巡洋艦整備の必要性が高まり、「トレント級」重巡洋艦を対応シップとして1隻だけ建造されたのが重巡洋艦ボルツァーノ」です。同艦はイタリア海軍が建造した最後の重巡洋艦となりました。

タイプシップとした「トレント級」との相違点は航空艤装の配置。従来、イタリア海軍の巡洋艦は航空艤装を艦首部に配置してきましたが、艦首配置は、搭載機の発艦については艦首の向かい風を利用できる利点があったものの、少しの荒天でも艦首波により搭載機の運用が妨げられるなどの課題があったため、配置を艦中央部へと変更しました。f:id:fw688i:20201213140357j:image

(直上の写真: 本艦では、それまでイタリア巡洋艦の特徴の一つであった艦首部に搭載していた航空艤装を艦中央部に移動しています)

主砲は前級同様、優秀な諸元を持つ53口径の8インチ砲を採用しましたが、コンパクト砲塔への搭載による散布界の課題は同様に引き継がれました。

前級では廃止した雷装を復活し、船体内に内蔵する形式で搭載していました。

 

1933年:就役 イタリア降伏後、ドイツ軍に接収。1944年6月:国側に立って参戦したイタリア海軍の特殊潜航艇による潜入攻撃で撃沈されました。

 

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(直上の写真: イタリア海軍の重巡洋艦3艦級の艦型比較。手前から「トレント級」「ザラ級」「ボルツァリーノ」。設計の重点が、速力、戦闘力・防御力、再び速力、と移って行ったことが、そのまま艦型に現れています)

 

上述のマパタン岬沖海戦で、出撃した6隻の重巡洋艦のうち一気に3隻を失うと言う一方的な損害を被ったイタリア艦隊は重度の艦隊保全主義に陥り、以降、艦隊全体の行動が限定的となり、活躍の場を見いだせず順次失われてしまいました。

 

という訳で、今回はここまで。

 

次回は、今回に引き続きイタリア海軍の第二次世界大戦期の巡洋艦のその2。「コンドッティエリ型」軽巡洋艦の系譜を総覧する予定です。

もし、「こんな企画できるか?」のようなアイディアがあれば、是非、お知らせください。

 

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アドリア海編:脇役登場!イタリア空軍、飛行警備艦「オッタビアーノ・アウグスト」

今週も引き続き制作週間、と言う事で、進行中の「アドリア海」編(いつの間に「編:シリーズ化」したのかな)に登場する予定のイタリア空軍(海軍?まだ設定はまだ迷っていますが。空軍のマークつけちゃったしなあ)飛行警備艦「オッタビアーノ・アウグスト」のご紹介です。

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(イタリア軍飛行警備艦「オッタビアーノ・アウグスト」の概観。72mm in 1:1250 by Kaja's Models and Machinations:(右下写真)3機の水上飛行機を腹部のハンガーに懸吊しています。腹部にはイタリア空軍のマークが見えます。「黄金の嘴」の二つ名の由来はご覧の通り)

 

本艦は第一次世界大戦の戦訓を踏まえ、飛行船の機動力と大きなペイロードの注目したイタリア軍が、アドリア海で跳梁する海賊・空賊対策の基幹戦力として、機動力を備えた警備拠点として活用すべく建造した艦級です。

固有の武装としては20センチ連装主砲塔1基と15センチ単装速射砲4門を搭載しています。さらに後方のハンガーに戦闘飛行艇3機を懸吊することができました。

2基のエンジンを搭載し、12ノット程度の飛行速度を出すことができました。

「オッタビアーノ・アウグスト」とローマ帝国初代皇帝の名を冠してはいましたが(日本ではオクタビアヌスの方が通りがいいかも)、「空飛ぶオルカ:Orca volante」あるいは「金の嘴:Becco dorato」の通り名で知られていました。

・・・・と言うような設定、かな?

 

モデルの原型は、本稿の読者ならお馴染みのShapewaysの下記の出品。元は少しSF的な(下記のサイトではご本人はSteampunk Airshipに分類されています)飛行船のモデルで、浮揚装置を4基、船体周辺に配置しています。元は1:700スケールでしたが、例によってリクエストして1:1250にスケールダウンしてもらっています。先っちょがとんがった形状がとても魅力的で、どうしても作りたくなってしまった!

www.shapeways.com

上記の説明で確認していただきたいのですが、オリジナルモデルは「グロサリオン浮揚装置」を装備し118ノットの高速を発揮するハイブリッド飛行船、と言う設定です。その肝心の「浮揚装置」をとってしまった。叱られるかも。

 

ちょっと余談ですが、実はこの方のSteam Shipの制作品にはBorodino Class Battleshipがあり、筆者の制作したモデルの写真を作例として使っていただいています。本稿でご紹介した日露戦争戦利艦「石見」はこのモデルを原型として製作しています。

www.shapeways.com

戦艦「石見」の制作記は下記の2回で触れています。興味のある方は是非。

fw688i.hatenablog.com

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(上掲の写真は、「オッタビアーノ・アウグストス」の20センチ連装主砲、15センチ単装副砲、飛行艇ハンガーの拡大。基本的に主砲・副砲は、眼下の標的(艦船か建造物)に対する撃ち下ろしが想定されています。眼下の要塞や軍事施設などの固定目標ならなんとか効果のある砲撃ができそうですが、艦船など移動目標に対しては実効性はどうでしょうね?まあ、威嚇射撃で停船させるとか、そんな感じでしょうなね。デカールは1:144スケールのイタリア戦闘機からの転用。迷彩塗装が結構面白い、と思いませんか?とんがった先端は、今のところ何か特殊な武装など、と言う設定は考えていません。何かセンサー類はありかな?ハンガーに懸吊した水上飛行機が、本艦の機動性を拡張しています)

 

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(上の写真は本艦の大きさをイメージしてもらうために、写真上では第一次世界大戦の対潜飛行船との比較。かなり大きいことがわかると思います。下の写真では本稿の前回でご紹介したイタリア海軍の1920年台の大型駆逐艦「レオーネ級」(90mm in 1:1250)との比較。実戦ではこうした水上艦とのコンビで運用されたんでしょうね。「空賊」を海と空中から追い詰める、と言う感じでしょうか:と言っても実存はしませんので、ご注意を)

 

いずれは、本稿でご紹介した遊覧飛行母船「アドリア海の真珠」号などと絡みで「銭形警部」的な役回りを演じてくれるはず。

 

と言うことで、だんだん準備が整ってきましたが、今回はこの辺でおしまい。

 

次回はアドリア海つながりで「イタリア海軍の巡洋艦の系譜」でもやりましょうか

あるいは、もし、「こんな企画できるか?」のようなアイディアがあれば、是非、お知らせください。

 

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新着モデルのご紹介:「アドリア海」編の準備?

今回は、ちょっと手抜き、という訳ではないけれど、制作の方にも週末の時間を使いたくて、サクッと行きます。

そういう時は、お決まりの「最近の新着モデルのご紹介」です。

 

以前、本稿では、Shapewaysで発見したスペイン海軍の「海軍移動航空基地:Estación Transportable de Aeronáutica Naval: デダロ」のご紹介をしています

fw688i.hatenablog.com

「デダロ」を少しおさらいしておくと、第一次世界大戦後スペイン海軍が、飛行船と水上機母艦としてイギリスから購入した商船を改造した、日本海軍風に言うといわゆる「特設水上機母艦」です。

www.shapeways.com

ちょっと面白くて購入したのですが、どんどん想像が膨らんで「アドリア海の遊覧飛行母船」のような仕上げにしてしまいました。民間の遊覧飛行母船だけど、実はアドリア海の空賊連合(あれ、どこかで耳にしたような?)が隠れ蓑に使っている、と言うような・・・。第一次世界大戦後の混乱期で、オーストリア=ハンガリー帝国が解体され、イタリアではムッソリーニファシスト党が台頭してきている、ちょうどそのような時代。

 

1920年台のイタリア海軍駆逐艦水雷艇4種

空賊連合が出てくれば取締りのイタリア海軍も出てくる、と言う訳で、まず最初の新着はイタリア海軍のちょっと古い小艦艇群です。アドリア海の警備に当たっている、と言う想定。時々、遊覧飛行母船「アドリア海の真珠」号の動向にも注意を払っています、と言うような設定でしょうか。

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上の写真:奥から「レオーネ級」駆逐艦(90mm in 1:1250 by Argonaut)、「セラ級」駆逐艦(69mm in 1:1250 by Hai?)、水雷艇「アウダーチェ」(70mm in 1:1250 by Hai?)、「クルタトーネ級」水雷艇(69mm in 1:1250 by Hai?)の順。

 

詳しくご紹介する機会は後々にあるとは思いますので、今回は簡単に。

 

「レオーネ級」駆逐艦 

1920年台に3隻が建造されました。駆逐艦としてはやや大型で、当初は「軽偵察艦」と呼ばれていました。12cm連装速射砲4基とかなり重武装です。1700トン 34ノット

en.wikipedia.org

 

「セラ級」駆逐艦

1920年台後半に建造された駆逐艦で、4隻の同型艦を持っています。12cm連装砲2基と533mm連装魚雷発射管を搭載し、その後のイタリア駆逐艦の雛形となりました。1200トン 35ノット

en.wikipedia.org

 

水雷艇「アウダーチェ」

1910年台後半から就役し、同型艦はありません。日本海軍が英国に発注した「浦風級」駆逐艦の2番艦「江風」をイタリア海軍譲り受けた艦です。当初駆逐艦とされましたが、後に水雷艇に艦首が変更されました。10cm単装砲7基と450mm連装魚雷発射管を各舷に1基づつ搭載していました。900トン 30ノット

en.wikipedia.org

 

クルタトーネ級」水雷艇

1920年台後半から就役した水雷艇で、当初は駆逐艦に分類されていました。同型艦4隻。10cm連装砲2基と450mm3連装魚雷発射管2基を搭載していました。880トン 32ノット

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サヴォイアS21試作戦闘飛行艇(1:144)

そして今回の目玉ですが、「アドリア海飛行艇」といえば、やはりこの機体が欲しいなあ。

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 サヴォイアS21試作戦闘飛行艇ですね。1:1250スケールではわずか**mmほどの小さなモデルになってしまいます。もちろん市販モデルなどありませんので、手持ちの艦載飛行艇(イギリスの巡洋艦が時折積んでいます)を改造して製作しています。

とはいえ、もう少しやはり大きいモデルも欲しい、と言うことで収納と、できれば他のコレクションのスケールを考えて1:144スケールのモデルを探していました。しかし、市販のモデルはレジンキット等も併せて、筆者の知る限りでは見当たらず、ついに Shapewaysにアップされていた1:87スケールのモデルの作者にスケールダウンをお願いする事にしました。

www.shapeways.com

お願いの際に色々とやりとりがあって(なんとこの方、おそらくスイス在住の方で、私の英語のリクエストに対し、必ずフランス語でお返事が返ってきます)、下記の写真を頂きました。

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shared by Swiss Models Factory MF-CH

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shared by Swiss Models Factory MF-CH

写真を拝見すると、なんとHOゲージ(=1:87)のジオラマの一部に組み込んでいらっしゃいますね。うらやましい。技術もスペースも。(出来上がったら、写真を送ってね、とちょっとプレッシャーをかけられています)

 

到着したモデルが下の写真。Smooth Fine Detail Plastic素材の素晴らしいディテイルを持ったモデルです。(最初は単純に1:87のデータを縮小処理してくださったようなのですが、Shapeways ではそのまま出力、と言うわけにはいかなかったようで、いくつか手を加えてくださったようです)

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このモデルには飛行時と着水時の二つの形態があり、上が飛行時で、下が着水時。

 

いずれも素晴らしい! しかも、長年求めていた、おそらく世界初の1:144スケールのモデルです。大感激!

お求めはこちらで。

www.shapeways.com

www.shapeways.com

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(直上の写真は下地処理をした状態:上が飛行状態、下が着水時)

 

で、もちろんこのライバルも忘れてはいけません、と言う事で、こちらも入手。

カーチスR3C-0非公然水上戦闘機(1:144)
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こちらの作者の方は1:144スケールのモデルをたくさん作っていらっしゃる方で、「カーチス」はその中のゴールデンエイジ・エア・レーザー(1:144 Golden Age Air Racing)のシリーズにラインナップされていました。

www.shapeways.com素材はWhite Natural Versaitile Plasticで、こちらもなかなかいい感じです。機体とフロートのバランスが、なんともいい感じです。

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(直上の写真は下地処理をした状態)

 

そして最後にご紹介するのは、Shapewaysでの上記のショッピングで偶然見つけたスウェーデン海軍の装甲巡洋艦「フィルギア」。(こちらは「アドリア海」とは関係ないですね)

装甲巡洋艦「フィルギア」スウェーデン海軍
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ja.wikipedia.org

同艦はスウェーデン海軍が沿岸防備のために1907年に就役させた同海軍唯一の装甲巡洋艦で、入手した模型は1944年当時の対空火器を強化したのちの姿を再現したものになっています。

www.shapeways.com

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(直上の写真は下地処理をした状態 93mm in 1:1250 by Brown Water Navy Miniatures)

 スウェーデン海軍、ちょっと心がそそられますね。バルト海がその主な活躍の場、なんでしょうね。知識としてはスターリング機関を搭載した非大気依存型潜水艦の実用化先駆国と言う感じですかね。模型としては海防戦艦軽巡洋艦駆逐艦があったかな、と言う感じです。

もうちょっと調べてみよう。

 

と言う事で、今回はここまで。

冒頭にも述べましたが、ちょっと制作の方に時間を割きたいと思っています。

 

次回は、どうしようか?

もし、「こんな企画できるか?」のようなアイディアがあれば、是非、お知らせください。

 

模型に関するご質問等は、いつでも大歓迎です。

特に「if艦」のアイディアなど、大歓迎です。作れるかどうかは保証しませんが。併せて「if艦」については、皆さんのストーリー案などお聞かせいただくと、もしかすると関連する艦船模型なども交えてご紹介できるかも。

もちろん本稿でとりあげた艦船模型以外のことでも、大歓迎です。

お気軽にお問い合わせ、修正情報、追加情報などお知らせください。

 

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ドイツ海軍の第二次世界大戦での通商破壊戦:Uボート総覧

本稿ではこれまで通商路保護のための護衛艦艇を種々紹介してきましたが、今回は前回に引き続き、「通商路破壊」の視点から、ドイツ海軍が大量に投入した潜水艦をご紹介します。

いわゆる「Uボート」ですね。

筆者はこれまで「護衛艦艇が大好き」というお話をしてきましたが、経緯的には「Uボート」好きから転じて護衛艦艇への興味を持った、というのが事実でして、したがって「Uボート」も大好きなのです。

今回はそういうお話。

本稿は基本的に1:1250スケールのモデルを中心に話を進めていくのですが、潜水艦などをご紹介するには、少しスケールが小さいのかな、と考えています、ですので、今回は他のスケールのモデルも併せてご紹介しながら・・・。

 

ドイツ海軍Uボートの復活とその戦果

本稿では何度か触れてきましたが、第一次世界大戦後のベルサイユ条約で、ドイツは大幅な海軍軍備に関する制約を課せられました。潜水艦の保有は禁じられ、海軍は沿岸警備に限定された戦力の保有しか許されませんでした。

しかし、大戦後の混乱の中でナチスが台頭し政権を掌握すると、1935年にヒトラー再軍備を宣言。同年に締結された英独海軍協定で、潜水艦の保有も含め事実上の制限撤廃が行われました。

第一次世界大戦で様相が垣間見られた総力戦の諸相の中でも、特に対英戦略の中で潜水艦を用いた通商路破壊の有効性は顕著で(であるがゆえに潜水艦保有が禁じられたのですが)、ドイツ海軍は潜水艦戦力の再整備を急ぎます。

ドイツ海軍の想定では通商破壊戦でUボートが効果を上げるには、300隻の通商破壊作戦用Uボートが必要とされていましたが、ドイツのポーランド侵攻と共に第二次世界大戦が勃発し、その時点でドイツ海軍が就役させていた潜水艦はわずか57隻、しかも通商路破壊戦に適した航洋型のUボートはそのうち30隻程度にすぎませんでした。

 

その後、ドイツの敗戦まで5年8ヶ月の戦いの中で、1131隻のUボートが就役し、830隻が作戦行動を実施し、連合国船舶約3000隻、約1400万トンを撃沈する戦果を挙げました。これに対し失われたUボートは793隻で、約40000人の将兵が潜水艦戦に身を投じ、戦死約28000名(損耗率70%!)、捕虜となったもの約5000名という大きな犠牲が払われました。

 

Uボートの諸形式

第二次世界大戦で投入されたドイツ海軍のUボートの形式は、以下の通りです。

 

Uボート復活:バランスの取れた航洋型潜水艦。ちょっとサイズが中途半端でしたかね?

I型(同型艦2隻)

航洋型潜水艦として設計された艦級で、700トン級の船体に魚雷発射管を艦首部に4基、艦尾部に2基搭載し、魚雷14本を搭載していました。

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(直上の写真: I型の概観:56mm in 1:1250 by Neptune)

第一次世界大戦に投入されたUBIII型を原型とし、水上で18ノット、水中で8ノットの速力を発揮することができました。12ノットの速度で6300海里の航続距離を持っていました。43名が乗組み、200mまで潜水可能とされていました。

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(U26 I型 1:350スケール モデル)


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その後、設計の方針が量産性を考慮した中型潜水艦(VII型)と、より長期の作戦行動に適した大型潜水艦(IX型)に定まったため、この形式は2隻しか建造されませんでした、

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(直上の写真: ドイツ海軍が建造した航洋型潜水艦の比較:I型(中央)、手前がVII型、奥がIX型です。I型が中間的なサイズで2隻が建造され、以降はVII型、IX型の量産体制へと移行してゆきます)

 

沿岸警備用、小型潜水艦:みんな最初はこれで訓練したのかな(?)

II型(A〜Dタイプまで、同型艦60隻)

沿岸警備用に設計された小型潜水艦で、250トン級の船体に艦首部に魚雷発射管3基を持ち、魚雷5本を搭載していました。水上速力は13ノット、水中速力は7ノットで圧壊震度150mとされていました。(いずれもIIA型)

(no photo:残念ながら模型を保有していません。私がずいぶん以前に楽しんだUボートのPCゲームでは、II型の艦長からキャリアをスタートしました)

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from uboat.net

小改良を加えながらIIAからIIDまでの3タイプが建造され、同型艦は総数で60隻でした。大戦初期には北海、バルト海等、近海での作戦行動を行いましたが、大西洋等の遠洋に戦場が移ると作戦従事は困難で、主として訓練用と沿岸警備に用いられました。乗組員は25名でした。

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中型航洋潜水艦:通商破壊戦の主役。Uボートといえばコレ!

VII型(VIIA, VIIB, VIIC, VIIC/41、併せて同型艦734隻)

I型の紹介で触れたように、通商破壊戦の主戦力として大量に戦場に投入されることを想定して設計された艦級で、I型よりも少し小ぶりな500トン型(中型)と称して設計されました。

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(直上の写真: VII型の概観:51mm in 1:1250 by Mercator? 両舷にあるサドルタンクが大きな特徴です)

大まかにVIIA、VIIB、VIIC、VIIC後期型(VIIC/41)の4形式があり、VIIAは10隻、VIIBは24隻、VIIC前期型はさらに諸形式に分化しながらも626隻、VIIC後期型(VIIC/41)が74隻、それそれ就役しています。

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(直上の写真: VII型の艦橋のヴァリエーション。米国の参戦以降、連合国の航空機による通商路警戒が活発化するとUボートの兵装も対空兵装へと重点が移ってゆきます)

小差はもちろんありますが基本的な設計は同じで、艦首部に4基、艦尾部に1基の魚雷発射管を備え、魚雷を11本から14本搭載していました。乗組員は44名でうち4名が士官でした。圧壊震度は200mとされていましたが、VIIC後期型では耐圧殻を厚くしたことにより300mとなりました。

いずれも10ノットの巡航速度でVIIA型で6200海里、VIIB型で8700海里、VIIC型で8500海里のそれぞれの航続距離を持ち、大西洋での通商破壊戦の主役を務めました。

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(U47 VIIB型 1:350スケールモデル:初期のUボートエース プリーン大尉の乗艦でした。ブリーン大尉の率いる本艦は英海軍の根拠地スカパフロー に侵入し、戦艦「ロイヤル・オーク」を撃沈しています)

 

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(U552 VIIC型 1:350スケールモデル 197,460トンを沈め歴代三位の戦績を誇るエーリヒ・トップの乗艦でした)

 

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(U255 VIIC型 1:350スケールモデル 47,640トンの商船撃沈する戦果を上げています)

 

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(VII型の艦橋のヴァリエーション。特に大戦後期には対空火器が増備され、これら以外にも多彩なヴァリエーションが生まれました) 

 

VII型派生形:機雷敷設潜水艦

VIID型(同型艦6隻)

VIID型はVIIC型をベースに艦橋後方に機雷敷設のための機雷筒ブロックを挿入した機雷敷設潜水艦で、900トン級のやや大きな船体を持ち、魚雷発射管5基と魚雷12本の他に機雷15基を敷設する能力がありました。機雷敷設ブロックの挿入により船体が延長され、燃料搭載量が増えたため、11200海里という長大な航続距離を持っていました。

(no photo:残念ながら模型を保有していません)

 

VII型派生形:補給潜水艦:ウルフパックへの補給係

VIIF型(同型艦4隻)

VIIF型はVIIC型をベースに予備魚雷搭載用のブロックを艦橋後方に挿入した魚雷補給用の潜水艦で、、1000トンの船体に、通常のVII型同様、魚雷発射管5基と魚雷14本を搭載した上に予備魚雷21本を搭載し、他のUボートに補給することができました。VIID型と同様に延長された船体により燃料搭載量が増え、14700海里の航続距離を持っていました。大戦後期にはその大きな航続距離と搭載能力を買われ、貨物の輸送任務にも活躍しました。

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(直上の写真: VII F型の概観:60mm in 1:1250 by Mercator?)

 

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(直上の写真: 通常のVII型とVIIF型の比較。VIIF型は通常のVII型の艦橋の後部に補給用魚雷の収納スペースを挿入した船体を持っていました)

 

(no photo:残念ながら模型を保有していません)

 

大型航洋潜水艦:狩場を広げるぞ!

IX型(IXA, IXB, IXC, IXC/40、併せて同型艦 165隻)

IX型はより遠洋での通商破壊戦の展開を意図して設計された潜水艦で、1000トンを超える大きな船体を持ち、水上で18ノット、水中で7.7ノットの速力を発揮し、10ノットの巡航速度でそれぞれIXA型で10500海里、IXB型で12000海里、さらに改良が加えられIXC型で13450海里、IXC/40型で13800海里という長い航続距離を持っていました。

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(直上の写真: IXC型の概観:61mm in 1:1250 by Neptune: IXA,IXB,IXCはほぼ同型でした。VII型と同様に、砲兵装は対空火器に重点が移行してゆきます)

 

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(直上の写真: IXC/40型の概観:61mm in 1:1250 by Neptune) 

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(直上の写真: IXC/40型とIXC型の関係の比較。概観も違うのですが、時期によって砲兵装の配備重点が対空火器に移行してゆきました)

主要武装はいずれの形式もほぼ同等で、艦首部に4基、艦尾部に2基の魚雷発射管を装備し、予備魚雷を含め22本の魚雷を搭載していました。

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大型航洋潜水艦の完成形

IXD2型(同型艦29隻)

形式名としてはIX型を冠してはいますが、1600トンの大きな船体を持つ全く別形式の潜水艦です。通常の4基のディーゼルエンジンに加え、低速巡航用のディーゼルエンジンを2基搭載し、長距離作戦への適用をいとして設計された潜水艦です。水上では19.2ノットの高速を発揮し、10ノットの巡航速度で31500海里という長大な航続距離を誇っていました。

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(直上の写真: IXD2型の概観:69mm in 1:1250 by Neptune)

 

艦首部に4基、艦尾部に2基の魚雷発射管を備え、予備魚雷を含め24本の魚雷を搭載し、長期の作戦行動を行い南アフリカやインド洋まで進出しました。

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(直上の写真: IXD2型(奥)とIXC/40型(手前)の概観比較。同じIX型の形式表示ながら、全く異なる設計です)

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(U181 IXD2型 1:350スケールモデル 歴代二位の撃沈記録を持つヴォルフガンク・リュート大尉の乗艦。モザンビーク南アフリカに進出し活躍しました。リュートが少佐に進級し司令官として下船すると、インド洋に進出し活躍を続けました。ドイツ降伏後は日本軍が接収して、呂501号潜水艦となりました)

 

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(U181 IXD2型とU 47 VIIB型の大きさの比較)

 

IXD2型派生形:補給潜水艦

IXD1型 (同型艦2隻)

本来は20ノット超えの速力を持つ高速巡洋潜水艦を目指した設計でしたが、搭載したエンジンが期待の性能を発揮せず、主機をVIIC型と同型式として予備燃料を252トン搭載できる補給潜水艦に改造されました。

(ほぼ上掲のIXD2型と同型です)

 

大型機雷敷設潜水艦

X型(同型艦8隻)

1600トン級の船体を持ち、機雷筒30本を搭載した機雷敷設潜水艦です。魚雷発射管2基を艦尾に備え予備も含め15本の魚雷と66基の機雷を搭載していました。

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(直上の写真: X型の概観:70mm in 1:1250 by Mecator?)

 

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(直上の写真: X型の機雷筒の配置状況。写真上:艦首部の機雷筒、写真下:艦尾部に2列に並列配置された機雷筒)

大きな燃料タンクを持ち、10ノットの巡航速度で18450海里の航続距離を持っていましたが、このタンクの燃料は他の作戦展開中の潜水艦への給油にも広く使用され、「Uタンカー」と称されることもありました。

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大型補給潜水艦:「おーい、ミルヒ・クーが来たぜ!野菜、積んでる?」

XIV型(同型艦10隻)

最初から前線で展開する潜水艦への補給用潜水艦として設計されました。1600トンの大きな船体を持ち、補給用燃料432トン、食糧45トン、魚雷4本を搭載することができました。

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from uboat.net

(no photo:残念ながら、模型を保有していません)

 

自艦の兵装としての魚雷発射管は搭載していませんでした。遠隔地で展開するUボートの活動に大きく貢献し、「ミルヒ・クー(乳牛)」の愛称で親しまれました。

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 水中高速攻撃型潜水艦:「可潜艦」から真の「潜水艦」へ

XXI型(同型艦118隻)

米国の参戦に伴い、有力な海軍航空機により空中からの船団護衛やレーダーの発達によって、VII型やIX型など従来型の水上航行を主たる移動手段とする潜水艦の活動は次第に困難になってゆきます。

こうして水中高速潜水艦の構想への要求は高まってゆきます。

一方、ドイツ海軍は非大気依存推進の研究を進め、高濃度過酸化水素を用いた推進機関(ヴァルター機関)の試作潜水艦を既に建造していました。

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(直上の写真: ヴァルター機関の実験艦として試作されたXVII型の概観:22mm in 1:1250 by Mercator? なのですが、この寸法は水上に露呈している部分だけの寸法なのでご注意を。同艦はヴァルター機関を搭載した水中高速艦であり、基本的にほとんどの行動を、現在の潜水艦同様に水中で行う前提で設計されていました。・・・・というか、現在の潜水艦のある意味ご先祖がこの船なのですが)

 

しかし実際の運用面でのヴァルター機関には、水中での低速航行が難しい、過酸化水素自体の取り扱いの難しさ、機関室を密閉せねばならず、過酸化水素の補給等を考えると限定的な運用しか想定できない(実際には従来型の主機の搭載も不可欠)、排出された二酸化炭素が気泡化し、探知されやすくなる、種々の等の課題が明らかになるにつれ、戦局に合わせた早急な実用化は困難という判断がされます。そして、次善の選択肢として、多数の蓄電池の搭載と新開発のモーターの組み合わせによる水中高速潜水艦建造へと、構想を転換しました。これがXXI型で、エレクトロ・ボートとも呼ばれ、従来の潜水艦の概念を覆す画期的なものでした。

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(直上の写真: XXI型の概観:61mm in 1:1250 by Mercator?)

 XXI型はシュノーケルも装備しており、その行動は原則水中で行われ、それまでの「潜水することも出来る」可潜艦とは一線を画する真の「潜水艦」の登場と言っても良いでしょう。

船体の設計は、実用化までの時間短縮のために既に準備されていたヴァルター機関搭載予定のXVIII型のものが使われました。

船体は水中での運行が基本となるために水中抵抗の排除に配慮された流線形を多用したものになり、1600トンの従来のUボートの概念から考えると大型のものとなりました。艦首部に6基の魚雷発射管を備え、23本の魚雷を搭載していました。水中で17.5ノットの速力を発揮することができ(従来型は7ノット程度)、水中5ノットの速度で365海里の航続距離がありました(VIIC/41 では4ノットで80海里)。乗組員は57名でした。

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建造方法にも徹底的なブロック形式での建造が取り組まれ、建造期間を6ヶ月に縮めるなどの量産が目指されました。しかし油圧系統の不具合などから最初の艦の実戦投入はドイツ降伏の前月の1945年4月で、戦局に寄与することはありませんでした。

この時期、既にドイツ海軍はホーミング魚雷を開発していましたので、実際に戦場に投入される機会があれば大きな威力を発揮したでしょうね。

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(直上の写真: XXI型(奥)と従来型航洋潜水艦(IXD型(中央)、VIIC型(手前)の艦型比較。XXI型ではいわゆる甲板的なスペースがほとんど考慮されていないことが良くわかります)

 

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(U2540 XXI型 1:350スケールモデル 敗戦時に自沈しましたが、その後浮揚されドイツ連邦海軍の「ヴィルヘルム・バウアー」として再就役しました。写真下段では、XXI型の各部の特徴をクローズアップしてみました。左:引き込み式の潜舵。中央:艦橋部。環境に組み込まれた対空砲とシュノーケル。右:推進器と潜舵・方向舵)

 

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(U2540  XXI型とU47 VIIB型の大きさと関係の比較)

 

戦後、賠償艦として連合国各国に譲渡され、その後の潜水艦設計の基礎となりました。

 

XXI型の派生形:斜め後方へ6社戦?12射線?船団、丸ごと面倒見ようじゃないか。

XXIB型・XXIC型(計画のみ)

XXI型は艦首部に魚雷発射管を6基搭載していましたが、ブロック建造であったため、バリエーションの設定が可能でした。例えば、前方の魚雷発射管室の後に斜め後方むけの魚雷発射管6基を搭載するブロックを挿入し後方向けの魚雷6射線を持たせる設計案がXXIB型として提出されています。

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(XXIB型の図面。艦首の発射管室の後方に、斜め後方向けに設置された魚雷発射管がわかります。グランドパワー別冊より)

さらにもう1組、斜め後方向けの魚雷発射管室のブロックを挿入し、斜め後方向けに12射線を持たせる案がXXIC型です。これらはいずれも建造されませんでした。

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(XXIC型の図面。斜め後方向けの魚雷発射管がもう1組追加されています。「世界の艦船」より)

XXI型の建造時期には、魚雷の次発装填装置も完成していましたので、短時間で最大36本の魚雷を発射することができました。

ホーミング魚雷と組み合わせれば、船団丸ごと撃破する、なんてことも可能だったかもしれません。

(no photo:残念ながらいずれも模型を保有していません)

 

XXI型の発展型:中型エレクトロ・ボート、VIIC型の後継。これが量産されていればなあ。究極のIF兵器かも?

XXX型(計画のみ)

XXX型はXXI型をやや小ぶりにした1100トン級の船体を持つ設計で、XXI型よりも取り扱い易い艦型でVIIC型の後継として検討されました。兵装の配置は前述のXXIB型に類似して、艦首部に前方向けの魚雷発射管を8基、その直後に斜め後方向けの魚雷発射管を4基の発射室ブロックを保有していました。

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(XXX型の図面。艦首に魚雷発射管8基が装備されています「世界の艦船」より)

 

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(直上の写真: XXX型の概観:44mm in 1:1250 by Mercator? このモデル、もう一つ小型のヴァルター機関搭載の量産型航洋潜水艦XXVI型のものかもしれません。航洋型のエレクトロ・ボートは蓄電池を大量に搭載する必要があるため、ここまで小型化はできなかったかも)

 

ブロック工法が安定し、XXX型が量産されていれば、と、妄想してしまいます。

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(直上の写真: XXI型とXXX型の二つのエレクトロ・ボート。もう少し早ければ・・・)

 

小型水中高速潜水艦:こっそり忍び寄って、侵攻作戦はこれで防げる(?) 

XXIII型(同型艦63隻)

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from boat.net

(no photo:残念ながら、模型を保有していません)

沿岸警備用の小型水中高速潜水艦として、XXI型とほぼ同じ構想で設計、建造された潜水艦です。230トンの小さな船体を持ち、水中で12.5ノットを発揮することができました。艦首部に魚雷発射管2基を装備し、予備魚雷は搭載していませんでした。ドイツの降伏までに63隻が完成しましたが、戦果を上げることはできませんでした。

ja.wikipedia.org

 

ということで、今回はここまで。

ああ、映画の話をしなかった。Uボートエースの話も・・・。

 

次回は、どうしましょうか。準備中は、英海軍巡洋艦、イタリア海軍巡洋艦、英海軍駆逐艦、米海軍駆逐艦・・・。

 

もし、「こんな企画できるか?」のようなアイディアがあれば、是非、お知らせください。

 

模型に関するご質問等は、いつでも大歓迎です。

特に「if艦」のアイディアなど、大歓迎です。作れるかどうかは保証しませんが。併せて「if艦」については、皆さんのストーリー案などお聞かせいただくと、もしかすると関連する艦船模型なども交えてご紹介できるかも。

もちろん本稿でとりあげた艦船模型以外のことでも、大歓迎です。

お気軽にお問い合わせ、修正情報、追加情報などお知らせください。

 

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ドイツ海軍の第二次世界大戦での通商破壊戦:偽装商船

復活ドイツ海軍のZ計画

第一次世界大戦の敗戦で、ドイツはかつては世界第2位を誇った海軍を失い、さらにベルサイユ条約下の制限で、その保有海軍力に大きな制限を課されることになりました。1万トン以上の排水量の艦を建造することが禁じられ、その建造も代替艦に限定されました。戦勝国側の概ねの主旨は、ドイツ海軍を沿岸警備の軍備以上を持たせず、外洋進出を企図させない、というところだったでしょう。

しかし、戦後賠償等の混乱の中で、ドイツにはナチス政権が成立し、1935年に再軍備を宣言、海軍力についても、同年に締結された英独海軍協定で、事実上の制限撤廃が行われました。

その海軍の再建については大きな二つの柱がありました

一つは通商破壊戦を実施する戦力の整備でした。即ち英国を仮想敵とした場合、通商破壊戦を展開することが有効であることは、第一次世界大戦の戦訓で明らかでしたし、再建に着手したとは言え、英海軍との戦力差を埋める事は事実上不可能で、その意味からも通商破壊戦以外にとりうる戦略がない事は明らかだったと言えるでしょう。

これを潜水艦(Uボート)と装甲艦(ポケット戦艦)のような中型軍艦 、あるいは偽装商船のような艦船で行うにあたり、その前提として、英海軍による北海封鎖を打破することは必須であり、そのためには強力な決戦用の水上戦力が必要でした。従って通商破壊戦の展開の前提を創造するための英海軍主力を打破できる水上戦力の整備が2番目の柱となり、この実現計画はZ計画と呼ばれました。

この決戦用水上戦力の整備にについては、まさに主力艦の整備計画であり、本稿では下記の回で既にご紹介しています。

fw688i.hatenablog.com

この計画は史実では1939年のドイツのポーランド侵攻と共に、英仏がドイツに対し宣戦布告し、第二次世界大戦が始まったため、中止となリましたが、海軍の対英国戦略は他に取るべき選択肢はなく、通商破壊戦の3つの柱(潜水艦による、水上戦闘艦による、偽装商船による)は実行されました。

 

今回は上記のうち偽装商船のご紹介。そういうお話です。

 

偽装商船による通商破壊戦

古くから商船に砲を搭載し補助的な軍艦として使用する例は多くみられました。特に蒸気機関を用いた軍艦の黎明期から日清・日露戦争期までの時期には、軍艦と商船の速力の差が顕著ではなく、高速の商船が補助的な軍艦(仮装巡洋艦)として索敵・護衛などの任務を果たす事は十分に可能だったと言えるでしょう。

その後、特に両者の速度差と武装差が顕著になると、補助戦闘艦としての任務よりも通商破壊戦の担当艦として利用されるようになります。

多くの場合、中立国の民間船舶を装い標的に接近し、十分に接近したのち国籍を明らかにし軍艦旗を掲げ襲撃するなどの戦法がとられました。このため搭載武装などは巧妙に隠蔽されており、乗組員も乗客や民間船員の服装を装うなどの偽装が施されていました。本稿のタイトルがあえて「偽装商船」となっているのは、実はそういう理由があります。

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(偽装商船は、各種の武装を舷側下(上段)や船倉(下段左)に隠蔽していました。時にはキャンバス製ので偽装煙突で、船の外観を変えるようなことまでしていました(下段右))

襲撃と言っても多くの場合には十分に接近してからの停船を求めるための威嚇射撃であり、あるいは搭載する水上偵察機の低空飛行により、標的の無線用の通信線を切断し通報能力を奪った上で接近するなどの戦法がとられたそうです。標的の商船は投降後はいったん拿捕され乗員を捕虜とされた後、爆薬により撃沈、もしくは拿捕船とし母国に回航されるといういずれかの処置を取られました。

ドイツ海軍は第一次世界大戦で既にこの戦法を実施しており、実際の拿捕・撃沈の戦果もさることながら、英海軍は通報を受ける都度、その出現に対応せねばならず、通商路保護への戦力の抽出・分派を強いる効果がありました。

fw688i.hatenablog.com

 

第二次世界大戦のドイツ偽装商船

第二次世界大戦でも、ドイツ海軍は以下にご紹介する9隻の偽装商船を通商破壊戦に送り出しました。

 

「オリオン」(秘匿名:軍艦36号/Shiff 36・英海軍のコードネーム:襲撃艦A/Raider A)

ja.wikipedia.org

Orion (HSK 1)

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(HSK 1「オリオン」の概観:119mm in 1:1250 bu Neptune: 7,021トン、主砲:155mm*6門、魚雷発射管6門、 水偵2機搭載、機雷228個 14ノット)

1930年建造の貨物船を改造し1939年に通商破壊艦1号(Hilfskreuzer 1:HSK 1)として就役しました。1940年4月から1941年8月にかけて通商破壊活動に従事し、その間、共同戦果も含め10隻、約84,000トンの連合国船舶を撃沈しました。

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(「オリオン」の武装は船倉や遮蔽板を多用して隠蔽されていました)

以降は練習艦あるいは輸送艦として運用され、1945年5月に爆撃で沈没しました。

 

アトランティス」(秘匿名:軍艦16号/Shiff 16・英海軍のコードネーム:襲撃艦C/Raider C)

ja.wikipedia.org

Atlantis (HSK2)

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(HSK 2「アトランティス」の概観:122mm in 1:1250 by Neptune: 7,862トン、 主砲:155mm*6門、魚雷発射管4門、 水偵2機搭載、機雷92個、16ノット)

1937年竣工の商船を改造し1939年に通商破壊艦2号(HSK 2)として就役しました。1940年3月に出撃、1941年11月に南大西洋で英巡洋艦「デボンシャー」と交戦、撃沈されました。

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(「アトランティス」の武装は舷側下に偽装板を設け隠蔽されていました(写真上段と中段:遮蔽板の開閉)。後甲板には船倉を利用して水偵が収納されていました)

その間、22隻、約145,000トンの連合国商船を撃沈しています。

 

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(「アトランティス」と交戦し撃沈した重巡洋艦「デボンシャー」(「ロンドン級」155mm in 1:1250 by Neptune)

 

アトランティス」の戦闘航海については下記の書籍があります。実に興味深い。

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この本は比較的手に入りやすい!

海の狩人・アトランティス (航空戦史シリーズ) | フランク, ウォルフガング, ローゲ, ベルンハルト, 茂, 杉野 |本 | 通販 | Amazon

 

ウィダー(秘匿名:軍艦21号/Shiff 21・英海軍のコードネーム:襲撃艦D/Raider D)

ja.wikipedia.org

Widder (HSK 3)

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(HSK 3「ウィダー」の概観:122mm in 1:1250 by ???: 7,851トン、 主砲:155mm*6門、魚雷発射管4門、 水偵2機搭載、14ノット) 

1929年建造の客船を改造したもので、1939年に通商破壊館3号(HSK 3)として就役しました。以降、大西洋で通商破壊活動を行い、1940年10月までの間に10隻、約58,000トンの連合国商船を撃沈、もしくは拿捕する戦果をあげました。

戦争を生き残り、戦後、本来の商船として英国船、ドイツ船として運用され、1955年座礁して失われました。

 

「トール」(秘匿名:軍艦45号/Shiff 45・英海軍のコードネーム:襲撃艦E /Raider E)

ja.wikipedia.org

Thor (HSK 4)

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(HSK 4「トール」の概観:98mm in 1:1250 by Delphin?: 3,862トン、主砲:155mm*6門、魚雷発射管4門、 水偵1機搭載、小型魚雷艇1隻搭載、18ノット)

1938年に建造された商船を改造した船で、1940年通商破壊艦4号(HSK 4)として就役しました。1940年4月までに1回目の出撃を行い、更に1941年11月から1942年1月まで2回目の出撃を行いました。その間に22隻、約155,000トンの連合国船舶を拿捕、もしくは撃沈する戦果を上げました。

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(「トール」の主砲や魚雷発射管は舷側下に偽装板を設け隠蔽されていました)

1回目の出撃中には、3隻の英海軍の商船改造の特設巡洋艦との戦闘を行い、1隻を撃沈し2隻を戦闘不能にするという戦果も上げています。

2度目の戦闘航海の最後の襲撃で自艦の位置を通報されたため、航海を切り上げ同盟国日本の横浜に寄港。その地で隣接して停泊中のドイツタンカーの爆発に巻き込まれ沈没しました。(1942年11月)

 

「ピングイン」(秘匿名:軍艦33号/Shiff 33・英海軍のコードネーム:襲撃艦F/Raider F)

www.german-navy.de

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(HSK 5「ピングイン」の概観:125mm in 1:1250 by Sextant: 7,766トン、主砲:155mm*6門、魚雷発射管2門、 水偵2機搭載、機雷300個、17ノット)

 1936年に建造された商船を改造した船で、1940年2月に通商破壊艦5号(HSK 5)として就役しました。1940年6月から1941年5月まで、大西洋からインド洋、南極海にかけて戦闘航海を行い、捕鯨船や鯨油加工船を14隻含む32隻、約155,000トンの連合国船舶を撃沈、また拿捕しました。

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(「ピングイン」の武装は舷側下に偽装板を設け隠蔽されていました。後甲板には船倉を利用して水偵や小型魚雷艇が収納されていました)

同航海では、副次的な任務として、Uボートへの補給も行いました。1941年5月8日、セイシェル諸島付近で英海軍巡洋艦コーンウォール」の襲撃を受け、機雷庫に被弾、爆沈しました。

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(「ピングイン」と交戦し撃沈した重巡洋艦コーンウォール」(「ケント級」)152mm in 1:1250 by Neptune)

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「ピングイン」は、この小説に登場する敵役のモデル?なんで鯨油加工船や捕鯨船なの、と思った方は、是非。

南極海の死闘 (Best sea adventures) | W.R.D. マクロクリン, 力, 尾坂 |本 | 通販 | Amazon

 

「シュティーア」(秘匿名:軍艦23号/Shiff 23・英海軍のコードネーム:襲撃艦J/Raider J)

www.german-navy.de

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(HSK 6「シュティーア」の概観:108mm in 1:1250 by Neptune: 6,376トン、主砲:155mm*6門、魚雷発射管6門、 水偵2機搭載、小型魚雷艇1隻搭載、14ノット)

 1936年建造の商船を改造したもので、1939年11月に通商破壊艦6号(HSK 6)として就役しました。当初バルト海での通商破壊船を展開後、機雷敷設船に改造され英国本土上陸作戦に使用される予定でしたが、同作戦の中止とともに、本来の通商破壊作戦に戻りました。

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(「シュティー」の主砲は船倉(上段写真)や貨物を装って(写真下段)隠蔽されていました)

1942年5月に出撃し、1942年9月に米国貨物船との戦闘で沈没するまでの大西洋での戦闘航海で、4隻、約29,000トンの連合国船舶を撃沈しました。

 

コメート(秘匿名:軍艦45号/Shiff 45・英海軍のコードネーム:襲撃艦B/Raider B)

ja.wikipedia.org

Komet (HSK7)

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(HSK 7「コメート」の概観:97mm in 1:1250 by Neptune: 3,287トン、主砲:155mm*6門、魚雷発射管6門、 水偵2機搭載、小型魚雷艇1隻搭載、機雷30個、14.8ノット)

 1937年の建造された商船を改造した船で、1940年2月に通商破壊艦7号(HSK 7)として就役しました。偽装商船としては最小です。

2度の戦闘航海を行い、1度目は1940年7月から1941年1月までの間に北極海から太平洋に進出し、その後、地球を一周してフランスに帰着しました。

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(「コメート」の主砲や魚雷発射管は舷側の遮蔽板内に隠蔽されていました。後甲板部には船倉内に水偵や小型魚雷艇が収納されていました)

2度目は1942年10月ル・アーブルを出航しましたが、出撃の翌日10月14日、駆逐艦部隊と交戦し、被弾、爆沈しました。

8隻、約52,000トンの連合国船舶を拿捕・撃沈しました。

 

「コルモラン」(秘匿名:軍艦41号/Shiff 41・英海軍のコードネーム:襲撃艦G/Raider G)

ja.wikipedia.org

Kormoran (HSK 8)

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(HSK 8「コルモラン」の概観:131mm in 1:1250 by Neptune: 8,736トン、主砲:155mm*6門、魚雷発射管6門、 水偵2機搭載、小型魚雷艇1隻搭載、機雷360個、18ノット)

1938年の建造された商船を改造した船で、1940年10月に通商破壊艦8号(HSK 8)tosite就役しました。通商破壊艦としては最大の船で、1940年12月から1941年11月までの戦闘航海で 大西洋、インド洋で11隻、約69,000トンの連合国船舶を拿捕・撃沈しました。

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(「コルモラン」の主砲や魚雷発射管は舷側の遮蔽板内や船倉に隠蔽されていました。後甲板部には船倉内に水偵や小型魚雷艇が収納されていました)

 

1941年11月29日、オーストラリア海軍の巡洋艦シドニー」と遭遇し、オランダ船を偽装して接近した後、近距離砲戦の結果、複数の命中弾を与え、加えて魚雷も命中さるなど「シドニー」を大破(後、沈没。生存者なし)させましたが、自艦も被弾し大火災を起こし乗組員は艦を放棄せざるを得ませんでした。こうして、「コルモラン」はドイツの偽装商船の中で唯一、連合国軍艦を沈める戦果を挙げた艦となりました。

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(「コルモラン」と交戦したオーストラリア海軍軽巡洋艦シドニー」(「パース級」):135mm in 1:1250 by Neptune)

 

「ミヒェル」(秘匿名:軍艦28/Shiff 28・英海軍のコードネーム:襲撃艦H/Raider H)

ja.wikipedia.org

Michel (HSK 9)

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(HSK 9「ミヒェル」の概観:106mm in 1:1250 by Neptune: 4,740t, 主砲:155mm*6門、魚雷発射管6門、 水偵2機搭載、小型魚雷艇1隻搭載、16ノット)

1939年のされた商船を改造した船で、1941年9月に通商破壊艦9号(HSK 9)として就役しました。1942年3月に出撃し、大西洋からインド洋で通商破壊活動を行い、1943年3月、同盟国の日本(神戸)に寄港。その後、5月にインド洋から太平洋で通商破壊戦を展開しますが、日本への帰港途上、1943年10月父島沖で米潜水艦の雷撃により撃沈されました。

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(「ミヒェル」の武装は船倉に隠蔽されていました。後甲板部には船倉内に水偵や小型魚雷艇が収納されていました)

上記の戦闘航海を通じ、18隻、約127,000トンの連合国船舶を沈めました。

 

以上のように、ドイツ海軍の通商破壊艦を見てきましたが、その活躍の時期は1942年の初頭までで、つまり有力な海軍航空兵力を備えた米国の参戦後は、ほとんど活動の場を見出せなくなってしまいました。

それはさておき、商船ならではの長い航続距離を活かして神出鬼没を狙い通商路を脅かす偽装商船と、それを追う英艦隊の物語は、実に興味がつきません。しかし実はあまり物語化されておらず、昔はYoutubeで偽装商船の登場する古いモノクロの映画など観れたような記憶があるのですが、著作権から制限がかかったのか今では探すことができません。

ガラガラと舷側の偽装板が降ろされて、ヌッと砲身が現れる、そんな映画だった記憶があるのですが・・。

どなたか、お勧めの書籍(できれば小説がいいかなあ)や、映画があれば教えていただけるとありがたいです。

 

偽装商船というと記憶に新しいところで、こんなのもありましたね。

www.gundam-unicorn.ne

ガンダムUC  ネオ・ジオン軍 偽装貨物船「ガランシェール

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(上記の写真はコスモフリート・コレクションから。ノンスケールモデルですが、全長60mm程のモデルです。おおよそ1:2500かと)

ガランシェール」は固有の武装を持っていません。船倉に4機のモビルスーツを搭載し、これがこの船の主戦力を構成しています。ストーリーの最初から「偽装貨物船」なんて出てくるものだから、あっという間にストーリーに引き込まれてしまいました。もう少し活躍して欲しかったなあ。

 

ということで、今回はここまで。

 

次回は(多分)通商破壊戦つながりで、Uボートのお話をしましょうかね。こっちは映画もたくさんあるし・・・。

 

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第二次世界大戦下のドイツ海軍巡洋艦(軽巡洋艦・重巡洋艦)

今回は、前回の陽光あふれるような、ちょとはしゃいだ地中海(アドリア海)から一転して、鈍色のバルト海、北海に視点を移して、どちらかというと本稿の本筋に近い艦船群のご紹介です。

とは言え、アドリア海編も着々と準備が進行中で、前回の主人公であった「アドリア海の真珠号」も少しディテイルアップなど進んでいます。

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(遊覧飛行母船「アドリア海の真珠」号の概観。103mm in 1:1250 by C.O.B. Constructs and Miniatures:下の写真は、少しデリック部分をディテイル・アップ)

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さらに、ほら、飛行艇ダボハゼ」らしきものも・・・。

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(「ダボハゼ」は、ちょっと迷彩を間違ったかも。もう一回やり直しかな?でもまだ尾翼部分は塗装できていないんだな?空賊連合も飛行船、手に入れたのか?)

 

でも「今回は、浮き立つ心を押さえて、少し真面目に」、そんなお話し。

 

本稿でもご紹介しましたが。第一次世界大戦に敗れたドイツ帝国は、大戦前には主力艦の保有数で英国に次いで世界第二位の規模を誇っていた海軍をほぼ失います。

fw688i.hatenablog.com

大戦後のベルサイユ条約で認められた海軍の保有艦艇は日本海軍で言えば日露戦争当時の主力艦であった前弩級戦艦8隻と同時代の旧式の防護巡洋艦8隻、駆逐艦水雷艇魚雷艇が各14隻という規模で、潜水艦・航空母艦保有は認めない、という明らかに沿岸警備の機能しか持たせないことを狙った制限が課せられました。

fw688i.hatenablog.com

 

条項には保有を許された艦艇については、戦艦と巡洋艦については艦齢20年に達したものについて代艦の建造が認められていましたが、戦艦については排水量10000トン以下、主砲口径28センチ以下に、巡洋艦も6000トン以下という制限が設けられていました。

その制限下で、「ドイッチュラント級」装甲艦の設計構想が生まれ、これを機にヨーロッパでは新たな世代の主力艦とでも言うべき「新戦艦」の時代が到来するのですが、これは既に本稿でも上記の回でご紹介したところです。

 

さて、上記の「ドイッチュラント級」装甲艦の建造に先立ち、巡洋艦について見ると、ドイツ海軍はベルサイユ条約の制限下で保有を許された旧式防護巡洋艦「ニオべ」の代艦として1921年軽巡洋艦「エムデン」を起工します。

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(ベルサイユ条約保有が認められた小型巡洋艦「ニオべ」の概観。81mm in 1:1250 by Navis :1900年頃に10隻が建造された「ガツェレ級」の一隻で、2600トン級の船体に4インチ速射砲を10門搭載していましたが、速力は22ノットで、20年代巡洋艦としてはは第一線の戦力とは言えなくなっていました)

ja.wikipedia.org

 

軽巡洋艦「エムデン」(1921-1945:同型艦なし)

同艦は第一次世界大戦後ドイツ海軍が建造した最初の大型の戦闘艦で、設計は基本的に第一次大戦時のドイツ帝国海軍の軽巡洋艦に準じたもので、兵装配置などはオーソドックスといえ目だった新機軸は用いられない手堅い設計でした。ただし、排水量制限を意識して電気溶接を多用した軽量化が計られ、そうした意味では新世代の艦船群の先頭を切るにふさわしいと言っていいかもしれません。

さらに艦名に第一次大戦で神出鬼没の通商破壊戦で英海軍を翻弄した「エムデン」を冠するあたりなど、新生ドイツ海軍の矜持を垣間見ることができるかもしれません。

ja.wikipedia.org

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(ベルサイユ条体制下で初めてドイツ海軍が建造した巡洋艦「エムデン」の概観。125mm in 1:1250 by Hansa :5400トンの船体に6インチ単装砲8基を搭載し、30ノットの速力を出すことができました)

 

「エムデン」は第二次世界大戦では、緒戦に機雷敷設作戦に参加、その後ノルウェー侵攻作戦に参加したのちは、主としてバルト海練習艦として運用されました。大戦末期にはソ連軍の侵攻の迫る東部戦線、東プロイセンからの避難・撤収などの従事しました。

1945年4月、キール軍港への空襲で被弾し5月に自沈しています。

 

ケーニヒスベルク級」軽巡洋艦

(「ケーニヒスベルク」1929-40 「カールスルーエ」1929-40 「ケルン」1930-45)

上述の「エムデン」に引き続き、ドイツ海軍はべルサイユ条約制限下での6000トン級軽巡洋艦の新たな艦級を建造します。

ja.wikipedia.org

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(「ケーニヒスベルク級」軽巡洋艦の概観。139mm in 1:1250 by Hansa :条約制限一杯の6000トンの船体に6インチ三連装砲塔3基を搭載し、32ノットの速力を出すことができました)

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(「ケーニヒスベルク級」軽巡洋艦の特徴である6インチ三連装砲塔。中段の写真では、艦尾部のオフセット配置がよくわかります。このオフセット配置は、艦首部への砲撃に対応するための工夫でしたが、艦構造の中央部を外した砲塔配置となったため、構造上の欠陥となり、次級の「ライプツィヒ級」では、全て中央線上の配置と改められました。写真下段では、新設計の88mm連装高角砲の配置がよく分かります

 

「エムデン」が従来の第一次大戦型の軽巡洋艦タイプシップとした比較的オーソドックスな設計であったのに対し、同級では「エムデン」で導入した電気溶接の多用に加え、上部構造に軽合金を用いるなど、条約制限の6000トン内でより有力な巡洋艦建造が目指されます。砲兵装では「エムデン」が防楯付きの単装砲架で45口径15センチ主砲を8基装備したのに対し、新設計の60口径15センチ速射砲の3連装主砲塔が導入され、この3連装主砲塔を艦首部に1基、艦尾部に2基搭載していました。艦尾部に搭載された2基の主砲塔は、やや左右にオフセットして配置され、左右両舷の艦首方向に対してもどちらかの砲塔が広い射界を得られるように工夫がありました。

しかし、このオフセット配置は結果的には失敗で、中央線からずらせて配置した艦尾部の主砲塔重量により船体に亀裂を生じるなどの課題が生じ、バルト海と北海以外では活動を制限することとなりました。 

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(「ケーニヒスベルク級」軽巡洋艦の3隻勢揃い。奥から「ケーニヒスベルク」「カールスルーエ」「ケルン」の順)

 

ケーニヒスベルク:第二次大戦開戦後は北海で機雷敷設に従事したのち、1940年のノルウェー侵攻作戦にベルゲン攻略部隊の一員として参加。ベルゲン占領には成功しますが、ノルウェー軍の陸上砲台との交戦で被弾し、その修復中の4月10日に英軍機の空襲を受け被弾、沈没しました。 

カールスルーエ:1936年にはスペイン内戦に準じて酢終えイン海域に派遣されています。第二次世界大戦では、1940年のノルウェー攻略作戦にクリスチャンサン・アーレンダール抗力部隊として参加し、陸上砲台と砲火を交えながら、攻略戦の成功に貢献しました。

その帰途、4月9日、英潜水艦の雷撃を受け被雷。味方水雷艇の魚雷で自沈処分されました。 

「ケルン」:第二次大戦緒戦、同艦はバルト海で活動し、その後北海およびイギリス沿岸で機雷敷設作戦に従事しました。1940年のノルウェー攻略戦にはベルゲン攻略部隊に参加しています。その後、バルト海東方で戦艦「ティルピッツ」などと共にソ連海軍の出撃警戒などを行ったのち、1942年にはノルウェー北部に移動し、ソ連向けの輸送船団等に対する警戒に当たります。1942年12月に発生したバレンツ海海戦の結果、ヒトラーが海軍に対し大型戦闘艦の退役命令を出し、その結果、「ケルン」はノルウェー海域を離れドイツ本土のキール軍港に回航され退役しました。

その後、退役命令の撤回と共に再就役しますが、進出先のオスロフィヨルドで英軍基の空襲を受け至近弾で損傷、修理のために移ったヴィルヘルムス・ハーフェンで再び爆撃を受け、大破着底の状態で敗戦を迎えました。

 

ライプツィヒ級」軽巡洋艦

(「ライプツィヒ」1931-敗戦時残存 「ニュルンベルク」1935-敗戦時残存)

同級は前出の「ケーニヒスベルク級」軽巡洋艦お改良型で、ドイツ海軍が建造した最後の軽巡洋艦の艦級です。「ケーニヒスベルク級」で構造上の欠陥となった艦尾部の主砲塔のオフセット配置を改め、全てセンター配置としています。さらに構図を強化したためベルサイユ条約の制限排水量を超えていましたが、公式には制限内と公表されていました。

2番艦の「ニュルンベルク」ではさらに艦橋の大型化、対空兵装の強化などが行われ、「ライプツィヒ」の同型艦として扱われながら、実際には艦型がさらに大型になっています。

ja.wikipedia.org

 

ケーニヒスベルク級」で構造上の欠陥となった艦尾部の主砲塔のオフセット配置を改め、全てセンター配置としています。さらに構図を強化したためベルサイユ条約の制限排水量を超えていましたが、公式には制限内と公表されていました。

2番艦の「ニュルンベルク」ではさらに艦橋の大型化、対空兵装の強化などが行われ、漬けいかんとして扱われながら、実際には艦型がさらに大型になっています。

 

ライプツィヒ:第二次大戦緒戦ではポーランド攻略戦に参加、ポーランド海軍艦艇の脱出阻止作戦に従事しましたが、結果的には失敗しています。以下をご参考に。

fw688i.hatenablog.com

その後、北海で機雷敷設を行ったのち、1939年12月、イギリス沿岸で展開中の駆逐艦部隊による機雷敷設作戦に支援部隊として参加しますが、英海軍の潜水艦からの魚雷攻撃で損傷しました。

自力で帰港後にキール軍港で修理されますが、完全に修理されないまま練習艦として再就役します。その後、バルト海方面で活動を続けましたが、1944年10月、重巡洋艦プリンツ・オイゲン」と衝突損傷し、その後完全に修復されることのないまま、東部戦線からの避難民支援、ソ連軍に対する艦砲射撃などに従事、敗戦を迎えています。

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(軽巡洋艦ライプツィヒ」の概観。143mm in 1:1250 by Hansa :「ケーニヒスベルク級」で欠点として発見された船体強度の強化のために艦型を大型化し条約制限を超えたの6300トンの船体に6インチ三連装砲塔3基を搭載し、32ノットの速力を出すことができました。下の写真は、「ライプツィヒ」で中央線上の配置に改められた艦尾部の主砲塔配置:左は「カールスルーエ級」右は「ライプツィヒ」)

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ニュルンベルク第二次世界大戦緒戦は、北海での機雷敷設に従事、その後、上記の「ライプツィヒ」と共にイギリス沿岸での機雷敷設作戦に両艦の「ライプツィヒ」「ケルン」と共に支援部隊を編成し、その旗艦(ギュンター・リュッチェンス少将座乗:後に戦艦「シャルンホルスト」「グナイゼナウ」を率いて大西洋で通商破壊作戦で成功、さらに戦艦「ビスマルク」を指揮して最初で最後の戦闘航海に出撃し、同艦と運命を共にしました)として出撃しました。この出撃で英潜水艦から2発の魚雷を被雷し損傷しましたが、自力航行で帰港。

ja.wikipedia.org

修復後、1940年にノルウェー攻略戦に参加。1941年には練習艦とされ、戦艦「ティルピッツ」など共にバルト海で活動。その後1942年にはノルウェー北部で活動しました。f:id:fw688i:20201108113221j:image

(軽巡洋艦ニュルンベルク」の概観。146mm in 1:1250 by Hansa :「ライプツィヒ」の艦橋部を大型化し、更に船体が大型化しています。8300トンの船体に6インチ三連装砲塔3基を搭載し、32ノットの速力を出すことができました。下の写真は、「ライプツィヒ」と「ニュルンベルク」の艦橋の大きさの比較:奥が「ニュルンベルク」手前は「ライプツィヒ」。艦橋の基部の大きさの違いが分かります)

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バレンツ海海戦後のヒトラーの大型戦闘艦退役命令で1943年に一旦本国に戻りますが、その後再びバルト海で避難民保護、機雷敷設などに従事しました。敗戦時には燃料不足からコペンハーゲンに留まっていました。

敗戦後、賠償艦としてソ連に引き渡され、「アドミラル・マカロフ」として就役しています。(1961年解体)

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(ドイツ海軍が第二次世界大戦に投入した軽巡洋艦4艦級の比較。手前から「エムデン」「ケーニヒスベルク級」「ライプツィヒ」「ニュルンベルク」の順。次第に関係が大型化しています

 

アドミラル・ヒッパー級重巡洋艦

(「アドミラル・ヒッパー」1939-45 「ブリュッヒャー」1939-40 「プリンツ・オイゲン」1940-敗戦時残存 他に未成艦2隻「ザイトリッツ」「リュッツォー」)

同級は第一次世界大戦後、ドイツ海軍が建造した唯一の重巡洋艦の艦級です。

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(「アドミラル・ヒッパー級重巡洋艦の概観。163mm in 1:1250 by Hansa :十分な防御力と有力な砲兵装を有していましたが、ワシントン条約制限を超えたの14000トンの船体となりました(公称は10000トン)。新設計の60口径8インチ連装砲塔4基を搭載し、32ノットの速力を出すことができました)

 

ベルサイユ条約の制限を破棄する再軍備計画の一環として設計され、当初は列強の条約型重巡洋艦と同等の 10000トン級の重巡洋艦として構想されましたが、高速性能と防御力への要求からワシントン・ロンドン条約重巡洋艦の制約を大きく超える14000トン級の艦として設計がまとめられました。(公称は10000トンのまま)

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 英独海軍協定でドイツ海軍の大型艦建造が可能になるとすぐに2隻が起工されましたが、性能上は列強の重巡洋艦に引けを取らないながらも、ドイツ海軍の用兵構想から見ると設計を大型化した割には航続距離などの点で、先行して整備されていた「ドイッチュラント級」装甲艦や「シャルンホルスト級」戦艦などに追随できず、通商破壊戦への適性等の視点からは用途が限られる「やや残念」な艦級となってしまいました。(参考:航続距離:アドミラル・ヒッパー級:20ノットで6800海里、シャルンホルスト級:19ノットで8800海里、ドイッチュラント級:20ノットで10000海里)

しかし個艦としては有力は32ノットの速力を有し、強力な兵装と十分な防御力を兼ね備えた有力な軍艦でした。

特に砲兵装は強力で、主砲としては新設計の60口径20.3センチ砲を連装砲塔で4基搭載していました。同砲は122kgの砲弾を33500m届かせる性能があり、戦艦並みの射程距離があるのですが、実戦ではそれよりも60口径の長砲身により高初速で中近距離での貫徹力が高く、散布界も良好で、中近距離での戦闘に最大の効果を発揮する砲でした。

さらに高角砲を連装砲架で6基搭載しており、同砲は毎分15−18発の射撃速度を有する優秀な砲でした。

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(「アドミラル・ヒッパー」(手前)と「ブリュッヒャー」)

 

アドミラル・ヒッパー:1940年にノルウェー侵攻作戦に参加。トロンヘイム沖海戦では、英駆逐艦グローウォームと交戦、体当たりにより損傷を負いながらもこれを撃沈しています。

その損傷を修理した後、同艦は1941年の3月まで数度にわたり大西洋での通商破壊戦に従事します。同艦は機関に問題を抱えていたためしばしば帰港し修理を余儀なくされますが、それでも1941年2月にはSLS-64船団を襲撃し同船団の7隻を撃沈する戦果をあげています。

1942年からはノルウェー海域に進出し、装甲艦「ドイッチュラント」「アドミラル・シェーア」戦艦「ティルピッツ」などと共に対ソ連向けの輸送船団PQ船団の襲撃機会を求めますが、水上艦部隊による戦果はなかなか上がりませんでした。(主な戦果は航空機と潜水艦により挙げられました)

1942年12月31日、JW51B船団の襲撃戦にクメッツ艦隊の旗艦として参加。同船団の直衛駆逐艦部隊、これを支援する英巡洋艦部隊と交戦します(バレンツ海海戦)。駆逐艦数隻を撃沈、撃破したものの、船団自体には損害を与えることができず、逆に英巡洋艦の攻撃で「アドミラル・ヒッパー」は被弾し損傷してしまいます。

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同海戦は、ドイツ海軍の水上戦闘艦部隊が臨んだ最後の海戦と言ってよく、しかしこの海戦での戦果に失望したヒトラーは、海軍司令長官レーダー元帥を解任し、大型水上艦艇の退役を命じる(後にこの命令は撤回されますが)というおまけがつきます。

「アドミラル・ヒッパー」も上記の総統命令で一旦退役させられますが、後に復帰し戦争末期にはバルト海での陸上砲撃や避難民の待避支援・輸送等に従事しました。

1945年5月にはキールのドックで空襲により大破着底して敗戦を迎えました。

ブリュッヒャー1940年のノルウェー侵攻作戦に参加し、オスロ攻略部隊の旗艦として参加します。1940年4月4日、オスロフィヨルドに侵入したドイツ艦隊に対しオシカシボルグ要塞の28センチ砲が射撃を開始し、「ブリュッヒャー」は被弾して炎上、さらにカホルム島の魚雷発射管から至近距離で魚雷攻撃を受け、同艦は航行不能に陥り、翌日の早朝、転覆沈没しました。

プリンツ・オイゲン:同艦は「アドミラル・ヒッパー級」の3番艦ではありますが、艦首形状をクリッパー型に変更して設計され、航空艤装にも変更が加えられ、更に艦型が大型化しています。

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(「アドミラル・ヒッパー級」を更に大型化した「プリンツ・オイゲン」の概観:172mm in 1:1250 by Hansa)

就役直後に第二次世界大戦の開戦を迎え、最初の作戦参加は1941年5月の戦艦「ビスマルク」に帯同した「ライン演習」でした。この出撃中にデンマーク海峡で英戦艦「プリンス・オブ・ウエールズ」「フッド」と交戦し、「フッド」を轟沈、「プリンス・オブ・ウェールズ」にも損害を与える砲戦に「プリンツ・オイゲン」も参加し、命中弾を与えました。一方で、「ビスマルク」も命中弾を受け損傷したため、2隻での作戦は中止となり、「ビスマルク」はブレストへの回航を目指し、「プリンツ・オイゲン」は単艦で通商破壊戦を継続することになりました。しかしその後、機関の不調を生じ、6月にブレストに帰還しました。

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1942年2月、英空軍の空襲に晒されるブレスト軍港から戦艦「シャルンホルスト」「グナイゼナウ」と重巡洋艦プリンツ・オイゲン」をドイツ本国に回航する「ツェルベルス作戦」が発動され、「プリンツ・オイゲン」は無事ドイツに帰還しました。

ja.wikipedia.org

その後、ノルウェー海域への移動途上で英潜水艦の雷撃で艦尾を失う大損害を受け、1942年10月までを修復に費やしました。

その後、バルト海練習艦任務に従事した後、バルト海での対ソ連作戦での李k城への支援砲撃任務に従事することになります。

1945年4月にコペンハーゲンに移動し、その地で敗戦を迎えています。

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(「アドミラル・ヒッパー級重巡洋艦の勢揃い。手前から「アドミラル・ヒッパー」「ブリュッヒャー」「プリンツ・オイゲン」の順)

 

こうして第二次世界大戦を生き残った「プリンツ・オイゲン」でしたが、アメリカ軍のビキニ環礁での原爆実験に日本海軍の戦艦「長門」などと共に供されます。実験後も沈没しなかった同艦はその後クェゼリン環礁に運ばれ、同地で座礁、現在でも同地で残骸を確認することができます。

ザイトリッツ:同艦は1942年8月に80%程度完成した時点で空母への改装が決定されましたが、完成する事はありませんでした。

リュッツオウ:1939年に進水、艤装中に第二次世界大戦の海戦を迎えました。その後、艦橋の基部と1番砲塔、4番砲塔を設置した状態で、当時はドイツと同盟関係にあったソ連に売却され、レニングラードに回航され「ペトロパブロフスク」と改名されました。独ソ戦開戦後は同地でドイツの侵攻部隊に対し砲撃を加えています。

その後「タリン」「ドニエプル」と改名ののち1958年に除籍されました。

 

6インチ砲搭載の軽巡洋艦

1936年どの計画では、同級の設計を基にした6インチ砲搭載の軽巡用艦の建造が計画されていました。

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(「アドミラル・ヒッパー級」の3番艦以降は当初は6インチ砲装備の軽巡洋艦として完成させる計画がありました。170mm in 1:1250 by Hansa :下の写真は、同艦級の特徴。6インチ三連装砲塔の配置と強化された航空艤装。このモデルを見ると通商破壊戦を展開させる際、有力な航空偵察能力を発揮して敵船団を捜索するような用途が推測されます 

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偵察巡洋艦計画 

大西洋での通商破壊戦を海軍戦略の重要な要件の一つとしていたドイツ海軍は、標的となる船団を発見し追跡するt「偵察艦」の建造を計画していました。36ノットの高速を発揮する大型の駆逐艦というような形状の艦で、1943年に計画は中止されています。

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(偵察巡洋艦の概観。122mm in 1:1250 by Hansa:7500トン級の船体に、6インチ連装砲塔3基を搭載し、36ノットの高速を発揮することができました。 

military.sakura.ne.jp

 

 第二次世界大戦におけるドイツ海軍は、なんと言っても再建途上であり、量的には英海軍と正面を切って対決する事はできませんでした。その為、当初から戦略的な重点を置くことが予定されていた通商破壊戦に、より重点を置くことになるわけですが、特に後半、圧倒的な物量を持つ米国の参戦と航空機の発展に伴うエアカバーエリアの拡大によって、水上艦艇による通商破壊戦はほとんど適応の余地がなくなってしまいます。

更に「巡洋艦」という限定的な視点で見ると、量的にも質的にも全く不十分で、それが用兵面でもしばしば積極性の欠如のような形で現れ、戦局に効果的な役割を果たせなかったと言えると考えています。

どこかで書きましたが「ちょっと残念な」という感じですね。

個人的には、しかし、その優美なデザインは大好きです。本当に美しい。

 

という訳で、今回はここまで。

 

次回は、どうしようか?今回の続き、という訳ではないですが、通商破壊艦、いわゆる仮想巡洋艦のお話でも?筆者の予告編はあまり当てにはなりませんが。

 

もし、「こんな企画できるか?」のようなアイディアがあれば、是非、お知らせください。

 

模型に関するご質問等は、いつでも大歓迎です。

特に「if艦」のアイディアなど、大歓迎です。作れるかどうかは保証しませんが。併せて「if艦」については、皆さんのストーリー案などお聞かせいただくと、もしかすると関連する艦船模型なども交えてご紹介できるかも。

もちろん本稿でとりあげた艦船模型以外のことでも、大歓迎です。

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ちょっとはしゃいだ番外編:水上機母艦「デダロ」改め遊覧飛行母船「アドリア海の真珠」号

このところ、本稿前回でご紹介したスペイン海軍水上機母艦海上移動航空基地)「デダロ」の工作に時間を使っています。その経過をご紹介。まだ途中なんで、これからまだまだ手を入れていく予定ですが。

今回はそんなお話し。

 

まずは「デダロ」のご紹介を改めて。(前回の再録、ここから開始)

スペイン海軍 水上機母艦「デダロ」

既に本稿の購読者の方にはお馴染みのShapewaysで、ちょっと面白い船を発見したので、早速お取り寄せしてみました。(作者は本稿でもお世話になっている C.O.B. Constructs and Miniatures)

www.shapeways.com

「デダロ」はスペイン海軍が第一次世界大戦後にイギリスから購入した商船を改造して建造した水上機母艦です。水上機母艦と書きましたが、実際には飛行船(気球)と水上機を運用することが可能で、スペイン海軍における正式呼称は「海軍移動航空基地(Estación Transportable de Aeronáutica Naval)とされていたようです。リーフ戦争(第3次リーフ戦争 - Wikipedia)で実戦参加しており、スペイン内戦で空襲をを受け沈没しています。

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(直上の写真:「デダロ」の概観。とりあえず下地処理をしてあります。103mm in 1:1250 by C.O.B. Constructs and Miniatures)

10000トン級の船体で、最大速度は10ノット程度。(もしかするとこの低速のために、あえて「母艦」という呼称を使わなかったんじゃないかな?と、これは筆者の憶測です)艦首甲板に飛行船の整備格納庫と繋留マストを持ち、艦尾部には12機から20機の水上機を運用可能な収納甲板を持っていました。

dedalod.jpg (12282 bytes)

http://www.revistanaval.com/www-alojados/armada/buques1/dedalo.htm (出典元)

ja.wikipedia.org

(直下の写真:「デダロ」の艦首部と艦尾部の拡大。何と艦首部の格納庫には飛行船が。筆者がこの船に惹かれた理由はまさにこれ!寸法からすると、飛行船としてはかなり小さいのですが、例えば実際に第一次世界大戦時には、飛行船が船団護衛に用いられたケースなどもあるようです。さらに、艦尾の飛行甲板にはエレーベーターも)

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こういう艦船は、筆者の想像力を、やたら、かき回します。

ストレートにスペイン海軍の艦船として作るべきだとはわかっていながら、「地中海、水上機・・・それになんだって?飛行船?」と頭のどこかがピクリ。そして「スペイン海軍が民間に払い下げて、その後、地中海で遊覧飛行の拠点になって・・・」などというストーリーが浮かび、大戦間のアドリア海で「表向きは遊覧飛行船の会社なんだけど、実は」なんて話に発展したりして。あるいは「当船のお客様の中には、確かに少しその筋の方々もいらっしゃいますが、皆さん、当船にとっては大切なお客様でして。当船はどなたにも同じサービスをご提供させていただいております。あ、はい、もちろん飛行艇の燃料やお食事などもご提供するサービスには含まれております。え?赤い戦闘飛行艇?最近は見かけませんね」なんてね。

・・・ということで、少し遊んでみましょう。年内には少しストーリー付きで、公開する(かも)。

(再録、ここまで)

 

で、想像をかき回されるままに・・・。

アドリア海遊覧飛行会社所有:遊覧飛行母船「アドリア海の真珠」号(Perla dell'Adriatico)

第一次世界大戦か終了して、ベネチアの資産家がヨーロッパの金持ち相手のアドリア海の遊覧飛行会社を設立します。

折からヨーロッパ各国で大戦終了と共に余剰の兵器の整理が始まり、まず同社はスペイン海軍が保有を計画し、しかしその途上で性能不足に気づいた水上機母艦「デダロ」を、改装計画も丸ごと引き取ります(ちょっと史実とは異なります)。

さらに各国が大戦中に発注し、戦後持て余し気味となっていた飛行船、飛行艇などを入手します。一方で、ベルサイユ体制でオーストリア・ハンガリー帝国が解体され、アドリア海沿岸を中心に職を失った飛行艇パイロットを雇い入れ、あっという間に会社の根幹が整うことになりました。

こうして、遊覧飛行母船「アドリア海の真珠」号を拠点として遊覧事業が起こされるのですが・・・。

・・・・と、こんなカバーストーリーでしょうか?

(直下の写真は、遊覧飛行母船「アドリア海の真珠」号の概観。103mm in 1:1250 by C.O.B. Constructs and Miniatures:搭載しているのはイタリア海軍が放出した水上飛行機とオーストリア海軍が手放した武装を外した戦闘飛行艇(Lohner L型)。黄色い一機は、オーナー家族所有の飛行艇

背景のアドリア海の古い要塞跡の上空に浮かんでいるのは、同社ご自慢の遊覧飛行船「トリエステ号」。同船はアメリカ海軍の最新鋭の飛行船(ZMC 21)の設計をベースに建造された同社オリジナルの飛行船で、ヘリウムを用い安全性と高速、快適さを売り物にしていました(とか?)。

(右下写真)「アドリア海の真珠号」の利用客は、ベネチアから大型の飛行艇アドリア海を遊弋中の同船に送迎され、数日の滞在期間中に小型の飛行艇や水上飛行機、飛行船などでアドリア海の遊覧飛行や観光を楽しむことができました)

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( ちょっと模型的な話をすると、実はこの「白い塗装」というのが、意外と難しいのです。ええ?そんなことない?私だけ?)

 

1920年台後半の、時代背景としては・・・ 

さて、呑気に遊覧飛行などを楽しめる「金持ち」とは裏腹に、世の中は実は第一次世界大戦後の深刻な不況の真っ只中で、敗戦国ドイツでは猛烈なインフラの中から、やがてナチスが台頭します。イタリアは先勝国ではありながらこれまた深刻な不況に喘ぎ、ファシスト党の独裁色が深まっていく最中にありました。

国家ファシスト党への投資を銀行で薦められたポルコ・ロッソが「そういう話は、人間同士でしてくれ」といなす、そんな時代ですね。

アドリア海では前述のオーストリア・ハンガリー帝国の崩壊と軍の解体の中で、大量の軍人が国と職を失い、アドリア海を航行する船舶の用心棒稼業=空賊として一世を風靡していました(ほんとかな?)

(直下の写真は、前述のアドリア海遊覧飛行会社の保有する2隻の飛行船。一隻は上で紹介した「トリアステ号」(銀色)。もう一隻(白)はその優雅な空中での姿から「Cara Gina :愛しいジーナ」と呼ばれた飛行船で、前身は英海軍の船団護衛用の対潜飛行船(SSZ 19)でした。あれれ、赤い戦闘飛行艇が・・・)

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ということで、今回は筆者の妄想の世界の入り口のご紹介。赤い戦闘飛行艇が現れたということは、もちろんいずれは奴らも・・・(ですね)。

イタリア海軍(空軍?どっちだ?)の空賊警備部隊も登場する予定。

もちろん、船自体ももう少し手を入れる予定です。

 

という訳で、今回はここまで。

ちょっと色々と頭の中で楽しいでいて、あまり物事が進みませんでした。ご容赦を。

 

次回は、どうしようか?今回の続きは、1週間では、ちょっと準備不足になるかも。

もし、「こんな企画できるか?」のようなアイディアがあれば、是非、お知らせください。

 

模型に関するご質問等は、いつでも大歓迎です。

特に「if艦」のアイディアなど、大歓迎です。作れるかどうかは保証しませんが。併せて「if艦」については、皆さんのストーリー案などお聞かせいただくと、もしかすると関連する艦船模型なども交えてご紹介できるかも。

もちろん本稿でとりあげた艦船模型以外のことでも、大歓迎です。

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新着モデルのご紹介:「大淀」竣工時、と、ちょっと面白い船、入手

コレクションに欠けていた軽巡洋艦「大淀」の竣工時のモデルが到着しましたので、ご紹介します。併せて、想像力を掻き立てられるちょっと面白い船が入手できたので、それもご紹介。今回はそういうお話。

 

軽巡洋艦「大淀」竣工時のモデル

軽巡洋艦「大淀」は本稿ではこれまでに二度ほど登場しています。

一度は日本海軍の巡洋艦開発小史の下記の回。

fw688i.hatenablog.com

この回では日本海軍が建造した最後の巡洋艦、そして唯一、魚雷装備を持たない巡洋艦という扱いで紹介しています。

 

今一度は下記の回。

fw688i.hatenablog.com

この回ではその設計構想を具現化した同艦の最大の特徴である長大なカタパルトについて、少しだけ紹介しています。

 

しかしこのいずれの回の時点でも筆者の手元には「大淀」竣工時のモデルがなく、先週、ようやく手元に到着しましたので、ご紹介します。

 

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(直上の写真:「大淀」竣工時の概観。153mm in 1:1250 by Trident /船体の後部三分の一を締める長大なカタパルトを搭載しています)

 

米海軍を仮想敵とし、艦隊決戦を構想する日本海軍が、両者の物量の差をを勘案した場合、太平洋を渡洋してくる米主力艦部隊に対する漸減邀撃作戦を展開し、ある程度その戦力を削いだ上で主力艦同士の決戦に移行する必要があるという構想を立てていました。

潜水艦はその邀撃の重要な担い手で、その潜水艦部隊を指揮、誘導する旗艦として有力な航空索敵能力を持ち強行偵察が可能な偵察巡洋艦の建造を計画していまいした。その構想の元「大淀」は建造されました。

ja.wikipedia.org

Japanese cruiser Ōyodo - Wikipedia

当初設計案では航空偵察能力に重点がおかれ、主砲も魚雷も搭載しない設計でしたが、その後、強行偵察を考慮し主砲のみ装備することとなりました。

その主装備である航空偵察には、当初、新型の長大な航続距離を持ち、戦闘機も振り切ることができる高速を発揮できる水上偵察機「紫雲」が予定され、その運用のために、「大淀」は艦中央に航空機格納庫を持ち、さらにその後部に呉式2式1号10型という形式の圧縮空気型カタパルトを搭載していました。このカタパルトは6tまでの機体を40秒間隔で射出することができましたが、全長44メートルの巨大なものであり、大淀も当初、艦の後部約3分の1を割いて、このカタパルトを巨大なターンテーブルに搭載していました。

ja.wikipedia.org

しかし1943年の就役時点で、「紫雲」が想定の性能に到達せず、また戦術が航空戦力主導に移行したことから、想定された主力艦部隊同士の決戦とその前段としての潜水艦による漸減邀撃が成立しなくなっており、就役当初は輸送任務、あるいはその支援に従事しました。

筆者は、この呉式2式1号10型という「大淀」竣工時に搭載されていた圧縮空気型カタパルトは、実用実績がないので実効性が検証されていない、というリスクはあるのですが、スペック通りの性能を発揮したとすれば、例えば低速の商船改造の特設空母やあるいは飛行甲板の短い軽空母に搭載し、その戦力化に大いに効果があったのではないかと考えたりするのです。

もっとも、一方で、消耗戦により母艦航空隊の弱体化が進んでおり、力を発揮すべき航空隊自体がなかった、という実態は、如何ともし難い、という状況ではあったのですが。

 

その後「大淀」は航空機格納庫を会議室や通信機器の収納スペースに改造、大型カタパルトを通常のカタパルトに変更するなどの手が加えられ、1944年5月から、指揮専用艦として連合艦隊旗艦となりました。
fw688i.hatenablog.com

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(直上の写真:「大淀」竣工時とその後の改造後の艦尾の比較)

竣工時の姿は、上掲の巡洋艦発達小史の方にも反映しておきます。

 

そして「ちょっと面白い船」:

スペイン海軍 水上機母艦「デダロ」

既に本稿の購読者の方にはお馴染みのShapewaysで、ちょっと面白い船を発見したので、早速お取り寄せしてみました。(作者は本稿でもお世話になっている C.O.B. Constructs and Miniatures)

www.shapeways.com

「デダロ」はスペイン海軍が第一次世界大戦後にイギリスから購入した商船を改造して建造した水上機母艦です。水上機母艦と書きましたが、実際には飛行船(気球)と水上機を運用することが可能で、スペイン海軍における正式呼称は「海軍移動航空基地(Estación Transportable de Aeronáutica Naval)とされていたようです。リーフ戦争(第3次リーフ戦争 - Wikipedia)で実戦参加しており、スペイン内戦で空襲をを受け沈没しています。

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(直上の写真:「デダロ」の概観。とりあえず下地処理をしてあります。103mm in 1:1250 by C.O.B. Constructs and Miniatures)

10000トン級の船体で、最大速度は10ノット程度。(もしかするとこの低速のために、あえて「母艦」という呼称を使わなかったんじゃないかな?と、これは筆者の憶測です)艦首甲板に飛行船の整備格納庫と繋留マストを持ち、艦尾部には12機から20機の水上機を運用可能な収納甲板を持っていました。

dedalod.jpg (12282 bytes)

http://www.revistanaval.com/www-alojados/armada/buques1/dedalo.htm (出典元)

ja.wikipedia.org

(直下の写真:「デダロ」の艦首部と艦尾部の拡大。何と艦首部の格納庫には飛行船が。筆者がこの船に惹かれた理由はまさにこれ!寸法からすると、飛行船としてはかなり小さいのですが、例えば実際に第一次世界大戦時には、飛行船が船団護衛に用いられたケースなどもあるようです。さらに、艦尾の飛行甲板にはエレーベーターも)

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こういう艦船は、筆者の想像力を、やたら、かき回します。

ストレートにスペイン海軍の艦船として作るべきだとはわかっていながら、「地中海、水上機・・・それになんだって?飛行船?」と頭のどこかがピクリ。そして「スペイン海軍が民間に払い下げて、その後、地中海で遊覧飛行の拠点になって・・・」などというストーリーが浮かび、大戦間のアドリア海で「表向きは遊覧飛行船の会社なんだけど、実は」なんて話に発展したりして。あるいは「当船のお客様の中には、確かに少しその筋の方々もいらっしゃいますが、皆さん、当船にとっては大切なお客様でして。当船はどなたにも同じサービスをご提供させていただいております。あ、はい、もちろん飛行艇の燃料やお食事などもご提供するサービスには含まれております。え?赤い戦闘飛行艇?最近は見かけませんね」なんてね。

・・・ということで、少し遊んでみましょう。年内には少しストーリー付きで、公開する(かも)。

 

ということで、取り敢えず今回はここまで。

 次回は、どうしようかな?

日本海軍の航空母艦開発史」、もう少し時間がかかりそう。

前回の「タウン級駆逐艦の話つながりで「英海軍の駆逐艦」の系譜のご紹介かな、と思ったのですが、実は第二次大戦開戦後に建造された艦級に欠落あり、ということが判明してしまいました。あるいは「米海軍の駆逐艦」の系譜?こっちは行けるかも。

そう言えば、実は米海軍も英海軍も巡洋艦の体系的な紹介をしていませんね。そういう意味では「ドイツ海軍の巡洋艦駆逐艦」なども・・・。

テーマはあるけれど、結構どれも重いですね。一回では終わらない感じ。もう暫く少し気楽に行きたいなあ。

 

もし、「こんな企画できるか?」のようなアイディアがあれば、是非、お知らせください。

 

模型に関するご質問等は、いつでも大歓迎です。

特に「if艦」のアイディアなど、大歓迎です。作れるかどうかは保証しませんが。併せて「if艦」については、皆さんのストーリー案などお聞かせいただくと、もしかすると関連する艦船模型なども交えてご紹介できるかも。

もちろん本稿でとりあげた艦船模型以外のことでも、大歓迎です。

お気軽にお問い合わせ、修正情報、追加情報などお知らせください。

 

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「フラワー級」コルベットの話

本当に申し訳なく思うのですが、今回も筆者の大好きな護衛艦(コルベット)の話です。

ちょっと取り止めのない話になりそう。作りたかった、並べたかった、という感じですので。

 

本稿の「映画「グレイハウンド」に登場する艦船」の回で、「フラワー級コルベットについてはご紹介しました。

fw688i.hatenablog.com

その際に上掲の会の最後の方で、1:350のモデルと1:1250のモデルを数隻調達中と書きました。彼女達が到着。今回はそういうお話です。

 

フラワー級コルベット

フラワー級コルベットがどのような船かは、上掲の回でも紹介していますが今一度ご紹介。

ja.wikipedia.org

概要をまとめておくと、英海軍が第二次世界大戦の開戦後、再び大西洋で猛威をふるい始めた独海軍のUボート対策として、導入した艦種で、短期間での量産性を考慮して、捕鯨船を原型として設計されたほぼ対潜水艦専用の護衛艦艇です。タイプシップ捕鯨船であることから、就役当初は「対潜捕鯨船(A/S whaler)」と呼ばれていた時期もあったようです。

捕鯨船をベースとしたことから、商船出身の乗組員でも比較的運用が容易で、乗組員調達等の面からも数を揃えることができました。

兵装としては、1000トン余りの船体に4インチ砲1門と機関砲数門を搭載し、水中聴音機とアズティック、レーダーを標準装備。船尾に爆雷投下軌条2基と舷側への投射機2基、設計時期によっては前方への投射能力も加味してヘッジホッグも搭載した事例もあったようです。初期の搭載爆雷数は40発が定数とされていましたが、のちに72発まで増備されました。

量産性に対する要求から、調達の容易なレシプロ蒸気機関を主機として、16ノット程度の速力を発揮することができました。航続距離は12ノットの巡行速度で3500海里(約6600キロ)でしたが、大西洋を横断する場合を考慮すると、例えばハリファックスリヴァプール間の直線距離が約2400海里(約4500キロ)、これを約8ノット程度の船団速度にあわせ、寄港地を結ぶ迂回航路を取り、さらに回避行動を取りながら船団周辺を警戒しつつ護衛する、と考えると、航続距離には大きな課題があったと言えるでしょう。

かつ、大西洋を横断する船団の航海は、記録から見ると15日から20日程度かかると思われます。おそらくこういった長期航海の場合には、1000トン余りの船に乗組員定数の最大である85名が乗組み、荒れる大西洋を航海したでしょうから、途中数カ所の経由地での補給等があるとはいえ、居住性は劣悪だったろうと想像できます。

1939年から44年までの間に、イギリスで140隻、カナダで123隻が建造され、うち31隻が失われましたが、沈めた敵潜水艦は42隻、という戦果を残しています。まあ、対潜水艦戦の場合、複数艦、場合によっては航空機との共同作戦である場合が多く、戦果認定はかなり難しいのですが、いずれにせよ、英国のシーレーン防御に多大な貢献を残したことは間違いありません。

 

最近の愛読書「三隻の護送艦」

フラワー級コルベットについて書かれた本、ということでご紹介。知る人ぞ知る第二次大戦の海戦小説の名著「非情の海」の作者であるニコラス・モンサラットの「フラワー級コルベット乗組員時代のの乗組メモ、のような本です。まさにメモで、小説のような構成などされておらず、つらつらと日常が書き綴られています。これをベースに「非情の海」(左下)や「マールボロー号の帰港」(右下に収録)などの名作が生み出されたそうです。大変興味深い。こうした本が絶版状態です。

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古書は今のところそれほど高価ではなく手に入るのですが、本の状態もちょっと不安なので文庫を出してほしいなあ。特に最近、WFHで出勤時にはPC を持ち歩きます。手荷物が重いので、是非、文庫が欲しい! (「光人」文庫あたりにあってもいいかと、お願いしてみてはいるのですが・・・)

でも、いい本ですよ。船団護衛とか興味のある方にとっては、ね。

 

1:1250スケールのモデル

今回調達したのは、本稿でも既にご紹介済みのThe Last Square製のモデルです。

http://www.lastsquare.com/zen-cart/index.php?main_page=index&cPath=103_146_147&sort=20a&page=3

同社には上のリンクのようにCostal Forcesという名称の第二次世界大戦を扱った小艦艇のシリーズがあり、この中で「フラワー級コルベットのいくつかのヴァージョンが展開されています。まあ大雑把にいうと「初期型」(as built)、「後期型」(II)、「カナダ海軍型」「ヘッジホッグ装備型」(III)という感じでしょうか?1:1250スケールという小さなモデルでもあり、どこまでディテイルを信じていいのか、疑問を持ちだすときりがないのですが、種々のバリエーションがあった、ということでザックリ揃えてみます。(何故か、III型だけは発注しませんでした。自分でも理由がわかりません。それと、塗装は例によって筆者のオリジナルです。「こんな感じだったら、なんかそれっぽいんじゃない?」という感じの塗装なので、資料的な価値は全くありませんのでご注意を。これは、何も、今回に限ったことではないのですが)

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(直上の写真:「フラワー級コルベット初期型:1941年までに建造されました。50mm in 1:1250 by The Last Square: Costal Forces) 


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(直上の写真:「フラワー級コルベット後期型:1942年以降、建造されました)

 

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(初期型と後期型の大きな外観上の相違点は艦橋の構造にあります)


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(直上は「フラワー級コルベット、カナダ海軍仕様初期型:と言っても筆者の中では、という程度。製造元の側もタイトルは「カナダ海軍仕様」と明記していますが、特徴説明は前出の「英海軍仕様の初期型」と同じ説明文です。単に造船所の違いだけ、案外そんなところかもしれません。何せ、量産を急いだでしょうから)


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(直上は「カナダ海軍仕様の後期型」艦橋の構造が変わっているのと、艦中央部の仕様が、前出の「英海軍仕様後期型」とはやや異なっています。繰り返しになりますが、塗装は筆者の好み、分類上のご都合=見分けやすい、なので、あまり参考になりません)


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 (カナダ海軍仕様「フラワー級コルベット、前期型・後期型:右の2隻が後期型)

 

ライバル「Uボート」との比較

下の写真はライバルであるドイツ海軍のUボートとの大きさの比較です。

ここでは代表的なUボートを二種ご紹介。

第一次世界大戦でその無制限潜水艦作戦で英国を窒息の一歩手前まで追い詰めたドイツの潜水艦部隊でしたが、敗戦後、潜水艦の保有を禁じられてしまいます。ヒトラー再軍備宣言と英独海軍協定で再保有が認められ、ドイツ海軍は急速にその潜水艦部隊の再建を進めますが、十分な準備に至らないまま第二次世界大戦の海戦を迎えてしまいました。

潜水艦の役割を、艦隊決戦の補助戦力一点張りとして敵艦隊を追尾し襲撃する大型で高性能な潜水艦整備に重きを置いた日本海軍と異なり、ドイツ海軍のUボートは通商破壊戦での運用に主眼を据えて設計されており、多数を配備することにより、常設性が高く、潜水という能力により浸透性に優れるという、総力戦には最適な特徴を兼ね備える潜在脅威の高い存在でした。

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写真の1番手前が700隻あまりが建造されドイツ海軍潜水艦の主力を構成したVII型です。800トン、全長67m余りの船体を持ち、魚雷発射管を艦首に4門、艦尾に1門装備しています。予備を含め14本の魚雷を搭載することができました。両側に張り出したサドルタンクが特徴です。優秀なディーゼルターボエンジンを搭載し、水上では17.7ノットの速力を有し、水中ではモーターで7ノットの速力で移動することができました。水中を4ノットで約20時間潜航して移動することができました。深度230mまでの潜航に耐えることができたと言われています。船体内の50m余りの耐圧郭に43名の乗組員が乗り組んでいました。トイレはひとつだったそうです。

大戦を通じて使われ、多くのヴァリエーションが作られています。(51mm in 1:1250 by ???)

ja.wikipedia.org

 

写真中程に写っているのが、長い航続距離を誇るやや大型のIX型で、各型式を合計して280隻余りが建造されました。1100トン、76mの船体を持ち、艦首に4門、艦尾に2門の魚雷発射管を装備、予備を含め22本の魚雷を搭載することができました。ディーゼルエンジンを搭載し水上で18ノットを発揮し、その航続距離は13000海里に及びました。まさに通商破壊戦にはうってつけでしたが、工数が多く、量産という視点では課題がありました。(63mm in 1:1250 by Neptune)

ja.wikipedia.org

Uボートはすべての型式を合わせると1131隻が建造されており、連合国の商船を3000隻余り沈めています。うち849隻が失われ、これはドイツ軍の中で最も損耗率の高い兵種とされています。

 

ちなみに日本海軍は、単艦で見ればいずれも高性能で、中には航空機も搭載するなど高い偵察能力を有する潜水艦も揃えながら、潜水艦が撃沈した連合国商船は戦争を通じて189隻に過ぎませんでした。

 

船団護衛部隊

映画「グレイハウンド」原作版の再現

下の写真は映画「グレイハウンド」の原作、セシル・スコット・フォレスターの「駆逐艦キーリング」での護衛部隊を再現したもの。奥から「グレイハウンド」(米海軍「マハン級」駆逐艦)、「イーグル」はポーランド海軍駆逐艦「ヴィクター」、「ハリー」は英海軍のコルベット「ジェイムズ」、「ディッキー」は、カナダ海軍のコルベット「ドッジ」。

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米参戦前の護衛艦部隊の一例

さらに下の写真では、アメリカ参戦前の英海軍による典型的な護衛部隊の再現を試みています。

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(奥から、「タウン級駆逐艦、英海軍「フラワー級コルベット、カナダ海軍「フラワー級コルベット、英海軍対潜トロール船2隻)

 

タウン級駆逐艦

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ja.wikipedia.org

第二次世界大戦の緒戦、ノルウェー戦、英仏海峡での撤退戦で、ドイツ空軍の攻撃で英海軍は多くの艦隊駆逐艦を失います。これを補完するために1940年、米英間で結ばれた駆逐艦・基地協定(Destroyers-for bases deal)に基づき、米海軍は50隻の旧式駆逐艦を英海軍に譲渡します。米海軍の「コールドウェル級」「ウィックス級」「クリムゾン級」の3つの艦級の駆逐艦がこれに当てられますが、いずれも4本煙突で、設計に連続性が高く、つまり小改良の艦級であったため、英海軍ではこれらを一括して「タウン級駆逐艦と呼称しました。「タウン級」という呼称の背景には、英海軍がこれら譲渡された駆逐艦の艦名を「アメリカ・英連邦双方に共通して存在する町の名前とする」と規定していたことによります。

譲渡対象となった前述の米海軍の3艦級の駆逐艦は、概ね1000トン級の船体を持ち、30ノットから35ノットの速力を発揮し、兵装として4インチ砲4基、3インチ砲1基、3連装魚雷発射管4基を搭載する駆逐艦でしたが、英海軍は譲渡を受けた後に魚雷発射管を半減(艦によっては全廃)、搭載砲の数を減らすなどして、対潜装備に換装し、再就役させています。(78mm in 1:1250 by Argonaut)

 

対潜トロール

英海軍は船団護衛に多くの改造トロール漁船を投入しました。

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少しだけ 1:1350スケールモデルの話

本稿でも少し触れましたが、筆者はかつて1:350スケールの「フラワー級コルベットの模型を保有していました。一時期1:350スケールの「Uボート」にはまっていた時期がありまして、その流れでオークションか、中古模型店(以前はありましたよね、最近はどうなんだろうか?)でかなり格安で入手した輸入のレジンキットだったと記憶します。

ところがそれが行方不明。1:1250スケールのコレクションに移行した時に処分したのか、どこかに仕舞い込んでしまったのか・・・。

しかし、やはりこのクラスの船になると大スケールの模型もトライしたくなるもの、ということで検索すると、おお、あるではないですか。

www.amazon.co.jp

早速手配、と思ったのですが、意外や国内のチャネルで入手するのは意外と高額で、しかも希少のようです。タイプなども諸々考慮の上、結局、e-bayで購入という選択をしました。

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早速、色だけ大まかに塗り分けてみます。設計書と照らし合わせながら塗り分けたわけではないので、組み立て始めると「あれ、これこっちの色だったの?」なんてこともありそうですが・・・。どうせ、組み立て後に、色入れは改めてするでしょうし、まあそこはいいかな、と。久々の大スケールモデル(実際には、「フラワー級コルベットは、1:144スケールや、1:72スケールなども出ているので、決して大スケールには一般的には言えないのでしょうが、筆者はいつもは1:1250を扱っているので)。
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エッチングの手摺まで付属しています。だから高いのかあ、という感じですが、筆者はイギリスの出品者(多分ストアです)から送料込みで£20強で入手しています。日本円で3000円程度ですから、届くまでの時間さえ気にしなければ(と言っても10日ほどです)、お手頃な感じですね。

 

筆者にとっては久々のいわゆる「プラスティック・モデル」で、少しアウェー感もあり、仕上がりまで、もう少し時間をかけることになるかと思いますが、

仕上がりはこんな感じかなあ、と下記のリンクをご紹介(タイプは違いますが。あれ、エッチング使ってないのね、でもいい感じです。もう少し汚したい感じはしますが)。

www.tapatalk.com

また出来上がったら、ご報告します。(Uボート、作りたくなるんだろうなあ。置くとこないなあ。どうしようかな)

 

取り敢えず今回はここまで。

 

次回は、どうしようかな?

日本海軍の航空母艦開発史」はほぼ全ての艦級が揃いました。今、鋭意塗装中。白線が意外と大変なんです、実は。もう少し時間がかかりそう。

タウン級駆逐艦の話つながりで「英海軍の駆逐艦」の系譜のごしょうかな?あるいは「米海軍の駆逐艦」の系譜?

そう言えば、実は米海軍も英海軍も巡洋艦の体系的な紹介をしていませんね。そういう意味では「ドイツ海軍の巡洋艦駆逐艦」なども・・・。

 

もし、「こんな企画できるか?」のようなアイディアがあれば、是非、お知らせください。

 

模型に関するご質問等は、いつでも大歓迎です。

特に「if艦」のアイディアなど、大歓迎です。作れるかどうかは保証しませんが。併せて「if艦」については、皆さんのストーリー案などお聞かせいただくと、もしかすると関連する艦船模型なども交えてご紹介できるかも。

もちろん本稿でとりあげた艦船模型以外のことでも、大歓迎です。

お気軽にお問い合わせ、修正情報、追加情報などお知らせください。

 

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自由ポーランド海軍の艦船

今回は、表題の通り「自由ポーランド海軍」です。

前回、映画「グレイハウンド」に登場した艦船を紹介しましたが、その時にはたと気づいたこと、「そう言えば、自由ポーランド海軍(ポーランド共和国亡命政権軍)の艦船って、揃ってたんじゃなかったけ」と。

ということで手持ちのコレクションから、「自由ポーランド海軍」の艦艇をご紹介。今回はそういうお話。

 

第一次世界大戦後のポーランド海軍の整備

ポーランド共和国(第二共和国)は第一次世界大戦後、ヴェルサイユ体制下で独立国家として成立します。その際にポーランド回廊で100kmのバルト海への接続を手に入れ、ここにグディニャという新たな港湾都市を建設しました。

この港湾都市の建設に伴い、1918年にポーランド海軍が創設されました。しかし独立したての国家の海軍戦力はほぼゼロに等しく、当初は旧ドイツ帝国から獲得した水雷艇などを主力とする小さな海軍でした。

1924年、今後14年間で巡洋艦2隻、駆逐艦6隻、水雷艇12隻、潜水艦12隻を整備する海軍整備計画が立てられました。

しかし、フランスとイギリスからそれぞれ2隻の駆逐艦を、フランスから3隻、オランダから2隻の潜水艦を調達した時点で、ドイツ軍のポーランド侵攻により計画は中止せざるを得なくなります。

 

ペキン作戦と袋作戦

ドイツとの関係が悪化の一途を辿っていた頃のポーランド海軍の保有艦艇は、駆逐艦4隻、潜水艦5隻、掃海艇6隻、機雷敷設艦1隻でした。この勢力ではドイツと開戦となった場合に単独で有効な作戦活動ができないと判断したポーランド海軍首脳部は、現有艦艇の英海軍との合流を試みます。そして開戦のわずか二日前、1939年8月30日に主要艦艇のバルト海からの脱出作戦が実施されます。これが「ペキン作戦」で、駆逐艦3隻が脱出に成功します。

一方、潜水艦部隊はバルト海でのドイツ軍の海上補給路を攻撃する「袋作戦」に従事しますが、大きな戦果を上げることはできませんでした。

 

自由ポーランド海軍

1939年9月1日、ドイツ軍の越境により始まったポーランド侵攻は、翌月10月上旬には全てのポーランド国内での戦闘が終結します。

大統領による後継指名によってパリに亡命政権が発足すると、「ペキン作戦」で英国に脱出した3隻の駆逐艦亡命政権の指揮下におかれ、自由ポーランド海軍(亡命共和国海軍)が発足します。

さらにその後、バルト海を脱出してきた潜水艦2隻(「オジェウ」「ウィルク」)がこれに加わります。

 

「ブルザ級」駆逐艦(1930-:同型艦2隻)

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(直上の写真:自由ポーランド海軍「ブルザ級」駆逐艦「ブルザ」の概観。84mm in 1:1250 by Neptune)

ja.wikipedia.org

同級駆逐艦はフランス海軍の「ブーラスク級」駆逐艦(仏海軍の種別では「艦隊水雷艇」)をタイプシップとしています。1500トン級の船体に13センチ砲4門を主砲として、533mm3連装魚雷発射管2基をそれぞれ搭載し、33ノットの速力を出すことができました。

 

「ブルザ」は「ペキン作戦」により対独戦開戦直前にイギリスに脱出し、その後自由ポーランド海軍の一員として、対空兵装の換装などを行った後、主として船団護衛任務に従事しました。1944年に練習艦となった後、1945年にはポーランド潜水艦の母艦任務に就いています。

大戦終了後、ポーランドに帰国。1955年に再就役し、その後記念艦となりました。

「ヴィヘル」は、バルト海からの脱出には成功せず、1939年9月3日にドイツ空軍の爆撃で大破、自沈しています。

 

「グロム級」駆逐艦(1937-:同型艦2隻)

ja.wikipedia.org

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 (直上の写真:「グロム級」ポーランド駆逐艦の概観。91mm in 1:1250 by B-Plan: お馴染みShapwaysに出品されている3D printing modelです。モデルは「ブリスカヴィカ」の主砲換装後の姿。イギリスへの脱出後、自由ポーランド海軍の一員として大西洋で主として船団護衛に従事します

www.shapeways.com

本級は、ポーランド海軍が1935年にイギリスに発注した2000トンクラスの大型駆逐艦で、39ノットの高速を誇っていました。当時、他の列強海軍と異なり大型駆逐艦の設計経験のなかった英海軍にとっては貴重な機会で、意欲的な設計が試みられたと言われています。「グロム」「ブリスカヴィカ」の2隻が建造されました。

当初設計では主砲は12センチ平射砲で連装砲3基と単装砲1基、計7門を搭載、他に53.3cm3連装魚雷発射管2基を主要兵装としていました。バルト海での行動を念頭に設計されていたため、大西洋での運用には復原性に課題があったようです。

第二次世界大戦勃発直前、既述のように「ペキン作戦」が発動され、イギリス海軍との合流を目指して両艦はイギリスへ脱出。イギリス到着後は、亡命政府の下で自由ポーランド海軍の一員として、戦闘を継続しました。

「グロム」は1940年5月、ドイツ軍のノルウェー侵攻の際にナルヴィク沖でドイツ軍機により撃沈されました。

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(直上の写真:自由ポーランド海軍、「ペキン作戦」でイギリスに脱出した「グロム級」駆逐艦「グロム」の概観。主砲は5インチ平射砲のまま、2番魚雷発射管を下ろし、対空砲を装備しています)

 

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(直上の写真:「グロム」(左列)と「「ブリスカヴィカ」(右列)の主砲、魚雷発射管の配置の差異がよくわかります)

「ブリスカヴィカ」は主砲を4インチ連装対空砲4基に換装し、大西洋での船団護衛に83回従事したという記録が残っています。大戦を生き残り、戦後はポーランド海軍に復帰。1976年からは記念艦となっています。

 

潜水艦「オジェウ」(1939-1941)「オジェウ級」潜水艦(1939-:同型艦2)f:id:fw688i:20201011135048j:image

(直上の写真:自由ポーランド海軍「オジェウ級」潜水艦の概観。65mm in 1:1250 by Hai)

ja.wikipedia.org

同艦はポーランドがオランダに発注した「オジェウ級」潜水艦のネームシップです。1100トンの船体に105mm砲、40mm高角機関砲を各1門、533mm魚雷発射管を8門搭載していました。水中で9ノット、水上で19ノットを発揮することができました。

「オジェウ」は対独戦開戦後、バルト海に出撃しますが、爆雷攻撃で損傷、エストニアの港湾に逃げ込みます。エストニア政府は中立国としてこれを抑留しようとしますが、「オジェウ」は脱出し、1939年10月イギリスに到着しました。

イギリスで損傷を復旧したのち、1940年4月からノルウェー海域での哨戒任務に出撃します。5月に7度目の哨戒任務に出撃し、その後消息を断ってしまいました。

 

潜水艦「ウィルク」(1929-1953) 「ウィルク級」潜水艦 (1929-:同型艦3隻)

en.wikipedia.org

(no photo)

同艦はフランスで建造された機雷敷設潜水艦です。6門の魚雷発射管を持ち、40発の機雷を搭載することができました。バルト海での戦闘で損傷しながらも脱出し、1939年9月20日イギリスの到着しました。その後、9回の哨戒任務に従事したのち1941年9月に老朽化のために練習艦となりました。大戦終了後、ポーランドに回航されましたが、状態が悪く1956年スクラップにされました。

 

脱出できなかった潜水艦3隻

以下の3隻はバルト海からの脱出を断念し、スウェーデンに抑留されました。

ja.wikipedia.org

「センブ」は前出の「オジェウ級」潜水艦の2番艦。スーデンに抑留され、大戦後 、ポーランド海軍に復帰し、1969年まで就役しました。

 

en.wikipedia.org

「エレイシュ」(と読むらしい?)は、前出「ウィルク級」。スェーデンに抑留され、大戦後、ポーランド海軍に復帰。1955年まで就役していました。

 

en.wikipedia.org

「ジク」前出「ウィルク級」。スェーデンに抑留され、大戦後、ポーランド海軍に復帰。1955年まで就役していました。

ちょっと面白いのは直上のリンク内のZbikの写真。機雷射出口(?)がよくわかります。

 

その後のイギリスからの貸与艦

上記のバルト海からの脱出に成功した艦船に加え、イギリスからの貸与艦で、次第にその戦力は充実してゆきます。

 

「ドラゴン級」軽巡洋艦(1943- :同型艦2隻・旧英「ダナイー級」軽巡洋艦f:id:fw688i:20201011135045j:image

(直上の写真:自由ポーランド海軍に貸与された「ドラゴン級」軽巡洋艦の概観。117mm in 1:1250 by B-Plan:)

ja.wikipedia.org

 1943年、イギリスは自由ポーランド海軍からの要請を受け「ダナイー級」軽巡洋艦を2隻貸与します。同艦級は自由ポーランド海軍最大の艦となりました。

貸与された2隻はそれぞれ「ドラゴン」(旧名「ドラゴン」)、「コンラッド」(旧名「ダナイー」)と命名され、雷装を全廃し、対空兵装を強化し、船団護衛等の任務への適性を高める改装を受けました。

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(直上の写真:自由ポーランド海軍に貸与された「ドラゴン級」軽巡洋艦の強化された対空装備)

「ドラゴン」は1944年7月に ドイツ海軍の小型潜水艇の雷撃で大破。その後、ノルマンディー上陸作戦で防波堤として自沈しました。

コンラッド」は大戦を生き抜き、1947年にイギリスに返還されています。

 

参考「ダナイー級」軽巡洋艦については以下もご参考に。 

「D級」軽巡洋艦

ja.wikipedia.org

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(直上の写真:「D級」軽巡洋艦の概観 117mm in 1:1250 by Navis) 

「C級」軽巡洋艦(後期型:「カレドン級」以降の3サブクラス)をタイプシップとして、その拡大強化版。6インチ主砲を1門増やし、雷装も3連装魚雷発射管4基と強化しています。4970トン。29ノット。同型艦8隻。

(出典はこちら)

fw688i.hatenablog.com

 

その他の貸与艦艇

その他の貸与艦には。元フランス駆逐艦「ウーラガン」(「ブーラスク級」:「ブルザ級」とほぼ同型)、イギリス海軍の「G級」「N級」「M級」駆逐艦各1隻、ハント級護衛駆逐艦3隻などの水上艦艇、旧米海軍の「S級」潜水艦1隻、元イギリス海軍の「U級」潜水艦2隻などがありました。

多くは船団護衛などに活躍しましたが、「N級」駆逐艦「ビオルン」はビスマルク追撃戦等にも参加し、ドイツ戦艦「ビスマルク」と砲火を交わしていることで有名です。

 

駆逐艦「ガルラント」(旧名「ガーラント」)

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(直上の写真:自由ポーランド海軍に貸与された「G級」駆逐艦「ガルラント」(旧名「ガーラント」)の概観。79mm in 1:1250 by Neptune)

ja.wikipedia.org

 

駆逐艦「ビオルン」(旧名「ネリッさ」)
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(直上の写真:自由ポーランド海軍に貸与された「N級」駆逐艦「ビオルン」(旧名「ネリッサ」の概観。87mm in 1:1250 by Neptune:「ビスマルク追撃戦」に参加し、戦艦「ビスマルク」と砲火を交わしました)

ja.wikipedia.org

 

駆逐艦オルカン」(旧名「ミュルミドン」)

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(直上の写真:自由ポーランド海軍に貸与された「G級」駆逐艦オルカン」(旧名「ミュルミドン」)の概観。92mm in 1:1250 by Neptune)

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護衛駆逐艦「シウォンザク」:(旧名「ビデイル」)と「クヤヴァク」:(旧名「オークレイ」)

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(直上の写真:自由ポーランド海軍に貸与された「Hunt級I型」護衛駆逐艦「シウォンザク」(旧名「ビデイル」)「クヤヴァク」(旧名「オークレイ」)の概観。68mm in 1:1250 by Neptune)

 

護衛駆逐艦「クラゴヴァク」(旧名:「シルヴァートン」)

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(直上の写真:自由ポーランド海軍に貸与された「Hunt級II型」護衛駆逐艦「クラコヴァク」(旧名「シルヴァートン」)の概観。68mm in 1:1250 by Neptune:I型に比べて連装対空砲が1基強化されています)

ja.wikipedia.org

 

潜水艦「ソコル」(旧名「アーキン」)

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(直上の写真:自由ポーランド海軍に貸与された「U級II型」潜水艦「ソコル」(旧名「アーキン」)の概観。44mm in 1:1250 by ???)

 

潜水艦「ヂク」(旧名「P-52」)

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(直上の写真:自由ポーランド海軍に貸与された「U級III型」潜水艦「ヂク」(旧名「P-52」の概観。44mm in 1:1250 by ???)

ja.wikipedia.org

 

ということで、今回は前回の「弾み」のままに、「自由ポーランド海軍の艦船」のご紹介でした。「自由ポーランド軍」というと、亡命した政権下でバトル・オブ・ブリテンでも、マーケット・ガーデン作戦でも、常に英軍と肩を並べて第一線で戦い、また「国内軍」は激しいゲリラ活動ののち 「ワルシャワ蜂起」を起こすなど、失われた祖国回復への戦闘に意欲的、という印象があります(悲劇的であったりもするのですが)。

こうしてみると、陸軍・空軍に比べ規模は遥かに小さいながらも、亡命海軍も英軍と堂々のタッグを組み戦っていなのだなあ、と認識を新たにしました。

 

取り敢えず今回はここまで。

 

次回は、どうしようかな?

できればもう少し輸送船団の護衛艦の話なんかしたいなあ。

あるいは「米海軍の駆逐艦」「米海軍の駆逐艦」、そう言えば、実は米海軍も英海軍も巡洋艦の体系的な紹介をしていませんね。そういう意味では「ドイツ海軍の巡洋艦駆逐艦」なども・・・。

 

もし、「こんな企画できるか?」のようなアイディアがあれば、是非、お知らせください。

 

模型に関するご質問等は、いつでも大歓迎です。

特に「if艦」のアイディアなど、大歓迎です。作れるかどうかは保証しませんが。併せて「if艦」については、皆さんのストーリー案などお聞かせいただくと、もしかすると関連する艦船模型なども交えてご紹介できるかも。

もちろん本稿でとりあげた艦船模型以外のことでも、大歓迎です。

お気軽にお問い合わせ、修正情報、追加情報などお知らせください。

 

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映画「グレイハウンド」に登場する艦船

映画「グレイハウンド」

「グレイハウンド」ご覧になりましたか?

私は4回ほど見ました。色々と言いたいことはありますが、4回も見たということは、間違いなく面白い映画だと思います。

映画の批評は他の詳しい皆さんにお任せするとして、私は楽しめたと申し上げておきます。

ちょっとトム・ハンクス艦長、全部抱えすぎじゃないの?とか、Uボートってあんなに浮上して戦うんだろうか(「フレッチャー級」でなくとも、駆逐艦護衛艦と浮上して砲戦とか、本当にするのかな)、とか、いろいろと疑問を持ち出すときりがないのですが。

でも、一見の価値あり、だと思います。特に艦船好きの皆さんなら、上述みたいな、ある種マニアックな疑問を持ちながら見ることも、きっと楽しいだろうし。

 

さて、今回は表題通り、登場する艦船と、それにまつわる模型のお話です。

 

一応、映画「グレイハウンド」について

まだご覧になっていな方のために、予告編を再掲しておきます。

www.greyhound.movie

www.youtube.com

この映画、船団を護衛する小艦隊とそれを狩立てるUボートの物語、乱暴に整理してしまうとそう言う事なんだろうと思います。

トム・ハンクスが主演と、自ら脚本にも参加したとのことで、主役である駆逐艦「グレイハウンド」の艦長に目一杯スポットを当てたアングルの映画に仕上がっています。

当初劇場公開される予定でしたがコロナ騒ぎの中、Apple TV+での独占配信に切り替えられました。おかげで、サブスクがまた増えちゃったけど。

 

原作があって、「海の男、ホーンブロワー」シリーズなどで有名な海洋小説の大御所セシル・スコット・フォレスターの「駆逐艦キーリング」。原題は「The Good Shepherd」:Uボートの群狼作戦に因んで船団(羊)を守る「羊飼い」なんでしょう。これも映画で有名になった「アフリカの女王」もこの人の原作がベースですね。「でも「グレイハウンド」は主に兎狩りなどの猟犬ですので、羊のお守りには・・?」とかそう言う話は置いておいて、と、筆者は本稿で以前、呟いたりしています。

 

今回は表題の通り、艦船模型の視点でややこれに近い「ぶつぶつ」、まあ、そういうお話です。

 

登場する駆逐艦の話

さて、いよいよ映画に登場する駆逐艦の話ですが、(ちょっとここからはネタバレが含まれるかもしれないので、「それは困る」という方は、是非、今日は堪えて、ご覧になってから戻ってきてください。この先は、「ネタバレ、気にしない」という方、限定です。ちゃんと断ったからね!)予告編を紹介した際に、筆者は下記のようなコメントを記載しています。「予告編を見ただけであまり全体像を捉えられるような映像がなかったので、本稿前回では、筆者は予告編に映画自体への期待感を募らせながらも、「キーリング」は艦隊駆逐艦(DD)の様に見えるのですが、ここは護衛駆逐艦(DE)を使って欲しかった、などと記しています。船団護衛なら、旧式の第一次大戦型の平甲板型駆逐艦か、護衛駆逐艦(DE)あるいはもっと小さなコルベットのような艦が、個人的にはよかったな、と言う感じです。その後、書棚から「確か、あったはず」と、ほこりを被った原作小説を引っ張り出して確認したところ、原作小説では「駆逐艦キーリング」は「マハン級」駆逐艦とされていました。ああ、艦隊駆逐艦(DD)と言う設定は間違っていなかったんだ、と言うわけです。あわせて「マハン級」と聞いて少し納得」(引用ここまで)

fw688i.hatenablog.com

 

で、本編でははっきりと主人公の乗艦「グレイハウンド」は「フレッチャー級」であることが明言されています。

ですので、主人公が乗っている「フレッチャー級駆逐艦をまずはご紹介。

 

駆逐艦「グレイハウンド」

米艦隊駆逐艦の集大成「フレッチャー級駆逐艦(1942-:同型艦175隻)

米海軍が第一次世界大戦以降開発してきた艦隊駆逐艦の集大成とも言える艦級が、「フレッチャー級駆逐艦です。

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 (直上の写真:「フレッチャー級駆逐艦の概観。92mm in 1:1250 by Neptun:) 

2100トンの大型駆逐艦で、5インチ両用砲(Mk 12 5インチ砲)を単装砲塔形式で5基装備し、533mm4連装魚雷発射管2基を搭載し、37.8ノットの速力を出せる、まさに艦隊駆逐艦の決定版と言えるバランスの取れた艦で、175隻が建造されました。

高速重武装の万能艦で、第二次世界大戦後は日本も含め14か国に払い下げられ、その中には1990年台後半まで現役にとどまった艦もあるほど、ポテンシャルの高い艦級だったと言えるでしょう。

 

次に、原作で主人公の乗艦になったのが「マハン級」。

「マハン級」駆逐艦(1936-:同型艦18隻)

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 (直上の写真:「マハン級」駆逐艦の概観。82mm in 1:1250 by Neptun:)

 

「マハン級」駆逐艦アメリカ海軍が第一次世界大戦後建造した3番目の艦隊随伴用の駆逐艦の艦級で、就役年次は1937年ごろ。1500トンの小ぶりな船体を、原型となった「ファラガット級」で課題となった復原性不足に対応してやや幅広の設計としたにもかかわらず、5インチ両用砲5門、533mm4連装魚雷発射管3基を搭載するなど、重武装による、強いトップ・ヘビー傾向と言うこの条約期の駆逐艦の構造的な欠陥を、前級の「ファラガット級」から引き継いでいました。

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 (直上の写真:「マハン級」駆逐艦の主砲配置。艦首部は両用砲の単装砲塔形式、艦尾部は単装砲架形式で、主砲を搭載しています)

同級1番艦の艦名は、著名な海軍戦略家アルフレッド・セイヤー・マハンに因んだものです。マハンの著書「海上権力史論」は明治期の海軍士官の必読書と言われ、日本海軍の日露戦争当時の艦隊参謀として有名な秋山真之も、米国留学の際、マハンを訪ねたと言われています。

 

米海軍の先見性

ちょっと映画とは関係ないですが、脱線して「マハン級」に見る米海軍の先見性、という話をします(実はこの件は、本稿の以前の回でも紹介しています)。

同級の前級である「ファラガット級」から、米海軍は駆逐艦の主砲に5インチ両用砲(Mk 12 5インチ砲)を採用しています。同砲は揚弾機構付きで毎分15-22発、揚弾機構なしの場合でも毎分12-15発の射撃が可能で、これとMk 33両用方位盤との組み合わせで、対艦・対空両目的に、飛躍的な射撃能力を得ることができました。

これは既にこの時期に 米海軍が航空機の脅威の増大を既にこの設計時期に予期していた、と言うことを示していると考えられます。

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この砲はその後建造された駆逐艦だけでなく、戦艦、巡洋艦、空母など米海軍艦艇のほぼ全ての艦級に搭載され、実に1990年まで使用された優秀な砲で、単装砲架から連装砲塔まで、多岐にわたる搭載形式が開発・採用されました。「マハン級」では、艦首部には単装砲塔形式で2基を背負い式に配置し、艦尾部に単装砲架を背負式で2基搭載しました。

 

同時期、日本海軍も駆逐艦に5インチ砲を主砲として採用していたのですが、基本は対艦射撃用として設計された平射砲で、対空射撃の要請に対する対応として、B型砲塔以降では仰角を75度まで上げるなどの改良が行われましたが、装填機構が対応できず、つまり装填時には平射位置まで仰角を戻さねばならず、高角射撃時の射撃速度は毎分4発程度で、低空からの侵入機に対する以外は対空砲としては全く効果を有しませんでした。

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この砲は、「睦月級」以降の「秋月級」、「松級」以外の全ての駆逐艦に搭載されており、つまり日本海軍は有効な対空砲を持たない駆逐艦の防空円陣で護衛されねばならなかった、と言うことになります。多くの駆逐艦が戦争後期には主砲塔を対空機銃座に置き換えている理由がここにあります。

日本海軍における駆逐艦の役割が如何に主力艦決戦の「一ノ矢」に集約されていたか、つまりその主兵器は強力な魚雷であり、その他の兵装は魚雷射程まで敵主力艦に接近できるための補助兵装だったか、と言うことがここでも明らかになると筆者は考えています。

 

一方で、既にこの「マハン級」の前級である「ファラガット級」の設計(1930年代)から、「砲」そのものはもちろん、装填機構や方位盤などの射撃管制機構との組み合わせで「両用砲」と言う「システム」を駆逐艦に搭載したアメリカ海軍の先進性には、本当に驚かされます。

 

やっぱり映画でも「マハン級」を使って欲しかったなあ、と思うのは筆者だけ? 

アメリカの第二次世界大戦参戦は1941年12月以降、かつ映画は1942年の出来事、と言う想定です。

筆者は本稿で以前、前掲のよう「「キーリング」は艦隊駆逐艦(DD)の様に見えるのですが、ここは護衛駆逐艦(DE)を使って欲しかった。船団護衛なら、旧式の第一次大戦型の平甲板型駆逐艦か、護衛駆逐艦(DE)あるいはもっと小さなコルベットのような艦が、個人的にはよかったな、と言う感じです」などと記しているのですが、米海軍の護衛駆逐艦の原型である「エヴァーツ級」の就役が1943年ですので、この時点では「護衛駆逐艦」はありえず、やはり艦隊駆逐艦から選択された、ということになりますね。これは一重に筆者の不明でした。

また、1942年と言えば、前出の「フレッチャー級駆逐艦の最初のグループがこの年に就役を開始します。ピカピカの就役仕立ての第一線級の艦隊駆逐艦ではなく、ここは原作の通り既にやや旧型艦とみなされていた「マハン級」駆逐艦が船団護衛任務に回されていた、と言う情況の方がリアリティがあるかな、などと思ってしまうのですが、いかがでしょうか?実際には、同級は全て緒戦は太平洋戦線に投入されたはずで、そういう意味では1942年の時点でも「マハン級」は第一線にあり破竹の勢いの日本海軍と対峙していたのですが。

それでは主人公の張り切り具合と今ひとつミスマッチになっちゃうのかな?ちょっと疲れた艦とちょっと疲れたベテラン艦長の様に。

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 (直上の写真:「フレッチャー級駆逐艦と「マハン級」駆逐艦の概観比較。「マハン級」の腰高感、復原性に課題ありそう、という感じでてますね)

 

イギリス駆逐艦「イーグル」と「ハリー」 

映画「グレイハウンド」には、船団の護衛部隊として、英駆逐艦「イーグル」と「ハリー」が登場しますが、艦級に関する具体的な説明はありません。

英海軍の常として、駆逐艦の艦級での同型艦は同じ文字を頭にかぶっていることが多いのですが、そうすると「イーグル」はE 級駆逐艦、「ハリー」はH級駆逐艦ということになるのですが、事はそう単純ではありませんでした。

原作小説の記述では「イーグル」「ハリー」はいずれもコールサイン(はあ、じゃあ、なんで「グレイハウンド」だけがコールサインじゃないの?え、もしかするとコールサインなのか?と突っ込みたくなるところですが、まあ、いいや、「グレハウンド」は艦名はさておき艦級ははっきりしたのだから)、「イーグル」はポーランド海軍駆逐艦「ヴィクター」、「ハリー」は英海軍のコルベット「ジェイムズ」であると記載されています。

おお、ポーランド駆逐艦。「ハリー」に至っては駆逐艦ですらない。なんということだ、ということで改めて映画を見直すことにします(こんな見方をするので4回くらいあっという間に・・・)。そうすると、こんなカットが。f:id:fw688i:20201004105733p:plain

(上記のカットはWorld of Warshipから拝借していますhttps://forum.worldofwarships.eu/topic/138544-cgi-błyskawica-complete-pennant-number-h34-douse-camio-in-the-movie-greyhound/

そして下の画像は「イーグル」被弾直後のカットから。f:id:fw688i:20201004105700j:plain

これは確かにポーランド駆逐艦「グロム級」ですね。

 

駆逐艦「ヴィクター」(コールサイン:イーグル)

「グロム級」駆逐艦ポーランド海軍(1937-:同型艦2隻)

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 (直上の写真:「グロム級」ポーランド駆逐艦の概観。91mm in 1:1250 by B-Plan: お馴染みShapwaysに出品されている3D printing modelです。モデルは「ブリスカヴィカ」の主砲換装後の姿。イギリスへの脱出後、自由ポーランド海軍の一員として大西洋で主として船団護衛に従事します

www.shapeways.com

本級は、ポーランド海軍が1935年にイギリスに発注した2000トンクラスの大型駆逐艦で、39ノットの高速を誇っていました。「グロム」「ブリスカヴィカ」の2隻が建造されました。当初設計では主砲は12センチ平射砲で連装砲3基と単装砲1基、計7門を搭載、他に53.3cm3連装魚雷発射管2基を主要兵装としていました。バルト海での行動を念頭に設計されていたため、大西洋での運用には復原性に課題があったようです。

第二次世界大戦勃発直後、ポーランドがドイツに侵攻されたため、両艦はイギリスへ脱出。イギリスへの亡命政府の下で自由ポーランド海軍の一員として、戦闘を継続するわけですが、「グロム」はドイツ軍のノルウェー侵攻の際にナルヴィク沖でドイツ軍機により撃沈されました。しかし「ブリスカヴィカ」は主砲を4インチ連装対空砲4基に換装し、大西洋での船団護衛に83回従事したという記録が残っています。大戦を生き残り、戦後は記念艦となっています。

 

さて、駆逐艦「ハリー」は・・・

 原作を見るとコルベット「ジェイムズ」となっていますが、映画では駆逐艦として登場しています。f:id:fw688i:20201004105733p:plain

前出のWorld of Warshipから拝借した写真を見ると、二本煙突のシルエットであることがわかります。

そして映画の最終部分、任務を終えて寄港地に向かって回航する3隻の護衛艦のカットからは、真ん中の艦(「ハリー」なんですが)の艦首部には連装砲塔が背負い式に配置されているのがわかります。

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英海軍の駆逐艦で、 二本煙突で背負い式の連装砲塔、というと、「トライバル級駆逐艦、ということになりますが・・・。

 

駆逐艦「ジェイムズ」(コールサイン:ハリー)

トライバル級駆逐艦(1938-:同型艦27隻)

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 (直上の写真:「トライバル級駆逐艦の概観。91mm in 1:1250 by Neptune

イギリス海軍第一次世界大戦後新たな設計のもとで1920年代以降建造してきた一連の駆逐艦の集大成というべき艦級で、駆逐艦部隊の旗艦として巡洋艦の代替も出来る様に設計された大型駆逐艦です。1900トンクラスの船体を持ち、これに12cm連装砲4基、53.3cm4連装魚雷発射管1基を搭載し、36.5ノットの速力を発揮しました。

 

・・・と言うことで、外見から言うと「トライバル級」以外にはあり得ない、と言うことにはなるのですが、この艦級が船団護衛に適していたかと言うと、疑問が残ると言わざるを得ません。

原作ではコルベット「ジェイムズ」だったのに、何故、敢えて駆逐艦、それも「トライバル級」大型駆逐艦にしてしまったのか?

 

と言うことで疑問はつきませんが、コルベットにいきましょう。

 

コルベット「ドッジ」(コールサイン:ディッキー)

こちらは非常に明快でコールサイン「ディッキー」は、カナダ海軍のコルベット「ドッジ」です。

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 「フラワー級コルベット(1940-:同型艦263隻)

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 (直上の写真:「フラワー級コルベットの概観。50mm in 1:1250 by The Last Square: Costal Forces) 

 本級は第一次世界大戦でそれまでの戦争の概念を変えた「総力戦」の一つの具現化としてドイツ海軍の「無制限潜水艦作戦」から受けた教訓と、1935年のドイツ再軍備宣言、英独海軍協定から潜水艦による海上封鎖の脅威に対する対抗案の一つとして開発された艦級です。

「総力戦」の特徴はそれまでの会敵機会の限定される「会戦」形式での戦争と異なり、常設性、浸透性に特徴があり、多数のUボートによる海上輸送路への脅威を与え続ける作戦に対抗するには、量産性に優れ数を揃えることが容易で、一定の消耗にも対応可能な船団を護衛する専任艦種が必要でした。

フラワー級コルベットは量産性の確保できるレシプロ蒸気機関を主機として搭載し、多くの造船所で建造に対応でき、16ノットと比較的高速を発揮できる「捕鯨船」をベースに設計されています。1000トン足らずの船体に、主砲として4インチ砲1門に加え、若干の対空火器を備え、40発から70発の爆雷を搭載していました。

 

フラワー級コルベットは筆者の大好きな艦級の一つです。

以前、1:350という筆者としては大スケールのレジンキットを作ったことがあるのですが、同スケールのUボートなどと合わせて、多分どこかに仕舞い込んでしまった様で、手元にありません。ちょっともう一度トライしてみようかな、などと考えています。

 

「グレイハウンド:護衛戦隊:映画オリジナル版

奥からフレッチャー級駆逐艦「グレイハウンド」、トライバル級駆逐艦「ジェイムズ」(コールサイン:ハリー)、自由ポーランド海軍グロム駆逐艦「ヴィクター」(コールサイン:イーグル)、カナダ海軍フラワー級コルベット「ドッジ」(コールサイン:ディッキー)の順です。

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もう一案、下の写真。原作も織り交ぜて、奥からマハン級駆逐艦「グレイハウンド」、I級駆逐艦「ジェイムズ」(コールサイン:ハリー)、自由ポーランド海軍グロム級駆逐艦「ヴィクター」(コールサイン:イーグル)、カナダ海軍フラワー級コルベット「ドッジ」(コールサイン:ディッキー)の順です。f:id:fw688i:20201004125513j:image

トライバル級「ジェイムズ」とI級「ジェイムズ」の入れ替えは、トライバル級の様な大型駆逐艦では対潜戦闘に不向きだろうということから来る違和感と、フレッチャー級「グレイハウンド」とマハン級「グレイハウンド」と同じ様に、やや旧式化した駆逐艦にした方が「らしい」んじゃないか、という程度の発想です。連装砲塔の駆逐艦は英海軍では「トライバル級」以降の艦級になってしまうので、新鋭艦を避けるという意味ではどうしても単装砲搭載艦になってしまいます。あえて「I 級」でなくても良かったんですが。

 

「I級」駆逐艦(1937-:同型艦9隻)

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 (直上の写真:「I級」駆逐艦の概観。77mm in 1:1250 by Neptune) 

 「I級」駆逐艦第一次世界大戦終結後、1925年あたりから再開された駆逐艦建造の一連のシリーズの集大成、とも言うべき艦級です。「トライバル級」も同様な意味での集大成と言えますが「トライバル級巡洋艦の代替も可能な駆逐戦隊旗艦的な存在であるのに対し、「I級」はあくまで「A級」からの一般的な艦隊駆逐艦の系譜における最終形と言っていいと思います。

「A級」からの標準的な1400トン級の船体に、12cm砲4門、53.3cm5連装魚雷発射管2基を搭載し、雷装重視の設計となっています。36ノットの速力を発揮しました。

そうか、護衛艦任務ということなら、もっと古い艦級でも良かったのか・・・

 

艦隊駆逐艦と対潜水艦戦

以前にもどこかで少し触れたのですが、私の理解では艦隊駆逐艦というのは本来は高速での艦隊防御、あるいは敵艦隊への肉薄雷撃が主要任務として設計されているため、対潜戦闘の様な敵潜水艦探知のための低速での静粛航行、低速な船団に併せた長期間の伴走などはどちらかというと苦手です。また、爆雷の搭載数も十分とは言えず、映画「グレイハウンド」でも出てきましたが、長期の船団護衛での数次の対潜水艦戦では爆雷を使い果たしてしまいます。一例をあげれば「フラワー級コルベットが初期の爆雷搭載数が40発であったのを後期には70発に搭載数を増やしていますが、おそらく世界史優秀と言ってもいいであろう「フレッチャー級」では映画でも触れられていましたが40発程度(38発?)です。

これは英海軍でも同様で、上記の「I 級」の爆雷搭載数は20発が定数となっています。

日本海軍でも艦隊駆逐艦の最終形態である「夕雲級」の爆雷搭載数は18発が定数でした。

やはり低速の船団に帯同して長期間の護衛任務を行うためには、専任艦種が必要、ということだろうと思います。

原作小説では、護衛部隊の編成は駆逐艦2隻とコルベット2隻となっており、よりリアリティがある気がします。

 

まったくの余談ですが、「フラワー級コルベットを上記の1:350スケールのモデルとともに1:1250スケールでも数隻調達中です。到着した際には、小説版の護衛部隊再現も可能に。

 

ということで、今回はこの辺りでおしまい。

 

さて次はどうしようかな。引き続き「大西洋の船団護衛」関連の話もしたいしなあ、と考えています。米海軍の「駆逐艦」も、ほぼ揃ったことでもあるし。よく考えると英海軍の「駆逐艦」もかなり揃ってきている。

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特に「if艦」のアイディアなど、大歓迎です。作れるかどうかは保証しませんが。併せて「if艦」については、皆さんのストーリー案などお聞かせいただくと、もしかすると関連する艦船模型なども交えてご紹介できるかも。

もちろん本稿でとりあげた艦船模型以外のことでも、大歓迎です。

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