相州の、1:1250 Scale の艦船模型ブログ 主力艦の変遷を追って

1:1250スケールの艦船模型コレクションをご紹介。実在艦から未成艦、架空艦まで、系統的な紹介を目指します。

コレクターの日常(今回も妄想満載):日本海軍22インチ主砲搭載艦の完成とその周辺の計画艦・架空艦など

本稿前回では、ナチス・ドイツ海軍再建計画の主力艦の到達点である「H級 44型」戦艦のモデルご紹介に関連し、架空戦記的に「これに対抗するべく日本海軍が22インチ砲搭載艦の建造に着手」として、「22インチ砲搭載艦」の仮組みまで漕ぎ着けました、というお話をしました

fw688i.hatenablog.com

ますはこれが一応の完成を見たので、このご紹介。

今回はそういうお話です。

ご注意を!)しかし、ほとんどが史実にはない架空のお話、筆者の妄想ですのでくれぐれもご注意ください。でもそういうお話が好きな人にとっては、きっと面白いんじゃないかな。

 

日本海軍:22インチ(56センチ)主砲搭載戦艦「播磨」建造の経緯

「播磨」は今回の妄想モデル建造のトリガーとなった佐藤大輔氏の著作「レッドサン・ブラッククロス」からそのまま艦名をいただいています。(実は筆者的にはちょっとした齟齬が生じるのですが)

20インチ主砲搭載艦の建造

少しおさらい的に建造背景等を整理しておくと(繰り返しますが、以降は現実と相半ばした筆者の創作(妄想)ですのでくれぐれもご注意を)、18インチ(46センチ)砲「大和級」を建造し戦艦性能で一歩先んじた日本海軍は、いずれは建造されるであろう米海軍の18インチ砲搭載艦への対応として20インチ(51センチ)砲搭載艦の設計に着手します。これが「A-150」計画艦、「超大和級」戦艦の設計案として知られているモノです。

A -150計画艦=「伊予級」戦艦

ja.wikipedia.org

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(日本海軍のA-150計画艦の概観:217mm in 1:1250 by semi-scratched based on Neptun:下の写真はA-150計画艦の最大の特徴である51センチ連装主砲塔の拡大。兵装配置、基本設計は「大和級」をベースにしたものだと言うことがよくわかります)

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当初は新設計で20インチ三連装砲塔3基を搭載する計画もあったようですが、当時の日本の技術力では20インチ三連装砲塔を駆動する方法の開発に時間がかかり、これに対応する巨大艦の建造にも施設から準備せなばならないということで、「大和級」の設計をベースに「大和級」とほぼ同寸の船体に連装砲塔3基搭載し(連装砲塔であれば「大和級」の砲塔とほぼ同じ重量で駆動系も既存のものが使えたようです)防御力等を強化した80000トン級の戦艦として設計されました。

ちなみにほぼ同級に匹敵する戦艦が佐藤大輔氏の仮想戦記小説「レッドサン・ブラッククロス」には「紀伊」「尾張」という名で登場しています。

 

**余談)筆者の世界では「もう一つの」ワシントン・ロンドン両軍縮条約の制限下で「八八艦隊計画」が一部実現されており、「紀伊」「尾張」は40センチ主砲搭載戦艦として建造されていますので、「A-150計画艦」は「伊予」「播磨」と命名していました。冒頭に記述した「ちょっとした齟齬」というのはこのことで、22インチ主砲搭載艦に「播磨」に名をつけるなら、これは変更しなくてはなりません。ということで以後、同級は「伊予」と「常陸」に変更します。

少し艦名の整理

この機会に少し艦名を整理しておきます。

八八艦隊計画以降の戦艦

長門級」:「長門」「陸奥

「土佐級」:「土佐」「加賀」

紀伊級」:「紀伊」「尾張(ここまでが40センチ主砲艦)

「改紀伊級=相模級」:「相模」「近江」(初の46センチ砲搭載艦:4隻建造する予定だった上述の「紀伊級」を2隻で切り上げ、条約明けの無制限状況を想定し「改紀伊級」の公式名称の下に、全く異なる46センチ主砲搭載戦艦として設計されました。史実の八八艦隊計画では「十三号巡洋戦艦」として知られる設計を防御力を強化して戦艦として建造した、という設定です。建造当時はまだ少し史実から改変された(だから八八艦隊計画の一部が実現できたのですが)ワシントン・ロンドン軍縮体制が生きていたため、その主砲は「2年式55口径41センチ砲」と命名され、その真実の口径は最高機密だった、というような設定です。この辺り興味のあるかたは、以下の回を)

fw688i.hatenablog.com

ここまでが、いわゆる条約時代の戦艦です。

そして軍縮条約が継続されなくなり、「新戦艦」の時代を迎えます。

その一番手が「大和級」:「大和」「武蔵」「信濃」(他の列強の条約明けの新戦艦が、半ば条約の継続を期待してそのレギュレーションを意識した設計だったのに対し、同級はこれを圧倒した設計だったと言っていいでしょう)

「A -150計画艦(超大和級)=伊予級」:「伊予」「常陸(51センチ砲搭載艦)

「改A -150計画艦=駿河(当初46センチ砲搭載艦でしたが、後に新設計の51センチ主砲に換装しています。後ほどこちらはご紹介します)

この辺りまで「もう少し詳しく」とおっしゃる方は、下記の回をお読みいただければ。

(細かいことを言うと、いずれにせよ多くが架空の話をしているので、登場する年次等は矛盾するかもしれません。そこはできるだけ寛容な心を持っていただけると)

fw688i.hatenablog.com

そして今回の「56センチ砲搭載艦=播磨」(今回ご紹介)

 

改A-150計画艦=戦艦「駿河

前出の「伊予級:A -150計画艦」は、米海軍が「相模級」「大和級」の登場に刺激されいずれは18インチ(46センチ砲)搭載艦を建造するであろうという予想の元に設計された戦艦で、特に「伊予級」として実現したものは、この51センチ主砲という口径を軸に、早急に建造できる、つまり既存の技術で建造できるという、実現を優先した設計でした。このためその船体の大きさは「大和級」とほぼ同等でなくてはならず、かつ主砲搭載形式も特に砲塔の駆動系の技術的な当時の限界から連装砲塔とされました。このため単艦での射撃で十分な命中精度を得るにはやや心許ない6門という搭載数にとどまらざるを得ませんでした。

この点を改めて検討した上で設計されたのが「改A-150設計艦=駿河」でした。同艦では単艦での行動を想定した際に必要数とされる主砲搭載数8門を設計の主軸に置き、駆動系の改良と軽量化を実現した新設計の51センチ連装砲塔4基の搭載を織り込んだ設計でした。

この軽量化高機動砲塔の実現が、船体の大きさにも高影響として現れ、なんとか当時の造船施設でも建造可能な90000トン級の主砲口径の割にはコンパクトな戦艦として起工されることとなりました。

しかし着工後、新設計の連装砲塔の開発には種々の障害が発生し、結局、当初は「大和級」と同じ3連装46センチ主砲塔4基を搭載する戦艦として完成されました(「伊予級」の51センチ主砲塔は重すぎて搭載できませんでした)。f:id:fw688i:20221127110147p:image

(戦艦「駿河」就役時の概観:220mm in 1:1250 by 3D printing: Tiny Thingajigs:就役時には「駿河」は46センチ主砲12門を搭載していました:下の写真は「駿河」就役時の兵装関連の拡大)f:id:fw688i:20221127110152p:image

新型51センチ連装主砲塔への換装
一旦は46センチ主砲の搭載数を強化した形で就役した「駿河」でしたが、その就役後も新砲塔の製造は継続され、新型主砲塔の完成後、「駿河」の主砲は51センチ砲に換装されています。f:id:fw688i:20221127110138p:image

(上の写真は、主砲を新設計の51センチ連装主砲塔に換装した後の戦艦「駿河」就役時の概観:下の写真は、主要兵装の拡大)

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新型51センチ連想主砲塔について

下の写真は「駿河」が就役時に搭載していた46センチ三連装主砲塔(「大和級」の主砲等と同じものです)と新開発の51センチ連想主砲塔の比較です。基本設計や構造は「大和級」の46センチ三連装主砲塔をベースにしたものであったことがなんとなく想像できるかと。f:id:fw688i:20221127110156p:image

そして次の写真は「伊予級」に搭載されていた51センチ連装主砲塔と新砲塔の比較。「伊予級」の砲塔が開発を急いだため旧来の連装主砲塔の拡大型であったことがよくわかります。防御力を向上させながら軽量化を目指し、結果、高機動性を獲得した新砲塔の完成で、「駿河」の船体は「大和級」「伊予級」をわずかに拡大した程度のコンパクトなサイズに収まり、51センチ砲は格段の威力を発揮するわけです。f:id:fw688i:20221127110623p:image

 

ナチス・ドイツ海軍20インチ主砲搭載艦の登場

これまでに見てきたように日本海軍の20インチ主砲搭載艦の建造目的は主として米海軍の18インチ(46センチ)級主砲搭載艦の登場に対する対抗策でした。

しかし一方で第一次世界大戦の敗北で一時は沿岸警備海軍の規模に縮小していたドイツ海軍が、ナチスの台頭と共に再軍備を宣言し、特に海軍は英独海軍協定の締結と共に「Z計画」と言われる大建艦計画を実現しつつありました。

その主力艦群は40000トン級の「ビスマルク」級(40000トン級:38センチ主砲搭載)の建造にはじまり、「H-39型」(55000トン級:41センチ主砲搭載)、「H-41型」(68000トン級:42センチ主砲搭載)と次々と巨艦を建造し、ついに130000トン級の「H-44型」に至りました。

「H -44型」

(「H44型」の概観:293mm in 1:1250 by Albert: 破格の大きさで、いつも筆者が使っている海面背景には収まりません。仕方なくやや味気のない背景で。下の写真は「H44型」の兵装配置を主とした拡大カット:巨大な20インチ連装主砲塔(上段)から艦中央部には比較的見慣れた副砲塔や高角砲塔群が比較的オーソドックスな配置で(中段)。そして再び艦尾部の巨大な20インチ連装主砲塔へ(下段))

ビスマルク級」から「H44型」までの、いわゆるZ計画の開発系譜一覧

下の写真は、再生ドイツ海軍の「Z計画」での主力艦整備計画の総覧的なカットです。下から「ビスマルク級(40000トン級:38センチ主砲)、「H39型」(55000トン級:40.6センチ主砲)、「H41型」(64000トン級:42センチ主砲)そして「H44型」(130000トン級:50.6センチ主砲)の順です。

「H-44型」は上述の日本海軍の「伊予級」「駿河」等と同じ20インチ(51センチ)主砲搭載艦でしたが、日本海軍の20インチ砲が45口径であるのに対し52口径の長砲身で、長射程、高初速、高射撃精度を持つ格段に強力な主砲でした。

つまり日本海軍の「伊予級」や「駿河」が「H-44型」と砲戦を交わした場合、アウトレンジからの射撃を受けたり、同砲に装甲を貫通されたりする恐れがありました。「伊予級」「駿河」は共に上述のように米海軍の新戦艦の登場編対抗策として建造を急いだがゆえに18インチ(46センチ)砲搭載の「大和級」をベースにした設計で、防御を強化したとはいえ、その砲戦の結果にはかなり危惧を抱かざるを得ない状況でした。

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(本文で既述のように、同じ51センチ主砲搭載艦といいながらも、「H-44型」は52口径の長砲身砲で、45口径の「駿河」に対し格段に強力な打撃力を持っていました。船体の大きさも格段に異なり、射撃時の安定性にもかなり差が出たかもしれません)

こうした経緯から、日本海軍の22インチ(56センチ)主砲搭載艦の建造が急がれたわけです。

 

22インチ(56センチ)主砲搭載戦艦「播磨」の誕生

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(「播磨」の概観:262mm in 1:1250 by semi-scratched modek based on 1:1000 scale Yamato, Gunze-sangyo : 下の写真は「播磨」の細部。副砲としては新型3連装砲塔5基に搭載された長砲身の15センチ砲を採用し、広角砲等は「大和級」に準じています。上甲板に設置された機関砲座は、主砲斉射時の強烈な爆風から砲座の要員を守るため、全周防御の砲塔になっています)f:id:fw688i:20221127111247p:image

全体的な構造、配置等は「大和級」に準じるような設計となっていることがわかっていただけるかと思います。特に次に掲げる写真をご覧いただけると、よりその理解が進むかも。それが良いことか、悪いことかは、さておき。

大和級」から「播磨」まで:いわゆる日本海軍の「新戦艦」の開発系譜一覧

下の写真は、日本海軍の条約開け後の「新戦艦」の総覧的なカットです。下から「大和級(64000トン級:46センチ主砲)、「伊予級」(80000トン級:51センチ主砲)、「駿河(90000トン級:51センチ主砲)、そして「播磨」(120000トン級:56センチ主砲)の順。

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ライバル対比:「H-44型」と「播磨」

下の写真は「播磨」建造のトリガーとなった「H-44型」との対比。

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ドイツの「H-44型」が旧来のオーソドックスな兵装配置や上部構造物の設計を色濃く継承している感があるのに対し、「播磨」は船体のみならず上部構造も「大和級」以来受け継がれた設計思想によりコンパクトに仕上げられており、この辺りには第一次世界大戦の敗戦で一旦主力艦建造の技術に中断期があるドイツ海軍と、主力艦建造を継続できた日本海軍の蓄積技術の差が現れているように思われます。

 

さて対決の結果は?

佐藤大輔氏の「レッドサン・ブラッククロス」の外伝に収録された「戦艦ヒンデンブルク号の最期」でも読んでみてください。

ja.wikipedia.org

それ以外にもそれぞれが空想を逞しくしていただくのも一興かと。筆者としては、対決など永遠に訪れず、お互い睨み合っていると言う状況が「最も心地よい」かもしれません。

ということで今回はこの辺りで。

 

次回は・・・。未定ですが、このところ「架空艦」続きで、その整備に興味と手が取られ、一方で新着モデル、あるいは整備中のモデルなどがいくつかありますので、そのあたりで何かテーマを見つけて、と考えています。そろそろ「H -44型」の船底部分のモデルが届く頃かも。もしそれが届いていたら、もう一回くらい「H-44型」関連で続けるかもしれません。(日本海軍の機動部隊小史なども途中ですので、その辺りも気にはなっているのですが)

もし、「こんな企画できるか?」のようなアイディアがあれば、是非、お知らせください。

 

模型に関するご質問等は、いつでも大歓迎です。

特に「if艦」のアイディアなど、大歓迎です。作れるかどうかは保証しませんが。併せて「if艦」については、皆さんのストーリー案などお聞かせいただくと、もしかすると関連する艦船模型なども交えてご紹介できるかも。

もちろん本稿でとりあげた艦船模型以外のことでも、大歓迎です。

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コレクターの日常:さらに架空艦の世界の深淵へ 日本海軍の22インチ砲搭載艦の建造進捗:H級戦艦 H-44型への対応

本稿前回では、第二次世界大戦前の再建ドイツ海軍、その再整備計画であるZ計画の「到達点」というべき13万トン超えの巨大戦艦「H級戦艦 -44型」のモデルをご紹介しました。それに刺激を受けて、これに対抗する日本海軍の22インチ主砲搭載艦の制作に着手、というお話までしていました。

今回はその進捗状況のお話を。

 

20インチ主砲搭載戦艦の設計案あれこれ

ドイツ海軍:H -44型

(「H44型」の概観:293mm in 1:1250 by Albert: 破格の大きさで、いつも筆者が使っている海面背景には収まりません。仕方なくやや味気のない背景で)

同艦は計画が残っている限りにおいてはおそらく史上最大の戦艦の設計案ではなかろうか、と結んでいました。同艦は20インチ砲を主砲とする設計で、それまでの主力艦の発展系とは異なる次元の規模を持った設計であると。

(「ビスマルク級」から「H44型」までの、いわゆるZ計画の開発系譜一覧:上の写真は、再生ドイツ海軍の「Z計画」での主力艦整備計画の総覧的なカットです。下から「ビスマルク級」(40000トン級:38センチ主砲)、「H39型」(55000トン級:40.6センチ主砲)、「H41型」(64000トン級:42センチ主砲)そして「H44型」(130000トン級:50.6センチ主砲))

 

日本海軍「A-150]計画艦

実は20インチ主砲搭載の主力艦設計、という意味では実は日本海軍の「A-150」計画艦もこれに該当します。

(日本海軍のA-150計画艦の概観:217mm in 1:1250 by semi-scratched based on Neptune)

同設計案はいわゆる「超大和級」として知られているものです。

これは「大和級」の強化型で、米海軍の18インチ砲搭載艦の計画に対応するために検討されたとされています。当初は新設計で20インチ三連装砲塔3基を搭載する計画もあったようですが、当時の日本の技術力では20インチ三連装砲塔を駆動する方法の開発に時間がかかり、これに対応する巨大艦の建造にも施設から準備せなばならないということで、「大和級」の設計をベースに「大和級」とほぼ同寸の船体に連装砲塔3基搭載し(連装砲塔であれば「大和級」の砲塔とほぼ同じ重量で駆動系も既存のものが使えたようです)防御力等を強化した80000トン級の戦艦として設計されました。

ja.wikipedia.org

(上の写真は「H44型」と「A -150計画艦」の比較:上述のように「A-150計画艦」は「大和級」の設計をベースにしているため、ほぼ「大和級」との大きさ比較でもあります。やはり「H44型」はモンスターか、という写真かと)

 

ここからは、まさに「レッドサン・ブラッククロス」の世界へ

日本海軍架空戦艦の制作に着手

という次第で20インチ主砲搭載艦の整備に着手した日本海軍ではあったのですが、しかしながら、「A-150」計画艦は「H-44型」への対抗策としては、余りにも場当たり的で力不足との感は否めず、日本海軍は本格的に「H -44型」への対応を意識した次計画を発動、という、まさに「レッドサン・ブラッククロス」の世界さながら、H44型」と同等の20インチ主砲、もしくはそれを上回る22インチ(56センチ)主砲を8門搭載し、「大和級」「A -150計画艦(超大和級)」と同等の機動性を持った120000トン級程度の巨大戦艦の建造計画始動、という「仮想戦記小説」的な筆者の妄想に至るわけです。

 

船体の準備

船体は、前回もご紹介したように、手持ちのストックの中からグンゼ産業製の1:1000「大和級」のモデルをベースにすることに。

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(上の写真はグンゼ産業製1:1000「大和」の船体をベースに手を入れたもの:三番砲塔の基部を艦尾部に追加(下段右)。一応、ベースの塗装は済ませてあります)

船体部分のベースはほぼ完成しています。あとは細部をどこまで手を入れてゆくか。

実はこのグンゼ産業製のモデル、実に精密でエッチングパーツなども付属していて、こんな筆者の刹那的な妄想に付き合わせるのは実はもったいない(申し訳ない)ようなモデルなのです。その罪悪感に気がつかないふりをして・・・。

例えば艦尾に見える航空艤装甲板の航空機の搬送用の軌条は、それだけで独立したエッチングパーツになっています。艦首の「菊の御紋」も別パーツになっているはず(未だ装着していません)。

 

主砲塔の候補モデルの到着

今週、かねてからShapewaysに依頼していた主砲塔候補の3D printing modelが2種、手元に到着しました。まさに「A-150」計画艦の主砲塔としてカタログに載っていた「20インチ連装主砲塔」(下の写真で下列に並んでおる透明な砲塔:本来はShapewaysでは1:700スケールモデル用として掲載されていたものを、1:1250スケールに縮小してプリントアウトしてもらったもの)と1:700スケールの15インチ連装主砲塔(これは1:700スケールのままプリントアウトしてもらっています)の2種です。

(写真上の1:700スケール15インチ連装砲塔の内部が黄色く見えるのは、砲身の固定や砲塔の回転軸の設置のためにエポキシパテを詰めているからです) 

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デザイン案としては「大和級」の主砲塔のデザインを継承した「20インチ連装砲塔」が洗練されているように見受けられ、こちらを採用したかったのですが、実は発注時になんとなく危惧していたのですが、「H-44型」の20インチ主砲と比べるとやや力感に劣る(特に今回は22インチ砲搭載艦としたいという構想もあり)、ということで、今回は1:700「15インチ連装主砲塔」を採択することにしました。

(下の写真は、「H-44型」の20インチ主砲塔(上下段いずれでも左側)と1:1250「20インチ連装主砲塔」(上段)、1:700「15インチ連装主砲塔」(下段:塗装後)の比較:残念ながら上段の1:1250「20インチ連装主砲塔」はやや小さい。デザインはいいんだけどねえ。1:1100くらいのスケールでも作って見てもらうべきだったかも:実は法と裏面の砲塔基部の部分にリンクがあり、これも叙情せねばならないかも。こちらは手間をかければなんとでもありそうですが)

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上部構造の選択

本稿前回では、上部構造に1:1250 Neptun製の「大和級」のものを採択するか、1:1100スケールのモデルのものを選択するか、それぞれをA案B案として掲示し、到着する砲塔の選択次第、つまりバランスが取れる方を採択したい、としていました。

上記のように主砲塔に1:700スケール15インチ連装主砲塔を採用する場合、全体のバランスが下の写真のようになります。(上段:1:1250 Neptun製の「大和級」の上部構造を転用したもの)

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前回でも、下段の1:1100上部構造を転用した場合には、やや艦橋の立ち上がりが高過ぎるかも、という懸念を記していましたが、砲塔装備状態でのバランスを見ても、今回は上段=1:1250 Neptun製の「大和級」の上部構造を転用することとします。

 

仮組み

というような次第で仮組みをしてみます。

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副砲は3連装砲塔5基を写真のような配置で。後部主砲の前部にも設置し、6基とする案も検討しましたが、やや配置が窮屈です。それに片舷12門も指向しなくても9門で十分ではないかと考え、このような配置を考えてみました。

「A-150」計画艦との比較

そして、「A-150」設計艦との比較が下の写真。「A-150]計画艦は「大和級」にほぼ準じる仕様ですので、やはりかなり大きな艦にはなりました。
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「H-44型」との比較

そして、下の写真は今回の「妄想」の発端となった「H -44型」との比較です。f:id:fw688i:20221120174038p:image

日本海軍の戦艦のある意味、到達点であった「大和級」の特長でもあった「コンパクト」にまとまった設計にあったことを思えば、「H-44型」よりも一回り大きな22インチ主砲を搭載しながらも、艦全体はコンパクトにまとめられているという特徴を再現できている、と言ってもいいかもしれません。或いはドイツ艦の上部構造の配置は大変オーソドックスで、良く言えば「手堅い」、あるいはやや冗長に過ぎるという表現の方がしっくりくるかもしれません。その辺り、海軍国と陸軍国の差が顕著に表れていると読めれば、かなり面白いなあ、などと考えています。


というような次第で、なんとか仮組みまでは漕ぎ着けました。

これから細部を仕上げてゆきます。

ということで今回はこの辺りで

 

次回は・・・。未定ですが、どこまで仕上がっているか次第で、この続きを。あるいは新着モデル、整備中のモデルなどがいくつかありますので、そのあたりで何かテーマを見つけて、と考えています。(日本海軍の機動部隊小史なども途中ですので、その辺りも気にはなっているのですが)

もし、「こんな企画できるか?」のようなアイディアがあれば、是非、お知らせください。

 

模型に関するご質問等は、いつでも大歓迎です。

特に「if艦」のアイディアなど、大歓迎です。作れるかどうかは保証しませんが。併せて「if艦」については、皆さんのストーリー案などお聞かせいただくと、もしかすると関連する艦船模型なども交えてご紹介できるかも。

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コレクターの日常:架空艦 H級戦艦 H-44型の完成

模型生活の話に入る前に、少し余談を。

先週末はちょっと面白いホテルでゆっくりとしてきました。

汐留のパークホテル東京で、特に31Fはアーティストフロアと呼ばれ全室それぞれのテーマで壁に絵が直接描かれています。

 

汐留:パークホテル東京で過ごす週末

parkhoteltokyo.com

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筆者は横浜市に住んでいるので「東京でホテル宿泊」というのはかなり贅沢なお遊びです。でも、まあ年に何度もあるわけではないし、海外旅行が少しハードルの高い昨今、行ってみたいホテルがあれば、近場でも行ってみよう、というわけです。実は6月に「ペニンシュラ東京」に宿泊し、そのもてなしに痛く感動した、という経験を皮切りに、8月には筆者が実家に帰省した際に「孫たちと散財したい」という筆者の母親の申し出をいいことに、神戸の「ホテルオークラ」を訪れ、今回は連れ合いの誕生日と結婚記念日をかねて、ということだったので、かねてから連れ合いが注目していたアート系ホテル「パークホテル東京」に宿泊することにした、という経緯です。

冒頭に記述したように、このホテルの売りは、アートフロアというフロアの客室がそれぞれ別のアーティストの作品で飾られていることで、それぞれの作家が部屋の壁面を自身の作品で埋めているところにあります。

今回は筆者の家族3人で行ったのでルーム・クイーン(いわゆるツインルーム)とルーム・シングルを一つづつお願いし、どんなアーティストの部屋が当たるんだろうなどとワクワクしながら行ってきました。

するとフロントでチェックイン時に、なんとお部屋が空室の中なら選べたのです。「今日はルーム・クイーンではこのお部屋、ルーム・シングルではこれらのお部屋が空いています。どちらになさいますか」というわけです。

今回は家族それぞれが昼間の予定をこなし(私と娘は銀座でお買い物、連れ合いは夕方少しお仕事)、そして直接ホテルで集合、という段取りで行ったので、肝心のこのホテルに最も関心の高かった連れ合いが不在の中で、「あれ、私が決めちゃっていいんだっけ」と思いつつ、お部屋を選択しました。

まず、ルーム・クイーン: 「源氏物語」に囲まれて

(下のリンクではルーム・クイーンの絵画のヴァリエーションをご覧になれます)

parkhoteltokyo.com

この中から空いていた「源氏物語」をチョイス。

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(どの壁も「源氏物語」まさにそのものです。柔らかく優しい色遣いで、落ち着いた感じでした。右下の黒髪の女性のカットが実は壁面いっぱいの大きな絵で、見ようによっては少し怖いかも)

parkhoteltokyo.com

 

ルーム・シングル:「日本人」もう少しゆったりと楽しむべき部屋だったかもという反省

そしてルーム・シングルから「日本人」を選択。カタログから選ぶのですが、いずれも壁面のほとんどを使っている、従って想像以上に作品までの距離が近い、ということを考えると、作品によっては変な夢をみそうな感じの部屋もあるんじゃないのか、などとあまりよろしくない想像を膨らませながら。

parkhoteltokyo.com

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(こちらは、そのディテイルをじっくりと味わうべき作品、かと。正直にいうと一泊の滞在では、しかも今回は私はほとんどの時間を家族と一緒に「源氏物語」の部屋で過ごしたので、少し勿体無い、気がしました。別の機会に他の方法で作品に触れられないですかね。もう一回、じっくりと対面したい作品です)

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お部屋を選択できるとは知らずに行ったので、フロントで「さあ、どの部屋になさいますか?」と聞かれて、全く予習していなかった筆者は少々慌てました。しかし、我ながらいい選択だったかと。

滞在は実に快適で、前述のように家族それぞれが昼間の予定をこなし、直接ホテルで集合して夕食はルームサービスでお蕎麦と天麩羅の盛り合わせをいただいて、連れ合いに誕生日プレゼントを渡し、あとは3人でテレビを見てくだらない話をしながら、ゆっくりと過ごしました。日頃、同じ家に住みながらも、食事以外にはそれぞれが部屋に篭ることが多く(私も模型を触っていたりしますので)なかなかこういう時間は過ごせません。

連れ合いの誕生日、ということで、銀座三越で買ってきたケーキで締めくくったわけですが、ルームサービスで持ってきてもらったコーヒーが、私の「ホテルコーヒー」という概念(偏見?)を壊してくれました。しっかりと深煎りで大変美味しい。夜、寝る前のコーヒーとしてはちょっとヘビーでしたが、コーヒー好きの方にはおすすめかも。

 

部屋以外にも400点以上の作品が手の届くところに

下の写真はロビー周辺の作品を奥つか押さえたものですが、実はホテル中にこうした作品が散りばめられています。朝食をいただいたダイニングなども同じ作家のキルティング系のアートで彩られていました。タイトルにもあるように全館で400点程度の作品が展示されています。

f:id:fw688i:20221112131140p:image

それらとは別に特設展が開催されていたり、いたるところでアートに触れることができ、特にアートに関心の高い筆者の連れ合いなどは(彼女はお子さん向けの工作・絵画教室などやっています)、筆者と娘をロビーに置いて「ちょっと散歩してくる」と1時間余りホテル内で作品巡りを楽しんでいました。

これまで「ホテルで宿泊」というと「旅」が目的だったのですが、ここ数年の情勢で「ホテルを楽しむ」ということが別の味わいを持っているんだなあ、などと上述のように今年はいくつかのホテル滞在を通じて新しい楽しみ方を見つけた一年ではあったのですが、このホテルはその在り方に新しい刺激を与えてくれました。。

翌日は日曜日の銀座で歩行者天国を散策し(人はそこそこ出ていましたが、もちろん以前ほどではなく、ちょうどいい感じ)、おいしランチを楽しんだり、買い物をしたりして、なんということのない1日を過ごし、帰宅し夕食を済ませたあたりから、さて明日の予定は、などと日常に戻って行ったのですが、それでも随分と大きな気分転換をいただいたなあ、と改めて感じています。

 

さて、その間にも「模型生活」は続いている、ということで、2週間前に到着した「H-44型」戦艦の塗装が完了しました。

「H級」戦艦myplace.frontier.com

「H級」戦艦について少し復習しておくと、「H級」戦艦というのは再軍備を宣言したナチス政権下のドイツが「Z計画」と称される海軍軍備整備計画の中で構想した一連の主力艦設計案で、その一番艦の仮計画艦名称が「H」号であったことから「H級」と総称されています。

一連の主力艦設計の系譜の総称で、戦訓や技術発展に伴い『H39型」から「H44型」まで6種の設計案があったとされています。

この辺りもっと詳しくお知りになりたい方は、本稿の下記の回などつまみ食いしてみてください。

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「H級」前期型

これら一連の設計案のうち「H39型」については2隻が着工され、第二次世界大戦の勃発で建造が中止されました。そしてこれに続く「H40型a,b」と「H41型」は前期型と言われ、実現可能な設計案だったとされています。

H39型」

 

(上図は上掲の The Wells Brothers' Battleship Index: Debunking the Later H-class Battleships から)

(「H39型」戦艦の概観:224mm in 1:1250 by Delphin) 

「H級」の最初の形式で、着工された2隻はこの形式でした。「ビスマルク級」戦艦の拡大改良型で、「ビスマルク級」では実現できなかった機関のオール・ディーゼル化を目指した案です。大型ディーゼル機関の搭載により30ノットの高速と、長大な航続距離を併せ持った設計でした。機関の巨大化により船体も55000トンに達しています(「ビスマルク級」は41700トン)。主砲口径は「ビスマルク級」よりも一回り大きな40.6センチ砲として、これを連装砲塔4基に搭載していました。

全体的な概観や兵装配置は「ビズマルク級」を踏襲しており、大きな外観的な特徴としては巨大な機関搭載により煙突が2本に増えたことと、航空機関連の艤装が艦尾に移されたことくらいでした。

「H40型」

一般的には「H 39型」の装甲強化改良型、とされていて、「H40a型」と「H40b型」の2つの設計案があったとされています。

(上図は「H40型」の設計2案「H40a型」(上段)と「H40b型」:モデルはAlbertから出ているようですが、見たことがありません 上図は上掲の The Wells Brothers' Battleship Index: Debunking the Later H-class Battleships から)

「H41型」

(上図は上掲の The Wells Brothers' Battleship Index: Debunking the Later H-class Battleships から)

(上の写真は筆者版「H41型」戦艦の概観:232mm in 1:1250 by semi-scratch based on Superior:下の写真は筆者版「H41型」の細部拡大:「筆者版」の種を明かすと1:1200スケールのSuperior製H-class(おそらく「H39型」)をベースにしています(≒Superior社の1:1200スケールのひと回り大きな「H39型」を1:1250スケールの「H 41型」のベースとして)。筆者が知る限り、『H41型」の1:1250スケールモデルはAlbert社からのみ市販されていますが、未だ見たことがありません)

この「H級」シリーズの現実的な設計案の最後の「H41型」は、主砲の強化を狙った設計案でした。排水量68000トン(「大和級」並)の船体に、42センチ(連装砲塔4基搭載)の口径の主砲を搭載し、機関は再びオールディーゼルとして速力28.8ノットを発揮するというスペックでした。

 

そして「H級」後期型:「H42型」「H43型」「H44型」

「H級」計画は、さらに、研究段階の設計案として「H42 型」「H43 型」「H44型」と続いています。どうも「ナチス・ドイツ」の兵器設計の常、というか(架空戦記小説から筆者が影響を受けているだけかもしれませんが)「大きく強く」のような発想が色濃く見受けられる(あくまで筆者の私見ですが)計画案が多いように感じています。いずれも強大な船であり、既に「H41型」ですら建造施設に課題が見つかっていることから、これらの建造についてはドライ・ドックでの建造等、建造方法についても研究・検討が必要だっただろうと上掲の文書では記述しています。

「H42型」

(上図は上掲の The Wells Brothers' Battleship Index: Debunking the Later H-class Battleships から)

戦艦「ビスマルク」の喪失が英雷撃機の魚雷が舵機を破壊したことによるものであったことを受けて、「H41型」の水中防御を中心に防御力強化を目指した設計案だったとされています。

防御装備の充実で排水量は90000トンに拡大しています。主砲については42センチ砲搭載説と48センチ砲搭載説の2説がある様です。機関としてはディーゼルと蒸気タービンの併載し、31.9ノットの高速艦となる設計案でした。

魚雷防御の話

「H42型」で設計に盛り込まれた水中防御仕様は「H級」後期型に共通して盛り込まれる予定だったとされています。

冒頭に掲げた資料には以下のような記述があります。

"From this 'H-42' design onwards, efforts were made to give rudders and propellers maximum protection by extending the stern of the ship in the shape of two side fins forming a kind of tunnel and protecting the rudder and propellers from the sides. This design was to offer protection against the kind of fateful torpedo hits sustaned by Bismarck. The effect such a stern would have on manoeuvrability of so large a ship was not looked into and extensive model tests would have been necessary before such a project could have been carried out." 

抄訳すると「ビスマルク」に致命的な損害を与えた魚雷攻撃に対する対策として、一種の「覆われた船尾」を装備している、とされています。舵とスクリューを魚雷の打撃から保護するための両側にサイドフィンが装備されている、ということです。併せてこのような設計の船尾構造が巨大な戦艦の操縦性にどのような影響を与えたかは検証が必要だっただろう、とも述べています。

下の写真は筆者がいつも頼りにしているebay sellerが送ってくれたAlbert社性の「H44型」の船尾構造の写真です。ちょっとわかりにくいですが、4軸のスクリューと舵のそれぞれ外側にサイドフィンがあることがわかります。確かにこのような船尾構造がどんな水流を作るのか、検証が必要だったでしょうね。(このモデル、入手する予定なのですが、叶うかどうか)

f:id:fw688i:20221112212552p:image

そして「H44型」

「H42型に続く「H43型」は初めて10万トンを超える巨大戦艦の設計案でしたが、この巨大戦艦の設計案は次の「H44型」へと繋がります。

(上図は上掲の The Wells Brothers' Battleship Index: Debunking the Later H-class Battleships から)

「H級」として設計案に関する記録が残る最後の「H44型」は史上最大の戦艦の設計案でした。排水量130000トン、 50.6センチ(20インチ)砲8門を主砲として搭載し、ディーゼルと蒸気タービンの併載で29.8ノットを発揮する、というスペック案が残っています。複数の枝記号を持つ図面が見つかっており、設計案が複数あったかもしれません。

f:id:fw688i:20221113101700p:image

(「H44型」の概観:293mm in 1:1250 by Albert: 破格の大きさで、いつも筆者が使っている海面背景には収まりません。仕方なくやや味気のない背景で。下の写真は「H44型」の兵装配置を主とした拡大カット:巨大な20インチ連装主砲塔(上段)から艦中央部には比較的見慣れた副砲塔や高角砲塔群が比較的オーソドックスな配置で(中段)。そして再び艦尾部の巨大な20インチ連装主砲塔へ(下段))
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艦首部の巨大なハーケンクロイツ(さて、どうしようか・・・)

f:id:fw688i:20221113101641p:image

(余談ですが、このAlbert社製のモデルには艦首に巨大なハーケンクロイツがモールドされています。どんな扱いにするか(赤白黒の標準的な配色など)、かなり迷ったのですが、標準的な配色ではあまりにもインパクトが強すぎる気がしたので取り柄ず「金銀」の組み合わせ配色でまとめてみました)

 

13万トン超えの「破格の大きさ」って

正直いうとこのモデル、ドイツ戦艦のオーソドックスな兵装配置等を踏襲しているので、モデルそのものの大きさがお伝えしにくいかなと思い、いくつか比較をしてみました。

まずは「ビスマルク級」戦艦との比較

下の写真は「ビスマルク級」二番艦「ティルピッツ」との比較。完成時にはヨーロッパ最大と言われた「ビスマルク級」が巡洋艦に見えてしまいます。「ビスマルク級」の寸法が201mm

ですので、長さで約1.5倍、幅がほぼ2倍、というボリュームです。 

f:id:fw688i:20221113101656p:image

 

「H級」前期型(現実的な設計案?)の中で最大の「H41型」との比較

「H41型」(筆者版)の大きさは232mmですので、長さで約20%今日大きいという計算になります。やはり写真でも目立つのは艦幅の差でしょうか。20インチ砲を安定して運用するにはこれくらいの艦幅が必要だということでしょうか?

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ビスマルク級」から「H44型」までの、いわゆるZ計画の開発系譜一覧

下の写真は、再生ドイツ海軍の「Z計画」での主力艦整備計画の騒乱的なカットです。下から「ビスマルク級」(40000トン級:38センチ主砲)、「H39型」(55000トン級:40.6センチ主砲)、「H41型」(64000トン級:42センチ主砲)そして「H44型」(130000トン級:50.6センチ主砲)
f:id:fw688i:20221113101653j:image
改めて「H44型」のモンスターぶりがお分かりいただけるかと。

 

ここからは少し仮想戦記小説の世界に

計画された20インチ主砲搭載艦:日本海軍A-150計画

大きさ比較のついでに、と言ってはなんですが、計画が残っっている他の20インチ砲搭載艦との比較も。

計画が残っているところで有名なのは日本海軍のA-150計画艦、「超大和級」でしょうか。これは「大和級」の強化型で、米海軍の18インチ砲搭載艦の計画に対応するために検討されたとされています。当初は新設計で20インチ三連装砲塔3基を搭載する計画もあったようですが、当時の日本の技術力では20インチ三連装砲塔を駆動する方法の開発に時間がかかり、これに対応する巨大艦の建造にも施設から準備せなばならないということで、「大和級」の設計をベースに「大和級」とほぼ同寸の船体に連装砲塔3基搭載し(連装砲塔であれば「大和級」の砲塔とほぼ同じ重量で駆動系も既存のものが使えたようです)防御力等を強化した80000トン級の戦艦が設計されました。

ja.wikipedia.org

(日本海軍のA-150計画艦の概観:217mm in 1:1250 by semi-scratched based on Neptune)

下の写真は「H44型」と「A -150計画艦」の比較ですが、上述のように「A-150計画艦」は「大和級」の設計をベースにしているため、ほぼ「大和級」との大きさ比較でもあります。

やはり「H44型」のお化けぶりが顕著に。

f:id:fw688i:20221113102029p:image

 

ここからは、まさに「レッドサン・ブラッククロス」の世界へ

日本海軍架空戦艦の制作に着手

(ここからは少し仮想戦記小説的な設定が入ってきます)

上の写真でも明らかなように、「H44型」に対抗するには「A-150計画艦」ではあまりに場当たり過ぎる(そもそも「A-150計画艦」は米海軍の来るべき18インチ砲搭載艦への対応として設計されたものでした)ということで、日本海軍は「H44型」への対応を意識した計画を発動します。基本設計は「H44型」と同等の20インチ主砲、もしくはそれを上回る22インチ(56センチ)主砲を8門搭載し、「大和級」「A -150計画艦(超大和級)」と同等の機動性を持った戦艦、という骨子で、120000トン級程度の船体が想定されました。

ということで、前回も少し記述しましたが、手持ちのストックの中からグンゼ産業製の1:1000「大和級」のモデルをベースに、鋭意、架空艦の政策に着手しています。

 

試作A案

下の写真は上述の1:1000スケールの「大和級」の船体にパーツを仮組みしてみたもの。

主砲塔はいくつかのモデルをShapewaysから取り寄せているところですが、とりあえずは前出の「A-150計画艦」の20インチ主砲塔を4基仮起きしてみたものです。中央の上部構造物は、ebayでジャンク品として落札しておいたNeptun社製の「大和」から剥離したものを拝借しそのまま置いてあります。ちょっと小さ過ぎるのかな?f:id:fw688i:20221113103859p:image

(このグンゼ産業製のモデルはメタルモデルですので、まだ地金の色のままの状態です。甲板部のみ、タミヤのエナメルの「デッキタン」で色を載せています。砲塔なども実は1:700スケールのストック品を今は仮置きしています。色も塗ったあったりなかったり)

元々は「大和」のモデルですので、砲塔基部は3つしかなく、新たに増設する予定の3番砲塔の基部などはもう少し大きな方がいいような気もしますし、そもそもこの砲塔でいいのかどうか、その辺りも慎重な検討が必要です。副砲塔の配置(そもそも装備するかどうかも含め)や艦尾の航空艤装部の細工等も考えねばならず、これからまだ多くの工程が必要ですが、まずは主砲塔の候補案の到着を待つことにします。

下の写真では仮置き状態でのモデルと「H44型」に比較を。f:id:fw688i:20221113103855p:image

コンパクトな戦艦づくりを目指す日本海軍の設計コンセプトが活かせたそれらしい戦艦に仕上がりそうな予感です。一方でオーソドックスで手堅いドイツ艦の設計も。こういう比較は実に面白い。

 

試作B案

一応、他のストックパーツを用いて別の仮組み案も作ってみたので、そちらもご紹介。

こちらは1:1100スケール(あれ 1:1000スケールだっけ。パーツにバラしてしまうとこの辺りが曖昧になるので困ったものです)の「大和級」の上部構造を仮置きしてみたものです。f:id:fw688i:20221113101636p:image

同じく下は「H44型」との現状での比較。

f:id:fw688i:20221113101649p:image

今度はちょっと上部構造の立ち上げが高過ぎるでしょうか?

 

とまあ、こんな感じでしばらく試行錯誤が続く予感がしています。これも架空艦の製作の醍醐味の一つかと。Shapewaysからはオーダーしている砲塔のセット2種のうち1種類はすでに完成し、もう1種類がラインに乗ったという知らせが来ました。おそらくあと10日程度で手元に届くと思いますので、それらも併せて仕上げてゆきたいと考えています。

完成すればまさに佐藤大輔氏の仮想戦記小説「戦艦ヒンデンブルク号の最期」(「レッドサンブラッククロス外伝」の3巻に収録)が再現できるかも。(ということはこの戦艦の名前は「播磨」ということになりますかね)

(徳間文庫版より)

・・・・とかとか、妄想がどんどん膨らんでいます。

ということで今回はこの辺りで。

 

次回は・・・。未定ですが、新着モデル、あるいは整備中のモデルなどがいくつかありますので、そのあたりで何かテーマを見つけて、と考えています。(日本海軍の機動部隊小史なども途中ですので、その辺りも気にはなっているのですが)

もし、「こんな企画できるか?」のようなアイディアがあれば、是非、お知らせください。

 

模型に関するご質問等は、いつでも大歓迎です。

特に「if艦」のアイディアなど、大歓迎です。作れるかどうかは保証しませんが。併せて「if艦」については、皆さんのストーリー案などお聞かせいただくと、もしかすると関連する艦船模型なども交えてご紹介できるかも。

もちろん本稿でとりあげた艦船模型以外のことでも、大歓迎です。

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コレクターの日常:架空艦「Flugzeugkreuzer A IIa ; カール・フォン・ミュラー」投稿後の追加情報あり

前回、おそらく今回はこのところ筆者の大関心事であるドイツ海軍Z計画で開発予定だった「H級」戦艦の「H44型」(排水量:13万トン強の巨大戦艦)のモデルが手元にと届いている頃だと思うのでそのご紹介を、と予告していたのですが、いまだに手元に到着していません。

ドイツの発送元から「ウクライナ情勢で迂回の輸送ルートになるらしいから、ちょっと時間がかかるかも」と言われていた通りになっているようです。

これは待つしかない、ということですので、今回はこのところの未成艦(架空艦?)への気持ちの高まりから、長らく手をつけていなかったドイツ海軍の航空巡洋艦のモデルを仕上げましたので、そちらをご紹介しておきます。

 

航空巡洋艦Flugzeugkreuzer A IIa ; カール・フォン・ミュラー

f:id:fw688i:20221030095906p:image

(「A IIa型」航空巡洋艦の概観:199mm in 1:1250 by C.O.B. Constructs and Miniatures:艦橋部と主砲塔をストック・パーツに置き換えています。右舷側舷側に煙突が見えています。この右舷側の煙突を写したかったので、珍しく右舷側からの写真になっています)

同艦については、実は筆者は計画が存在したという証左を見出せていません。今のところWorld of Warshipというゲームに関連したフォーラムで、いくつか話材を見出せているのみです。

What if Izumo was built like this - General Discussions - World of Warships Official Asia Forums

ここでは図面が上がっています。

(下の図面は上記のURLより拝借しています:概ね上掲のモデルと同じように見えますが、上掲の模型よりも若干艦橋が前方に位置しているようにも見えます)

またebay.atでは1:700スケールのレジンキットが出品されており、ここではかなり詳しい設定が展開されています。

www.ebay.at

ここでは計画名が「Flugzeugkreuzer (aircraft cruiser) A IIa」として紹介されています。解説は、第二次世界大戦前に各列強海軍で同種のハイブリッド設計案については検討が盛んだった、というイントロで始まり、しかし実現したのは日本海軍の「伊勢級」のみ、としています。ドイツ海軍でも「ビスマルク」の喪失後、航空援護のない水上艦艇の脆さが露わになり、1942年ごろに「A II」「A III」「A IV」の各設計案が提示され、そのヴァリエーションがこの「A IIa」だ、としています。

「A IIa」は55口径28センチ砲を主砲として三連装砲塔2基に納め、副砲として15センチ単装砲を片舷3基、ケースメート形式で搭載しています。さらに10.5センチ連装高角砲8基も搭載し、かなり強力な火力を有していました。

(「A IIa型」航空巡洋艦の細部:55口径28センチ主砲塔(上段)とケースメート形式で搭載されている15センチ副砲+高角砲(中段))

f:id:fw688i:20221030095911p:image

搭載機

搭載機についてはMe109T艦上戦闘機(いわゆるメッサーシュミット艦上戦闘機版)9機とJ87T艦上爆撃機(こちらもシュツーカを艦上爆撃機に改造したもの)12機を搭載可能だったと記述しています。見ての通り飛行甲板の前端中央に艦橋があり、発艦は艦橋両側のカタパルトから行う設計でした。

ドイツ海軍は同種の艦艇を航空機運用能力を活かした広域の通商破壊戦に投入することを想定し検討していた、という設定になっています。

日本海軍が具現化した「伊勢級」航空戦艦は喪失した機動部隊空母の補完として、空母機動部隊戦力としての運用が期待されていたようですが、同艦はその搭載機数から考慮しても、機動部隊での運用は考慮されていない、純粋な通商破壊艦だと言っていいと思います。

搭載機数は微妙ですね。通商破壊戦に投入する艦爆12機というのはさておき、航続距離の短いMe109を改造した艦上戦闘機9機というのは、どう運用するんでしょうか?

(下の写真は「A IIa型」航空巡洋艦の大きさ比較:上段から「ビスマルク級」戦艦との比較、「シャルンホルスト級」戦艦との比較(中段)、「ドイッチュラント級」装甲艦との比較(下段))f:id:fw688i:20221030100625p:image

実は筆者が調べた限りでは、同艦の排水量等についての情報を見出せていません。上の比較から類推すると、三万トン級の船であることはおそらく間違いなさそうです。同じく未成艦ではありますがより具体的な計画の残っている空母「グラーフ・ツェッペリン」が33500トンでしたので、おそらくその辺りの概要だったんじゃないでしょうか?

ja.wikipedia.org

グラーフ・ツェッペリン級」空母についてはモデルもあるのですが、少し整備が必要と考えていますので、またいずれご紹介します。

**まずは今回ご紹介した「A IIa型」について、どなたか具体的な情報をお持ちの方がいらっしゃいましたら、是非、お知らせください。

 

投稿後の追加情報

色々と調べるうちに下記のサイトを発見しました。

www.german-navy.de

排水量40000トン、ということですが、それ以上に色々なタイプがある、ということのようです。スペックをよく見ると、15センチ副砲が12門、という設定になっていて、ケースメートではなく連装砲塔なんでしょうか。

 

Shapewaysのモデル

モデルはShapewaysでいつでも購入が可能です。

www.shapeways.com

(写真はShapewaysに掲載されている同艦の1:1800スケールモデルの写真:by C.O.B. Constructs and Miniatures)

今回筆者は上掲の同社(C.O.B. Constructs and Miniatures)のモデルをベースに、主砲塔と艦橋部を手元のストック・パーツと置き換えています(ちょっと物足りない気がしたので)。艦橋の置き換えには贅沢にもHansa製のポケット戦艦「アドミラル・シェーア」の艦橋部が流用されています。あとはモデルのモールドでは副砲がケースメートだけで砲身がモールドされていなかったので、砲身をプラロッドで足している程度です。

 

「カール・フォン・ミュラー」という艦名

本稿をご覧になるような方ならばおそらく多くの方がご存知でしょうが、艦名は第一次世界大戦で通商破壊戦で名を馳せた巡洋艦「エムデン」の艦長カール・フォン・ミュラー少佐にあやかっています。 

en.wikipedia.org 

こちらもおすすめ。

www.amazon.co.jp

この「エムデン」の活躍を語り出すと随分な長文になってしまいそうなので、今回は控えますが、是非、上掲の書籍など、お楽しみいただければ、と。でも、あらら、古い文庫なのですが、結構いい値段になっていますね。

 

Grossflugzeukreuzer A III (「アトランティカ級」航空戦艦 のち航空母艦

Shapewaysからは同艦の拡大型ともいうべき「A III」デザインのモデルも購入することができます。

同艦は仮想戦記小説「レッドサン・ブラッククロス」にも登場していて、排水量70000トン余りの大きな船体を持ち33ノット超の高速を発揮することができました。武装は28センチ三連装砲2基(2番艦は設計の見直しが入り28センチ四連装砲塔1基)を主砲として、28機(2番艦は50機)の航空機を搭載するという設定で登場しています。しかし、戦力としては火力、航空機の搭載能力、いずれお中途半端で、実戦での戦力化に難があるとして、結局、主砲をおろし全通甲板、搭載機62機の正規空母に改造された、という設定になっています

(上図は佐藤大輔著「レッドサンブラッククロス(中公ノベルズ版第2巻掲載)より拝借しています.。下は「アトランティカ」のアップ)

www.shapeways.com

いずれは作ってみたいですね。主砲塔と艦橋は何か手を入れたいですね。

3D printing modelは柔らかな樹脂製(今回の上掲の「A IIa」もWhite Natural Versatile Plasticという樹脂製です)ですので、金属などに比べ比較的加工が容易です。ドイツ艦風の空母艦橋などはあまりストックパーツを筆者は持っていないので、これについては少し研究が必要です。(ああ、こうやってテーマがどんどんとっ散らかっていくんです)

でも手を入れればきっといいモデルになってくれそうです。ちょっと楽しみ。問題はいつやるか、ですが・・・。

 

というわけで今回はこの辺りで。

次回は今回予定していた「H44型」のモデルが届けばいいのですが。加えてNavis製の第一次世界大戦期のドイツ巡洋戦艦の改訂版モデルが同梱されているはずのなので、そのあたりも合わせてご紹介できればいいかな、と考えています。

 

「H44型」の到着(たった今)

・・・と書いていたら、まさに今、届きました。

f:id:fw688i:20221030112413p:image

他のモデルと同梱で、結構嵩張る荷姿、です。ああ、しっかり課税されている(1900円!)。今回はちょっとだけご紹介しておきます。

(とりあえず取り出して・・・。ebay sellaer氏の通告通り、パーツをバラした状態で届きました(左下段写真)。仮組みしたらこんな感じ(上段)。13万トン級戦艦の大きさがわかるかなあ、のショット(右下段:筆者版「H41型」==68000トン、つまり「大和級」並の大きさ、との比較。とにかく1:1250スケールとしては異例の大きさです)

f:id:fw688i:20221030120916p:image

ということで、幸い仮組み状態で届いたので、塗装はかえって容易かもしれません。ただし手持ちのエナメル塗料では足りないかも。少し時間をかけて塗装してゆきましょう。楽しみだなあ。

 

ちょっと妄想が風くらんで

このモデル、想像以上に「異例」の大きさです。置き場所から考えねば。あわせて同種の規模の船、やはり作りたいですよね。

ということで、ストックをゴソゴソ。「見つけた!」というわけではないのですが、1:1000スケールの「大和級」戦艦の未組み立てのモデル(グンゼ産業製)を引っ張り出してきました。(下の写真:シルバーがグンゼ産業製の1:1000「大和級

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1:1000スケールですので、「スケール違い」という理由で長らくストックの奥の方に眠っていたのですが、これをベースに「日本海軍も10万トン超えの大戦艦を建造」のような、まさに「仮想戦記」に出てきそうな船を作ってみようかな、などと、妄想が膨らんできています。

ああ、「レッドサンブラッククロス」なんて読み返すんじゃなかったかも。影響が出てきているかもしれません。もっとも同書に登場する日本海軍の「播磨級」巨大戦艦は21万トン、51センチ主砲3連装砲塔4基搭載のお化けですが。まあ写真をベースにするとそこまで大きなものにはならないでしょう。まあ、いずれにせよこちらはかなり先のお話ですね。

・・・・と、妄想はキリがないので、この辺で。筆者の興奮が少しでも伝わっていれば幸いです。

 

少しご紹介を急いだのは、次の週末にはちょっとした行事があって、多分、一回スキップするから。それまでに塗装などは間に合いそうもないし。

それにしても「H44型」でこの大きさだとすると、「H45型」はやはりちょっと考えものですね。あまりにも現実感がない、というか。どうしましょうかね。

 

模型に関するご質問等は、いつでも大歓迎です。

特に「if艦」のアイディアなど、大歓迎です。作れるかどうかは保証しませんが。併せて「if艦」については、皆さんのストーリー案などお聞かせいただくと、もしかすると関連する艦船模型なども交えてご紹介できるかも。

もちろん本稿でとりあげた艦船模型以外のことでも、大歓迎です。

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コレクターの日常:H級戦艦(「H41型」)の修正と新モデル調達状況のアップデートなど

本稿前回で、筆者の興味がドイツ海軍の一連の未成戦艦、いわゆる「H級」と呼ばれるシリーズに向いている、というお話をしました。

大好きなフランス海軍の黎明期の戦艦群(「前弩級戦艦以前の主力艦群」の方が表現が正しいかな)の仕上げなど、諸々、仕掛かっているものもあるのですが(こちらも数がかなりある)、手がそちらに向かず、今の所はこれに集中して楽しんでいる、そんな今日この頃です。

(前回投稿はこちら)

fw688i.hatenablog.com

今回はその「H級」についてのアップデートをいくつか、そんなお話です。(多分、短い)

 

「H級」戦艦についてのアップデート

少しおさらいも含めて、そもそもドイツ海軍の「H級」戦艦とは何者なのかというと、ヒトラーによる「ドイツ再軍備宣言」(1935年)以降に計画された一連の大型戦艦群の総称です。最初の計画艦の仮名称が「H」号であったことから、「H級」と呼ばれています。

設計の基礎は再生ドイツ海軍初の本格的戦艦であった「ビスマルク級」にあり、その強化発展型と位置づけられると考えていいと思います。

(「ビスマルク級」戦艦の概観:201mm in 1:1250 by Neptun:写真は二番艦「ティルピッツ」)

ビスマルク級」の強化改良型ということで、主には主砲口径の強化、機関の変更(通商破壊艦としての航続距離の延長を目論んだディーゼル機関の搭載、あるいは戦闘艦としての高速性も睨んだ蒸気タービンとの併載)が大きな目玉かと。

確認されるところでは6隻まで仮艦名が設定されていたようです(H, J, K, L, M, N:Iは数字の1との混同を避けるために使われなかった、とか)。うち2隻は着工に至りましたが、第二次世界大戦の勃発で建造中止に至っています。

6隻全てが同型艦ではなく、確認されるものだけで「H39型」「H40a型」「H40b型」「H41型」「H42型」「H43型」「H44型」の設計図面等が残っています。(この辺りは情景の本稿前回投稿で詳しくご紹介しています)

諸形式は技術革新、戦訓などに基づき順次強化巨大化されたものになっています。その中で「H39型」から「H41型」までは設計段階での検討も終えた実現可能な設計だったとされていますが、「H42型」以降は研究段階のいわばスケッチとでもいうべきもので、最後の「H44型」に至っては13万トンを超える超巨大戦艦だったというスケッチが残っています。

既述のように「H級」戦艦は全てが計画艦・未成艦で、この世にはせいぜいが着工された2隻についてのドックに据えられた土台程度しか存在しなかったのですが、模型の世界ではいくつかのモデルが発表されており、筆者のコレクションにも加わっているので、それをご紹介してきました。

 

H39型」

(「H39型」戦艦の概観:224mm in 1:1250 by Delphin) :

「H級」の最初の形式で、着工された2隻はこの形式でした。40.6センチ砲を主砲として搭載し、機関にはオールディーゼルを採用して長大な航続距離を持ち、なおかつ30ノットを超える高速を発揮する55000トン級の大型戦艦でした。

 

「H41型」(ただし筆者版)

(筆者版「H41型」戦艦の概観:232mm in 1:1250 by semi-scratch based on Superior: 正規で「H41型」の名称で流通されていたモデルではなく、スケール違いの1:1200の「H39型:おそらく」のモデルを筆者が1:1250スケール風に仕上げたものです) 

「H級」シリーズの現実的な設計案の最後の形式で、「H39型」の主砲の強化を狙った設計案でした。排水量68000トン(「大和級」並)の船体に、42センチ(連装砲塔4基搭載)の口径の主砲を搭載し、機関は再びオールディーゼルとして速力28.8ノットを発揮するというスペックでした。上掲の写真の筆者版では、筆者版ならではということで「H42型」の計画で予定されていた42センチ砲ではなく、「H39型」と同等の実績のある40.6センチ砲を主砲として採用し、ただし三連装砲塔4基搭載した強化した、という設定で作成してみたものになっています。

 

筆者版「H41型」の誤謬の発見と修正

上記のような次第で作成した筆者版「H41型」だったのですが、資料をあたるうちに大きな誤りがあることがわかりました。

筆者版「H41型」は前述のように主砲口径を「H39型」と同じ40.6センチとしていて、これは筆者による、ある種確信犯的、な改変だったのですが、モデル制作にあたりSuperior社の兵装のディテイルがあまり筆者の好みではなかったため、高角砲を別モデルの「ビスマルク級」戦艦のものに換装しているのです。従って高角砲は開放型のシールドを設置した形式なっているのですが、資料には「注意すべきはこの105mm/65 SK C/33の 砲架が新型で、それまでの「ビスマルク級に搭載された開放型の砲架とは異なり閉鎖型のものである(筆者訳):Note that the 105mm/65 SK C/33 mounts were the newer, heavier enclosed Dop. L. C/38 mounts, rather than the open C/31 and C/37 mounts used on the preceeding Bismarck-class. 」と記されていて、確かに「H39型」とは異なることがわかったのです。

(下の写真は「H39型」(左)と筆者版「H41型」の高角砲砲架の形状の比較:左の砲架の方が閉鎖度が高いのがわかります)

という次第で、修正筆者版「H 41型」

という上述の誤謬を修正し(と言っても前出のDelphin社製「H39型」モデルの閉鎖シールド付きの高角砲へ換装しただけですが:3隻ストックがあったので良かった)、ついでに、というと「違う」気もしますが、主砲を計画通り42センチ砲に口径拡大した、という想定のものにしてみました。

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(修正筆者版「H41型」戦艦の概観(上の写真):下の写真はその兵装を中心とした細部の拡大:主砲塔と対空砲の換装がメインです)
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(下の写真は修正箇所の確認:主砲塔の換装(上段)と対空砲砲架の換装(下段))
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修正筆者版「H41型」の方が「力強い」ですかねえ。

(下の写真は筆者版「H41型」の40.6センチ主砲三連装砲塔歳案(上段)と42センチ主砲連装砲塔搭載案の比較:ドイツ戦艦らしい、という意味ではやはり連装砲塔が馴染みがありますね)

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砲弾単発の破壊力と射程距離は、もちろん大口径砲のほうが格段に勝ります。が、口径が小さい方が当然装填速度は早いでしょうから、搭載砲数と単位時間あたりの射撃回数を考えると、単位時間あたりの総投弾量ではどうでしょうか?さらに発射段数は命中確率とも関連してきますので、両方を兼ね合わせて考えると、どっちが良いんでしょうかねえ。難しい選択ですね。しかし外観的には、修正版の方が「ドイツ海軍の戦艦らしい」のかなあ。

 

ついでと言っては何ですが、「H級」の各形式の大きさの推移を見るために、以下に2カット付け足しておきます。

(下の写真は「H39型」(手前:Delphin製)と「H41型」(Superior社ベースで筆者が手を加えたもの)の艦型の比較。大きさの比較も興味深いですが、DelphinとSuperiorの全体の解釈、雰囲気作りの差が面白いかも)

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(下の写真は「ビスマルク級」(手前:Neptun製)と「H41型」(Superior社ベースで筆者が手を加えたもの)の艦型の比較。ディテイルの再現性は圧倒的にNeptunが優っていることが明らかです。まあ、価格が正価で購入すると4倍ほどするので。でもなんとなく、上のDelphinとの比較よりも、船体全体の形状が同じ解釈というか、系譜としての連続性が観れるかなと思っています。「H39型」もNeptunから出ているので、入手したくなってきましたね)

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さて、主砲塔、どちらがしっくりくるんだろうか。まあ、両方揃ったので、気分で差し替えるのも良いかな。・・・ということにしておきましょう。

 

「H級」後期型の話

前述のように「H級」戦艦の後期型「H42型」「H43型」「H44型」は研究段階のスケッチでした。

その規模は拡大の一途を辿ります。(この辺り、本稿の前回と全く被ります)

「H42型」

(上図は The Wells Brothers' Battleship Index: Debunking the Later H-class Battleships から)

「H42型」は「H41型」の防御強化型として排水量90000トンに達する巨艦としての図面が残っています。艦型はほぼ「H41型」を踏襲する形で、寸法が大き苦なっている、そんな理解をしていただければ。主砲の口径は「H41型」と同じ42センチ案と一層強化した48センチ砲搭載案が残されているようです。機関はディーゼルと蒸気タービンの併載で、31.9ノットの高速戦艦でした。

「H42型」以降の「H級」戦艦は、就役当時、世界最大最強を謳われ、緒戦のデンマーク海峡海戦で英海軍のシンボルともいうべき「フッド」を一撃で屠蓮烈なデビューを果たしたドイツ戦艦「ビスマルク」が、1発の魚雷で舵を損傷し行動の自由を奪われ撃沈された戦い(1941年)から得た戦訓で、魚雷防御を意識した艦尾構造を持っていました。

「H43型」

(上図は The Wells Brothers' Battleship Index: Debunking the Later H-class Battleships から)

「H43型」は主砲口径をさらに拡大し48センチ(一説では50.8センチ(20インチ)搭載案もあったとか)とした設計で、重厚な水中防御構造を併せ持つ11万トン級の戦艦の設計案でした。機関は前級と同じディーゼル・タービンの併載で、30.9ノットを発揮する設計でした。

「H44型」

(上図は The Wells Brothers' Battleship Index: Debunking the Later H-class Battleships から)

「H44型」では主砲が50.8センチ砲8門とされ、排水量130000トン、ディーゼルと蒸気タービンの併載で29.8ノットを発揮する、というスペック案が残っています。複数の枝記号を持つ図面が見つかっており、設計案が複数あったかもしれません。

記録の残る限り史上最大の戦艦の設計案とされています。

 

Albert社の「H級」各形式の模型

「H級」の1:1250スケールの模型はAlbert社から発表されているようです。筆者は今回体系的に調べるまで、見たことがありませんでした。いつもモデルの検索でお世話になっているsammelhafen.deによれば「H40a型」「H40b型」(実はこの両形式は明記されていません:H-Klasse Studie A/Bとだけ表記されています)「H41型」「H42型」「H43型」「H44型」が同社から発表されています。

(「H44型」の概観:Albert社製のモデル:写真は例によって模型探しでお世話になっているsammelhafen.de から拝借しています:他の形式については写真は見つけられませんでした)

 

Albert社の「H級」(おそらく「H44型」)を入手

本稿前回では、筆者が懇意にしているebay sellerにこれらのモデルについての情報を問い合わせ、なんと「「H級」に関して在庫あり、欲しかったら売ってもいい」という返事をもらった、ということころまでお知らせしていました。

(下の写真はいずれも懇意にしていただいているebay sellerが送ってきてくれた「在庫あり」のモデル2点:上の写真はウォーターライン・モデル(どうやら仮組み状態なので、「塗装をしてちゃんと組み立てをした方がいい、お前ならできるだろう」というコメント付きのモデル。下の写真はなんとフルハル・モデルです。「H42型」以降、「ビスマルク」喪失の戦訓の反映として、艦尾の魚雷防御構造も再現されているようです。艦底に見えるボツボツや塗装はげはどうやら長らくスポンジに包まれていたから、ということのようです。少し手を入れればいいモデルになりそう)

メーカーを問い合わせしたところ、特にモデルに刻印等はないとのことでしたが、sellerの見立てでは、おそらくAlbert製ではないかとのこと。サイズ的には「H44型」じゃないかな、とのことで、筆者の月額の予算限度を考慮した結果、まずは上掲の2点のうち上段のウォーターライン・モデルを購入しました。希少価値(?)からか、このsellerにしては結構強気な値付けでした。一応、来月までフルハル・モデルも置いておいてくれ、とは言ったのですが、どうなることか。

ともあれ、現在、日本に向けて回航中です(多分、来週中には到着するのではないでしょうか?余談ですが、ヨーロッパから(sellerはドイツ在住です)日本へは、ロシアとウクライナを避けた迂回ルートを使わねばならず、以前より到着までに日数がかかっています)。

さあて、どんなモデルが到着するんだろうか、かなり楽しみです。

到着次第、またアップデートします。

 

Gameに登場する「H級」:「H45型」について

ここからはほとんど前回の投稿と同じ内容ですが、「H級」計画艦については、「「かつて実存しなかった設計案」が「H45型」として存在している」と今回「H級」をまとめるにあたり骨格として参考にさせていただいた下記の投稿は記述しています。myplace.frontier.com

これは一部のGameの中で流通している設計で、「それ自体は想像力を逞しくして楽しいことだ」と肯定した上で、「ただし事実との混同は慎重」に、と鋭い釘を刺しています。

 これが「H45型」と言われている設計案で、スペックは複数あるようですが排水量で55万トンから70万トンという超モンスター戦艦です。どうやって作るんだ?

ヒトラーが、グスタフ列車砲(800mm砲)を主砲として搭載する戦艦のアイディアについて語った、という設定(史実なのかどうか?)に基づいた設定で図面まで掲載されています。(「ただしなんの根拠もないよ、でもこういう自由な設定は楽しいから、いいんだよ。どんどんいこう」的なコメント付きです:Let us state for the record that there is absolutely nothing wrong with making up purely fictional ship designs for wargames. We do it all the time. It can be fun. It only becomes a problem when people start to believe that these designs were real. Since these are fictional designs, it is difficult to impossible to find good, reliable references on them. We are forced to rely on saved pictures and saved bits of text from defunct websites, as well as personal memories. So, here we present some more-or-less fictional designs that readers might find on the internet(「H45型」に関するコラムの冒頭部分をそのまま引用しています。fictional designsが何度も出てきて、ちょっと嬉しいですね)

(下の図は「H45型(上記のコラムでは”The (mostly) Fictional H-45 Design”とタイトルがついています。)と称して紹介された「オバケ戦艦」:上左に「ビスマルク級」の図が載っているので、大体の大きさがわかっていただけるかと。「馬鹿でかい」ということしかわからんよ、その通りです)

(上図は上掲の The Wells Brothers' Battleship Index: Debunking the Later H-class Battleships から)

”The (mostly) Fictional H-45 Design”と銘打たれた55万トン(一説では70万トン)のまさにモンスター戦艦。全長609メートル、80センチ主砲(グスタフ列車砲)搭載、なんと28ノットの速度が出せる、ということになっています。

さらに驚くべきことに、この船の3D printing modelが下記で入手可能です。

Battleship - H-45 - What If - German Navy - Wargaming - Axis and Allies - Naval Miniature - Victory at Sea - US Navy - Tabletop - Warshipsxpforge.com

(このページのScaleでは1:1250スケールを選択することはできないのですが、注釈に1:1200-506 mm Length- Special Order O nly- Printed in 2 Pieces と記載されていてスケール対応はしてくださいます。筆者は過去に「1:1250スケールへの対応はできますか」と尋ねたことがあり、こともなげに「ああ、メモ欄に1:1250スケール希望、と書いておいてね」と言われ、後日ちゃんと1:1250スケールの製品が届きました。下の写真はモデルの写真:506mmの巨大なモデルです。かなり低い姿勢にも興味をそそられます) 

上掲のように全長609メートルですので1:1250スケールだと488ミリになりますね、併せて2隻の発注から対応してくれるそうです。値段が書いてないのが怖いですが、一度問い合わせしてみましょうか。

(と、ここまではほぼ前回の投稿のコピーです)

 それはさておき、筆者の思惑では、希望通りにことが進めば来月は上述の「H44型」フルハル・モデルの入手と整備で予算も労力も手一杯ですので、これに手をつけるかどうかは、その後で考えることにしましょうか。

55万トン、というのはなんとも現実味がありませんが、でも、こういう「妄想」は面白いし、形にできるというのは模型ならではの醍醐味なので。

 

ということで、前回からの流れで今回はこの辺りで。

次回はうまくいけば入手した「H44型」Albertモデルが手元に到着しています。この紹介と、多分一緒に、前々回での触れた「シャルンホルスト級」戦艦の設計時の初期案の再現に使う目論みの船も到着するはずですので、これまた計画だけで終わった「シャルンホルスト級」初期設計案のお話、さらに新着モデルのご紹介など、でいかがでしょうか?未着だったら、何か考えよう。

もちろん、もし、「こんな企画できるか?」のようなアイディアがあれば、是非、お知らせください。

 

模型に関するご質問等は、いつでも大歓迎です。

特に「if艦」のアイディアなど、大歓迎です。作れるかどうかは保証しませんが。併せて「if艦」については、皆さんのストーリー案などお聞かせいただくと、もしかすると関連する艦船模型なども交えてご紹介できるかも。

もちろん本稿でとりあげた艦船模型以外のことでも、大歓迎です。

お気軽にお問い合わせ、修正情報、追加情報などお知らせください。

 

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ちょっと一休み、あるいはコレクターの日常:ドイツ海軍「H級」戦艦(前回投稿からの妄想の始まり)

本稿の前回投稿では、ヴェルサイユ体制下で沿岸警備目的の小海軍として存在を許された新生ドイツ海軍の代替艦設計問題に端を発し、その後の英独海軍協定以降の、いわゆる無制限での整備となった第二次世界大戦期のドイツ海軍主力艦の整備状況のお話をしたのですが、その末尾で、一部「H級」と言われる一連の次期主力艦整備計画で建造される予定だった諸艦、つまり未成戦艦群のお話をしました。今、筆者の興味の焦点は、先週からこちらに行ってしまっていて、どうにも手持ちの新着モデルに集中できない、そんな感じになってしまっているのです。

その興味に任せた彷徨の中で、幸運にも体系的にまとめられた資料に触れることができたので、今回はその資料に沿って「H級」の諸計画艦について整理しておきたいと思います。ただし、新しいモデルは今回は登場しませんし、ご紹介するお話も一部は当然前回と被りますが、大系的な整理の意味であまり気にせず、再掲してゆくことにします。でも図面などの新しい情報は比較的豊富なので、図面や写真をチラッとみてもらって気になったらその周辺のコメントを拾ってもらう、きっとそんな読み方をしてもらったら、興味は持ってもらえるんじゃないでしょうか?加えて、これまで紹介したモデルについても誤謬が見つかったり、その辺りの修正のご報告など、これからも続きそうです。

まあ、今回はそんなお話を。

 

「H級」戦艦をめぐる妄想の始まり

今回の妄想の始まりは、「H級」戦艦の開発計画について調べるうちに、下の投稿を発見したことでした。myplace.frontier.com

ここでは「H級」計画の全貌について実によくまとめられた文章を読んでいただくことができます。原典も複数にあたっていらっしゃって、細部の比較も実に興味深い。関心がある方にとっては、スペック表、図面なども揃っていて「よだれの出るような情報満載」(だと筆者は思っています)ですので、ご一読をお勧めします(「英語かよ」とおっしゃる方も、Google翻訳でかなりの精度で大意が取れると思います。少し表現のおかしなところは、概ね専門用語、軍事用語絡みですから、多分、そこは皆さんの「マニア・マインド」がカバーしてくれるはず)。もちろん図面や概略は今回大まかに引用掲載しますので、ご心配なく。(というわけで、今回の図面などはここから引用したものを中心に)

 

「H級」について

ja.wikipedia.org

まず大きな社会背景を。

第一次世界大戦の敗戦で負った戦後賠償で疲弊したドイツ社会に加え、世界的な恐慌が追い討ちをかけて混乱の極みに達した感のある世情を背景として、やがてヒトラー率いる国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス)が政権を掌握し、1934年にヒトラーは首相に就任、さらに1935年には大統領の権限も吸収し国家元首に就任します。こうしてワイマール共和国体制は終焉を迎え、ドイツは第二次世界大戦の敗北まで続くいわゆる「第三帝国」体制に移行してゆきます(1933−1945)。

国家権力を掌握したヒトラーは1935年3月にヴェルサイユ条約の破棄と再軍備宣言を行い、6月には英独海軍協定を締結し、事実上、海軍に関するヴェルサイユ体制下での軍備制限は撤廃されたのでした。

再軍備宣言と英独海軍協定の締結に伴い、ドイツ海軍は潜水艦の保有も認められ、水上戦闘艦についても制約のない大型軍艦の建造へと進んでゆくことになります。

こうした制限撤廃に伴いドイツ海軍は、通商破壊を主要任務とする装甲艦の発展形としての「シャルンホルスト級」戦艦、新生ドイツ海軍初の本格的戦艦「ビスマルク級」という2艦級を建造、さらにその次級の主力艦の設計は、ということで現れたのが「H級」とひとまとめにされてきた戦艦群でした。

この艦級名は計画の最初の仮計画艦名称「H」号に基づいています。

計画では6隻まで仮称(つまりH、J、K、L、M、Nまで)がつけられて計画が実存したようなのですが、設計は6隻全て固まってたわけではなく、上記の着工までで中止になった「H」「J」の2隻は少なくとも「H39型」と呼ばれる設計でした。

上記のように「H級」戦艦の設計は固定されてた訳ではなく、戦訓や技術開発を反映して更新されてゆくのですが、少なくとも「H39型」として着工された2隻とこの後に続く「H40a型」「H40b型」(いずれも「H39型」の防御装備強化型)、さらに「H41型」までは計画承認までに至る実現可能な設計案だったと言われています。

 

H39型」

(上図は上掲の The Wells Brothers' Battleship Index: Debunking the Later H-class Battleships から)

(上の写真は「H39型」戦艦の概観:224mm in 1:1250 by Delphin 下の写真は「H39型」の細部拡大:「ビスマルク級」をタイプシップとして、それに準じた兵装配置であることがよくわかると思います。大型ディーゼルを搭載した高速長航続距離を目指した設計で、外観的には二本煙突が大きな特徴かと)

H39型」は、「ビスマルク級」戦艦の拡大改良型で、「ビスマルク級」では実現できなかった機関のオール・ディーゼル化を目指した案です。大型ディーゼル機関の搭載により30ノットの高速と、長大な航続距離を併せ持った設計でした。機関の巨大化により船体も55000トンに達しています(「ビスマルク級」は41700トン)。主砲口径は「ビスマルク級」よりも一回り大きな40.6センチ砲として、これを連装砲塔4基に搭載していました。

全体的な概観や兵装配置は「ビズマルク級」を踏襲しており、大きな外観的な特徴としては巨大な機関搭載により煙突が2本に増えたことと、航空機関連の艤装が艦尾に移されたことくらいでした。

1939年に仮艦名称「H」と「J 」が着工されましたが9月の大戦勃発で中止されました。

 

「H40型」

一般的には「H 39型」の装甲強化改良型、とされていて、「H40a型」と「H40b型」の2つの設計案があったとされています。

(上図は「H40型」の設計2案「H40a型」(上段)と「H40b型」:モデルはAlbertから出ているようですが、見たことがありません 上図は上掲の The Wells Brothers' Battleship Index: Debunking the Later H-class Battleships から)

上段の「H40a型」は「H39型」と同等のサイズで、「H39型」で課題があるとされた防御強化を図る案でした。装甲強化等の重量増の代償に主砲塔1基を減じた設計でした。一方「H40b型」は武装等を「H39型」と同等にしたまま防御力の向上を図った設計で、当然のことですが艦型が大型化し、次に紹介する「H41型」に近いサイズになっています(排水量66000トン)。

両設計ともに「H39型」との大きな差異として機関がオールディーゼルから、ディーゼルと蒸気タービンの併載とされたことが挙げられます。速力は両型ともに30.4ノットの高速を発揮する設計でした。

 

「H41型」

(上図は上掲の The Wells Brothers' Battleship Index: Debunking the Later H-class Battleships から)

この「H級」シリーズの現実的な設計案の最後の「H41型」は、主砲の強化を狙った設計案でした。排水量68000トン(「大和級」並)の船体に、42センチ(連装砲塔4基搭載)の口径の主砲を搭載し、機関は再びオールディーゼルとして速力28.8ノットを発揮するというスペックでした。

モデルは筆者が知る限り 1:1250スケールでは現時点では流通していないと思います。(実はsammelhafen.deによると、Albertという製作者から「H級」の全形式が発表されていることにはなっているのですが、筆者は一度も見たことがありません。Albert社についても詳細な情報は探せず。現在、ebeyで親しくお付き合いのあるsellerの方にAlbertについて尋ねています)

一方、筆者のコレクションでは、「H41型」は42センチ砲ではなく、「H39」で実績をつんだ40.6センチ砲を3連装砲塔4基の形式で搭載した、という想定で、船体も「H39」を少し大型化した、というような設定でのいわゆる「妄想」モデルとして仕上げています。

(上の写真は筆者版「H41型」戦艦の概観:232mm in 1:1250 by semi-scratch based on Superior:下の写真は筆者版「H41型」の細部拡大:「筆者版」の種を明かすと1:1200スケールのSuperior製H-class(おそらく「H39型」)をベースに(≒Superior社の1:1200スケールのひと回り大きな「H39型」を1:1250スケールの「H 41型」のベースとして)、主砲塔はドイツ海軍向けの40.6センチ三連装主砲塔の3D prontingのパーツをShapewaysから調達、他の武装セットは手持ちのストックパーツから移植して仕上げています)

船体が大きくなったため建造には、港湾の水深と同艦の喫水の関係で課題が発生しただろうと、上掲の文書では記述されています。

同艦では新たな42センチ口径の主砲が搭載される計画でしたが、クルップ社製の40.6砲をベースとすれば、同砲の砲身が肉厚だったため、比較的容易に口径の拡大はできただろう、と記述されています。

資料から見た筆者版「H41型」の誤謬

上掲の資料を当たってちょっとした(しかし重要な)発見がありました。

筆者版「H41型」は前述のように主砲口径を「H39型」と同じ40.6センチとしていて、これは筆者によるある種確信犯的な変更だったのですが、モデル制作にあたりSuperior社の兵装のディタイルがあまり筆者の好みではないため、高角砲を別製作者の「ビスマルク級」戦艦のものに換装しているのです。

しかし上掲のURLにはこう記されているではないですか。

The secondary and dual purpose armament remained the same through all versions: Twelve 150mm/55 SK C/28 guns in six twin mounts, plus sixteen 105mm/65 SK C/33 guns in eight twin mounts. Note that the 105mm/65 SK C/33 mounts were the newer, heavier enclosed Dop. L. C/38 mounts, rather than the open C/31 and C/37 mounts used on the preceeding Bismarck-class.

筆者の概訳:副砲と両用砲は全形式に同じものが踏襲されました:6基の連装砲塔に搭載された12門の150mm/55 SK C/28、これに加えて8基の連装砲架で搭載された16門の105mm/65 SK C/33。注意すべきはこの105mm/65 SK C/33の 砲架が新型で、それまでの「ビスマルク級に搭載された開放型の砲架とは異なり閉鎖型のものであるところです<<<だいたいこんな意味です。

あらら、下の写真を見ると確かにDelphin社製の「H39型」とは形状が異なりますねえ。

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(写真は「H39型」(左)と筆者版「H41型」の高角砲砲架の形状の比較:左の砲架の方が閉鎖度が高いのがわかります)

これはなんとかせねば、なりませんね。

レッドサン・ブラッククロスに登場する「フリードリヒ・デア・グロッセ」

仮想戦記小説の第一人者のお一人、佐藤大輔氏の「レッドサン・ブラッククロス」に登場する「フリードリヒ・デア・グロッセ」は「H41型」です。もちろんこちらは40.6センチ主砲の筆者版などではなく、オリジナルの42センチ主砲搭載艦として登場します。51センチ主砲を搭載した「超大和級」戦艦と交戦し「尾張」に大損害を与えながらも撃沈されてしまいます。

 

やはり42センチ砲搭載案も今一度検討してみましょう。いずれにせよ高角砲(両用砲)の誤謬の修正もあるので、今一度「H41型」には、いずれまたご登場して頂きましょう。

 

そして研究段階の設計案:「H42型」「H43型」「H44型」

「H級」計画は、さらに、研究段階の設計案として「H42 型」「H43 型」「H44型」と続いています。どうも「ナチス・ドイツ」の兵器設計の常、というか(架空戦記小説から筆者が影響を受けているだけかもしれませんが)「大きく強く」のような発想が色濃く見受けられる(あくまで筆者の私見ですが)計画案が多いように感じています。いずれも強大な船であり、既に「H41型」ですら建造施設に課題が見つかっていることから、これらの建造についてはドライ・ドックでの建造等、建造方法についても研究・検討が必要だっただろうと上掲の文書では記述しています。

 

「H42型」

(上図は上掲の The Wells Brothers' Battleship Index: Debunking the Later H-class Battleships から)

「H41型」の防御を十分に充実させた研究案として提出された設計でした。特に「H42型」から「H43型」「H44型」ともに魚雷防御に重点が置かれ、第二次世界大戦で舵に被雷して行動の自由を失った「ビスマルク」の戦訓から、舵と推進器の損害を防ぐ構造が取り入れられていました。

防御装備の充実で排水量は90000トンに拡大しています。主砲については42センチ砲搭載説と48センチ砲搭載説の2説がある様です。機関としてはディーゼルと蒸気タービンの併載し、31.9ノットの高速艦となる設計案でした。

「フォン・モルトケ級」(レッドサン ブラッククロスに登場)

前出の佐藤大輔氏の「レッドサン ブラッククロス」には「フォン・モルトケ級」という戦艦が登場します。同級は「H42型」の主砲を42センチでも48センチでもなく51センチを搭載した設計になっています。

 

「H43型」

(上図は上掲の The Wells Brothers' Battleship Index: Debunking the Later H-class Battleships から)

「H42型」の強化型として主砲に508ミリ砲(20インチ砲)が採用され、110000トンを超える強大な戦艦になる計画案でした。ディーゼルと蒸気タービンを併載して30.9ノットの総力を出す予定でした。主砲には「H42型」でも触れた48センチ砲搭載説もあるようです。

 

「H44型」

(上図は上掲の The Wells Brothers' Battleship Index: Debunking the Later H-class Battleships から)

「H級」として設計案に関する記録が残る最後の「H44型」は史上最大の戦艦の設計案でした。排水量130000トン、 50.6センチ(20インチ)砲8門を主砲として搭載し、ディーゼルと蒸気タービンの併載で29.8ノットを発揮する、というスペック案が残っています。複数の枝記号を持つ図面が見つかっており、設計案が複数あったかもしれません。

上掲の3型式の図面はよく似ています。が、船体が大きくなるにつて、上部醸造の高さが相対的に低く見えるのは、よく考えれば当たり前なのだけれど、面白いなあ、と。

 

「H級」後期型のモデル事情は?

Albertのモデルについて

繰り返しになりますが1:1250スケールの模型はAlbert社(?)から「H41型」「H42型」「H43型」「H44型」が発表されてるようです。しかし筆者は未入手、どころか見たこともない。今、eBayでお世話になっているsellerさんに「何か情報ありますか」と聞いているところです。

(「H44型」の概観:Albert社製のモデル:写真は例によって模型探しでお世話になっているsammelhafen.de から拝借しています)

Superiorのモデルについて

1:1200スケールではSuperior社から「H44型」の模型が出ています。下に同社のサイトから写真を拝借して掲載してみました。ちょっと大きさがわかりませんね、これだけでは。スケール的にはこちらの方がAlbertよりも一回り大きいはずなんですが、こうした未成艦の場合には、あまり厳密に気にしなくてもいいのかな、と考えています。こちらは比較的容易にコンタクトが取れます(はずなのですが)。早速、在庫打診中なのですが、なぜか返事がありません。お母様が亡くなられたようで、版「H41型」は同社のおそらく「H39型」のモデルをベースに手を入れたものです。今回のケースでは1:1200と1:1250のスケール差がちょうどいい寸法差になってくれています

(Superior社の「H44(8-20")」と記載されているモデル::写真はSuperiorのサイトであるAlnavcoのカタログページから拝借しています ALNAVCO=>WARSHIPS=>1:1200 SCALE=>SUPERIOR WWII

「フォン・ヒンデンブルク級」(レッドサン ブラッククロスに登場)

こちらも佐藤大輔氏の「レッドサン ブラッククロス」に登場する戦艦で、「H44型」とほぼ同じ規模の戦艦なのですが、主砲を53センチ砲とし、副砲・高角砲の搭載数を格段に増やした設定となっています。もはや「H44型」とは考えない方がいいのかな。

 

ebay sellerへの問い合わせ、アップデート(第一弾)

上記のようにAlbertモデルについての情報をebayで世話になっているsellerさんに求めたところ、今朝(2022年10月16日の早朝)、返事が来ました。投稿作成中に返事がもらえるなんて。

「Albert」についての情報は何も触れられていないのですが(あるいはAlbertのモデルなのかも)、H classのモデルが提供できるというお返事です。この辺りはebayを通すとちょっと個人間取引に近いことはややこしいようなのでメールでのやり取りです。

ウォーターラインのモデルとフルハルのモデルの両方が提供できるということで、下の写真をもらいました。

(まずウォーターラインモデル:寸法・メーカー等、問い合わせ中ですがいい感じです:サイズ等を確認し、問題なさそうなら、と思っています)

(フルハル・モデルの写真:塗装もしっかりされています。下段写真のハル部分(艦底部分)の塗り直しは必要でしょうけど)

このフルハル・モデルは実に面白いですね。H Classの後期設計の特徴の一つである「魚雷防御」の構造が再現されています(下段の推進器周り)。塗装の状態はさておき(塗り直せばいい)これは面白い!ご丁寧に重量まで示してくれていて(秤に乗せた写真ですね)、「重いから送料かかるよ」というコメント付きです。メジャーも一緒に写ってはいるのですが、直当てではないのでスケールがよくわからないですね。ちょっと大きい気もするので、1:1250ではないのかも(せめて1:1200なら嬉しいんですが)

ということでサイズの確認、メーカー名、肝心の価格(きっと高いんだろうなあ。両方欲しいけど、ちょっと背伸びしすぎになりそうだなあ)等を確認したのち、条件に納得がいけば多分どちらかは入手します。

・・・という訳で、ちょっと朗報(筆者にとっては、です。すみません)のお裾分けです。

 

さらに驚きのモンスター戦艦の話

上掲の文章では、末尾に「実存しない設計案」つまりゲームの中だけで語られている設計案としてかなりのボリュームを割かれています。

その中の一つが「H45型」として紹介されています。ヒトラーがグスタフ列車砲(800mm砲)を主砲として搭載する戦艦のアイディアについて語った、という設定(史実なのかどうか?)に基づき、なんと55万トン級の戦艦(案によっては70万トン!)、といことで図面まで掲載されています。(「ただしなんの根拠もないよ、でもこういう自由な設定は楽しいから、いいんだよ。どんどんいこう」的なコメント付きです:Let us state for the record that there is absolutely nothing wrong with making up purely fictional ship designs for wargames. We do it all the time. It can be fun. It only becomes a problem when people start to believe that these designs were real. Since these are fictional designs, it is difficult to impossible to find good, reliable references on them. We are forced to rely on saved pictures and saved bits of text from defunct websites, as well as personal memories. So, here we present some more-or-less fictional designs that readers might find on the internet(「H45型」に関するコラムの冒頭部分をそのまま引用しています。fictional designsが何度も出てきて、ちょっと嬉しいですね)

(下の図は「H45型(上記のコラムでは”The (mostly) Fictional H-45 Design”とタイトルがついています。)と称して紹介された「オバケ戦艦」:上左に「ビスマルク級」の図が載っているので、大体の大きさがわかっていただけるかと。「馬鹿でかい」ということしかわからんよ、その通りです)

(上図は上掲の The Wells Brothers' Battleship Index: Debunking the Later H-class Battleships から)

”The (mostly) Fictional H-45 Design”と銘打たれた55万トン(一説では70万トン)のまさにモンスター戦艦。全長609メートル、80センチ主砲(グスタフ列車砲)搭載、なんと28ノットの速度が出せる、ということになっています。

さらに驚くべきことに、この船の3D printing modelが下記で入手可能です。

Battleship - H-45 - What If - German Navy - Wargaming - Axis and Allies - Naval Miniature - Victory at Sea - US Navy - Tabletop - Warshipsxpforge.com

(このページのScaleでは1:1250スケールを選択することはできないのですが、注釈に1:1200-506 mm Length- Special Order O nly- Printed in 2 Pieces と記載されていてスケール対応はしてくださいます。筆者は過去に「1:1250スケールへの対応はできますか」と尋ねたことがあり、こともなげに「ああ、メモ欄に1:1250スケール希望、と書いておいてね」と言われ、後日ちゃんと1:1250スケールの製品が届きました。下の写真はモデルの写真:506mmの巨大なモデルです。かなり低い姿勢にも興味をそそられます)

f:id:fw688i:20221016124028j:image

上掲のように全長609メートルですので1:1250スケールだと488ミリになりますね、併せて2隻の発注から対応してくれるそうです。値段が書いてないのが怖いですが、一度問い合わせしてみましょうか。一方で具体的な計画の存在は確認されていない、とも上掲の文章で触れられていますので、さて、コレクションに加えるべきかどうか、少し「考えもの」です。なにしろ「55万トン」というのは、ねえ。

でも、こういう「妄想」は面白いし、形にできるというのは模型ならではの醍醐味なので。

 

・・・というような訳で、前回の投稿以来、文書の発見(これまでろくに探してきた訳ではないので、当たり前なんですが)と未知のモデルの発見等々、「H級」戦艦は、筆者の大きな関心ごとになっています。

今回はこの辺りで。

次回はもし何事か今回の件で進展があれば、そのお知らせと、新着モデルのご紹介などを予定しています。

もちろん、もし、「こんな企画できるか?」のようなアイディアがあれば、是非、お知らせください。

 

模型に関するご質問等は、いつでも大歓迎です。

特に「if艦」のアイディアなど、大歓迎です。作れるかどうかは保証しませんが。併せて「if艦」については、皆さんのストーリー案などお聞かせいただくと、もしかすると関連する艦船模型なども交えてご紹介できるかも。

もちろん本稿でとりあげた艦船模型以外のことでも、大歓迎です。

お気軽にお問い合わせ、修正情報、追加情報などお知らせください。

 

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再軍備後のドイツ海軍主力艦整備: シャルンホルスト級3態・ビスマルク級・H級等

本稿ではこれまで第一次世界大戦敗戦後、ヴェルサイユ条約体制下で成立したドイツ・ワイマール共和国時代の海軍について前後編の2回にわたり触れてきました

fw688i.hatenablog.co

fw688i.hatenablog.com

少し背景をおさらいすると、第一次世界大戦の敗北と帝政自体の崩壊で、大戦前には英海軍に次ぐ世界第二位の威容を誇ったドイツ帝国海軍が消滅し、ヴェルサイユ条約かで生まれた新生ドイツ(ワイマール共和国)の海軍は一握りの旧式軍艦による小規模な沿岸警備海軍として再出発しました。そんな出自のワイマール共和国海軍が、ヴェルサイユ体制下の厳しい軍備制限下でどのように再生していったか、そんなお話を整備された艦船を中心にご紹介してきました。

旧式艦艇で構成されていたワイマール共和国海軍は、更新艦齢に達した艦から少しづつ代替艦に置き換えられていったわけですが、やがて主力艦(=旧式の前弩級戦艦)の更新時期を迎えることとなります。更新にあたっては種々の設計案が検討されましたが、結果的には再生ドイツ海軍を沿岸警備海軍規模に留めておく目的で課せられた軍備制限が逆手にとられ、特に英国が最も嫌がる「通商破壊装甲艦:ドイッチュラント級」の誕生に至るわけです。

ja.wikipedia.org

(「ドイッチュラント級」装甲艦の一番艦「ドイッチュラント」の概観:150mm in 1:1230 by Neptun)

同艦は、10000トン級のいわゆる条約型重巡洋艦並みの船体(制限を設けた側の視点に立てば、旧式な前弩級戦艦並みの船体、と言うべきかもしれません)に、重巡洋艦を上回る砲撃力(こちらも旧式の前弩級戦艦並みの、と言うべきか)を搭載し、併せてディーゼル機関の搭載により標準的な列強の戦艦を上回る速力を保有し、かつ長大な航続距離を有する、まさに通商路破壊を目的とする画期的な戦闘艦でした。

同級の持ち味は、なんと言ってもディーゼル機関の採用による長大な航続距離と、28ノットの高速を発揮できることで、明らかに長い航海を想定した外洋航行型の装甲戦闘艦でした。この艦が通商破壊活動に出た場合、条約の制限内で指定された28センチ主砲は、その迎撃の任に当たる当時の列強の巡洋艦に対しては、アウトレンジでの撃破が可能でしたし、27−28ノットの速力は、列強、特に英海軍の戦艦を上回わるものでした。これを捕捉できる戦艦は、当時は英海軍のフッド、リナウン級の巡洋戦艦、あるいは日本海軍の金剛級高速戦艦くらいしか、当時は存在しませんでした。

沿岸警備の海軍にとどめておくはずの制約が逆手に取られ、列強の軍縮条約下で生まれた「条約型巡洋艦」という定義に潜むエアポケットのような隙間をつき列強の通商路を脅かす艦船が生まれたのでした。

 

同艦が生み出されたちょうどその時期に、ドイツ国内では敗戦で課せられた莫大な戦後賠償による経済的負担と国民生活の疲弊と混乱が生じており、これに世界的な大恐慌も重なり、生活が立ち行かなくなってきていました。これらの混乱を背景にヒトラーが率いる国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス)が政権を掌握し、1934年にヒトラーは首相に就任、さらに1935年には大統領の権限も吸収し国家元首に就任します。こうしてワイマール共和国体制は終焉を迎え、ドイツは第二次世界大戦の敗北まで続くいわゆる「第三帝国」体制に移行してゆきます(1933−1945)。

国家権力を掌握したヒトラーは1935年3月にヴェルサイユ条約の破棄と再軍備宣言を行い、6月には英独海軍協定を締結し、事実上、海軍に関する軍備制限は撤廃されたのでした。

再軍備宣言と英独海軍協定の締結に伴い、ドイツ海軍は潜水艦の保有も認められ、制約のない大型軍艦の建造へと進んでゆくことになります。

かなり前置きが長くなりましたが、今回はそう言うお話。

 

ドイツ再軍備宣言と英独海軍協定

上述のように1935年5月、ヒトラーヴェルサイユ条約の破棄と再軍備を宣言します。これにより義務兵役制や参謀本部が復活し、国軍の総称が「国防軍」に変更されます。それまでの陸軍・海軍に加え、それまで保有を許されていなかった航空戦力を統括する「空軍」が新たに創設されました。

1935年6月には英独海軍協定が締結され、ドイツ海軍の規模を英海軍の総トン数の35%以下とする事が英独両国間で定められます。これはドイツ海軍の軍備に制限を新たに設ける事が目的ではありましたが、同時にヴェルサイユ条約体制下で課せられた海軍軍備に関する制限の撤廃を追認するものでもありました。さらに重要なことは、この協定では、ドイツ海軍が英海軍の45%までの規模で潜水艦を保有することが容認されていました。

更新が順に行われていた艦艇群については、それまで800トンと言う制限下で設計された更新駆逐艦である「1923年級」「1924年級」の駆逐艦が、制限撤廃を前提に設計された2000トン級の「1934年級」大型駆逐艦の着工で艦種が「水雷艇」に改められました。

主力艦について見ると、その登場が列強海軍に衝撃を与えた「ドイッチュラント級」装甲艦(ポケット戦艦)ではあったのですが、やはり10000トンという制約下では、「装甲艦」の名にふさわしい防御までは手が回っておらず、4番艦以降は設計を見直され、30000トンを超える本格的な戦艦「シャルンホルスト級」として建造されることになりました。

 

シャルンホルスト級」戦艦(1938年から就役:同型艦2隻)

強化型「装甲艦」の建造着手

同級の建造に先だち、ドイツ海軍は、「ドイッチュラント級」装甲艦の登場に対抗して、フランス海軍が高速戦艦ダンケルク級」の建造に着手したとの情報を入手し、これに対抗すべく「ドイッチュラント級」の拡大改良型を建造することに決め、装甲艦D、Eとして設計を見直しました。

この時点ではドイツはまだヴェルサイユ条約の制約下にありましたが、軍備制約を大きく超える20000トン級の船体に主砲は制約内の28センチ砲3連装砲塔2基(ドイッチュラント級と同等)、あるいは4連装砲塔2基(8門)への換装も見込んだ設計が採用され、29ノットの速度を発揮できる設計で、1934年1月にD、E共に着工しました。

設計案の図面各種

 

(装甲艦D,Eの完成構想図:下に掲示したWikipediaより拝借しています:下の写真はSuperior社の1:1200スケールのモデル)

1:1200スケール、ということもありますが、ちょっとモールドが甘い、かも。

もう一案、下図は「ドイッチュラント級」装甲艦の拡大案ともいうべきもの。World of Warshipに掲載されていたものをお借りしています: Deutscher Baum, Panzerschiffe - Vom Einbaum zum Supertanker: Schiffe - World of Warships official forum 

 

掲載仕様を見ると21000トン、32ノット、主砲と背負い式に配置された三連装副砲塔と中央部に集中された高角砲が特徴かも。上図にも書き込みがあるように、防御装甲が施されているようです。寸法がどこかにないかな。この案は1:1250スケールでの(1:1200スケールでも)モデル化はされていなさそうです。(かなりハードルは高そうですが、一回トライしてみたくなっています。この案は平甲板型の船体なので、ドイツ海軍のヒッパー級重巡の船体を使えばなんとかなるかも。・・・とすっかり「作るモード」です

 

再軍備宣言・英独海軍協定による設計の見直し

しかし着工後に再軍備宣言を踏まえたヒトラーが大型化した設計案を承認したために建造は取り消され、結局、同級は26000トン、30ノットの中型戦艦として建造計画が見直されることとなりました。

こうして生まれたのが「シャルンホルスト級」戦艦です。

ja.wikipedia.org

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(上の写真は「シャルンホルスト級」の竣工時の姿:186mm in 1:1250 by Neptun:就役時には垂直型の艦首でした)

同級は第一次世界大戦期の未成巡洋戦艦「マッケンゼン級」をタイプシップとして設計されました。

タイプシップとされた未成巡洋戦艦「マッケンゼン級」の概観:178mm in 1;1250 by Navis)

設計当初は通商破壊を大目的として長い航続力を保有する「ドイッチュラント級」装甲艦の拡大型として26000トン級の船体と30ノットの速力を有するディーセル機関搭載艦として設計されましたが、当時の大型のディーゼル機関については高速性、安定性に信頼性が低いとして最終的には蒸気タービン艦として建造されました。設計が数度変更され、最終的には32000トンまで船体が拡大され、31ノットの速力を発揮する事ができました。f:id:fw688i:20221009173546p:image

(就役時の「シャルンホルスト級」の細部拡大:垂直型の艦首と55口径28センチ三連装主砲塔(上段):副砲は連装砲塔と単装砲の組み合わせで片舷6門づつ搭載されています(中段):当初はカタパルト2基を搭載して居ました(下段))

当初、主砲にはフランス海軍の「ダンケルク級」戦艦を凌駕することを意識して38センチ連装砲が予定されていましたが、38センチ砲の開発に時間がかかることから、「ドイッチュラント級」で実績のある28センチ3連装砲塔3基の搭載で建造が進められました。ただしより長砲身の新設計55口径として長射程と高初速を目指しました(「ドイッチュラント級」には52口径11インチ砲が搭載されていました)。

55口径28センチ砲は40000メートルの射程を持っていましたが、15000メートルの距離であれば英海軍の当時の主力戦艦であった「クイーン・エリザベス級」「リベンジ級」の装甲を打ち抜く事ができるとされていました。

 

艦首形状をアトランティック・バウに改修

同級は当初、垂直型の船首形状をしていましたが、凌波性に課題があり、かつ高速航行時に艦首からの飛沫が艦橋部にまで及び漏水等の障害が発生したため、アトランティック・バウに改修されました。

(上の写真:アトランティック・バウに艦首形状を回収した後の「シャルンホルスト級」戦艦の概観:写真は二番艦「グナイゼナウ」:188mm in 1:1250 by Neptun)

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(上の写真は一番艦「シャルンホルスト」の垂直型艦首(手前)とアトランティック・バウへの改修後の比較:やや全長が伸びています/下の写真は「シャルンホルスト」の垂直型艦首(左列)とアトランティック・バウへの改修後の細部比較:「シャルンホルスト」では艦首形状はもちろん(上段)、マスト位置やカタパルト設置数などに変更が見られました(中段・下段))

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その戦歴

シャルンホルスト」「グナイゼナウ」はドイツ海軍の主力艦としては珍しく姉妹艦で戦隊を組んで行動することが多く、第二次世界大戦の緒戦を戦います。両艦は1939年から40年かけてアイスランド沖、ノルウェー沖で行動し、英空母「グローリアス」等を長距離砲戦で撃沈する戦果をあげています。1940年12月、1941年1月から両艦は2度にわたって北大西洋での通商破壊戦に出撃し22隻115000トンの船を撃沈あるいは拿捕する戦果をあげ、ドイツの占領下にあったフランス、ブレスト港に帰還しました。

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(「シャルンホルスト」と「グナイゼナウ」(奥):マストの位置などに差異が見られます)

その後、戦艦「ビスマルク」の出撃に呼応して「ライン演習作戦」に参加する予定でしたが、機関の不調と英空軍の空襲で損傷し、この作戦に参加することはできませんでした。

ブレスト港での修復後、両艦の北海方面での行動の自由を確保するために1942年2月にブレスト港からドイツ本国へ帰還する「ツェルベルス作戦」(英名:チャネルダッシュ作戦)が実施されドイツ本国のキール軍港に帰還しました。

(この「チャネルダッシュ」についての優れた記録です。ハヤカワNF文庫に収録されています。Amazonで比較的容易に入手可能です)

作戦は戦術的には英海軍の目の前を掠めて通過することで成功しましたが、狙いであった北海方面での行動の自由は、キール周辺の水域に英海軍により封鎖される形となり、戦略的には失敗と言わざるを得ませんでした。

キールに移動後も英空軍のキール軍港への空襲で「グナイゼナウ」は大破し、修復はしたものの、その後「バレンツ沖海戦」の失敗に激怒したヒトラーの発した大鑑廃艦命令で廃艦されてしまいました(1943年)。

シャルンホルスト」はヒトラーの廃艦命令が取り消されたためキールらからノルウェー水域に移動し活動を続けました。1943年12月に連合国輸送船団阻止のために出撃しますが、英戦艦「デューク・オブ・ヨーク」と交戦しその主砲弾を、レーダー照準射撃で被弾、損傷し、その後英海軍の集中攻撃で撃沈されてしまいました(北岬沖海戦)。

 

主砲換装計画(計画のみ)

同級は上述のように当初38センチ主砲搭載予定を、建造時間の短縮から28センチ砲に変更して完成されました。後に38センチ砲搭載の「ビスマルク級」戦艦が登場すると、「ビズマルク級と同じ47口径38センチ主砲への換装計画が検討されましたが、最後まで実施されませんでした。

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(上の写真は「シャルンホルスト級」38センチ主砲搭載案の概観:198mm in 1:1250 by Neptun:このモデルを見る限り、艦首部が延長されています)f:id:fw688i:20221009175607p:image

(上下の写真は「シャルンホルスト級」38センチ主砲搭載案(奥)と実際の28センチ主砲塔装備の対比概:まず艦の全長に大きな差異が見られます(上の写真)。下の写真は38センチ主砲搭載案(右列)と実際の28センチ主砲塔装備の細部比較:当然のことながら主砲塔の大きさ、主砲砲身の長さにも差異があり(上段・下段)、これらが艦首延長にも繋がるのかと)

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こうした場合「イフ」は禁忌であるということは重々承知の上で、もし当初の設計通り38センチ砲が主砲として採用されていたら、あるいは上述の計画のように38センチ砲への主砲換装が行われていたら、前出の「シャルンホルスト」の最後の出撃となった「北岬沖海戦」がどのような様相の戦いになっていたのか、とついつい想像してしまいます。

 

ビスマルク級」戦艦(1940年から就役:同型艦2隻)

ja.wikipedia.org

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(「ビスマルク級」戦艦の概観:201mm in 1:1250 by Neptun:写真は二番艦「ティルピッツ」)

1935年、既述のようにドイツは再軍備を宣言し、同年、英独海軍協定の締結により、事実上、ヴェルサイユ条約による新造艦の建造制約から解き放たれました。

手始めにフランスのダンケルク級戦艦に対抗すべく「シャルンホルスト級」戦艦が上述のように「ドイッチュラント級」装甲艦の発展型として建造されましたが、その後の諸列強の新造戦艦の設計に対しては見劣りがし、より強力な本格的な戦艦の建造が渇望されました。

ビスマルク級」戦艦はそのような背景から設計され、最終的には47口径38センチ連装砲塔4基8門を主兵装とする強力な攻撃力、速力30ノットの高い機動性、防御装甲の全体重量へ占有率39%の堅牢な艦体を有する有力な戦艦となりました。

英独海軍協定では、ワシントン・ロンドン体制に準じて一応35,000トンという新造戦艦に対する制限が謳われていたため、公称は制限内としたものの、実際には制限を無視した41,700トンの、就役当時としては世界最大の戦艦となりました。f:id:fw688i:20221009180119p:image

(「ビスマルク級」戦艦の細部:オーソドックスな連装主砲塔の配置(上下段)、コンパクトな上部構造(中段)など、副砲の砲塔化以外にはあまり新基軸などは盛り込まない手堅い設計であったと言っていいと思います)

一方で、主砲等兵装配置、防御設計の基本骨子などは第一次世界大戦期の超弩級戦艦に準じるような非常にオーソドックスなもので、当時の列強の新造戦艦が、様々な新機軸をその設計に盛り込んだのに対し、目新しさ、という点では特筆すべきところのない、いわゆる手堅い設計の戦艦でした。

これは、ドイツがヴェルサイユ条約下で厳しい海軍戦力に対する制限を課せられ、設計人材、技術等のブランクが生じたため、とする説も見られます。

上記に示すように、本級は確かに強力な戦艦ではありましたが、史実では、一番艦「ビスマルク」の最初で最後の出撃となった「ライン演習」での目覚ましい戦果(戦艦フッド、プリンス・オブ・ウェールズとの対決と、フッドの轟沈)とその後の悲劇的な最後が伝説化(当時、英海軍はその動かしうるほとんどの戦力を、ビスマルク一隻の補足と撃沈に集中した)し、実情以上にその戦闘力が過大に評価された傾向がないわけではないと考えています。

 

その戦歴

一番艦「ビスマルク」は1940年に就役し、1941年5月同艦の最初で最後の出撃となった「ライン演習作戦」に出撃します。この作戦は当時のドイツ海軍の主力艦3隻(「ビスマルク」「シャルンホルスト」「グナイゼナウ」補助として重巡プリンツ・オイゲン」)を英国への補給路遮断作戦に投入する、という作戦で、「シャルンホルスト」「グナイゼナウ」は通商破壊戦からの寄港地であったフランスのブレスト港から、「ビスマルク」とその随伴艦である「プリンツ・オイゲン」はドイツ本国からそれぞれ出撃し、洋上で合流し作戦を行う、というものでした。しかし「シャルンホルスト」と「グナイゼナウ」のブレスト組は機関の故障と英空軍の空襲による損傷で参加できなくなったため、結局、本国組の2隻のみで実施することとなりました。

作戦途上、デンマーク海峡で、両艦を捕捉するべく出撃した「フッド」「プリンス・オブ・ウェールズ」と交戦し、英海軍の象徴ともいうべき「フッド」を撃沈、新造間もない「プリンス・オブ・ウェールズ」にも重大な損傷を与え、この両艦を退けました。しかし自艦も被弾し浸水と燃料流出に見舞われたため、作戦を中止し「プリンツ・オイゲン」と別れ、単艦でブレストを目指すこととなりました。

英海軍はこの回航経路に戦力を集中し、空母「アークロイヤル」から出撃した雷撃機の攻撃で「ビスマルク」の舵を破壊に成功します。その後、行動の自由を失った「ビスマルク」に集中攻撃を加え、「ビスマルク」は撃沈されました。出撃から撃沈までわずか9日間程度の作戦でした。

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(写真は「ビスマルク級」の2隻:「ビズマルク」(手前)と「ティルピッツ」:史実ではこのようなカットの撮影機会はなかったんじゃないかな)

二番艦「ティルピッツ」は1941年2月に就役しました。その後1942年以降、主としてノルウェー海域にあってロシア向け船団への警戒・攻撃等の任務に就きましたが、同艦はドイツ海軍最大の戦力として常に英海軍の監視対象とされており、効果的な行動はできませんでした。空襲、特殊潜航艇による攻撃等、数次に渡り英海軍の最重要攻撃目標とされ、損傷と修復を繰り返しました。その間、ノルウェー水域にあって出撃をしないまでも周辺への脅威と見做されたところから「孤独の女王」と呼ばれていました。

1944年になると英海軍は同艦を対象として空襲を強化。9月には5トン爆弾を搭載した重爆撃機による空襲を企て、一発が命中し同艦は行動不能に陥りました。ドイツ海軍はこの損害で同艦の本国回航が不可能と判断し、ノルウェー海域での固定砲台として使用することを決定しましたが、工事中に再び空襲で5トン爆弾(トールボーイ)3発が命中し横転し着底沈没してしまいました。

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(上下は「ビスマルク級」(いずれも奥)と「シャルンホルスト級」の比較:「ビスマルク級」の力強さ、「シャルンホルスト級」の高機動性をそれぞれよく示しているかと)

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ここからはちょっとおまけ(未成艦)

「H級」戦艦(計画6隻:2隻は起工後、工事中止に)

ja.wikipedia.org

再軍備宣言とこれに続く英独海軍協定の締結で、ドイツ海軍はヴェルサイユ条約の制約からは解き放たれました。1939年には英独海軍協定についても破棄を通告し、海軍軍備に関する制約は一切なくなりました。

すでに「ビスマルク級」戦艦で英独海軍協定を事実上無視した40000トン強の戦艦を実現していたドイツ海軍でしたが、これに次いで「H級」として知られる一連の戦艦群の整備計画を立ててゆくことになります。

ちなみに「H級」という名称は、「ビスマルク級」戦艦につぐ戦艦の計画時の仮称記号が「H」であったことに起因しています。計画自体は「H39型」「H40型」「H41型」「H42型」「H 43型」「H44型」と計画年次を記号化したプランが続いていましたが、そのうち「H40型」は「H39型」の防御強化型で、「H42型」以降は「研究案の域を出ない」と言っていいような段階の設計案でした。

(余談ですが「ドイッチュラント級」装甲艦3隻の仮称記号がA、B、C、続く当初「ドイッチェラント級」装甲艦の4番艦、5番艦として計画された「シャルンホルスト級」戦艦の2隻がD、E、「ビスマルク級」戦艦の2隻がF、Gの仮称記号を与えられ、従ってこれに続く主力艦の仮称記号は「H」となるわけです)

 

H39型」について

H39型」は、「ビスマルク級」戦艦の拡大改良型で、「ビスマルク級」では実現できなかった機関のオール・ディーゼル化を目指した案です。大型ディーゼル機関の搭載により30ノットの高速と、長大な航続距離を併せ持った設計でした。機関の巨大化により船体も55000トンに達しています(「ビスマルク級」は41700トン)。主砲口径は「ビスマルク級」よりも一回り大きな40.6センチ砲としてこれを連装砲塔4基に搭載していました。

全体的な概観や兵装配置は「ビズマルク級」を踏襲しており、大きな外観的な特徴としては巨大な機関搭載により煙突が2本に増えたことと、航空機関連の艤装が艦尾に移されたことくらいでした。

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(上の写真は「H39型」戦艦の概観:224mm in 1:1250 by Delphin 下の写真は「H39型」の細部拡大:「ビスマルク級」をタイプシップとして、それに準じた兵装配置であることがよくわかると思います。大型ディーゼルを搭載した高速長航続距離を目指した設計で、二本煙突が大きな特徴かと)

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「H級」戦艦として計画された各形式の中で、仮称記号「H」「J」の「H39型」2隻のみが予算承認を受け実際に起工に至りました。しかし両艦ともに第二次世界大戦の勃発により建造工事は中止されています。

加えて少し模型事情を。実はNeptun社からも「H39型」のモデルは出ています。やはりNeptun社スタンダードで、細部まで作り込まれた高精度なモデルです。こちらは入手可能です。もし興味ある方がいらっしゃったら、ebayや海外の模型販売のサイトで探してみては。

(Neptun製「H39型」モデル:sammelhafen.de より拝借:Neptunスタンダードの精度高い再現がみられます。欲しいなあ:写真はsammelhafen.deに掲載のものを拝借しています)

 

「H41型」について

「H41型」は「H39型」の拡大改良型ですが、防御装甲を強化し、合わせて主砲口径を42センチ級に強化した案として記録されています。排水量も「大和級」並みの64000トンクラスの船体を有し、速力は28.8ノットの高速を発揮する計画だった、ということになっているのですが、実はこの辺りになるとモデルは筆者が知る限り 1:1250スケールでは現時点では流通していないと思います。(実はsammelhafen.deによると、Albertという製作者から「H級」の全形式が発表されていることにはなっているのですが、筆者は一度も見たことがありません。Albert社についても詳細な情報は探せず)

一方、筆者のコレクションでは、42センチ砲ではなく、「H39」で実績をつんだ40.6センチ砲を3連装砲塔4基搭載した、という想定で、船体も「H39」を少し大型化した、というような設定でのいわゆる「妄想」モデルとして仕上げています。

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(上の写真は筆者版「H41型」戦艦の概観:232mm in 1:1250 by semi-scratch based on Superior 下の写真は筆者版「H41型」の細部拡大:「筆者版」の種を明かすと1:1200スケールのSuperior製H-class(おそらく「H39型」)をベースに(≒Superior社の1:1200スケールのひと回り大きな「H39型」を1:1250スケールの「H 41型」のベースとして)、主砲塔は3D prontingのパーツをShapewaysから調達、他の武装セットは手持ちのストックパーツから移植して仕上げています)

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ドイツ海軍、主力艦の一覧

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(上の写真はドイツ海軍主力艦の総覧:手前から「シャルンホルスト級38センチ砲搭載案」「ビスマルク級」「H39型」「H41型(筆者版)」の順:艦型の大型化の経緯がよくわかります)

 

「H41型」以降の形式のモデル事情

こうした未成艦、計画艦はコレクターの想像力を掻き立てます。形にすることは模型ならではの醍醐味でもあり、やはりいくつかの試みが行われているようです。

Albert社

実は記録上はAlbertという製作者(社?)から「H級」の全形式が発表されていることにはなっているのですが、筆者は一度も見たことがありません。下の写真はAlbert社が発表している(らしい)「H44型」の写真。(例によって模型探しでお世話になっているsammelhafen.de から拝借しています)

「H44型」は「H級」の最終形で、排水量13万トン、 50.6センチ砲8門を搭載するモンスターです。なんとなく排水量の割には主砲口径は控えめな感じ?それにしても相当なボリューム感のある船体ではありそうです。(仮想戦記小説などには出てくるのでしょうか?)

sammehafen.deによればAlbert社は「H39型」「H41型」「H42型」「H43型」「H44型」を発表していることになっています。ちょっと気にはなりますが、繰り返しになりますが、見たことないなあ。

Superior社

Superior社からは1:1200スケールで、おそらく「H 39型」と思われるモデルが2タイプ(このうちのどちらかが、上掲の筆者版「H41型」モデルのベースになっているはずです)と「H44型」のモデルが世に出ています。(こちらは時折見かけますし、直接Alnavcoで調達が可能です) ALNAVCO=>WARSHIPS=>1:1200 SCALE=>SUPERIOR WWII

おそらくSuperior社「H39型」モデル

(上の写真が「H CLASS 1944(52600t 12-15")」と記載されているSuperior社のモデル、下の写真は「H CLASS 1944(40270t 8-16")」と記載されているモデル:いずれかが筆者版「H41型」モデルのベースになっているはず。多分「H CLASS 1944(40270t 8-16")」の方ではないかと思います)

Superior社「H44型」モデル

下の写真は「H44(8-20")」と記載されているモデル:ちょっと大きさがわかりませんね、これだけでは)

 

こうして再生ドイツ海軍は4隻の戦艦(そのうちの2隻は「装甲艦」の拡大強化型なのでしばしば「巡洋戦艦」として扱われますが)で第二次世界大戦に臨むことになるわけです。数こそ揃っていませんでしたが、これらはいずれも30ノットを超える速力を発揮できる重武装・重防御の高速戦艦でしたので、もし時期が異なり勢揃いしていたら、兵装等も当初計画に合わせて換装されて居たとしたら、あるいはその後の「H級」戦艦の一部でも追加で建造されていたら、周辺の列強(主として英仏ですが)にとってはこれに追随できる主力艦は限られていることから、かなり厄介な存在になっただろう事は間違いありません。

ということで今回はこの辺りで。

 

次回は・・・。未定ですが、新着モデル、あるいは整備中のモデルなどがいくつかありますので、そのあたりで何かテーマを見つけて、と考えています。(日本海軍の機動部隊小史なども途中ですので、その辺りも気にはなっているのですが)

もし、「こんな企画できるか?」のようなアイディアがあれば、是非、お知らせください。

 

模型に関するご質問等は、いつでも大歓迎です。

特に「if艦」のアイディアなど、大歓迎です。作れるかどうかは保証しませんが。併せて「if艦」については、皆さんのストーリー案などお聞かせいただくと、もしかすると関連する艦船模型なども交えてご紹介できるかも。

もちろん本稿でとりあげた艦船模型以外のことでも、大歓迎です。

お気軽にお問い合わせ、修正情報、追加情報などお知らせください。

 

 

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ドイツ帝国巡洋戦艦モデルのアップデート:Navis新モデル(Nシリーズ)への更新の近況から

今回は予定通りドイツ帝国弩級巡洋戦艦のモデルアップデート状況をご紹介します。

本稿では数回に渡りNavis社モデルの新ヴァージョンへの更新のお話をしてきました。これまでドイツ帝国海軍(=第一次世界大戦期)の前弩級戦艦装甲巡洋艦についてのモデル更新をご紹介しました

fw688i.hatenablog.com

fw688i.hatenablog.com

 この波が弩級巡洋戦艦にもやってきた、今回はそういうお話です。

 

Navisモデルの新旧ヴァージョン(半分、愚痴に聞こえるかも)

本稿ではたびたびご紹介しているように筆者のコレクションでは第一次世界大戦期とその前の時期(日本で言うと日清・日露両戦役のあたりですね)の艦船はNavis社のモデルコレクションに深く頼っています。主要海軍の主力艦についてのコレクションはほぼ完了しているのですが、このNavis社が新ヴァージョンを投入してきている、と言うのがことの発端なのです。当然、新ヴァージョンは種々のディテイル等の改善が顕著に行われているので「良いに決まっている」のですが、この更新に付き合うとなるとこれまでのコレクションが一瞬で二級品に見えてしまい(筆者はこれを勝手に「モデル・コレクションにおけるドレッド・ノート・ショック」と名づけています)、同時に更新には莫大な(筆者にとっては)経済的な負担も覚悟せねばならず(1:1250スケールのモデルは結構高いのです)、「さて、困ったなあ」と言う状況ではあるのです。

とは言え、一旦その差異を目にしてしまうと放っておけず、このところの筆者の重大な関心事になっている、そう言うことです。新旧モデルの差異については上掲の投稿でも比較をしていますので、ご覧ください。深刻さが伝わる人には伝わると思います。まあ、今回もその話にはなるのですが。

 

ドイツ帝国海軍:装甲巡洋艦から弩級巡洋戦艦

まず、最初に少し「ちゃぶ台返し」的なお話になりますが、ドイツ帝国海軍に「巡洋戦艦」と言う艦種はありません。これらは全て「大型巡洋艦:Grosser Kreuzer」に区分されています。つまり本稿の下記の回で紹介した艦船群(装甲巡洋艦:これも正式な呼称は「大型巡洋艦」なのですが)の系譜の直系に当たるわけです。

fw688i.hatenablog.com

この「装甲巡洋艦」の系譜の最終艦において、ドイツ帝国海軍は画期的な「装甲巡洋艦」を建造しました。

それが大型巡洋艦ブリュッヒャー」でした。

 

装甲巡洋艦ブリュッヒャー」(1909年就役:同型艦なし)

ja.wikipedia.org

Navis旧モデルのまま(NM30a):同級の新モデルは未入手です(現時点では入手計画はなし)

(1909年、15,840トン、21cm(44口径)連装速射砲6基、25.4ノット 同型艦なし:128mm in 1;1250 by Navis)

前級「シャルンホルスト級」の設計で、新たな設計段階に至った感のあるドイツ帝国海軍の装甲巡洋艦大型巡洋艦)でしたが、同艦ではその設計思想が更に深められることになります。

艦型を更に大型化し15000トンを超える大きな艦となり(「シャルンホルスト級:11600トン)、強力な機関から25ノットを超える速力を発揮することができました(「シャルンホルスト級:23.5ノット)。主砲は前級と同口径(21センチ)ですがさらに長砲身(44口径)を採用し(21cm SK L/44)、弩級戦艦並みの射程を得ています。連装砲塔6基12門の主砲数は、従来の装甲巡洋艦の概念を一新するものでした(「シャルンホルスト級:主砲:40口径21センチ砲8門:6門での片舷斉射が可能)。

(上の写真は「ブリュッヒャー」の砲配置のアップ:新設計の44口径21センチ砲をこちらも新設計の連装砲塔6基に装備し配置しています。中段写真ではケースメート式の副砲の配置も見ていただけます)

en.wikipedia.org

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(上の写真は拝借したNavis N(新ヴァージョン)の「ブリュッヒャー」です。艦橋や煙突部のモールドの精度が上がるようですね。こう言うの、見てしまうと・・・)

 

装甲巡洋艦から弩級巡洋戦艦

こうして「ブリュッヒャー」は従来の「装甲巡洋艦」の概念を一新するいわば「超装甲巡洋艦」、「装甲巡洋艦ドレッドノート的な存在」として就役したのですが、同時期に既に英海軍は「インヴィンシブル」を始めとする同時期の戦艦と同口径主砲(45口径30.5センチ:連装砲塔4基)を装備した「弩級巡洋戦艦」を建造し始めており(1908年より就役開始:速力25.5ノット)、完成時点では「ブリュッヒャー」は既にやや時代遅れの感が否めなくなっていました。

実戦でも「ブリュッヒャー」は新型主砲の長射程とある程度の高速を有するがゆえに、巡洋戦艦部隊に組み入れられました。しかし新型主砲とはいえ、弩級巡洋戦艦超弩級巡洋戦艦との差は如何ともし難く、また高速とはいえ新設計の巡洋戦艦の速度には及ばず、大変苦戦をすることになりました。1915年のドッカー・バンク海戦にも、ドイツ巡洋戦艦部隊(偵察部隊)の一艦として参加しましたが、速度的にも配置的にも縦列の殿艦となり、英艦隊の砲撃で被弾後更に後落したところを集中砲火を受け、撃沈されてしまいました。

そもそも、「ブリュッヒャー」は「英海軍が設計中の次期装甲巡洋艦は従来の英海軍の装甲巡洋艦と同口径(23センチクラス)の主砲を装備するものと見られる」と言う諜報に基づいて、これを凌駕する設計として登場した経緯があり、ドイツ帝国海軍は全く裏をかかれた状況、諜報に失敗したと言わざるを得ませんでした。こうした経緯で同艦以降、装甲巡洋艦の建造は見送られ、ドイツ帝国海軍も巡洋戦艦の建造へと計画を移行させてゆくことになります。

 

巡洋戦艦「フォン・デア・タン」(1910年就役)

ja.wikipedia.org

 

巡洋戦艦「フォン・デア・タン」の概観:136mm in 1;1250 by Navis)

同艦は、上記のような経緯でドイツ帝国海軍が初めて建造した巡洋戦艦です。

英海軍の「インビンシブル級」に始まる巡洋戦艦群が戦艦よりは高速の装甲巡洋艦の発展強化型として登場したのに対し、上記のような経緯を踏まえたドイツ帝国海軍の巡洋戦艦は、英海軍の巡洋戦艦との砲撃戦を想定し、装甲巡洋艦の発展型の設計ではなく、同時期に設計されていた「ナッサウ級」弩級戦艦の高速化と言う視点で設計されていました。つまり弩級戦艦の重厚な防御設計を引き継いでいたわけです。この視点の差異は非常に重要で、以降、ドイツ帝国海軍の堅牢で撃たれ強い特性の起源となったと言えると考えます。

20000トン級の大きな船体を持ち、高速タービンと低速タービンを併載した四軸推進で25ノットの速力を有していました。主砲には当時の弩級戦艦「ナッサウ級」と同じ45口径11インチ(28センチ)速射砲を連装砲塔で4基搭載し、艦中央部の主砲塔配置をオフセットした「アン・エシュロン型」の配置を採用し、艦首尾方向にはそのうちの3基、舷側方向には4基全てが指向できる設計でした。

(「フォン・デア・タン」のディテイルのアップ:艦中央部の主砲塔は艦首尾方向への射界を確保するために、「アン・エシュロン型」の配置をしていました)

第一次世界大戦期にはヒッパー中将の指揮する巡洋戦艦で構成される偵察部隊の一艦として行動し、ドッカーバンク海戦には機関修理中で参加しませんでしたが(代わりに「ブリュッヒャー」が参加し撃沈されています)、ユトランド沖海戦では英巡洋戦艦「インディファティガブル」と砲戦を交わし数発の命中弾を与えこれの撃沈に貢献しました。その後、自艦も英海軍の超弩級巡洋戦艦超弩級戦艦部隊に追撃され38センチ砲弾、34センチ砲弾それぞれ2発を被弾し全主砲が射撃不能になる損害を受けましたが、持ち前の強靭さで生還しています。

休戦後、他の主力艦と同じくスカパ・フローで抑留されましたが、いわゆる6月21日の「艦隊大自沈」に参加して自沈しています。

巡洋戦艦「フォン・デア・タン」と装甲巡洋艦ブリュッヒャー」(手前):船体の大きさの違い、主砲塔の大きさの違いに注目:「フォン・デア・タン」は新モデル、「ブリュッヒャー」は旧モデルなのですが、塗装は別としてそれほど見劣りはしないかも)

 

今回新たに入手したNavis Nシリーズのモデルについて

今回入手した一連のドイツ帝国巡洋戦艦のモデルは、その塗装と、さらに普通は気にもしないであろう(実際に筆者はこれまで気にしたことはありませんでした)クレーンにワイヤーを作り込んであったり、マストの細部に手が入れられているところから、おそらくどこかの個人コレクションが手放されたものだと思います。

全てのモデルが塗装されていますが、これもほぼ手塗りで、少々荒っぽいものの細部にこだわりのある仕上がりになっていました。

ebayには、今回、筆者が入手した一連のモデル以外にもドイツ帝国海軍の弩級戦艦超弩級戦艦等が一斉に十数点程度、出品されていました。

こうしたおそらく個人のマニアックなこだわりの感じられるモデルには、相応の高値がつきます。結果的には筆者の懐具合との兼ね合いもあって、入札終了の朝、目が覚めるといくつか落札に失敗していました。これが全て落札できていたら、筆者の小遣いが間違いなく1ヶ月分は吹っ飛んでいたのは間違いないですが、それと引き換えにおそらくドイツ帝国海軍の弩級戦艦超弩級戦艦・巡洋戦艦のNavis新モデルへの置き換えは完了していたでしょう。

惜しかったなあ。今となっては絶好の機会を逃したような。

 

モルトケ級」巡洋戦艦(1911年から就役:同型艦2隻)

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(「モルトケ級」巡洋戦艦の概観:152mm in 1;1250 by Navis)

同級は試作的な「フォン・デア・タン」に続いて建造された巡洋戦艦の艦級で、「モルトケ」と「ゲーベン」の2隻が建造されました。

「フォン・デア・タン」を改良強化し、船体を大型化し(22000トン級)主砲塔も一基増やした5基としています。重防御は前級から継承し、撃たれ強い艦級でした。f:id:fw688i:20221001213516p:image

(「モルトケ級」巡洋戦艦のディテイルのアップ:同級も艦中央部の主砲塔は「アン・エシュロン型」の配置をしていました)

缶数を増やして機関を強化し28ノットの高速を発揮することができました。

二番艦の「ゲーベン」は第一次世界大戦の開戦時、地中海に配置され、そのまま同盟国トルコ海軍に編入され「ヤウズ・スルタン・セリム」と改名されました。オスマン(トルコ)帝国の解体後もトルコ海軍の主力艦として残り「ヤウズ・セリム」と改名し、1960年代まで同海軍の象徴的な存在として在籍していました。

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(「モルトケ級」の2隻:「モルトケ」(手前)と「ゲーベン」:「ゲーベン」は第一次世界大戦当時、ドイツ帝国の同盟国だったオスマントルコ海軍に編入され、1960年代までトルコ海軍に在籍していました)

モルトケ」は第一次世界大戦にはヒッパー中将の偵察部隊の一艦として活躍し、ドッカーバンク海戦、ユトランド沖海戦に参加しました。ユトランド沖海戦では、英超弩級巡洋戦艦「タイガー」と砲火をかわし9発の命中弾を与え、同艦を大破しています。一方で砲戦で大口径砲弾4発を受け損害を出しながらも生還しています。

休戦後、他の主力艦と同じくスカパ・フローで抑留されましたが、いわゆる6月21日の「艦隊大自沈」に参加して他艦同様自沈しています。

 

巡洋戦艦「ザイトリッツ」(1913年就役)

ja.wikipedia.org

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巡洋戦艦「ザイトリッツ」の概観:162mm in 1;1250 by Navis)

同艦は「モルトケ級」の改良型であり、「フォン・デア・タン」に始まるドイツ帝国海軍の巡洋戦艦第一世代の最終艦であると言って良いと思います。

改良点としては艦首甲板を一層追加し「モルトケ級」で課題が顕在化した艦首部への波被り等辺対策として凌波性を改善しています。また主砲を長砲身の50口径11インチ砲(28センチ砲)として火力を強化しています。f:id:fw688i:20221001214053p:image

(「ザイトリッツ」(上段)と「フォン・デア・タン」の艦首部の比較:「ザイトリッツ」では甲板を一層追加し凌波性が開演されています)

これらの改良の伴い船体は245000トン級に大型化し、速力はやや低下し26.5ノットとなりました。「フォン・デア・タン」以来の堅牢な設計は継承しています。

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(「ザイトリッツ」の細部:50口径の長砲身主砲を採用しています)

大戦中は他の巡洋戦艦同様、ヒッパー中将の偵察部隊に属し、長く旗艦を務めています。ドッカーバンク海戦ではヒッパー中将の旗艦として参加し、英海軍の超弩級巡洋戦艦「ライオン」の13.5インチ砲弾2発を被弾しました。そのうちの1発は後部主砲塔を直撃し後部の2基の主砲塔の機能を奪った上、弾庫で火災が発生し装薬が誘爆し始めたため、それ以上の重大な損害を防ぐために注水が命じられましたが、機関が健在であったため生還し、ドイツ艦の堅牢性を実証しました。砲戦を交わした相手の英巡洋戦艦部隊旗艦の「ライオン」は「ザイトリッツ」の主砲弾2発の直撃を受けて大傾斜し行動不能となりました。このため指揮系統に乱れが生じ、英海軍は追撃による戦果を拡大することができませんでした、

ユトランド沖海戦ではヒッパー中将は将旗を最新の「デアフリンガー級」の「リュッツオウ」に掲げましたが、同艦が被弾大破したのち、旗艦を「ザイトリッツ」移し戦闘を継続しました。同海戦では当初「ザイトリッツ」は英海軍の超弩級巡洋戦艦「クイーン・メリー」と砲戦を交わし、13.5インチ砲弾4発を被弾しますが、「デアフリンガー」と共に「クイーン・メリー」に砲火を浴びせ、これを撃沈しています。

その後継続した戦闘で同艦は英海軍の15インチ砲、12インチ砲など21発を被弾し2300トンもの大浸水を被り、特に艦首部が大きく沈降する被害となりましたが、乾舷を高く保持した設計にも助けられ、なんとか生還しています。復旧には3ヶ月を要るす大損害でしたが、ここでもドイツ艦の堅牢さを実証することとなりました。

その後、主砲塔の仰角を上げるなどの改良が行われましたが、海戦機会がなく、休戦を迎え、他艦同様の経緯で抑留先のスカパ・フローで自沈しました。

 

(下の写真は「フォン・デア・タン」に始まる一連の第一世代の巡洋戦艦群:手前から「フォン・デア・タン」「モルトケ」「ゲーベン」「ザイトリッツ」の順)

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(下の写真は上記の第一世代に装甲巡洋艦ブリュッヒャー」を加え比較したもの:手前から「ブリュッヒャー」「フォン・デア・タン」「モルトケ」「ザイトリッツ」の順)

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「デアフリンガー級」巡洋戦艦(1914年から就役:同型艦3隻)

ja.wikipedia.org

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(「デアフリンガー級」巡洋戦艦の概観:170mm in 1;1250 by Navis: 「デアフリンガー」が遠距離砲戦に対応すべく三脚マストになるのはユトランド沖海戦以降です。下の写真は「デアフリンガー級」の就役時のモデル。こちらは今回入手したモデルではないので、塗装がシンプルですが、前檣が単独マスト構造だったのがお分かりいただけるかと。ドッカーバンク海戦やユトランド沖海戦にはおそらくこの姿で戦場に臨んだのではないでしょうか。これも塗装してみれば、印象がずいぶん変わるかもしれません)

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同級は「ザイトリッツ」の改良発展型ですが、これまで継承してきた「フォン・デア・タン」以来の設計とは異なる全く新しい設計となりました。

前級までとは異なる平甲板型の船型を採用し、主砲には50口径12インチ(30.5センチ)速射砲を採用し、これを連装砲塔4基に搭載しています。27000トン弱の船体に石炭専焼艦と重油専焼缶を併載し27ノットの速力を出すことができました。主砲塔数を減らして減じた重量は装甲の増加と水密区画の増加に回され、戦艦並みの防御力を有した設計でした。

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(「デアフリンガー級」と「ザイトリッツ」(手前)の概観の対比:艦型の差異から「デアフリンガー級」がそれまでの系譜とは異なる新たな設計だったことが推測できます。主砲は口径を拡大した代わりに砲塔を1基減じて、浮いた重量を防御に回しています。ドイツ艦伝統の銃防御は健在です)

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(「デアフリンガー級」の主砲塔配置などのディテイルのアップ)

同級は「デアフリンガー」「リュッツオウ」「ヒンデンブルク」の3隻が建造され、それぞれ1914年、1915年、1917年に就役しています。

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(今回入手できたのは遠距離砲戦に対応すべく前檣を三脚構造化してその頂点に射撃指揮所を設置したユトランド沖海戦以降の「デアフリンガー」(手前)と1917年に就役した「ヒンデンブルク」の2隻です。「リュッツオウ」はユトランド沖海戦で失われているので、構造の簡単な前檣を有していました)

一番艦「デアフリンガー」(1914年就役)は就役するとすぐにヒッパー中将の偵察部隊に配属され、ドッカーバンク海戦では3発被弾しながらも前述の「サイトリッツ」と共に英巡洋戦艦艦隊旗艦の「ライオン」に命中弾を与え大破させています。

ユトランド沖海戦でもヒッパー部隊として参加し英巡洋戦艦「クイーン・メリー」「インヴィンシブル」の撃沈に貢献しましたが、自艦も大口径砲を21発、被弾し修理に4ヶ月を要するほどの損害を受けました。

修復時に射程の延長を狙い主砲仰角を上げる改良が加えられました。併せて前檣を三脚化して射撃指揮所をその上に搭載して遠距離砲戦への対応力の向上が図られました。

修復後はさしたる出撃機械のないままに休戦を迎え、他艦同様の経緯で抑留先のスカパ・フローで自沈しました。

二番艦「リュッツオウ」(1915年就役)はユトランド沖海戦では巡洋戦艦で構成されたヒッパー中将が指揮する偵察部隊の旗艦となりました。海戦では英巡洋戦艦「インヴィンシブル」の撃沈に貢献しましたが、英海軍の大口径弾を24発被弾して大浸水を起こしやがて航行不能となり、ヒッパー中将お司令部を他艦に以上させた後、しばらく回復に努めましたが断念し、自沈しています。同艦はドイツ帝国海軍が海戦で失った唯一の弩級主力艦となりました。

三番艦「ヒンデンブルク」は工期を延長し三脚前檣などを搭載した形で1917年に就役しています。就役後大きな海戦の機会も無く、出撃の回数も数度にとどまっています。休戦後、他の主力艦と同じくスカパ・フローで抑留されましたが、いわゆる6月21日の「艦隊大自沈」に参加して他艦同様自沈しています。

 

新旧モデル比較

冒頭に愚痴った割には今回入手したモデルが素晴らしいので、あまり新旧モデルの対比は行ってきませんでした。ある意味、新モデルが良い、という結論はあまりにも明らかなので、モデルごとに繰り返しても、あまり面白くないかも、と。一応、ここでやっておきましょう。必ずしも新旧モデルの対比にはなっていないかもしれませんが。

 

前檣が単独マスト構造だった時期のモデル同士の比較(実はこれは新旧モデルの比較ではなく、旧モデル同士の比較です)

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(上の写真は「デアフリンガー」の就役時のモデル(新モデルかどうかは?です。おそらく旧モデルの比較的新しいヴァージョンかと)。対して下の写真は同級の二番艦「リュッツオウ」の概観(こちらは旧モデル)

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(下の写真は「リュッツオウ」(左列)と「デアフリンガー」(右列)の細部の比較:差異が見出せるとしたらボート類のディテイルでしょうか。よく見ると主砲塔の形状も少し異なります))

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いずれにせよ旧モデルだからと言ってそれほど見劣りはしないなあ、というのが、筆者の今回の改めての感想です。そう考えると新ヴァージョン対応より、先にやることがあるのかも、と改めて認識できました。比べてみてよかったかも、やっぱりやって見るもんですね。

 

前檣を三脚構造化したのちのモデル同士の新旧比較f:id:fw688i:20221001225044p:image

(上の写真は三脚前檣の旧モデルの概観)

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(上の写真では旧モデルが上段、新モデルが下段。下の写真では旧モデルが左列、新モデルが右列)

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こうして見ると、モデルのディテイルの再現性もさることながら、塗装への手の入れ方もかなり重要なのだなあ、ということが改めて認識できます、旧モデルだからと言って手をかけないのも問題なのだな、と静かに自省しています。さらに新モデルも手を入れればさらにグレードアップする、ということも改めて認識。ああ、時間がいくらあっても足りないよう。

 

おまけ:ドイツ帝国海軍超弩級巡洋戦艦(全て計画のみの未成艦)「デアフリンガー級」巡洋戦艦ドイツ帝国海軍が就役させた最後の巡洋戦艦となりましたが、次に紹介する「マッケンゼン級」と「ヨルク代艦級」という2艦級の計画がありました。「マッケンゼン級」については2隻が第一次世界大戦中に進水しましたが、戦況の悪化により工事は継続せず、全てが未成艦となりました。

両級の特徴としてはいずれも「デアフリンガー級」の拡大改良型でありながら、主砲に大口径砲を採用した、いわゆる超弩級巡洋戦艦を目指したものでした。

 

「マッケンゼン級」巡洋戦艦(計画:同型艦4隻、うち2隻は進水までで工事打ち切り)

ja.wikipedia.org

同級の新モデルは未入手です(現時点では入手計画はなし)

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(未成巡洋戦艦「マッケンゼン級」の概観:178mm in 1;1250 by Navis)

同級は「デアフリンガー級」をタイプシップとした平甲板型の31000トン級の船体に、35センチ連装砲4基を搭載するという設計で、29ノットの速力を発揮する計画でした。計画された4隻のうち2隻は1917年に進水まで工事が進んでいましたが、戦況の悪化で工事は中止となりました。

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(「マッケンゼン級」のディテイルのアップ:同級でドイツ帝国海軍は初めていわゆる超弩級巡洋戦艦保有する予定でした。高い機動性とドイツ艦伝統の重厚な防御力を兼ね備えた同級が戦場に投入されていたら、海戦の様相も相当異なっていたでしょうね。そんなことを想像させる大きな主砲塔)

同級は設計段階では38センチ砲を主砲として採用する予定でしたが重量増加を避けて35センチ砲が採用されたという経緯があったようです。

 

「ヨルク代艦級」巡洋戦艦(計画:同型艦4隻)

ja.wikipedia.org

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(未成巡洋戦艦「ヨルク代艦級」の概観:182mm in 1;1250 by Navis)

同級は「ヨルク級」装甲巡洋艦2隻、「シャルンホルスト級装甲巡洋艦2隻の代替として計画された巡洋戦艦の艦級で、こういう経緯から「ヨルク代艦(=「ヨルク級の代替艦」)と呼ばれています。

「デアフリンガー級」を基本設計として拡大した平甲板型の33000トン級の船体に、38センチ連装砲塔4基を主砲として搭載する構想で、27.5ノットの速力を発揮する設計でした。概観的な大きな特徴は集合煙突を採用したことで、上部構造がコンパクトにまとまっている印象があります。いずれも計画のみでした。

(下の写真は「ヨルク代艦級」のディテイルのアップ:大きな主砲塔を搭載し、集合煙突の採用で上部構造がかなりコンパクトな印象を与えます。前出の「マッケンゼン級」同様、このクラスが就役していたら、英独の海戦の様子は相当異なっていたでしょうね。英国の主力艦でこれに対抗できるのは「クイーン・エリザベス級」のみかも)

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ドイツ帝国海軍巡洋戦艦第二世代の総覧

英海軍が新たに世に送り出した「インビンシブル級」を始めとする巡洋戦艦への急遽の手当として手探り感の強かったドイツ帝国海軍巡洋戦艦第一世代(「フォン・デア・タン」から「ザイとリッツ」までの系譜)に対して、独自の設計を確立した感のある第二世代。持ち前の重防御設計に大口径主砲の搭載の実現による強力な攻撃力が備われば、英独の海軍力のバランスが大きく変わっていた可能性もある、と想像が膨らみます。

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(上の写真はドイツ帝国巡洋戦艦第二世代の総覧:手前から「デアフリンガー級」「マッケンゼン級」「ヨルク代艦級」の順)

 

「ヨルク代艦級」の新旧モデル比較

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(上の写真は「ヨルク代艦級」の旧モデルの概観)
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(上の写真では旧モデルが上段、新モデルが下段。下の写真では旧モデルが左列、新モデルが右列)

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もちろん新モデルでのディテイルの充実は言うまでもありませんが、マストの作り込みや丁寧な塗装など、モデルオーナーの手のかけ方がどれほどモデルを光らせるのか、改めて教えていただきました。(・・・と、もっと時間を使うぞ、と言う話なのですが、家族にどう言えばわかってもらえるのか、頭を抱えるなあ)

 

と言うわけで新旧モデルの代替はゆっくりとですが、確実に進行中です。ドイツ帝国海軍で言うと、残すは弩級戦艦のみ、と言うことになるのですが、なかなか入手可能な適当はモデルが見つけられていません。しかし今回の比較等から、必ずしも新モデルへの更新だけがコレクションの充実につながっているわけではないかも、という示唆を得たような気がしています。手を入れることがモデルに新たな味わいを加える、というモデルを愛する者にとってはなんとも嬉しい事柄が再認識できたりして。

ということで、今回はここまで。

 

次回はどうしましょうか?少し模型を離れてこの秋のドラマシリーズの話でもしましょうか?あるいは実は第二次世界大戦期のドイツ主力艦についてもちょっと面白いモデル的な展開があったので、そちらのお話をしましょうか。3連休なので、それはそれで仕事が忙しかったりもします。というところで、少々行き当たりばったりで、いきたいと思います。

 もし、「こんな企画できるか?」のようなアイディアがあれば、是非、お知らせください。

 

模型に関するご質問等は、いつでも大歓迎です。

特に「if艦」のアイディアなど、大歓迎です。作れるかどうかは保証しませんが。併せて「if艦」については、皆さんのストーリー案などお聞かせいただくと、もしかすると関連する艦船模型なども交えてご紹介できるかも。

もちろん本稿でとりあげた艦船模型以外のことでも、大歓迎です。

お気軽にお問い合わせ、修正情報、追加情報などお知らせください。

 

 

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模型週間として:ドイツ海軍の未成巡洋艦と新着モデルなど

本稿、前回の投稿で「この三連休は模型ウィークにしたい」と記載していましたが、少し気になっていたドイツ海軍の未成巡洋艦をアップデートしたので、今回はそちらを簡単にご紹介します。「ドイツ帝国海軍の弩級巡洋戦艦」のモデルヴァージョンアップのお話は少し先送りで。

 

これまで本稿でもご紹介してきたように、ドイツは第一次世界大戦に敗れ、帝政ドイツの崩壊と共に、ヴェルサイユ体制で重い戦後賠償を課せられます。

同時に軍備にも厳しい制限がかけられ、海軍軍備はほぼ19世紀後半の装備を持つ沿岸警備海軍の規模に縮小させられました。

巡洋艦についてみると、再生ドイツ海軍(ワイマール共和国海軍)は1890年代末期に建造された3000トン級の小型防護巡洋艦6隻を保有するのみでした。1920年代になるとこれらの旧式巡洋艦の代艦建造が始まります。(この辺り、もう少し詳しくお知りになりたい方は、本稿の下記の投稿を見てみてください)

fw688i.hatenablog.com

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 代艦として建造が認められた巡洋艦には6000トン以下、備砲は6インチ以下という制限があり、その制限の中でドイツ海軍は1921年軽巡洋艦「エムデン」、1924年から「ケーニヒスベルク級」軽巡洋艦3隻、1931年から「ライプツィヒ級」軽巡洋艦2隻を就役させてゆきました。こうしてヴェルサイユ体制下で保有が認められた巡洋艦6隻については全て新造軽巡洋艦に置き換えられた訳ですが、この間、ナチス党が政権を掌握し1934年にヒトラー国家元首に就任すると、1935年には再軍備を宣言します。同年には英独海軍協定が結ばれ、事実上、ヴェルサイユ体制での軍備制限は消滅しました。

この無制約状態で1936年にドイツ海軍が計画したのが、次にご紹介する「M級」軽巡洋艦です。

 

M級軽巡洋艦

ja.wikipedia.org

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(「M級」軽巡洋艦の概観:146mm in 1:1250 by Semi-scratched model based on Anker "Enrwulf 1938 M-R")

「M級」軽巡洋艦は通商破壊戦用に1936年に計画された軽巡洋艦です。

それまでドイツ海軍の巡洋艦に課せられていた6000トンという制限が無くなったため、7800トン級の大きな船体を持ち、55口径6インチ連装砲塔4基を主砲として搭載していました。機関にはギアード・タービンとディーゼルを併載し35ノットの高速と19ノットの速力で8000浬という長大な航続距離を併せ持っていました。(参考まで:通商破壊艦として名高い「ドイッチュラント級」装甲艦な速力26ノット、航続距離20ノットで10000浬)

6隻という保有数にも制限が課せられていた本級以前のドイツ海軍の軽巡洋艦はある種の万能艦を目指さねばならないという宿命があり、新基軸を盛り込んだ随所に無理がみられる設計でした(「ケーニヒスベルク級」では軽量化と新開発の三連装主砲塔などの重武装の搭載から、艦自体の構造に負荷がかかり過ぎ、ドイツ近海でしか行動できませんでした)が、同艦は一転して通商破壊に絞った高速性(敵性軍艦を避ける)と航続距離を具現化する堅実な設計となったであろうと考えています。f:id:fw688i:20220925135042p:image

(上の写真:「M級」軽巡洋艦の主要部の拡大:主砲は、前級「ライプツィヒ」級までドイツ海軍が軽巡洋艦の標準装備としていた3連装砲塔から連装砲塔に変更しています。3連装砲塔は意欲的でしたが、あえてオーソドックスな連装砲塔に。艦橋部の前檣はモデルでは図面(あるいは下のオリジナルモデル)のように同級独特なものでしたが、あえてドイツ軽巡洋艦的な構造に変更してみました。上段の写真で艦中央部に魚雷発射管を装備していたことがわかります)

ちなみに「M級」という名称は、正式艦名が付けられる以前の仮称で、同級はM、N、O、P、Q、Rの6隻が建造される予定でした。このうちM、Nの2隻については1938年、39年に起工されましたが第二次世界大戦の勃発で建造が打ち切られ、他の4隻については計画のみで終了しています。

模型的な視点での「M級」軽巡洋艦

1:1250スケールで本稿でも何度か紹介している未成艦・計画艦のラインナップに強いAnker社からモデルが市販されています。今回はこのモデルをベースにしています。

(下の写真は、Anker社の「Entwulf 1938 M-R」として市販されているモデルの概観:例によって写真はsammelhafen.deより拝借しています)f:id:fw688i:20220925112025j:image
このAnkerのモデルはおそらく上掲のWikipediaに掲載されている図とも近似しているので、計画に忠実なのだろうとは思うのですが、筆者の独断で(ドイツ艦らしくない、という、根拠も何もない違和感だけ、に基づいた判断なのですが)前檣部分に大幅に手を入れています。代替した前檣はストックのあるHansa社製の「ライプツィヒ」「ニュルンベルク」の前檣を移植しています。

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(上の写真は、軽巡洋艦ニュルンベルク」(手前)と「M級」軽巡洋艦の比較:「M級」の艦幅が大きいことがわかります)

 

もう一つ、ドイツ海軍の計画した軽巡洋艦を。

偵察巡洋艦計画 

en.wikipedia.org

大西洋での通商破壊戦を海軍戦略の重要な要件の一つとしていたドイツ海軍は、標的となる船団を発見し追跡する「偵察艦」の建造を計画していました。6000トン級の船体に、6インチ連装砲塔3基を搭載し、36ノットの高速を発揮する大型の駆逐艦というような形状の艦で、1943年に計画は中止されています。

(偵察巡洋艦の概観。122mm in 1:1250 by Hansa:Wikipediaの図面では艦中央部に水上偵察機関連の装備が描かれていますが、このHansa社のモデルではこの部分に魚雷発射管が2基装備され、大型駆逐艦のような外観になっています 

この前檣、もう少し「巡洋艦らしく」してみましょうかね。Hansa社のモデルはしっかりしていて全体のフォルムは好きなのですが、Neptun等のディテイルが作り込まれたモデルと比べると、どこか手を入れたくなります。(多分、「巡洋艦らしく」手を入れるとHansa社の「エムデン」「ケルン」あたりのストックモデルが移植元の候補になるんだろうなあ、とこれは独り言)

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(偵察巡洋艦とドイツ海軍駆逐艦(手前)の比較:大型駆逐艦的な概観ではありますが、やはりかなり大きさが異なることがわかります

 

さて、もう一隻、次にご紹介する艦については、実は公式に計画があった、という資料に当たれていません。今のところGameの世界で計画の資料を見つけたのみ、です。(どなたか計画の断片でも資料をお持ちの方がいらっしゃたら、是非、お知らせください)

アドミラル・ヒッパー級巡洋艦、6インチ主砲装備案

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(「ヒッパー級」6インチ主砲搭載軽巡洋艦の概観:169mm in 1:1250 by Semi-scratched model based on Hansa "Lutzow (Enrwulf) )

forum.worldofwarships.eu

少し詳細を端折ると、ここでは「プリンツ・オイゲン」の姉妹艦のアイディアとして種々のイラストが示された中で、軽巡洋艦の主砲塔装備案として下の図面が紹介されています。

(下図は上掲のURL:World of Warshipのサイト内のファン・フォーラムへの投稿から拝借しています。この図面の原典がどこかにあるはずのなのですが、これが探せていません)

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この図面の下のスペックを見ると14000トン級の船体を持ち、32ノットの速力を発揮、とあるので、ほぼ「アドミラル・ヒッパー級」、記載されている寸法を見ると同級の改良タイプでやや大型の3番艦「プリンツ・オイゲン」に準じたものになっていることがわかります。

上の図面でも記載されているように同級の後期型でいずれも起工されながら建造が中止された「ザイトリッツ」「リュッツオウ」が6インチ砲装備の軽巡洋艦として完成していたら、ということなんでしょうね。f:id:fw688i:20220925140143p:image

(「ヒッパー級」6インチ主砲搭載軽巡洋艦の細部:「ヒッパー級」に比べて前檣の構造が簡素になっています(上段)。カタパルトを2基装備し。その間を航空機整備甲板に(中段))

史実上ではこうしたスペックの軽巡洋艦が、いわゆる「条約型巡洋艦」として存在していることは、多分ご承知だろうと思います。背景には主力艦の保有数を制限し、増大する一方だった列強の海軍軍備負担を軽減しようという意図で成立したワシントン・ロンドン海軍軍縮条約があります。同条約の制約下で、重巡洋艦軽巡洋艦の定義が主砲の口径差で生まれ、8インチ砲装備の重巡洋艦保有枠を使い切った列強海軍が、重巡洋艦に対抗できる速射性の高い6インチ砲を多数装備した大型の軽巡洋艦の建造に移行していったのでした。

日本海軍の「最上級」「利根級」、米海軍の「ブルックリン級」「セントルイス級」、英海軍の「タウン級」などがこれにあたります。

ヴェルサイユ体制ではドイツ海軍は重巡洋艦保有は認められておらず、あわせて同海軍はワシントン・ロンドン条約の批准国でもないので、同海軍がこの種の艦種を保有する根拠は希薄なのですが、列強が装備していた速射性の高い中口径砲を多数装備し、つまり重巡洋艦よりも手数の多い大型巡洋艦になんらかの興味を持てば、あるいはあり得たのかも、というところでしょうか。

モデルについて

驚くべきことに、1:1250スケールではなんと同種の艦についてもモデルが市販されています。

(下の写真はHansa社から市販されている同艦種のモデル:例によって写真はsammelhafen.deより拝借しています。入手したんだから、手を入れる前に写真を撮っておけばいいのに、そういうのは忘れてるんです、とほほ。「Lutzow (Entwutrf)」という商品名です。「Lutzow」は「ヒッパー級」の5番艦として着工され、大戦勃発で工事中止に。その後、未完のままソ連に売却されたという経緯を持つ艦です。商品名のEntwurf=draftというような意味ですので、「リュッツオウ(試案)」ですかね)

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筆者はこれを入手し、例によって同社の主砲と高角砲がややもったりした印象があったので、これらをNeptun社のジャンクモデルからのものに換装して少しディテイルを整えています。

実はその際に後檣も手を入れたかったのですが、同艦はベースとなった「アドミラル・ヒッパー級重巡洋艦と異なり、カタパルトを2基装備しその間を航空整備甲板としたため、下部を水上偵察機が移動できるようなある種トンネル構造のような特異な後檣の形状をしています。面白いのでそのままで。いずれは上部だけでも真鍮線でリプレイスしてみましょうか。

重巡洋艦プリンツ・オイゲン」との比較

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重巡洋艦プリンツ・オイゲン」の概観 by Neptun)

 

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(上の写真は概観比較:「プリンツ・オイゲン」が奥。下の写真では、両者の細部比較(左列が「プリンツ・オイゲン」:主砲塔が最大の相違点ですね。製造者の違いはやはり大きいかも。Neptun社だったらどんな前檣にしたんでしょうか?みてみたい気もしますが、計画でもあれば別ですが、資料もない艦は流石にNeptun社は作らないでしょうね)
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ドイツ海軍の未成・計画巡洋艦f:id:fw688i:20220925141240p:image

(今回ご紹介した未成艦・計画艦:手前から「計画偵察巡洋艦」「M級軽巡洋艦」「ヒッパー級6インチ主砲装備艦」の順)

 

ということで、今回はドイツ海軍の未成艦・計画艦と、もしかすると計画すら存在しなかったかもしれない軽巡洋艦のお話でした。

でも筆者的には「想像の羽」が伸ばせて、かなり楽しい数日間でした。

今回は短いけどこの辺りで。

ああ、それと、是非とも、もし今回最後にご紹介した「ヒッパー級」6インチ主砲装備案について、何か情報をお持ちの方がいらっしゃいましたら、どんな話でもいいので教えてください。ゲーム内の情報でもいいので、是非。お待ちしています。

 

次回は今回先送りした「ドイツ帝国海軍の弩級巡洋戦艦」のモデルヴァージョンアップのお話、ですかね。

もちろん、もし、「こんな企画できるか?」のようなアイディアがあれば、是非、お知らせください。

 

模型に関するご質問等は、いつでも大歓迎です。

特に「if艦」のアイディアなど、大歓迎です。作れるかどうかは保証しませんが。併せて「if艦」については、皆さんのストーリー案などお聞かせいただくと、もしかすると関連する艦船模型なども交えてご紹介できるかも。

もちろん本稿でとりあげた艦船模型以外のことでも、大歓迎です。

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デンマーク海軍の海防戦艦:開発小史

珍しく予告通り、「デンマーク海軍」の海防戦艦のお話です。

 

本稿での「海防戦艦」のお話(おさらい)

本稿ではこれまで「フィンランド海軍」の海防戦艦「イルマリネン級」に端を発し、「海防戦艦の王国」といっていいと筆者が感じている「スウェーデン海軍」の海防戦艦のお話にかなりの投稿をおこなってきました。豊富な艦級についてのご紹介はもちろん、水上機母艦への改造や、計画のみに終わった未成艦の総覧など、かなり詳しく取り上げてきたつもりです。(この辺り興味のある方は、是非、下記の回を見てみてください)

fw688i.hatenablog.com

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そして「デンマーク海軍」の海防戦艦

そしてやがてその派生系としてスウェーデン周辺諸国へも筆者の関心は広がっていくのですが、「デンマーク海軍」についてはこれまで「ノルウェー海軍」のご紹介の際に「ついでに」と下記の投稿でご紹介したに留まっていました。

fw688i.hatenablog.com

お題が「第二次世界大戦期の」とあるので(とつい自己弁護基調になるのはお許し下さい)、この中でも当時唯一デンマーク海軍で現役に留まっていた「ヘルルフ・トルフ級」の三番艦「ペダー・スクラム」にわずかに言及した程度でした。

ところが本稿で最近取り上げた橋本若路氏の宝物のような著作「海防戦艦」では、「デンマーク海軍」はまずその筆頭に取り上げられているではないですか。ページ数にしても70ページが割かれ、これは「スウェーデン海軍」に次ぐページ数です。

fw688i.hatenablog.com

「そう言えばこのモデルは確かあったはず」とか「これはないなあ」とか、この本と照らし合わせながら確認をしたわけですが、少し再び自己弁護的に書かせていただくと、この本の中でも著者ご自身が仰っているのですが、「海防戦艦」と言う艦種が正式にはなく、ざっくりというと「前弩級戦艦よりも小さな船体でありながら、一定の装甲と大口径砲を装備した自国沿岸防備を主目的に作られた軍艦」と言うような「感触」を抱かせてくれる軍艦、と言うようなところかと考えています。

この本の著者も「海防戦艦の条件(案)」と題して(ここでも未だ「案」と表記されています。うう、なんかマイナー艦に対するこだわりが垣間見えて・・・わかるなあ)、以下の9項目を上げていらっしゃいます(ちょっと筆者の解釈で文章は端折っています)。

  1. 排水量1万トン未満
  2. 船体が鉄または鋼鉄でできていること
  3. 8インチ以上の後装大口径砲を2門以上搭載し、その1門以上を旋回砲塔形式で搭載し、艦の正艦首尾方向に発砲できること
  4. 舷側装甲帯を有していること
  5. 帆装を有さず機走のみであること
  6. ある程度の航洋性を有すること
  7. 艦隊装甲艦と海防装甲艦の類別のある国においては後者に属すること
  8. 敵国海域に進出しての対艦戦闘や敵国への対置攻撃を目的に建造された船ではないこと
  9. 速力や航続力より攻撃力や防御力を重視した設計であること

この諸要件、全く異議、違和感などはなく「よくおまとめになったなあ」「ああ、文章化するとこうなるんだなあ」と感服するほか無いのですが(特に項目3など)、筆者が「デンマーク海軍」を考えた際におそらく同海軍の海防戦艦の扱いが軽くなった理由は「項目6:航洋性」にあったんだなあ、と考えています。

つまり、これからご紹介する「デンマーク海軍」の海防戦艦は「航洋性」と言う観点から、やや筆者の「海防戦艦」の定義からは外れていた、と言うことなのです。もっと簡単に感覚的に言うと、外見的には乾舷が低く、外洋を航行するには不向きじゃないか、そう言うことです。

しかし、デンマーク地政学的な条件を踏まえればその開発経緯は実に興味深く、かつ筆者の大好物である「試行錯誤」の過程とも言え、一度まとめてみることに、強烈な興味が湧いてしまった、今回はそう言う経緯の「回」なのです。

 

デンマークと言う国家と沿岸警備

かなり乱暴に端折りますが、デンマークといえば古くはヴァイキング、近代を少し遡ったっところではノルウェーとの連合王国時代には大海洋国家でした。その名残は北極海の世界最大の島「グリーンランド」がいまだにデンマーク領であることや、艦船ファン的な視点からみると、かのドイツ戦艦「ビスマルク」がその最初で最後の出撃となった「ライン演習作戦」の冒頭、英戦艦「フッド」「プリンス・オブ・ウェールズ」と砲撃を交わし、「フッド」を轟沈させた戦場がグリーンランドアイスランドの間の「デンマーク海峡」であったことなどからも偲ばれます。

しかしそのデンマーク王国ナポレオン戦争の混乱の中で海洋国家としては没落してゆきます。

その海軍もナポレオン時代に中立を掲げたにもかかわらず英海軍から中立を消極的抵抗と断じられ海戦で敗れ艦隊を失い、周辺国からの侵食を受け沿岸海軍に縮小してゆきます。

しかし地政学的にはバルト海から北海、さらに大西洋への出入り口を扼する要衝に位置することから、他国艦船の通行に対する警備・監視の重要性は高まってゆき、特に拡大するドイツ(帝国)海軍を想定した際に装甲蒸気艦時代のあるべき沿岸警備装備として、デンマーク海軍流の「海防戦艦開発」が模索されてゆきます。

その模索の足取りを今回の投稿の発端となった橋本氏の著作「海防戦艦」の目次に従って追っていくと、下記のようにまとめられます。

黎明期の沿岸警備装甲艦群(1860-70年代:橋本氏はこの時期を「砲塔艦・モニター・装甲砲郭艦」として一項立てていらっしゃいます)

海防戦艦「ヘルゴラント」(1879年就役:橋本氏の著作では「ヘルゴラン」と表記されています)

非装甲大口径砲艦=「トルデンスキョル」(1882年就役:橋本氏表記「トアデンスキョル」)

海防戦艦「アイヴェー・ヒュイトフェルト」(1887年就役:橋本氏表記は「イーヴァ・ヴィトフェルト」)

再びモニター=「スキョル(1897年就役)

海防戦艦「ヘルルフ・トロル」(1901年就役:橋本氏表記は橋本氏表記は「ヘアロフ・トロレ」)

中口径砲装甲艦=「ニールス・ユール」(1923年就役:橋本氏表記は橋本氏表記「ニルス・ユール」)

未成海防戦(年計画)

 

黎明期の沿岸警備装甲艦群

実はデンマーク海軍における「海防戦艦=沿岸警備艦艇」の重要性を考える上では、大変重要なパートかもしれません。(すみませんが、ここまではコレクションが及んでいません。情報だけでさらっと)

 

この時期(1860年代)、プロイセンとの間でシュレスヴィヒ・ホルスタイン地方の帰属をめぐり緊張状態にあったデンマーク海軍は、北欧初の航洋型装甲艦艦隊(いずれも3000トン級の舷側砲門艦を3隻:木造鉄皮構造か?)を編成したりしました。

(北欧初の航洋型装甲艦隊の一隻となった「デンマーク」(米国より購入):高い乾舷を持ち航洋性の高さが想像できます。舷側砲門の機帆走船でした:上図はNAVAL ENCYCLOPEDIAから拝借しています https://naval-encyclopedia.com/ww1/danish-navy-ww1.php)

 

しかし議論の末、より領土保全に重点を置き沿岸部での警備行動を意識した艦艇の整備を急ぐべきと言う結論に至ります。

 

装甲砲塔艦「ロルフ・クラーケ」

これを受けて、ヨーロッパ初となる前装滑空砲の装甲砲塔艦(「ロルフ・クラーケ」1330トン)を南北戦争を終えた米国から購入しています(1863年)。

(装甲砲塔艦「ロルフ・クラーケ」(米国より購入):米国の南北戦争向けに建造された浅喫水のモニター艦です。2基の連装装甲砲塔に20.3センチ(60ポンド)前装滑空砲を収めていました。速力は8ノット。当初は3本マストの機帆走船でした。上図はNAVAL ENCYCLOPEDIAから拝借しています https://naval-encyclopedia.com/ww1/danish-navy-ww1.php)

 

装甲砲塔艦「リンドーメン」

さらに「ロルフ・クラーケ」の設計をベースとしやや大型化しより大口径の前装砲を搭載した国産の装甲砲塔艦「リンドーメン」(2072トン:1966年起工)を建造しました。同艦は初めて帆走を全廃した装甲艦でした。

(装甲砲塔艦「リンドーメン」:「ロルフ・クラーケ」よりも強力な22.7センチ(90ポンド)前装滑空砲をやはり連装装甲砲塔に収めて搭載していました。速力は12ノット。デンマークが自国で建造した初めての大型軍艦でした。

上図はNAVAL ENCYCLOPEDIAから拝借しています https://naval-encyclopedia.com/ww1/danish-navy-ww1.php)

 

海軍装備の充実を目指したデンマーク海軍だったのですが、しかし第二次シュレスヴィヒ・ホルスタイン戦争(1864年)で敗戦したデンマークは両公国を失い、ユトレヒト半島北部と島嶼部に領土を限定されてしまいます。肥沃な両公国を奪われたデンマークは以降、財政的にも困窮を極めることとなります。

装甲砲塔モニター「ゴーム」

艦艇設計的には、デンマーク海軍は「リンドーメン」の起工以前に、航洋性には目を瞑りより島嶼部での活動に適した浅喫水・低乾舷ながら、より強力な艦砲を搭載したモニター艦の設計を進めていました。同艦はスウェーデンのジョン・エリクソン級モニター艦の設計を基にし、連装装甲砲塔に25.4センチ(120ポンド)前装施条砲を収めていました(「ゴーム」2300トン 1867年起工)。

(装甲砲塔モニター「ゴーム」:強力な25.4センチ(120ポンド)前装施条砲をやはり連装装甲砲塔に収めて搭載していました。島嶼部での行動を想定した浅喫水の設計でした。12.5ノットの速度を出すことができました。極めて低い乾舷を持ち、外洋での活動をそうてした設計ではありませんでした。上の写真はNAVAL ENCYCLOPEDIAから拝借しています https://naval-encyclopedia.com/ww1/danish-navy-ww1.php)

 

中央砲郭装甲艦「オーディン

こうした政治的・財政的な混乱を背景に建造されたのが「オーディン」でした(1874年就役)。「オーディン」は3000トンを超える船体を持ちながら技術的には、前級にあたる「ゴーム」からやや後退した感のある装甲砲塔を持たない中央砲郭艦でした。

(中央砲郭装甲艦「オーディン」:25.4センチ(120ポンド)前装施条単装砲を中央砲郭に4基装備していました。やはり連装装甲砲塔に収めて搭載していました。島嶼部での行動を想定した浅喫水の設計でした。12ノットの最大速度を出すことができました。しかし低い乾舷から、外洋での行動をあまり想定しない設計だったことがよくわかります。上の写真はNAVAL ENCYCLOPEDIAから拝借しています https://naval-encyclopedia.com/ww1/danish-navy-ww1.php )

「中央砲郭」とは、文字通り艦の中央部に砲と弾薬庫を搭載しその区画を重厚な装甲で覆う「砲郭」を形成することで、最も恐ろしい被弾による自艦の弾薬の誘爆から自艦を守る、という設計で、搭載砲には砲郭に穿たれたいくつかの砲眼から射撃をすることによって広い射界を与える工夫がなされていました。

(下の図は「オーディン」の中央砲郭の砲配置等の平面図:砲郭内に砲眼は8箇所あり、それぞれに射界が確保されていました。4基の単装砲は砲郭内の軌条上の砲架に載せられており、砲架ごと移動させることができました:Wikipediaから拝借しています)

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しかしこの運用方法では砲自体の位置を都度移動させねばならず、機動性に課題があり、開発史的な視点で言えば、これを解決する方法として砲塔形式での艦砲の搭載が開発されたと言う経緯があり、前級の装甲砲塔に比べると技術的には後退した設計となっていたと言わざるを得ませんでした。

 

こうした過渡期的な経緯を踏まえて、ようやく「海防戦艦」と言う呼称にふさわしい艦が建造されることになります

 

最初の「海防戦艦

海防戦艦「ヘルゴラント」(1879年就役:同型艦なし)

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(海防戦艦「ヘルゴラント」の概観:63mm in 1:1250 by Hai:概要での行動も配慮して比較的高い乾舷を有していました)
「ヘルゴラント」は外洋での行動を想定しない沿岸防備用の砲艦であった「オーディン」の中央砲郭に、露砲塔を加え、かつバルト海等での活動をある程度想定した航洋性にも留意した設計としていました。

主砲には22口径12インチ(30.2センチ)後装砲が採用され、この砲が単装で艦首向けに設置された露砲塔に搭載されていました。この露砲塔は左右120度の射界が与えられていましたが、旋回の動力は人力で、90度の旋回に8名の作業員で150秒用したとされています。。準主砲として22口径10インチ(26センチ)砲が中央砲郭に4基搭載されていました。こちらも後装砲で、同艦はデンマーク海軍が初めて大口径後装施条砲を搭載した艦となりました。同艦は従来のデンマーク海軍の装甲艦をはるかに上回る5400トン級の船体を持ち13.7ノットの最大速度を出すことができました。

(下の写真:同艦の特徴である12インチ主砲塔(波風を凌げる程度のフードを被った露砲塔でした)と中央砲郭の拡大:少しわかりにくいですが砲郭の両端に準主砲(10インチ)が見えています)

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中央砲郭の構造も改められ、搭載された4基の10インチ砲にはそれぞれの単一砲眼から広い射界が与えられる工夫が施されていました。

(下図は中央砲郭と濾胞等の配置図面:八角形の中央砲郭の砲眼から、各砲は広い社会を得ている事がわかります。上掲の「オーディン」の中央砲郭の図と比較すると一目良縁かと:Wikipediaから拝借しています)

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「ヘルゴラント」は就役時にはデンマーク海軍最大の軍艦で、艦隊旗艦、海外での記念式典への訪問などの任務についています。各種の改装を続け海軍の顔であり続けましたが、1907年に退役しオランダの会社に売却され解体されました。

記録上はその後も約120年間、デンマーク海軍が保有した最大の軍艦でありました。

 

大口径砲艦「トルデンスキョル」(1882年就役:同型艦なし)

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(大口径砲艦「トルデンスキョル」の概観:54mm in 1:1250 by Hai:沿岸の近海面での活動を想定し、低い乾舷を有していました)

前出の「ヘルゴラント」建造に平行して、同規模の船体に12インチ連装砲塔2基、5インチ単装砲塔6基を搭載した、小型前弩級戦艦とも言えそうな設計案が提出されていましたが、デンマークの予算はそのような艦の建造を容認できる状況ではなく、予算的には大口径砲1門を装備した舷側装甲を持たない、ある種の一点豪華主義とも言うべき艦が建造されました。

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(上図は「トルデンスキョル」の構造図:上段の図では上甲板から一層下の艦内に防護甲板が貼られているのがわかります(水線付近の太線とその下部の斜線帯:防護甲板は亀甲型に貼られていたようです。下段の平面図では、不釣り合いに大きな主砲とその露砲塔がご覧いただけます。発射時の衝撃は物凄かったでしょうね:Wikipediaから拝借しています)

これが大口径砲艦「トルデンスキョル」でした。同艦は「ヘルゴラント」の半分に満たない2500トン級の船体に、「ヘルゴラント」の搭載した12インチ砲を上回る14インチ(35.5センチ)後装砲1門を露砲塔形式で搭載していました。「ヘルゴラント」と異なり準主砲は持たず、副砲として5インチ単装砲4基が搭載されていました。

いわゆる舷側装甲は持たず上甲板の下層に機関部を防護するための防護甲板を貼った防護巡洋艦的な構造を有した艦でした。最大速度13ノットを発揮する設計でした。

魚雷発射管に加えて小型の水雷艇を2隻搭載していたところから「水雷艦」と呼称されていたようです。

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(同艦の露砲塔(やはり波風除けのフード付き)と搭載されていた小型水雷艇(下段)の拡大:この水雷艇の搭載とし艦内に内蔵された魚雷発射管から「水雷間」という呼称がありました)

前出の「ヘルゴラント」同様、海外での記念式典等に参加することが多く、1908年退役し、売却され解体されました。

 

海防戦艦「アイヴァー・ヒュイトフェルト」(1887年就役:同型艦なし)

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(海防戦艦「アイヴァー・ヒュイトフェルト」の概観:69mm in 1:1250 by Hai:艦首尾に1基づつフード付きの露砲塔が配置され、いわゆる前弩級戦艦と同じような配置になっていま)

1880年の海軍整備計画では装甲艦8隻を含む計画が立てられますが、その中には黎明期の主力艦として紹介した既に前時代の遺物とも言うべき機帆装艦も含まれており、代艦の建造が検討されてゆきます。前出の「ヘルゴラント」をタイプシップとした設計案も作成されその中には35.5センチ砲を艦首尾に単装露砲塔形式で装備した強力艦のアイディアなどもありましたが、主として予算面から実現しませんでした。

議論が続く中で、ようやく1883年に本艦「アイヴァー・ヒュイトフェルト」の建造が承認され、1884年に起工されました。

同艦は「ヘルゴラント」よりはやや小振りの3400トン級の船体を持ち、主砲として35口径10インチ(26センチ)後装砲を採用し、これを艦守備に単装露砲塔形式で搭載していました。露砲塔にはフードが被せられましたが、このフードは「ヘルゴラント」では風雨を凌ぐ程度だったものを弾片防御程度まで強化したものになっています。主砲口径は「ヘルゴラント」よりも小さくなりましたが、長砲身砲を採用したため、貫徹力では上回っていました。

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(海防戦艦「アイヴァー・ヒュイトフェルト」の図面:砲装備の配置等がよくわかります:Wikipediaから拝借しています)

艦中央部には5インチ単装砲4基が装備され、併せてたの防御装甲についても配置や素材で新基軸が盛り込まれ、最大速力15ノットとあいまって、小海軍なりのミニ近代戦艦の構想を具現化したものになっていたと言えるでしょう。

海軍を代表し外国を訪問したり王族の護衛等、平時の海軍の顔を務めたのち、1909年には現役を離れています。第一次世界大戦海軍工廠の予備資材として係留されていましたが、1919年に除籍されオランダに売却されました。

 

装甲砲艦「スキョル」(1897年就役:同型艦なし)

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(装甲砲艦「スキョル」の概観:58mm in 1:1250 by Hai)

「アイヴァー・ヒュイトフェルト」の建造以降、デンマーク海軍の関心は一時期、装甲艦から当時列強が競って建造した防護巡洋艦に移ります。もちろん財政的に余裕もなくこうした汎用性の見込める艦船での旧式装甲艦の代替が目論まれたわけです。

1892年にようやく首都コペンハーゲンとその周辺を防衛する目的で装甲艦の建造が承認されますが、当初、考慮された「アイヴァー・ヒュイトフェルト」クラスの3500トン級の装甲艦は財政的に無理があり、結局、2500トン級の装甲砲艦が建造されることとなり 「スキョル」と命名されました。

(装甲砲艦「スキョル」の図面:艦尾部に装備された副砲(12センチ速射砲)の方が同感の特徴と言えるかも:Wikipediaから拝借しています)

同艦は浅い喫水を持つ浅海面向きの砲艦で40口径9インチ(24センチ)後装砲を単装装甲砲塔に収めていました。デンマーク海軍の主力艦が装甲砲塔を装備するのは25年ぶりでした。他に副砲として12センチ速射砲3基が搭載されていました。f:id:fw688i:20220919125840p:image

(「スキョル」の砲配置:このクラスの艦艇では、特に下段の12センチ速射砲が優雨力な戦力でした

水線装甲帯を持ち13.4ノットの速力を出すことができました。

比較的小型で運用費が安いことからバルト海周辺諸国への使節として派遣されたりしていました。第一次世界大戦期にはデンマークは中立を保ちましたが、維持のために戦時警戒体制が敷かれ、「スキョル」は首都コペンハーゲンのあるシュラン島とその西のフェン島の間の大ベルト海峡を警備する艦隊に配置されました。

1918年に戦時警戒体制が解かれると1919年には予備艦となり、その後浮き砲台の役目を務めています。1929年に売却され解体されました。

 

「ヘルルフ・トロル級」海防戦艦(1901年から就役:同型艦3隻)

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(「ヘルルフ・トロル級海防戦艦の概観: 70mm in 1:1250 by C.O.B. Constructs and Miniature: 3D printing modelです。モデルは就役時の姿を再現しています。1939年に近代化改装を受け、対空兵装を強化、併せて前檣が近代化に合わせて大型化されていたようです)  

1892の年の議会では前出の装甲砲艦「スキョル」のみ建造が認められましたが、海軍は3500トン級装甲艦の建造計画を続けていました。

1896年に一番艦の建造が承認されましたが二番艦の承認はその4年後、三番艦の承認はさらにその4年後となりました。

「ヘルルフ・トロル級」海防戦艦は3500トン級の船体に24センチ単装砲2基と15センチ単装砲4基を搭載し、15.6ノットの速力を有していました。非常に低い乾舷を持ち、デンマーク沿岸での運用に重点が置かれた設計でした。 

(「ヘルルフ・トロル級」海防戦艦の図面:なんとなく見慣れた8ある意味洗練された?)ミニ戦艦の佇まいをしています:Wikipediaから拝借しています)

平時には他の大型艦と同様に海外使節等で周辺国を訪問したりしていましたが、第一次世界大戦期には中立国デンマークと言えども戦時警戒体制が敷かれ、「ヘルルフ・トロル」はデンマークスウェーデンの間のウーアソン海峡を警戒する第一艦隊の旗艦、「オルフィアツ・フィッシャー」は大ベルト海峡警備を担当する第二艦隊の旗艦となりました。三番艦「ぺだー・スクラム」は第一艦隊に配属されています。

大戦後も一時期艦隊旗艦を務めるなどののち、「ヘルルフ・トロフ」は1922年に予備艦とされ、「オルフィアツ・フィッシャー」は1926年に練習艦とされました。その後、ともに1932年に解体されました。

3番艦「ペダー・スクラム

「ヘルルフ・トロル級」の3番艦「ペダー・スクラム」は、同級の他の2隻が除籍された後も、唯一就役していました。1939年に対空兵装の強化と前檣の大型化などの近代化改装を受けました、

1940年のデンマークの降伏後、1943年にドイツ軍による接収をきらい自沈しています。本艦は最終的にはドイツ海軍により引き揚げられ、練習艦アドラー」となりました。後に防空艦への改装の計画があったようですが、実現はしなかったようです。

1945年4月に連合軍の空襲で撃沈されましたが、背の浮揚されデンマークに返還されました。しかし再び就役することはなく、スクラップにされました。 

(下のURLで詳しいお話が。「IF]艦などについての、大変面白いサイトです。他のお話も退園楽しめますよ)

web.archive.org

 

海防戦艦「ニールス・ユール」(1923年就役:同型艦なし)

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(海防戦艦「ニールス・ユール」の概観:74mm in 1:1250 by Hai:艤装途中で搭載砲が変更され甲板を一掃追加したため、乾舷が他のデンマーク海軍の海防戦艦よりも高くなっています)

前出の「ヘルルフ・トロル」級の整備旗艦中の周辺諸国の海軍軍備を見ると、ドイツ帝国の大艦隊増設は言うに及ばず、スウェーデンバルト海での航洋性を考慮した海防戦艦12隻体制を確立しており、同海軍はさらに艦齢の古い艦から代艦を建造する状況で、7000トン級の「スヴェリイエ」級3隻の建造計画に着手していました。ノルウェー海軍は新興海軍ではありましたが、すでにある程度の航洋性を備えた海防戦艦4隻を保有し、さらに2隻の新造海防戦艦の計画が始動している状況でした。

一方、デンマーク海軍はこれまで見てきたように財政的な課題と建造目的の試行錯誤(この両者は根っこは同じなのですが)から、単艦での建造が続き、ようやく「ヘルルフ・トロル」級に至って同型艦3隻を建造することが決定されました。この3隻に「アイヴァー・ヒュイトフェルト」を加え、デンマーク流のミニ戦艦4隻体制を整えつつありました。

周辺の状況も踏まえ「ヘルルフ・トロフ」級を拡大改良した新たな海防戦艦の建造計画が持ち上がり、諸案を検討した結果、最終的に3800トン級の船体に12インチ(30.5センチ)単装砲2基を搭載する装甲艦の建造が決定されました。同艦はデンマークが水圧方式での主砲塔製造に関する経験を持っていなかったため、主砲周辺についてはドイツのクルップ社に発注されることになりました。

しかし契約締結直前に第一次世界大戦が勃発し、平時になるまで主砲関連の引き渡しができないとの通告がクルップ社から発せられて、主砲塔関連装備の入手が困難になります。船体の建造は継続されましたが、デンマーク自体は中立でありながらも戦時警戒体制をとっていたため現行艦艇の整備が優先され、新造海防戦艦の建造は遅々として進みませんでした。

ようやく1918年に進水を迎えるのですが、戦後、特にドイツ帝国の脅威が消えた時点で、大口径主砲への要求は低まり、予算面からも当初の仕様が見直され、結局同艦は15センチ10門を搭載した中口径砲搭載装甲艦として完成しました。

**この主砲仕様の変更については、クルップ社が敗戦国ドイツの企業であることも大いに影響して、国際情勢を踏まえた大変興味深い経緯があったようです。大変長い話になるので、乱暴にまとめるとクルップ社へ発注された30.5センチ方が、最終的には主要部はクルップ社製の15センチ砲と変更されボフォース社から調達する、こんな商談になったのです。実に興味深い。

重い主砲塔搭載を見送り中口径単装砲を搭載することになったため、船体構造も見直され、全通甲板を一層追加することとなりました。

(デンマーク海軍最後の海防戦艦「ニールス・ユール」海防戦艦の図面:中口径砲搭載艦となり、一層甲板を追加したため、デンマーク海軍の装甲艦としては異例の乾舷の高さであることが見て取れます:Wikipediaから拝借しています)

こうした経緯の後、1923年同艦「ニールス・ユール」は就役しました。最終的には3800トン、15センチ単装砲を10基搭載(6期はケースメイト、4基は盾付きの単装砲架)、速力16ノットという仕様でした。f:id:fw688i:20220919130441p:image

(「ニールス・ユール」の砲配置の拡大)

就役後は平時での就役ということもあって練習艦隊の旗艦を務めた記録が多く見られます。1935年から36年にかけて近代化改装が行われ主として指揮装置の増設、近接火器の変更等が行われました。

第二次世界大戦とドイツ軍による接収

第二次世界大戦が勃発し、1940年デンマークはドイツに占領されますが、ほぼ無血占領であった為、当初デンマーク軍はそのまま存続することが認められ、同艦もそのまま任務を継続しました。

しかし戦争協力のレベルアップをデンマーク政府が拒否すると、ドイツはデンマークの直接統治へと方針を変更し、デンマーク海軍はドイツ軍による接収を嫌い海軍司令部から脱出が命じられます。「ニールス・ユール」もスウェーデンへの脱出を試みますが最終的には断念して自ら座礁。その後自爆を計りますが自爆は果たせず、弾薬庫・機関室に注水し、運べ出せる機器類は海中に投棄され、内部の機器類は破壊されました。

当時デンマーク海軍の艦艇は52隻が就役していましたが、接収回避命令により、自沈するもの28隻、スウェーデン等へ脱出したもの12隻、捕獲されたものは7隻、という結果でした。

ドイツ海軍砲術練習艦「ノルトラント」

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(ドイツ海軍が浮揚し修理・改装して再就役させた砲術練習艦「ノルトラント」の概観:by ???: モデルは未入手ですので、写真はe-bayへ出品中のものから拝借しています)

1943年にドイツ軍は同艦を浮揚して修理・改装を行い、砲術練習艦「ノルトラント」として就役させました。最終的には連合国の爆撃で大破。沈没しています。

デンマーク海軍の「海防戦艦」一覧

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デンマーク海軍の「海防戦艦」:手前から「ヘルゴラント」「トルデンスキョル」「アイヴァー・ヒュイトフェルト」「スキョル」「ヘルルフ・トロル」「ニールス・ユール」の順)

 

ということで最近筆者注目の橋本氏の著作「海防戦艦」に大いに刺激されて。デンマーク海軍の海防戦艦を総覧してきました。小国の財政的な条件と、自国の地政的な難しさを反映した試行錯誤ぶりがよく伺えると思います。

実はこの他に未成海防戦艦もあるのですが、こちらはモデルが見当たらず。図面のみ。

デンマーク海軍の未成海防戦艦の一案:主砲として10インチ連装砲を2基、副砲として15センチ連装砲塔3基を搭載する案の図面のようです。:NAVALEN CYCLOPEDIAより拝借しています。https://naval-encyclopedia.com/ww2/danish-fleet.php

(完成していればこんな感じ?写真はスウェーデン海軍の未成海防戦艦デンマーク海軍の未成艦はこれよりも一回り地位会感じだったでしょうね)
5000トン級の船体に8インチから11インチの連装砲塔2基を搭載し20ノット程度の速力を出せるような仕様で、いくつかの試案が提出されていたようです。

 

という訳で今回はこの辺りで。

 

次回は2022年シルバーウィーク後半ということで、最近、いわゆる筆者の悩みであるNavisモデrのヴァージョンアップが進んできているドイツ帝国海軍の弩級巡洋戦艦のお話、か、もしくは模型工作ウィークにしたいので一回スキップ、ということにするかも。

 

もちろん、もし、「こんな企画できるか?」のようなアイディアがあれば、是非、お知らせください。「以前に少し話が出ていた、アレはどうなったの?」というようなリマインダーもいただければ。

 

模型に関するご質問等は、いつでも大歓迎です。

 

特に「if艦」のアイディアなど、大歓迎です。作れるかどうかは保証しませんが。併せて「if艦」については、皆さんのストーリー案などお聞かせいただくと、もしかすると関連する艦船模型なども交えてご紹介できるかも。

 

もちろん本稿でとりあげた艦船模型以外のことでも、大歓迎です。

お気軽にお問い合わせ、修正情報、追加情報などお知らせください。

 

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再々録:模型ならでは、レキシントン級巡洋戦艦とA-140号計画艦:それぞれデザイン・ヴァリエーションの制作

申し訳ありません。前回、「次回はデンマーク海軍の海防戦艦」と予告したのですが、週末に行事参加があり、十分な時間がとれず次回に送ります。

 

ということで、今回は過去掲載の中から、模型ならでは、と言う投稿を再録しておきます。再録、2度目かも。

お題の通り、テーマとなっているのはいずれも未成艦、計画のみの艦級です。これを模型ならでは、というか、筆者が一人で色々と妄想を膨らませて、思い切り遊んだ、という記録です(今回の再録では「レキシントン級巡洋戦艦のデザイン・ヴァリエーションが追加になっています。これも過去投稿内容ではありますが、ひとまとめにした感じですので、お楽しみを)。

 

レキシントン級巡洋戦艦(オリジナルデザイン) 

まず、米海軍のダニエルズ・プランから米海軍初の巡洋戦艦レキシントン級」のデザイン・ヴァリエーション。

 

レキシントン級巡洋戦艦

レキシントン級巡洋戦艦について、少し基礎知識のおさらいを。

レキシントン級巡洋戦艦は、ダニエルズプランで建造に着手された、米海軍初の巡洋戦艦の艦級です。元々、米海軍は、戦艦の高速化には淡白で、21ノットを標準速度としてかたくなに固守しつづけ、巡洋戦艦の建造、戦艦の高速化には触手を延ばしてきませんでした。

しかし第一次世界大戦の英独両海軍主力艦による「ドッカー・バンク海戦」や「ユトランド沖海戦」の戦訓(いずれの海戦も主力艦隊同士の決戦を両海軍害としながらも、結局、戦ったのは機動力に優れた巡洋戦艦高速戦艦でした)から、機動性に劣る艦隊は決戦において戦力化することは難しいという情況が露見し、米海軍も遅ればせながら(と敢えて言っておきます)高速艦(巡洋戦艦)の設計に着手した、というわけです。

(背景情報は下記を)

fw688i.hatenablog.com

 

レキシントン級巡洋戦艦の設計当初のオリジナル・デザインでは、34300トンの船体に、当時、米海軍主力艦の標準主砲口径だった14インチ砲を、3連装砲塔と連装砲塔を背負式で艦首部と艦尾部に搭載し、35ノットの速力を発揮する設計でした。

その外観的な特徴は、なんと言ってもその高速力を生み出す巨大な機関から生じる7本煙突という構造でしょう。

モデルは、Masters of Miitaly社製3D printing modelで、White Natural Versatile Plasticでの出力を依頼していました。

(直下の写真は、到着したレキシントン級巡洋戦艦の塗装前モデルの概観。Masters of Miitaly社製。素材はWhite Natural Versatile Plastic)

f:id:fw688i:20200516145002j:image

本稿で以前に行なった「レキシントン級デザイン人気投票」では、「籠マスト+巨大集合煙突デザイン」に継ぎ第二位という結果で、私も大変気になりながらも、14インチ砲搭載艦というところに少し引っかかりがあり(あまりたいした理由はないのですが、この巨体なら16インチ砲だろう、という思いが強く)、なかなか手を出していなかったのですが、この人気投票に背中を押してもらった感じです。ありがたいことです。(なんでも都合よく解釈できる、この性格もありがたい、と自画自賛

www.shapeways.com

 

と言うわけで、下はその完成形。

f:id:fw688i:20200525135226j:image

モデルは非常にバランスの取れたスッキリとしたプロポーションを示しています。どこか手を入れるとしたら、当時の米主力艦の特徴である「籠マスト」をもう少しリアルな感じに、かなあ、とは思いますが、今回は手を入れずに仕上げることにしました。手を入れるとすればいわゆる「鍵」部分を別素材で再現、のようなことになるのかなと思いますが、今のところ、あまり良い素材が思いつきません。

なんかいいアイディアあれば、是非お聞かせください。

 

レキシントン級巡洋戦艦(デザインバリエーション)

上記のように、同級の原案設計の当時には、米海軍の主力艦標準備砲ということで14インチ砲搭載の予定だったのですが、その後、日本の八八艦隊計画が「全て16インチ砲搭載艦で主力艦を揃える」という設計であることを知り、急遽16インチ砲搭載に設計変更した、という経緯があったようです。(実際に建造途上だった「コロラド級」戦艦は本来は14インチ砲搭載の「テネシー級」戦艦の改良型(準同型艦)の予定でしたが、急遽、16インチ砲搭載艦として完成されました)

こうして同級は、結局16インチ砲搭載の巡洋戦艦として着工されるのですが、その後、ワシントン軍縮条約で制約、整理の対象となり、同級のうち2隻がその高速性と長大な艦形を活かして大型の艦隊空母として完成されました。これが空母「レキシントン」と「サラトガ」ですね。

つまり巡洋戦艦としては、同級はいわゆる「未成艦」に分類されるわけですが、その「未成」故に、完成時の姿を想像することは、大変楽しいことです。

 

筆者もご他聞に漏れず想像の羽を伸ばしたがるタイプですので、今回の「オリジナル・デザイン案」の完成に勢いづいて、筆者の想定するバリエーションの完結を目指してみました。

肝は「煙突」かな?

 

バリエーション1:二本煙突シリーズ

竣工時:籠マスト+二本煙突

en.wikipedia.org

上記リンクにあるように、実際に16インチ砲搭載巡洋戦艦として起工されたものが、完成していたら、と言う想定ですね。

起工当時の米主力艦の標準デザインであった籠マストと、さすがに7本煙突という嬉しいほどユニークではあるけれど何かと問題のありそうなデザインは、実現しなかったんだろうなあ、と、その合理性には一定の納得感がありながら、一方では若干の落胆の混じる(かなり正直なところ)デザインですね。アメリカの兵器は時として、量産性や合理性にともすれば走り、デザインは置き去りになったりします。あくまで筆者の好みですが、「デザイン置き去り」が、「無骨さ」として前に出るときは、言葉にできないような「バランス感の無さ」につながり、それはそれで「大好き」なのですが(M3グラント戦車、M4シャーマン、F4Fワイルドキャット、ニューオーリンズ重巡洋艦等がこれに当たるかなあ)、正直今回の「レキシントン・二本煙突デザイン」これは「味気なさ」が先に立つと言うか・・・)
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(42,000t, 30knot, 16in *2*4, 2 ships, 213mm in 1:1250 by Delphin :こちらはDelphin社のモデルに少しだけ色を入れた程度です)

 

最終改装時:塔状艦橋+二本煙突

同級の近代化改装後の姿で、米海軍が主力艦に対し行なった、射撃システムの変更、副砲撤去、両用砲を砲塔形式で装備、上部構造物の一新、等々を実施、と言う想定です。艦様が一変してしまいました。

特に、外観上での米海軍主力艦の特徴の一つであった艦上部構造の前後に佇立する篭マストが、塔状の構造物に置き換えられました。

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(直上の写真:舷側に迷彩塗装を施しています。筆者のオリジナルですので、ご容赦を。本級は未成艦であるため新造時の模型は製造されていましたが、近代化改装後の模型までは存在せず、ごく最近になって近代化改装後の3Dプリンティングモデルを発見し、その製作者Tiny Thingajigsに発注をかけ、模型の到着を心待ちにしていました。ベースとなったモデルはこちら)

www.shapeways.com

 

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(直上の写真は、上)と最終改装後(下)の艦様の比較)

 

バリエーション2:巨大集合煙突シリーズ(こちらは筆者の妄想デザインです)

竣工時:籠マスト+巨大集合煙突

そもそも発端は、ワシントン・ロンドン体制で、巡洋戦艦から空母に転用された「レキシントン」の巨大な煙突からの妄想でした。

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この煙突がついている主力艦は、どんな感じだったろうか、作っちゃおうか、という訳です。で、その巨大な煙突の背景には大きな機関があり、元々は7本の煙突が初期の設計段階では予定されていたことを知る訳です。おそらくは転用されたのが「空母」なので、高く排気を誘導する必要があったんでしょうが、まあ、今回はそれはそれで少し置いておきましょう。

完成後に改めて見ると、ああ、半分くらいの高さ、と言うデザインもあったなあ、と。(うう、こんな事に気が付いてしまうと、いつか手を付けるんだろうなあ)

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 直上の写真は、今回急遽製作した竣工時の「レキシントン級巡洋戦艦」で、籠マストと「レキシントン級」空母譲りの巨大集合煙突が特徴です。

本稿でも以前ご紹介しましたが、本来は下記のTiny Thingajigs製の3D Printing Modelをベースに制作する予定だったのです。

www.shapeways.com

f:id:fw688i:20200426111625j:plain

しかしShapeways側のデータ不備とかの理由で入手できず、この計画が頓挫。では、ということで、ebay等で、これも前出のDelphin社製のダイキャストモデルを新たに入手しそれを改造しようかと計画変更。しかし少し古いレアモデルだけに新たに入手が叶わず(ebayで、格好の出品を発見。入札するも、落札できず:ebayは1:1250スケールの艦船モデルの場合、当然ですが多くがヨーロッパの出品者で、終了時間が日本時間の明け方であることが多く、寝るまでは最高入札者だったのに、目が覚めると「ダメだった」というケースが多いのです)、結局、手持ちのDelphinモデルをつぶす事にしました。(つまり、これ↓を潰す事に・・・)f:id:fw688i:20190310173715j:image

Delphin社のモデルは、こうした改造にはうってつけで、パーツが構造化されており、その構造が比較的把握しやすいのです。従って、少し注意深く作業をすればかなりきれいに分解することができます。今回は上部構造のうち、前後の煙突部と中央のボート甲板を外し、少し整形したのち、Deagostini社の空母「サラトガ」の完成模型(プラスティックとダイキャストのハイブリッドモデル)から拝借した巨大な集合煙突(プラスティック製)を装着する、という作業を行いました。

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で、出来上がりがこちら。設計の合理性は爪の先ほども感じませんが、なんかいいなあ、と自画自賛。しかし実際にはこの巨大な煙突は格好の標的になるでしょうから、まず、この設計案は採用されないでしょうねえ。

或いは、上掲の2本煙突デザインでは、7本煙突からこのデザインへの変更の際には機関そのものの見直しが必須のように思うのですが、それが何らかの要因で困難だった(あまりに時間がかかる、とか、費用が膨れ上がる、或いは新型の機関を搭載するには一から設計し直したほうが早い、とか)というような状況で、ともあれ完成を早めた、というような条件なら、有りかもしれませんね。

(やっぱり、煙突の高さ、半分でも良かったかもしれません。ああ、気になってきた!

 

最終改装時:塔状艦橋+巨大集合煙突

そして、巨大集合煙突のまま、近代化改装が行われます。米海軍が主力艦に対し行なった、射撃システムの変更、副砲撤去、両用砲をこの場合には単装砲架で装備、上部構造物の一新、等々の近代化改装を受けた後の姿、と言う想定です。

この場合でも、やはり篭マストが、塔状の構造物に置き換えられました。煙突の中央に太い縦線が入れられ、2本煙突への偽装が施されています。

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こちらは下記の3Dプリンティングモデルをベースとしています。

www.shapeways.com

このモデルの煙突をゴリゴリと除去し、Deagostini社の空母「サラトガ」の完成模型(プラスティックとダイキャストのハイブリッドモデル)から拝借した巨大な集合煙突(プラスティック製)を移植したものが、下の写真です。f:id:fw688i:20200328161044j:image

 この後、下地処理をして、少し手を加え塗装を施し完成です。

 

 (直下の写真は、巨大煙突デザインの竣工時(上)と最終改装時(下)の艦様の比較)

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レキシントン級巡洋戦艦」デザインバリエーションの一覧

上から・・・もう説明はいいですかね。

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こうやって一覧すると、「どれが好きですか?」と聞きたくなるのですが・・・。また、アンケートかよ、という声が聞こえてきそうなので、今回はやめておきます。

ともあれ、合理性はさておき、やはり巨大煙突、いいと思うんですがねえ。

 

バリエーション2.5:修正巨大集合煙突シリーズv2

これまでのところで、上記には何度か「煙突の高さ、半分でもいいかも」という筆者の心の声が出てきています。では、この機会にやってしまえ、というのが「バリエーション2.5: 修正巨大集合煙突シリーズv2」です。

竣工時:籠マスト+巨大集合煙突

単純に煙突を60%くらいの高さに調節してみた、ということです。模型製作的には、煙突をゴリゴリ短く切断して換装する、と言って仕舞えば味気ない作業です。が、その効果の程は・・・。


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(就役時の姿を想定したモデル:下の写真は、煙突の高さを修正した前と後の対比/修正前が上段。ちょっとなんとなく落ち着いた感じでしょうか?)

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最終改装時:塔状艦橋+巨大集合煙突

基本的に使用した煙突の高さは、ほぼ前出の就役時と同じくらいに調整しました。

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そして同じく、煙突高の調整前と後の対比。

(上段が調整前=空母「レキシントン」と同じ高さの煙突を使用/下段は調整後)

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就役時、最終改装時、いずれも煙突の高さ修正後の方が、少し説得力が上がったような気がしませんか?この写真ではわからないけど、特に後ろからのカットを見ると・・・。

 

そして、一応、下の写真で、バリエーションの一覧を。

(上から原案(7本煙突)、二本煙突就役時、二本煙突近代化改装後、集合煙突就役時、集合煙突近代化改装後)f:id:fw688i:20210627144229j:image

・・・と、これで気になっていた「煙突高」の調整問題が一応筆者の中では一段落。ああ、すっきりしました。

 と、ちょっとはしゃいだ「レキシントン 級」のお話でした。

 

「A -140号計画(大和級計画案)」のデザイン・ヴァリエーション

次は「A-140号計画艦(いわゆる「大和」ですね)」のヴァリエーションから最大の特徴である18インチ主砲を全て艦首部に集中配置したA-140a計画艦のモデル作成を。

「A-140計画艦」とは

まず、「A-140計画艦」のお話です。

「A-140計画艦」は、「大和級」戦艦の設計にあたり検討された種々の設計案を指しています。「大和級」戦艦が日本海軍の140番目の主力艦設計案に基づく艦であったため「A -140計画艦」と呼称されています。

その設計案が20数案あったことはよく知られています。例えば排水量では50000トン案から70000トン案、主砲も18インチ砲10門搭載案から16インチ砲9門搭載案等々、種々検討されて、最終案として纏まったのが我々が知る「大和級」ということになります。

今回製作したモデルは、その中でも筆者が特に気になっていた最初期の案、いわば「主砲前方集中配置案」とでも呼ぶべき「A-140a」をベースにし、これに「大和級」建造の実現技術を反映した形としています。

実際の計画案とは寸法等が異なり、手持ちモデルからのスクラッチではやや工程が多くなり過ぎ、ともすれば手に負えなくなりそうだったので、他のディテイルの再現はさておき、この「主砲前方集中配置」だけでも再現できないか、というのが筆者のぼんやりとした、しかしある種割り切った「想い」を形にしたものとなっています。

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 (A-140a案の資料を示しておきます。諸々、Net上で見つけた資料から)

 

大和級」設計案での機関に関する議論

大和級」の多様な設計案の一つの重要な軸は、主機選択の変遷であったと言ってもいいかもしれません。

資源の乏しい日本にとって、燃料問題は常に重大な課題であり、従って高速力と航続距離を並立させることを考慮すると、燃費に優れるディーゼル機関の導入は重要な目標であったわけです。さらに大型潜水艦用のディーゼル機関の開発の進展など、これを後押しする要素も現れ始めていました。

このため原案はタービン機関のみの搭載案でしたが、その後の案は全てディーゼル機関とタービンの併載案、あるいはディーゼル機関のみの搭載案、でした。

艦隊決戦の想定戦場を、日本海軍はマーシャル諸島辺りとしていたので、航続距離はできるだけ長くしたかった、そういう事ですね。

最終的には、当時のディーゼル機関の故障の多さ、性能不足(潜水艦なら「大型」と言っても2000トン程度、1番大きな潜特型(伊400型)でも3500トン程度だったのですが、10000トン級の潜水母艦「大鯨」のディーゼル機関は所定の性能を発揮できませんでした)から、工期との兼ね合いを考え、結局ダービン機関のみの搭載案が採用されましたが。「大和級」他の戦艦群が大戦中に後方(トラック等)からなかなか前に出れなかった理由の一つは、この辺りにありそうです。

この辺りの経緯、「A-140計画」よりもかなり遡った時点から詳しくまとめてくださったサイトを見つけたので、ご紹介しておきます。(大変面白い!)

japanese-warship.com

 

そして制作へ

制作の発端は京商製「大和」「武蔵」の1:1250モデルのストックを棚の奥から発見したこと。京商製のこのモデルは、樹脂製のパーツで構成されており、下の写真にあるように非常にバランスが良く、かつディテイルもかなりしっかり作られています。

ただ、大変惜しいことに、船体の長さが197mmで、一般に知られている「大和級」の船体長263.3mの1:1250モデルとしては、やや船体長が短いのです(Neptune社製のモデルは約210mm)。このため筆者の1:1250コレクションには加われず、長い時間、デッドストックとして棚の奥に眠っていました。これが4隻発見された(単に筆者が忘れてただけなんですが)わけです。(就役時=副砲塔4基搭載を再現した「武蔵」が3隻と、対空兵装強化後の「大和」が1隻)

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京商製の「武蔵」立派な台座に乗っています。ディテイルはバッチリです。下段はDelphin社製の船体との大きさ比較。約13mm短い!)

よく見ると、船体長こそ短いものの、その他の主砲、副砲、上部構造等はそれほど小さいわけではなく(まあ、誤差程度、小振りではありますが)、 ムクムクとこれを何かに生かせないだろうか、とイタズラ心が蠢き始めました。

 

大和級」で残っているものと言えば・・・

そもそもこのブログは、実は筆者が「大和級」のバリエーションとして海上自衛隊のイージス護衛艦「やまと 」を制作したところからスタートしています。かつ、筆者の制作していた「八八艦隊」の戦艦群バリエーションの完成と、超「大和」、スーパー「大和」などのコレクションを備忘録的にまとめておきたい、という想いからスタートしています。

(以下のリンクは、上記に関連しそうな回を総覧したもの。ちょっと手前味噌な宣伝ぽくて申し訳ないですが。よろしければお楽しみください)

fw688i.hatenablog.com

fw688i.hatenablog.com

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というようなわけで、今回発見された京商製のモデル以外にも、これら「大和級」のバリエーション制作過程で、お蔵入りした試作品、あるいは制作のための部品取りで入手したモデルのストックなどがいくつか眠っているのです。

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(上の写真:眠っていたDelphin社製「大和」の船体部分(上段および下段左)と、京商製「武蔵」就役時モデルの上部構造と主砲塔(下段右))

これらを組み合わせて、比較的大きなモデル改造を伴う「A-140計画艦」のうち「主砲前部集中搭載案」を実現してみます。

 

「A-140計画艦」から、「A-140a主砲正艦首向配置」の制作

「A-140a計画艦」では主砲の前部集中配置で防御装甲の配置を効率化し、タービンとディーゼルの混載と共に、日本海軍悲願の高速性と長い航続距離を両立させることを目指しました。

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(上の写真:戦艦「A-140a主砲全部集中搭載・正艦首向き配置案」の概観)

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(直上の写真:「大和」(奥)と「A -140a計画艦:主砲正艦首向き搭載案」の概観比較:「A -140a計画艦」がほんの少し小振りで、主砲搭載位置の差異など見ていただけるかと。何故か主砲前部集中配置の方が、機動性が高そうな気がしませんか?写真ではわかりにくいですが、煙突が「A -140a計画艦」の方がやや細く、タービンとディーゼルの混載だから、と無理やり・・・)

 

「A-140a号計画艦」主砲塔山形配置案の制作

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(戦艦「A-140a主砲山形配置案」の概観:主砲の配置位置がよりコンパクトになっていることがよくわかります。主砲配置以外は上掲の「A-140a主砲正艦首向き搭載案」と同じスペックです)

そして次に制作したのは、主砲の山形配置案(重巡那智級」などでお馴染みの配置)です。後方への主砲斉射界を広く取ることができると言う点と、主砲弾庫をコンパクトにまとめられる、と言うメリットもあるかも。もしこのメリットがあるとすると、機関に余裕を持たせることができたかもしれませんね。f:id:fw688i:20210228115632j:image

(直上の写真:主砲配置と副砲配置の拡大カット)

(下の写真は「主婦正艦首向き搭載案」と「主砲山形配置案」のレイアウト比較:中段は主砲の前方斉射の射角比較。下段は後方斉射の射角比較。かなり両者の斉射射角に差があることがわかります)

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「東郷元帥は戦艦の主砲は首尾線の砲力を重視せよ、とおっしゃった」というお言葉が、こういう場合にも影響するのかな?

 

残り1隻分のストックをどう使おうか

こうして2隻を製作した後、残り1隻分のストックで、対空兵装の強化改装後を制作するか、副砲を「A-140a」案に準じて艦尾部に集中配置する艦を作成するか、迷っていました。副砲の集中配置案がいまいち筆者の感覚にしっくりこなかった、というところに迷いの源泉がありました。

 

「A-140号計画艦」副砲集中配置案の制作

上記にうだうだと書いていますが、結局製作したのは「副砲集中配置案」でした。

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(「A-140a計画艦」の副砲艦尾集中配置デザイン:副砲塔の配置位置は原案の「A-140a」に近いものにしてみました。両舷副砲の配置はもう少し後方でも良かったのかも。副砲塔の配置以外は上掲の「主砲正艦首向き搭載案」と同じスペックです)

この副砲の集中配置は当初「感覚的に好きじゃない」と、上記に先行して製作したモデルでは実艦と同じ副砲塔2基を上部構造物の両脇に配置したものにしていたのですが、ストック部品が残り一隻となったところで、結局、「模型的に面白い」と思われたものを作成することにしました。

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(上でご紹介した「主砲正艦首向き搭載案」とのレイアウト比較)。

副砲塔の配置は意外と違和感がないかも。これはこれでアリかもしれないなと、制作してみて思います。作った意味があった、ということでしょうかね。どうですか、なかなか「面白い」と思いませんか?作ってみないとわからない!(模型作ってて良かったなあ)

 

ちょっと未練がましく:対空火器強化案の再現にもトライしてみます

せっかくなので(と言うか、副砲塔の艦尾集中配置でがらんとあいた上部構造物の両脇が気になったので)、対空火器強化案の制作用に準備しておいた両舷の対空砲座増設パーツを仮置きしてみます。(マスキングテープでそっと固定して設置してみました)

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なんとなく「大和級」の実艦で見慣れた配置なので、違和感はありません。しかし実際にはかなりの重量増になるでしょうね。速力低下や復元性に課題が間違いなく出たでしょう。

しかも下の比較カットでわかるように、両舷の副砲塔の射界は大きく制限されてしまいます。やはり対空火器強化の際には実用性と重量を考慮すると、両舷の副砲塔は撤去されるべきだ、ということでしょうね。もしかすると副砲は全て撤去、でも良いのかもしれません。
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「A-140a号計画艦」デザインバリエーションの一覧

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この船は横からのシルエットではあまり違いが出ないですね。もっと言うと、デザインヴァリエーションの幅が狭いのかも。

まあ、お決まりの質問ですが、どれが好きですかね?

 

と言うわけで、今回は模型なら、こんなこともできるんですよ、と言うことで。

 

次回は、今度こそ「デンマーク海軍」の海防戦艦をお届けする予定です。

 もし、「こんな企画できるか?」のようなアイディアがあれば、是非、お知らせください。

 

模型に関するご質問等は、いつでも大歓迎です。

特に「if艦」のアイディアなど、大歓迎です。作れるかどうかは保証しませんが。併せて「if艦」については、皆さんのストーリー案などお聞かせいただくと、もしかすると関連する艦船模型なども交えてご紹介できるかも。

もちろん本稿でとりあげた艦船模型以外のことでも、大歓迎です。

お気軽にお問い合わせ、修正情報、追加情報などお知らせください。

 

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ワイマール共和国海軍の創設と代艦建造(1918-1935):後編:代艦建造、ポケット戦艦の登場

今回は前回に引き続きワイマール共和国海軍の装備艦艇、その更新艦艇のお話を。

 

少しワイマール共和国海軍についておさらいを。(ほとんど前回と同じ話なので、「わかってるよ」という方はすっ飛ばしてください)

ワイマール共和国の成立とその海軍

第一次世界大戦ドイツ帝国は敗北し、帝政ドイツ自体が崩壊します。

海軍について見ると、大戦前に英国との激しい軍備拡大競争の下で主力艦の保有数では世界第2位の規模を誇っていた帝国海軍だったのですが、その主要艦艇群は講和成立後の抑留地スカパ・フローで「大自沈作戦」を実施し、文字通り姿を消してしまいました。

併せて、大戦後に結ばれたヴェルサイユ条約下で厳しい軍備制限が課せられます。

海軍について見ると、兵員数は15000人以下(参考までにこれからご紹介する前弩級戦艦の乗員定数が700名から800名です)、潜水艦の保有が禁じられ、バルト海諸国への脅威軽減という名目で、自国沿岸部の要塞化、砲台設置などは認めない、現有のものは破壊する、というものでした。

保有艦艇についての制約

保有艦艇についてももちろん制約があり、装甲戦闘艦6隻(予備艦2隻)、巡洋艦6隻(予備艦2隻)、駆逐艦12隻(予備艦4隻)、沿岸用水雷艇12隻(予備艇4隻)その他若干の補助艦艇というものであり、規模的にはかつてのドイツ帝国海軍とは比べるべくもない小規模なものでした。併せて保有艦艇の質的な側面を見ても、実際に保有を許された艦艇は、上述の装甲戦闘艦として保有が認められたものは「前弩級戦艦」でしたし、巡洋艦も石炭専焼機関を搭載した防護巡洋艦であるなど、すべて第一次世界大戦期においてすら旧式艦、第一線戦力とは見做されないものばかりでした。

このような制限下で成立した海軍でしたが、その主要な保有艦艇は以下の通りでした。(()内の数字は就役年次。つまりそれに装甲戦闘艦、巡洋艦は20、駆逐艦は15をそれぞれ加えた数字が、代艦建造可能年次というわけです)

 

装甲艦6隻

ブラウンシュヴァイク級」戦艦3隻:「ブラウンシュヴァイク(1904)」「エルザース(1904)」「ヘッセン(1905)」

(上のモデルは1932年の「ヘッセン(Navis新モデル(NM 11R) :1932年次にワイマール共和国海軍の主力艦であった当時を再現したモデル。「ブラウンシュヴァイク」「エルザース」もほぼ同様の概観でした102mm in 1:1250 by Navis)

「シュレージエン級」戦艦3隻:「ハノーファー(1906)」「シュレージエン(1908)」「シュレスヴィヒ・ホルスタイン(1908)」

(手前から近代化改装後の「ハノーファー」「シュレージエン」「シュレスヴィヒ・ホルスタイン106mm inn1:1250 by Neptun)

 

巡洋艦6隻

「ガツェレ級」巡洋艦5隻:「ニオべ(1900)」「ニンフェ(1900)」「テーティス(1901)」「アマツォーネ(1901)」「メドゥーサ(1901)」

(「ガツェレ級」の最終艦「アルコナ」の概観:81mm in 1:1250 by Navis:艦橋は艦首部に設置されていますが、マストの位置などが、やはりひと世代前の印象を与えます)

ブレーメン級」巡洋艦1隻:「ハンブルグ(1904)」

(「ブレーメン級」小型巡洋艦の概観:88mm in 1:1230 by Navis:上掲の「ガツェレ級」よりは若い艦級ですが機関の強化により3本煙突のやや古風な概観をしています)

 

駆逐艦(予備艦を含め16隻)

「V -1級」大型水雷艇(1912−1913:12隻:V1、V2、V3、V5、V6、G7、G8、G10、G11、S18、S19、S23)

(ワイマール共和国の発足時駆逐艦の主力を構成した「V 1級」大型水雷艇の概観:59mm in 1:1250 by Navis)

「S -138級」大型水雷艇(1910-1911:4隻:G175、V185、V190、V196)

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(「S-138級」大型水雷艇の概観:59mm in 1:1250 by Navis:下の写真はワイマール共和国海軍草創期の駆逐艦「V−1級」と「S-138級」の比較)

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(これらの艦艇について、詳細は本稿前回をご覧ください)

fw688i.hatenablog.com

 

代艦建造についての制約

条約で当初保有が認めらた艦艇に関しては、一定の艦齢に達したものについて代艦の建造が認められていました。保有装甲戦闘艦・巡洋艦については艦齢20年を超えた場合、駆逐艦水雷艇については艦齢15年を超えた場合についてを建造する事ができましたが、代艦の建造については制限が課されていました。

装甲戦闘艦の代艦は一万トン以下の排水量巡洋艦は6000トン以下、駆逐艦は800トン以下、水雷艇は200トン以下という制約があり、上掲の保有数の制限と併せて、沿岸防備海軍以上の規模の海軍をドイツが保有することを認めないものでした。

 

つまり駆逐艦は1925年から、巡洋艦については1920年から、そして装甲艦は1924年から、代艦に更新する事ができたわけです。

 

最初の新造軍艦

軽巡洋艦「エムデン」(1921年発注:1925年就役)

ja.wikipedia.org

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軽巡洋艦「エムデン」の概観:125mm in 1:1230 by Neptun)

同艦は巡洋艦「ニオべ」(1900年就役)の代艦として新生ドイツ海軍(ワイマール海軍)が初めて建造した大型軍艦でした。折から、敗戦の戦後賠償が国民に大インフレとして現れる真っ只中でした。ヴェルサイユ条約での巡洋艦代艦の制限枠に忠実に6000トンの船体に6インチ単装速射砲8基、50センチ連装魚雷発射管2基を搭載した、更新巡洋艦として兵装には特に目立った特徴のある艦ではなく、手堅い設計でした。

当初設計では主砲は連装砲塔4基の形式で搭載される予定でしたが、連合国の監視委員会が承認しなかったという経緯があったようです。

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(「エムデン」の主要兵装の拡大:主砲は盾付きの単装砲架式で首尾線上に4基、両舷に2基づつ配置されていました。原案では連装砲塔4基で搭載する予定だったようですが、連合国の監視委員会から承認が受けられず、オーソドックスな配置に落ち着いたとか))

その一方で、従来のリベット留めに対し電気溶接を多用して船体の軽量化を図り、機関は石炭・重油の混焼ながら初めてギアード・タービンを採用し速力は30ノット弱に甘んじましたが航続距離を稼ぐなど、幾つかの新基軸を取り込んだ設計で、その後のドイツ艦艇の設計の基盤の発端となった艦でした。

 

駆逐艦の更新

1923年型駆逐艦同型艦6隻)1924年駆逐艦同型艦6隻):1926年から就役

ja.wikipedia.org

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(「1923年型」駆逐艦の概観:71mm in 1:1230 by Neptun)

「エムデン」に続いて更新されたのは駆逐艦でした。前述のように代替駆逐艦には800トン以下という排水量の制限があり、同時期に列強が1200トン級の駆逐艦整備を競っていたことを考えると、設計された「1923年型」は小型駆逐艦の分類の相当しやや非力と言わざるを得ませんでした。主要兵装は4インチ単装砲3基、50センチ三連装魚雷発射管2基で、33ノットの速力を発揮することができました。

1924年型はやや艦型を大型化し速力も1ノット向上しました。当初、列強駆逐艦並みの5インチ砲を主砲として搭載する予定でしたが、列強の反対にあい、前級同様の4インチ砲にとどめた経緯があったようです。

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(「1924年型」駆逐艦の概観:75mm in 1:1230 by Neptun:下の写真は「1923年型(手前)と「1924年型」の比較)

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1923年型・1924年型合わせ12隻が建造され、旧式駆逐艦は第一線から姿を消しました。

 

軽巡洋艦の更新

ケーニヒスベルク級」軽巡洋艦1924年度計画):「ケーニヒスベルク」「カールスルーエ」(1929年就役)「ケルン」(1930年就役)

ja.wikipedia.org

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(「ケーニヒスベルク級」軽巡洋艦の概観:140mm in 1:1230 by Neptun)

前述の駆逐艦の更新と同時期に、軽巡洋艦の代艦建造計画が進められました。(巡洋艦「テーティス」「メドゥーサ」「アルコナ」の代艦)

新生ドイツ海軍が建造した最初の軽巡洋艦「エムデン」がどちらかというと保守的な設計であったのに対し、これに続いて設計された同級は大変意欲的な設計でした。船体は条約制限いっぱいの6000トン級を遵守したものでしたが、機関は重油専焼とした上で、ギアード・タービンと巡航用のディーゼルの組み合わせとして高速航行と長い航続距離の確保を両立しています。速力は32ノットを発揮することができました。船体は広範囲に電気溶接を使用して軽量化が図られました。

兵装には25000メートルという大射程を誇る新型60口径6インチ砲をこちらも新設計の三連装砲塔形式で3基、9門を搭載していました。三連装主砲塔は艦首に1基、艦尾部に2基が搭載されましたが、艦尾部の主砲塔は艦首方向への射線を確保するためにややオフセットされた位置に搭載位置が工夫されていました。

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(「ケーニヒスベルク級」軽巡洋艦の主砲塔・その他兵装の拡大。軽巡洋艦で3連装砲塔形式で主砲を搭載したのは、世界初ではなかったかと:艦尾部の主砲塔がオフセット配置されています(右縦写真)。狙いは右舷前方方向への艦尾砲塔の射角拡大だったとか)

88ミリ連装高角砲2基と50センチ三連装魚雷発射管4基を搭載しています(後に魚雷口径を53.3センチに強化)。さらに機雷敷設能力も有し、万能巡洋艦として就役しました。

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(「ケーニヒスベルク級」の3隻:手前から「ケーニヒスベルク」「カールスルーエ」「ケルン」の順)

 

ライプツィヒ級」軽巡洋艦(1927年度計画):「ライプツィヒ」(1931年就役)「ニュルンベルク」(1935年就役)

ja.wikipedia.org

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軽巡洋艦ライプツィヒの概観:141mm in 1:1230 by Neptun)

上掲の「ケーニヒスベルク級」軽巡洋艦3隻に続いて、巡洋艦「アマツォーネ」「ニンフェ」の代艦として同級は建造されました。

基本設計は「ケーニヒスベルク級」を継承しましたが、いくつかの改良が行われました。

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軽巡洋艦ライプツィヒの主砲塔・その他兵装の拡大。前級「ケーニヒスベルク級」では艦種方向への主砲射角の確保のために艦尾主砲等のオフセット配置が試みられましたが、船体構造への負担が大きく、行動に制限が生じるほどの欠陥となったため、配置は首尾線上への配置に改められました(右縦写真))

前級のケーニヒスベルク級」は強力な万能偵察巡洋艦を目指し多くの新基軸が設計に盛り込まれました。その一つが軽量化のための電気溶接であり、もう一つが艦首方向への火力確保のための艦尾部砲塔のオフセット配置だったのですが、実はこの組み合わせが艦体強度不足として現れていました。艦尾部主砲塔のオフセット配置による重量不均衡と軽量化構造により荒天時に船体に亀裂が発生するという事故が発生していましt。このため「ケーニヒスベルク級」はバルト海と北海に行動を制限され、同級の重要な任務と想定される通商破壊戦に参加できないという問題が発生していました。

ライプツィヒ級」ではこれを解消するため、主砲塔のオフセット配置を廃止し、首尾線上の配置とし、船体構造が強化されたため、条約制限の6000トンと公称されましたが、実際にはやや制限をオーバーして完成しました。

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(「ケーニヒスベルク級」(左列)と「ライプツィヒ」の艦主要部に比較。煙突が集合煙突に。上述のように艦尾部の主砲等のオフセット配置が廃止され、艦尾の形状も改められました。構造強化もあって結果的に6000トンの制限をやや超過することに)

機関は前級同様、ギアード・タービン(蒸気)と巡航用のディーゼルの組み合わせとして高速航行と長い航続距離の確保を目指しましたが、前級の二軸推進から三軸推進とし32ノットの速力を発揮することができました。

 

二番艦「ニュルンベルク

二番艦「ニュルンベルク」では艦橋構造が大型化され、さらに対空兵装を倍増するなど、さらに船体が大型化しています。同艦の建造中にナチス政権が成立し、再軍備ヴェルサイユ条約の破棄をある程度見据えた設計変更が行われたと考えています。

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軽巡洋艦ニュルンベルクの概観:146mm in 1:1230 by Neptun:下の写真は「ライプツィヒ」(左列)と「ニュルンベルク」の比較。同型艦と言いながら、かなり差異があるのがわかります。上段写真では艦橋がかなり大型化しています)

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(下の写真は「ライプツィヒ」(手前)と「ニュルンベルク」の概観比較)
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(下の写真はワイマール共和国海軍が建造した軽巡洋艦群:手前から「エムデン」「ケーニヒスベルク級3隻」「ライプツィヒ」「ニュルンベルク」の順)
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主力艦の更新

ポケット戦艦」誕生への路

1924年、ワイマール共和国艦隊の主力艦「ブラウンシュヴァイク級」3隻の艦齢が代艦建造可能な20年に達します。これを見越して海軍首脳部は1920年頃から装甲戦闘艦の代替艦の設計の研究を始めます。代艦の建造にあたっては「10000トン以下であること」という制限がありました。これは明らかに前弩級戦艦的な設計を想定したもので、新生ドイツ海軍がバルト海沿岸の警備海軍に徹するという狙いにたてば強力な海防戦艦を建造できることを意味していましたが、これが同時にドイツ海軍をバルト海沿岸の警備海軍に留めておくという戦勝国の狙いでもあったと考えられます。

設計案は実に多岐に渡ったようで、本稿でご前々回、ご紹介した書籍「海防戦艦」に記載されているものだけで、実艦も含め20案に及びます。

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(上の写真は本稿で前々回の投稿でご紹介した橋本若路氏の著作「海防戦艦」に掲載された「ポケット戦艦」開発に至る数々の設計案の資料です。併せて下の写真は代表的な思案の図面スケッチ:こちらも同書に掲載されています)

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上図を少し、「海防戦艦」での記述に従って整理しておきましょう。

背景として理解しておくべきことは、計画当初はワイマール共和国海軍の仮想敵がフランスとポーランドであったことと、一方で1921年に締結されたワシントン軍縮条約で、「10000トン以下の排水量で、5インチ以上、8インチ以下の口径の主砲を持つ」という巡洋艦の定義が生まれたこと、この二つだと考えています。

II/10(左上): 1923年提出:38センチ連装砲塔2基を主砲として搭載し、速力を22ノットとしたバルト海向けの前弩級戦艦的な海防戦艦案。兵装は強力ですが機動力が不足している、という評価だったようです。

I/10(左中段):1923年提出:上記とほぼ同時期に提出された巡洋艦案で、21センチ連装砲塔4基を主砲として搭載し、速力を32ノットとしていました。いわゆる条約型巡洋艦を意識した設計だと思われますが、主力艦の代替としては装甲が不十分、という評価でした。

II/30(左下):1925年提出:30.5センチ連装砲塔3基を主砲として搭載し、速力を21ノットとした弩級戦艦的な海防戦艦案でした。この辺りから航続力を重視して、主機はディーゼルとされました。

I /35(右上):1925年提出:35センチ三連装砲塔1基を主砲として、副砲に15センチ連装砲塔2基を完備に搭載。速力を19ノットとしたモニター案で、重装甲でした。ヴァリエーションとして装甲を減じて速力を上げた案もあったようです。

V II/30(右中段):1925年提出:30.5センチ連装砲塔2基を主砲とし、15センチ連装砲塔3基を副砲として搭載。24ノットの速力とした高速海防戦艦案でしたが、戦艦としては装甲が不十分、巡洋艦としては速力が不足していました。

これらの諸案に対する検討も含め、1926年の演習の結果、目指すべきが「外洋航行に適した装甲巡洋艦型の艦船」か、「沿岸水域を防御する海防戦艦的性格の艦船」か、が議論され、前者を目指す、という結論が出されました。

そして1926年に提出された試案が次のI/M26案でした。

I/M26(右下):28センチ三連装砲塔2基を主砲とし、速力を28ノットとした、速力で列強の戦艦に勝り、火力で条約型巡洋艦を圧倒できる、というのちの「ポケット戦艦」のコンセプトが具現化された設計でした。

これで方針がすんなり決まったかというと、どうもそうではなく、1927年にも海防戦艦案、モニター案等も提出されています(ちょっと文字が小さいですが、上掲の表をご覧下さい。あるいは、もちろん同書をお求めいただければ。特に宣伝費等をいただいているわけではないですが、本当に凄い書籍です。そりゃもう、嬉しくて、嬉しくて・・・)

 

「ドイッチュラント級」装甲艦(192?年度計画:「ドイッチュラント」(1933年就役)「アドミラル・シェーア」(1934年就役)「アドミラル・グラーフ・シュペー」(1936年就役)

ja.wikipedia.org

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(「ドイッチュラント級」装甲艦の一番艦「ドイッチュラント」の概観:150mm in 1:1230 by Neptun)

上記のような試行錯誤を経て、同級は代艦艦齢を迎えた「プロイセン」「ブラウンシュヴァイク」「エルザース」の代艦として建造されました。

10000トン級のいわゆる条約型重巡洋艦並みの船体に、重巡洋艦を上回る砲撃力を搭載し、併せてディーゼル機関の搭載により標準的な戦艦を上回る速力を保有し、かつ長大な航続距離を有する戦闘艦が生み出されました。

10000トンの制約の課せられた船体の条件から、実態としては、戦艦というには装甲は不十分なものでしたが、小さな船体と強力な砲力から、「ポケット戦艦」の愛称が生まれました。

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(「ドイッチュラント級」装甲艦の一番艦「ドイッチュラント」主要部分の拡大:大きな主砲塔がやはり特徴でしょうか。艦尾部に置かれている魚雷発射管も)

同級の持ち味は、なんと言ってもディーゼル機関の採用による長大な航続距離と、28ノットの高速を発揮できることで、明らかに長い航海を想定した外洋航行型の装甲戦闘艦でした。この艦が通商破壊活動に出た場合、条約の制限内で指定された11インチ主砲は、その迎撃の任に当たる当時の列強の巡洋艦に対しては、アウトレンジでの撃破が可能でしたし、27−28ノットの速力は、列強、特に英海軍の戦艦を上回わるものでした。これを捕捉できる戦艦は、当時は英海軍のフッド、リナウン級の巡洋戦艦、あるいは日本海軍の金剛級高速戦艦くらいしか、当時は存在しませんでした。

沿岸警備の海軍にとどめておくはずの制約が逆手に取られ、列強の軍縮条約下で生まれた「条約型巡洋艦」という定義に潜むエアポケットのような隙間をつき列強の通商路を脅かす艦船が生まれたのでした。

二番艦「アドミラル・シェーア」

(写真は大改装後の概観:艦首形状、艦橋が装甲艦橋から「ドイッチュラント」のような塔形状に改められています。煙突にファネル・キャップも)

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三番艦「アドミラル・グラーフ・シュペー」

(同艦は大戦劈頭の通hそうは海戦に出撃したのち、戦果を上げながらもラプラタ沖海戦で英海軍の巡洋艦部隊と交戦。損傷を受け自沈し戻りませんでした。写真は就役時の姿(?)おそらく最期までこの姿から大きな変更はなかったはず。装甲艦橋が勇壮ですね)

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ポケット戦艦(装甲艦)3隻

ある意味、ヴェルサイユ条約の制限下で生まれたワイマール共和国海軍を代表するような艦級だと考えています。ポケット戦艦の俗称が有名ですが、ドイツ海軍の正式艦種名は「装甲艦」です。この名称も連合国の監視委員会を刺激しないよう、あえて「戦艦」と呼称しなかったとか。

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(3隻の「ドイッチュラント級」装甲艦:手前から「ドイッチュラント」「アドミラル。シェーア」「アドミラル・グラーフ・シュペー」:下の写真は3隻の最も相違点が表れている艦橋周りから煙突周辺を拡大)f:id:fw688i:20220904105203p:image

 

こうして、ワイマール共和国海軍の主要艦艇の更新は「シュレージエン級」戦艦3隻を残し、全て完了します。

(「ドイッチュラント級」装甲艦の就役後も艦隊に止まった「シュレージエン級」戦艦:手前からハノーファー」「シュレージエン」「シュレスヴィヒ・ホルスタイン」)

 

国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス)の台頭とワイマール共和国の終焉

これらの代艦建造は、実は第一次世界大戦の戦後処理、ドイツにとっては重度の戦後賠償の実行とそれに伴う極度のインフレ、さらには世界的に発生した恐慌という厳しい経済事情下で行われたのです。同時期に、ドイツ国内ではこれらの混乱状況の中で、ヒトラーが率いる国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス)が政権を掌握し、1934年にヒトラーは首相に就任、さらに1935年には大統領の権限も吸収し国家元首に就任します。こうしてワイマール共和国体制は終焉を迎えたのでした。

ヒトラーは1935年3月にヴェルサイユ条約の破棄と再軍備宣言を行い、6月には英独海軍協定を締結し、事実上、海軍に関する軍備制限は撤廃されたのでした。

再軍備宣言と英独海軍協定の締結に伴い、ドイツ海軍は潜水艦の保有も認められ、制約のない大型軍艦の建造へと進んでゆくことになります。

 

今回登場した艦艇群について言うと、代艦駆逐艦として建造された「1923年型」駆逐艦、「1924年」型駆逐艦は、ナチス政権の成立ともに制限廃止を見込んだ1934年型大型艦隊駆逐艦の建造着手と共に艦種が「水雷艇」に変更されました。その登場が列強海軍に衝撃を与えた「ドイッチュラント級」装甲艦(ポケット戦艦)の4番艦以降は設計を見直され、30000トンを超える本格的な戦艦「シャルンホルスト級」として建造されることとなりました。

ja.wikipedia.org

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(「シャルンホルスト級」戦艦の概観:写真は二番艦「グナイゼナウ」:191mm in 1:1250 by Neptun)

 

「装甲艦=通商破壊艦」の後裔

のちにドイツ海軍の大増強計画「Z計画」の中で、「ドイッチュラント級」装甲艦のコンセプト=大航続力と高速を備えた通商破壊艦は「O級巡洋戦艦」としてより発展的に復活しますが、こちらは第二次世界大戦の勃発により、未成に終わりました。

en.wikipedia.org

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(未成艦:O 級巡洋戦艦:207mm in 1:1250 by Hansa)

同級はZ計画で建造が予定されていたいわば通商破壊専任戦闘艦でした。

本級は、通報破壊を専任とする為に、前出の「ドイッチュラント級」装甲艦と同様、通商路の防備に当たる巡洋艦以上の艦種との戦闘を想定していませんでした。従ってこの規模の戦闘艦としては、非常に軽い防御装甲しか保有していませんでした。機関には次第に安定感を増してきたディーゼルを採用し、長大な航続距離と35ノットの速力を活かして、極力戦闘艦との戦闘を回避し、神出鬼没に敵の通商路を襲撃することを企図して設計されていました。

計画では32000トンの船体を持ち、主砲にはビスマルク級と同じ15インチ砲を採用し、これを連装砲塔3基に収めていました。

基本、単艦での行動を想定し、複数の巡洋艦との交戦を避けることができるだけの速力を持ち、あるいは運用面では、その強力な火砲で敵艦隊の射程外から、アウトレンジによる撃退を試みる計画でした。

 

ということで、2回に渡り第一次世界大戦敗戦の結果、ヴェルサイユ条約の厳しい制約のもとで誕生したワイマール共和国海軍の主要艦艇とその更新の目的で建造された新造艦を一覧してみました。

次回は前々回ご紹介した書籍「海防戦艦」に刺激されて、整備が着々と進みつつあるデンマーク海軍の海防戦艦のご紹介を予定しています。

 

もちろん、もし、「こんな企画できるか?」のようなアイディアがあれば、是非、お知らせください。「以前に少し話が出ていた、アレはどうなったの?」というようなリマインダーもいただければ。

 

模型に関するご質問等は、いつでも大歓迎です。

 

特に「if艦」のアイディアなど、大歓迎です。作れるかどうかは保証しませんが。併せて「if艦」については、皆さんのストーリー案などお聞かせいただくと、もしかすると関連する艦船模型なども交えてご紹介できるかも。

 

もちろん本稿でとりあげた艦船模型以外のことでも、大歓迎です。

お気軽にお問い合わせ、修正情報、追加情報などお知らせください。

 

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ワイマール共和国海軍の創設と代艦建造(1918-1933):前編:創設時の主要艦船

本稿ではこのところ(ご承知のように)モデル製作会社のヴァージョン・アップへのコレクションの対応が筆者の関心事である、というような基調の投稿が続いています。このきっかけになったのが、ドイツ帝国海軍の前弩級戦艦のモデルのヴァーション・アップだったのですが、この件に関連してヴァーション・アップの実態を調べるうちに、自然にモデルのヴァリエーション(実艦の改装に伴うヴァリエーション、と言うべきですかね)についても触れる機会があり、ヴァリエーションの整理・理解を進めるうちに、第一次世界大戦後のドイツ帝国海軍の消滅と新生ワイマール共和国海軍の装備艦艇について多くの情報に触れる機会がありました。

ご承知のようにワイマール共和国は第一次世界大戦の敗戦でドイツ帝国が解体した後のヴェルサイユ条約によって成立し、やがてナチスドイツの台頭と共に消えていったドイツの過渡的な政体です。(だいたい1918年から1933年ごろまで)

ドイツ海軍史的な視点で見ると、世界第2位の規模を誇ったドイツ帝国海軍が第一次世界大戦の敗北とスカパ・フローでの大自沈で文字通り「消滅」し、ヴェルサイユ条約下の厳しい軍備制限の下で小規模な沿岸防備海軍として再生、その後ナチスドイツによる再軍備に至る、その過程、ということになるかと考えています。

今回は、まずその「前編」として、前述の「小規模な沿岸防備海軍」としてスタートしたワイマール共和国海軍がどのような海軍だったのか、その辺りを見てみたいと考えています。

 

ワイマール共和国の成立とその海軍

繰り返しになることを恐れずに書くと、第一次世界大戦ドイツ帝国は敗北し、帝政ドイツ自体が崩壊します。海軍について見ると、大戦前に英国との激しい軍備拡大競争の下で主力艦の保有数では世界第2位の規模を誇っていた帝国海軍だったのですが、その主要艦艇群は講和成立後の抑留地スカパ・フローで「大自沈作戦」を実施し、文字通り姿を消してしまいました。

併せて、大戦後に結ばれたヴェルサイユ条約下で厳しい軍備制限が課せられます。

海軍について見ると、兵員数は15000人以下(参考までにこれからご紹介する前弩級戦艦の乗員定数が700名から800名です)、潜水艦の保有が禁じられ、バルト海諸国への脅威軽減という名目で、自国沿岸部の要塞化、砲台設置などは認めない、現有のものは破壊する、というものでした。

保有艦艇についての制約

保有艦艇についてももちろん制約があり、装甲戦闘艦6隻(予備艦2隻)、巡洋艦6隻(予備艦2隻)、駆逐艦12隻(予備艦4隻)、沿岸用水雷艇12隻(予備艇4隻)その他若干の補助艦艇というものであり、規模的にはかつてのドイツ帝国海軍とは比べるべくもない小規模なものでした。併せて保有艦艇の質的な側面を見ても、実際に保有を許された艦艇は、上述の装甲戦闘艦として保有が認められたものは「前弩級戦艦」でしたし、巡洋艦も石炭専焼機関を搭載した防護巡洋艦であるなど、すべて第一次世界大戦期においてすら旧式艦、第一線戦力とは見做されないものばかりでした。

代艦建造についての制約

条約で当初保有が認めらた艦艇に関しては、一定の艦齢に達したものについて代艦の建造が認められていました。保有装甲戦闘艦・巡洋艦については艦齢20年を超えた場合、駆逐艦水雷艇については艦齢15年を超えた場合についてを建造する事ができましたが、代艦の建造については制限が課されていました。

装甲戦闘艦の代艦は一万トン以下の排水量巡洋艦は6000トン以下、駆逐艦は800トン以下、水雷艇は200トン以下という制約があり、上掲の保有数の制限と併せて、沿岸防備海軍以上の規模の海軍をドイツが保有することを認めないものでした。

 

これらの制約をある意味逆手に取るような形で、ドイツ海軍は代艦建造に創意を巡らせるわけですが、それは「後編」次回に譲るとして、今回は保有を許された艦艇について整理を試みることにしましょう。

 

ワイマール共和国海軍の主要保有

主力艦(装甲戦闘艦)(保有枠6隻:予備艦2隻)

ブラウンシュヴァイク級」5隻(2隻は予備艦)と「ドイッチュラント級」3隻

ブラウンシュヴァイク級」戦艦(1904- 同型艦5隻)

ja.wikipedia.org

(「ブラウンシュヴァイク級」戦艦の概観:102mm in 1:1250 by Navis: ようやく実用化がかなった11インチ速射砲を主砲として採用したため、大型の主砲塔を搭載しています。

同級は英海軍との戦闘、つまりバルト海だけではなく北海での運用を想定して設計された艦級です。最大の特徴は実用化された速射砲としては当時最大口径の新開発11インチ速射砲を主砲として採用したことでした。併せて同級では砲力の強化がさらに追求され、副砲の口径を前級の15センチから17センチに変更しています。加えて副砲の一部を砲塔形式で搭載し、射界を大きくしています。

第一次世界大戦期には、既に二線級戦力と見做され、主として沿岸防備任務につきました。同級の「ヘッセン」のみは英独の決戦であったユトランド沖海戦に、次にご紹介する「ドイッチュラント級」戦艦と戦隊を組んで参加しています。同級は大戦中の1917年に補助艦艇に艦種が変更となりましたが、敗戦後、ヴェルサイユ条約で同級の「ブラウンシュヴァイク」「エルザース」「ヘッセン」の3隻保有が認められ、ワイマール共和国海軍では主力艦とされました。

 

ワイマール共和国海軍時代の「ブラウンシュヴァイク級」戦艦:「ブラウンシュヴァイク」「エルザース」「ヘッセン」(「プロイセン」「ロートリンゲン」は予備艦として保有

(上のモデルは1932年の「ヘッセン(Navis新モデル(NM 11R) :1932年次にワイマール共和国海軍の主力艦であった当時を再現したモデルで、艦橋構造が変更されているのが分かります)

前述のようにヴェルサイユ条約で、同級は保有を認められましたが、既に第一次世界大戦期にあっても旧式艦であったので、いずれは沿岸警備艦として近代化改装される計画がありましたが、やがてナチスの台頭と再軍備宣言で新型主力艦の建造に注力されたため、大々的な改装は行われませんでした。

同級のネームシップである「ブラウンシュヴァイク」は1932年に、「エルザース」は1936年にそれぞれ破棄され、第二次世界大戦には参加しませんでした。

標的艦ヘッセン

ヘッセン」のみは標的艦として残され、第二次世界大戦では砕氷船としても運用されました

標的艦となった「ヘッセンの概観:by Mercator)

 

ドイッチュラント級」戦艦(1906- 同型艦5隻)

ja.wikipedia.org

(「ドイッチュラント級」戦艦の概観:106mm inn1:1250 by Navis: ようやく実用化がかなった11インチ速射砲を主砲として採用したため、大型の主砲塔を搭載しています)

同級はドイツ帝国海軍が建造した最後の前弩級戦艦です。前級「ブラウンシュヴァイツ級」と同一戦隊を組むという前提で建造されたため、基本設計は前級に準じた、拡大改良版です。前級が武装過多から安定性に欠けるという課題を指摘されたため、同級では艦橋の簡素化や副砲塔の廃止が行われました。副砲は全て舷側のケースメートに収められましたが、装薬の改良により射程が22000メートルまで延伸されています。(従来装薬では145000メートル)

1906年から1908年にかけて就役し、前弩級戦艦としては最新の艦級でしたが、就役時には既に弩級戦艦の時代が到来していて、就役時には旧世代艦、旧式艦と見做されていました。

第一次世界大戦の最大の海戦であったユトランド沖海戦には第二戦艦戦隊として同級の5隻と「ブラウンシュバイク級」の「ヘッセン」が序列され、英戦艦隊の追撃を受け苦戦していたヒッパー指揮のドイツ巡洋戦艦戦隊の救援に出撃しています。この救援戦闘で同級の「ポンメルン」が英艦隊の砲撃で損傷し、その後英駆逐艦の雷撃で撃沈されました。

前級と同様に1917年には戦艦籍から除かれました。ネームシップの「ドイッチュラント」は宿泊艦となり状態不良のまま1922年に解体されました。残る「ハノーファー」「シュレージエン」「シュレスヴィヒ・ホルシュタイン」が新生ドイツ海軍で保有を許され、その主力艦となったわけですが、1930年代に上部構造や煙突の改修などの近代化改装を受けて、艦容が一変しています。

 

ワイマール共和国海軍時代の「シュレージエン級」戦艦:「ハノーファー」「シュレージエン」「シュレスヴィヒ・ホルスタイン

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(手前から近代化改装後の「ハノーファー」「シュレージエン」「シュレスヴィヒ・ホルスタイン」)

前述のように、同級はヴェルサイユ条約保有を認められ、第一次大戦で戦没した「ポンメルン」と状態不良の「ドイッチュラント」を除く「ハノーファー」「シュレージエン」「シュレスヴィヒ・ホルスタイン」の3隻がワイマール共和国海軍(新生ドイツ海軍)に編入されました。

ネームシップの「ドイッチュラント」が上述のように状態不良により既に除籍されていたため、この3隻を「シュレージエン級」と呼ぶことが多いようです。

その後ヒトラー再軍備を宣言し(1935年)併せて英独海軍協定が締結され、事実上の海軍装備に関する制約が解除され新造艦艇が就役し始めると、同級は練習艦に艦種変更されました。

 

近代化改装後の「ハノーファー」(Neptun製モデル)

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近代化改装後の「シュレージエン」(Neptun製モデル)

近代化改装後の「シュレスヴィヒ・ホルスタイン」(Neptun製モデル)

「シュレージエン級:ドイッチュラント級」の三艦のうち「ハノーファー」は1931年に除籍され無線誘導式の標的艦への改造が計画されましたが実行はされず、爆弾の実験等に使用された後、1944年頃に解体されました。

残る2隻「シュレージエン」と「シュレスヴィヒ・ホルスタイン」は、第二次世界大戦期には練習艦として就役していて、主としてバルト海方面で主砲を活かした艦砲射撃任務等に従事し、緒戦のドイツ軍のポーランド侵攻では「シュレスヴィヒ・ホルシュタイン」のポーランド軍のヴェステルブラッテ要塞への砲撃が第二次世界大戦開戦の第一撃となったとされています。その後も主砲力を活かした地上砲撃等の任務に運用され、東部戦線での退却戦の支援艦砲射撃等を行っています。大戦末期には「シュレスヴィヒ・ホルシュタイン」は空襲で、「シュレージエン」は触雷でそれぞれ損傷し、自沈処分とされました。

 

巡洋艦保有枠6隻:予備艦2隻)

小型巡洋艦「ガツェレ級」6隻と「ブレーメン級」2隻(8隻のうち2隻は予備艦)

列強の巡洋艦開発史の過程で、巡洋艦本来の重要任務としての海外植民地との通商路警備(と破壊)に適応した戦闘力と高い機動性、長い航続力を兼ね備えた防護巡洋艦が一斉を風靡した時期があったことは、本稿では何度も触れてきています。その時期は19世紀終盤から20世紀の初頭にかけてで、海外植民地を多く持たないドイツ帝国海軍では、これに艦隊前衛の偵察任務にあたる通報艦の要素も兼ね備えて小型巡洋艦として具現化されました。

燃料が石炭から重油に転換される過程で、防護構造として船体の軽量化による高機動性の確保を目的として石炭庫を舷側装甲の代わりに用いる防護巡洋艦は構造的に成り立たなくなり、やがて第一次世界大戦期には舷側に軽装甲を貼った軽装甲巡洋艦(=軽巡洋艦)に航洋型巡洋艦設計の主流は移行していくのですが、ワイマール共和国海軍は、あくまで沿岸警備の補完戦力として一時代前の防護巡洋艦保有が認められました。

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(ワイマール艦隊の巡洋艦の中核となった「ガツェレ級』」(手前)と「ブレーメン級」:いずれも3000トン級の防護巡洋艦です:既に列強海軍は軽巡洋艦の整備に注力しており、石炭を主要燃料とする防護巡洋艦は時代遅れでした

 

「ガツェレ級」小型巡洋艦(1898- 同型艦10隻)

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(写真は「ガツェレ級」小型巡洋艦ネームシップ「ガツェレ」の就役時の姿:81mm in 1:1230 by Navis:  艦の中央部に指揮艦橋があるなど、旧式の印象があります)

同級は前述の「小型巡洋艦」の艦種名称がドイツ帝国海軍が1898年計画で初めて用いた艦級で、1900年から1904年にかけて10隻が就役しました。

3000トン級の船体に4インチ速射砲10基と18インチ水中魚雷発射管2基を主要兵装として搭載し、20ノットから22ノット程度の速力を発揮する事ができました。

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(同級の最終艦「アルコナ」の概観:艦橋は艦首部に設置されていますが、マストの位置などが、やはりひと世代前の印象を与えます)

第一次世界大戦期には既に旧式艦と見做され第一線戦力からは外れ沿岸防備艦、母艦、係留施設などとして使用されていましたが、3隻の戦没艦と1隻の損傷艦を除く6隻がワイマール共和国の新生海軍に再び巡洋艦として序列されることになりました。

ワイマール共和国海軍時代の「ガツェレ級」巡洋艦5隻:「ニオべ」「ニンフェ」「テーティス」「アマツォーネ」「メドゥーサ」:予備艦1隻「アルコナ」(当初北海での掃海艦業務に従事、のち巡洋艦に復帰?)

 

ブレーメン級」小型巡洋艦(1903- 同型艦7隻)

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(「ブレーメン級」小型巡洋艦の概観:88mm in 1:1230 by Navis: 機関の増強等により煙突が3本になっています)

同級は前述の「ガツェレ級」小型巡洋艦に続き1903年計画で建造された艦級で、7隻が建造されました。ドイツ帝国巡洋艦として、初めて艦名に都市名が採用されました。

基本的な兵装等は前級「ガツェレ級」を踏襲しましたが、防護甲板の装甲厚強化、缶数の増加、石炭積載量の増加等により、船体は3500トン級に拡大されました。機関の増強により22ノットから23ノット程度の速力を発揮する事ができました。

第一次世界大戦で2隻が戦没し3隻が戦後解体されました。残る2隻が新生ワイマール艦隊に残ることとなりました。

ワイマール共和国海軍時代の「ブレーメン級」巡洋艦1隻:「ハンブルグ」:予備艦1隻「ベルリン」(練習艦のち宿泊艦)

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(「ブレーメン級」の「ベルリン」(右)は艦首の衝角を撤去して艦首形状を改めています)

 

駆逐艦保有枠12隻:予備艦4隻)

「V -1級」大型水雷艇12隻と「S -138級」大型水雷艇4隻(?)

ドイツ帝国海軍では「駆逐艦」と「水雷艇」の艦種定義が明確ではありませんでした。そもそも「駆逐艦」は19世紀後半に大型装甲艦への攻撃手段として性能の上がりつつあった魚雷を積んで高速で肉薄する「水雷艇」への対抗艦種として生みだされたものでした。当初、列強は「水雷砲艦」等、高速で接近する「水雷艇」を火力で撃攘する専任艦種を模索しますが、結局は高機動性に対抗するにはそれを上回る高機動性が必要という結論に至り、大型の水雷艇をこの用途に当てることが定着しましたので、明確な定義づけ自体が不要だった、ということだったのかもしれません。

ワイマール共和国海軍はドイツ帝国海軍の大型水雷艇の1911年型(V-1級)12隻を引き続き使用することを認められました。加えて「S-138級」水雷艇4隻も駆逐艦としての保有が認められました。(定数12隻と予備艦4隻)

 

「V -1級」(1911年型)大型水雷艇(1912- 同型艦26隻)

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(ワイマール共和国の発足時駆逐艦の主力を構成した「V 1級」大型水雷艇の概観:59mm in 1:1250 by Navis)

同級は1911年計画で建造された大型水雷艇の艦級です。600トン弱の船体に3.5インチ砲(88ミリ砲)を主砲として2基、20インチ魚雷発射管を4基装備しています。3基の石炭専焼缶と1基の重油専焼缶を搭載し、初めて蒸気タービンを装備した艦級で、32ノットを発揮する事ができました。1912年から1913年にかけて26隻が就役し、8隻が戦没しています。

ワイマール共和国海軍にはV1、V2、V3、V5、V6、G7、G8、G10、G11、S18、S19、S23の12隻が継承されました。

 

「S-138級」(1906年型)大型水雷艇(1907- 同型艦65隻)

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(「S-138級」大型水雷艇の概観:59mm in 1:1250 by Navis)

同級は1906年計画で建造された大型水雷艇の艦級です。1906年から1911年のかけて65隻が就役しています。建造期間が長く搭載機関は石炭専焼缶4基とレシプロエンジンの組み合わせ(S138-160 )、石炭専焼缶3基と重油専焼缶1基と蒸気タービンの組み合わせがあり、30ノットから32ノットの速力を発揮する事ができました。兵装にもヴァリエーションがあり3.5インチ砲1基と2インチ砲2基もしくは3基の組み合わせか、3.5インチ砲2基のいずれかの砲兵装に魚雷発射管3基を装備していました。これらのヴァリエーションにより船体は番号が進むにつれ大型化しています。

12隻が戦没し、第一次世界大戦後、多くが賠償艦として戦勝国に引き渡されています。日本もV181を受領しています。ワイマール共和国海軍には駆逐艦として4隻(G175、V185、V190、V196)が継承されました。

**記録を見る限り、上記の4隻を含め18隻がワイマール共和国海軍に引き継がれているようです。無線操縦の標的艦として使用されたものもあれば測距訓練艦、高速曳航船として使用されたものもあり、多岐に渡り使用されていたようです。

(上の写真はワイマール共和国海軍草創期の駆逐艦「V−1級」と「S-138級」の比較)

 

沿岸水雷艇保有枠12隻:予備艦4隻)

ヴェルサイユ体制では、沿岸水雷艇(coastal torpedo boat)に200トンという排水量制限を設け12隻の保有を認めていました。しかし筆者はこの艦種についてはあまり資料が見つけられていません。

ドイツ帝国海軍は「A級」という名称で100トンから350トン前後の同艦種を92隻を建造しています。おおむね3.5インチ砲(88ミリ砲)を1基乃至2基搭載し、18インチ魚雷発射管1基を装備していました。サイズの差は機関の際によるところが大きく、20ノットから28ノット程度の速力を発揮できたようです。

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(当初沿岸水雷艇の候補と目していた「A級」水雷艇の概観:50mm in 1:1250 by Rhenania: 実際にはこの比較的艦齢の若い小型水雷艇群は戦後の周辺国への賠償に充てられ、新生ドイツ海軍=ワイマール共和国海軍には、残りませんでした。下の写真は、ワイマール共和国海軍の駆逐艦となった「V 1級」大型水雷艇との大きさの比較)

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しかし資料をあたった限りではこのクラスの残存艇の多くは、第一次世界大戦後、賠償艦として供出されており、新生海軍に残留したという記録を見つけるに至っていません。このクラスを含めそれ以前も含め多くの同種の沿岸水雷艇ドイツ帝国海軍は運用していたのですが、どの艦級(あるいはどの艦)が継続して運用されたのか、今しばらく調べてみたいと考えています。条約の制約からくる兵員不足も深刻だったようですので、あまり積極的に運用されなかったのかもしれません。

 

番外:標的艦「ツェーリンゲン」

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(上の写真:標的艦「ツェーリンゲン」の概観 bt Mercator:下の写真は標的艦「ツェーリンゲン」(奥)と「ヴィッテルスバッハ級」戦艦の比較)

同艦はヴェルサイユ条約で廃艦されることとなった「ヴィッテルスバッハ級」前弩級戦艦の1隻ですが、1920年にハルクとして使用するために武装解除されたのち、1926年に無線誘導式の標的艦として運用される事が決まりました。この誘導艦が「ブリッツ」と改名された前出の「S-138級」水雷艇の一隻「S141」でした。

 

ということで、今回は第一次世界大戦敗戦の結果、ヴェルサイユ条約の厳しい制約のもとで誕生したワイマール共和国海軍の主要艦艇を一覧してみました。前弩級戦艦防護巡洋艦、大型水雷艇の組み合わせで、ヴェルサイユ体制の制約下で、戦勝国列強はドイツ海軍を沿岸警備海軍にとどめておく意図をはっきりと示していた感があります。

次回はその狙いを掻い潜るかのように展開された「代艦建造」の経緯をまとめてみたいと考えています。

 

もちろん、もし、「こんな企画できるか?」のようなアイディアがあれば、是非、お知らせください。「以前に少し話が出ていた、アレはどうなったの?」というようなリマインダーもいただければ。

 

模型に関するご質問等は、いつでも大歓迎です。

 

特に「if艦」のアイディアなど、大歓迎です。作れるかどうかは保証しませんが。併せて「if艦」については、皆さんのストーリー案などお聞かせいただくと、もしかすると関連する艦船模型なども交えてご紹介できるかも。

 

もちろん本稿でとりあげた艦船模型以外のことでも、大歓迎です。

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新着書籍のご紹介:そのタイトルはなんと「海防戦艦」

先週末は予告通り帰省と小旅行に出かけたので、久々に更新をお休みさせていただきました。

なんだかひどく暑かったり、雨が続いたり、さらにコロナ感染者数がこれまでとは桁違いに増えたり、と何かと落ち着かない昨今ですが、少しそうした事を忘れて(と言ってももちろんマスクをし、至る所で検温をしたり、台風の接近を気にしたりしながら、ではありますが)、ゆっくりとリラックスできました。

模型生活についても少しお休み状態で、以前に少し触れましたが「フランス海軍」の近代戦艦以前の、いわば戦艦黎明期のいくつかの艦級が手元に到着して入るので、少しだけ色を塗ってみたり、手を入れたりをした程度でした。

仕事と模型生活という筆者の二つの主軸を休止して数日を過ごし、数日前から再始動、社会復帰のリハビリ中、ということで、今回も半分、お休み、のような投稿にさせていただきます。

今回はそういうお話。(今回は「本」が主役です。模型はあくまで添え物ですので、ご容赦ください)

 

そんな状況の中で、実はすごい本を見つけてそして買ってしまいました。

海防戦艦」橋本若路著(イカロス出版

その名も「海防戦艦」。本稿の読者であればご存知のように筆者は「海防戦艦」が大好きですので、一も二もなく早速入手。

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まずこの書籍の存在を知った際に「ええ、こんなマイナーは艦種の本。あるの」と、これが最大の驚きだったのですが、手元に届いて2度目のびっくり。

Amazonでは、商品ページには版型の説明がなく、ソフトカバー、356ページとだけ記載されていたので、単行本をイメージしていたのですが、手元に届いてビックリ。AB版、つまりかなり大型の図鑑のような本でした。こ、これは持ち歩けない・・・。

しかしその内容たるや実に詳細で15カ国の「海防戦艦」を保有した国が網羅され、未成艦も含めそれぞれの艦級についての図面・写真が満載。もちろんその建造の背景や艦歴も詳述されています。これはもう宝物です。

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興味のある方はこちらからどうぞ。

www.amazon.co.jp

海防戦艦」という艦種については、本稿でもフィンランド海軍の「イルマリネン級」(本書では「ヴァイナモイネン級」と記載されています)に端を発し、スウェーデン海軍を中心に筆者の「海防戦艦コレクション」をご紹介してきていますが、この本の著者も前書きで「何度目かの小艦巨砲マイブーム」の発端は「スウェーデン海軍の「グスタフ5世」のカラー写真を見たこと」とおっしゃっており、なにやら嬉しい共感を覚えています。(「小艦巨砲」。この一言、なかなか出てこない!)

海防戦艦「グスタフ5世」

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(上掲の写真は、本書の著者の「小艦巨砲マイブームの火付け役」となったとおっしゃっているスウェーデン海軍海防戦艦「スヴァリィエ級」3番艦の「グスタフ5世」の近代化改装後の概観。96mm in 1:1250 by Argonaut  筆者の大好物の集合煙突を搭載しています。下の写真は「グスタフ5世」の中央構造の拡大:集合煙突の採用で、艦容が一段とスマートに見えます(見えません?筆者が集合煙突が好きなだけか?)

 

「スヴェリィエ級」海防戦艦の就役時から近代化改装の変遷

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スウェーデン海軍が建造した最後の海防戦艦「スヴェリイェ級」の就役時と改装後の比較:同型艦3隻の外観が異なると言うのは、戦術的に見れば、あまり上策とは言えないような気がします。が、スウェーデン海軍の存立目的である「プレゼンスを示し、戦いを抑止する」と言う視点で見れば、これはこれであり、のようにも思います)

 

海防戦艦という艦種

本書でも著者は冒頭に「海防戦艦」という艦種は公式には存在しないと明記されていますが、ではどのような艦種なのか、少し筆者の定義についてご紹介しておきます。(今回取り上げている「海防戦艦」の著者の定義の方がより広いような気はしています)

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海防戦艦」は、英語では概ね coastal defence ship(もしくはcoastal defence battleship) と表記されます。直訳すると「沿岸防備艦」というわけで、この文字通りの意味であれば、警備艦艇はほとんどこの領域の任務に就くことになるのですが、この中でも一般的な「戦艦」の定義から見ると比較的小型の船体(沿岸部で行動することを念頭におくと、あまり深い吃水を持たせられない。このために船体の大きさに制限が出てくるのかも)に大口径の主砲を搭載し、かつ一定の装甲を有する艦を特に「海防戦艦」(Coastal defence ship)と呼ぶようです。

保有国には、以下のような大きな二つの地政学的な条件があるように思われます。つまり防備すべき比較的長い海岸線、港湾都市を持つこと。そしてその海岸線が比較的浅い、そして大洋に比べて比較的波の穏やかな内海に面していること。

結果、バルト海、地中海、黒海などに接続海岸を持つ国の占有艦種と言っても良いのではないでしょうか?従って保有国は限定され、バルト海の沿岸諸国として、ロシア帝国、初期のドイツ帝国(彼らは後に大洋海軍を建設します)、スウェーデンデンマークノルウェイノルウェイバルト海には面していませんが、大西洋に開けた長い接続海面を持っています)、フィンランド。地中海ではイタリア(装甲砲艦という艦種で装備されました)、フランス、ギリシアオーストリア=ハンガリー帝国などが同艦種に分類される軍艦を保有しました。(一部、地政学的な条件から見ると例外は南米諸国ですが、これらは新興諸国が海岸線防備のために比較的手軽に装備できる(購入できる)艦種、として整備を競った、という別の歴史的な背景があると、筆者は理解しています)

類似艦種としては沿岸防御の浮き砲台としての「モニター艦」がありますが、これは海防戦艦に比べると、さらに局地的な防御任務に適応しており、航洋性、機動性はより抑えられた設計になっています。

 

以下に本稿で各国海軍の「海防戦艦」に関連する記述を扱った回を一覧しておきます。

fw688i.hatenablog.com

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北欧諸国と「海防戦艦

上記の投稿でもご覧いただけるように、本稿での「海防戦艦」に関する記述はフィンランドスウェーデンといった北欧諸国が中心なのですが、今回ご紹介している書籍「海防戦艦」でも約3分の2が北欧諸国(「デンマーク」「スウェーデン」「ノルウェー」「フィンランド」)の保有した「海防戦艦」に割かれており、バルト海沿岸御諸国では「海防戦艦」が主力艦として隆盛を極めた事を物語っていると思います。

北欧諸国の海防戦艦については未成艦・計画艦についても図面はもちろん背景等についても詳述されていて、興味がつきません。

スウェーデン海軍未成海防戦艦ヴァイキング級(仮称)」

"Viking class" (1934/36): Dimensions: 133m x 19,5m x 6,85m, Displacement: 7.150tons standard, Populsion: 20.000shp, 4 shafts, 22 knots, protected by a belt 254mm thick and 50 mm decks, four 254mm Guns (2x2) and 2x3 120m DP-AA Guns, 4x2 40m AA Guns.

https://naval-encyclopedia.com/ww2/swedish-navy.php

(未成海防戦艦「Project 1934」の概観:103mm in 1:1250 by Anker:「Project1934」には「ヴァイキング級」という名前が予定されていたようです。同級は、それまでの「海防戦艦」と異なり、塔形状の前部マストやコンパクトにまとめられた上部構造など、フィンランド海軍の「イルマリネン級」にやや似た近代的(?)な外観をしています。7500トン級の船体に、武装は10インチ連装砲2基と、4.5インチ両用連装砲4-6基を予定していたようです。速力は22−23ノット程度)

スウェーデン海軍未成海防戦艦「アンサルド社1941年提案型」

Ansaldo Project 1 (1941): 173 m x 20m x 7m and 17.000 tons standard, propelled by 90.000shp on 4 shafts, and a top speed of 23 knots, protected by a belt of 200 mm, Decks of 120 mm and armed with six (3x2) 280 mm, 4x2 120 DP, 5x2 57 AA, 2x2 40 AA, 6x 20 mm AA Guns. The latter could have been in effect too large and costly for Sweden's needs.
Coastal Battleship projects

出典元:Swedish Navy in WW2

(海防戦艦「アンサルド社1941年提案」の概観:129mm in 1:1250 by Anker:イタリアのアンサルド社が1941年にスウェーデン海軍に新しい海防戦艦として提案したものです。上述のように17000トンの船体を持ち23ノットの速力を発揮する設計で、11インチ(28センチ)主砲を連装砲塔で3基、さらに12センチ両用連装砲4基搭載する強力な兵装を有する設計でした。スウェーデン海軍の艦船としては大きすぎ、かつ高価すぎるということで採用されなかったようです)

(「アンサルド社提案海防戦艦」と前出の実在の海防戦艦「グスタフ5世」との比較:アンサルド社提案がかなり大型であることがわかります)

 

デンマーク海防戦艦をもっと注視すべきかも、という想い

スウェーデン海軍は19世紀のある時期からバルト海での沿岸防備の主役を「海防戦艦」と定め、かなり体系的にこの艦種の開発を進めてきました。充実したランナップがあり、第二次世界大戦期においても3艦級8隻の海防戦艦と、海防戦艦を改造した水上機母艦1隻を海軍の中核戦力として据えていました。スウェーデンは北欧諸国の中では最も経済力があり、海軍以外でも自国で兵器を開発するなどのの呪力があったわけですが、実は本書では北欧諸国の中で最初に「デンマーク」が取り上げれています。

その記述は未成艦も含め8艦級に及んでいます(スウェーデン海軍も8艦級?)。筆者の投稿ではこれまで第二次世界大戦期に運用された「ペダー・スクラム」(「ヘルルフ・トロル級」)に言及したのみなのですが、本書によるとナポレオン戦争以来のデンマークの凋落を背景に、その経済力の弱体化を背景とした装甲艦開発の試行錯誤についてかなり詳しく記述されているようで(まだ本の冒頭部分を拝読しただけですが)、本稿の読者ならよくご存知のように、こうした「彷徨」は筆者の大好物でもあるので、改めてデンマーク海軍に注目してみようかな、と大いに刺激を受けています。

デンマーク海軍「ヘルルフ・トロル級」海防戦艦

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(「ヘルルフ・トロル級」海防戦艦の概観: 70mm in 1:1250 by C.O.B. Constructs and Miniature: 3D printing modelです。モデルは就役時の姿を再現しています。1939年に近代化改装を受け、対空兵装を強化、併せて前檣が近代化に合わせて大型化されていたようです。 「ヘルルフ・トロル級」海防戦艦の3番艦「ペダー・スクラム」のみ、第二次世界大戦期に、唯一就役していました。1939年に対空兵装の強化と前檣の大型化などの近代化改装を受けました。「ヘルルフ・トロル級」海防戦艦は3500トン級の船体に24センチ単装砲2基と15センチ単装砲4基を搭載し、15.6ノットの速力を有していました。非常に低い乾舷を持ち、デンマーク沿岸での運用に重点が置かれていました)

 

嬉しいことにタイ王国海防戦艦トンブリ級」の紹介も 

そして本書で一番最後に紹介されたのはタイ王国海軍の「トンブリ級」でした(本書では「スリ・アユタヤ級」として紹介されています)。

タイ王国は日本と並びアジア圏でヨーロッパ列強の植民地支配を受けずに独立を保持した数少ない国です。同王国海軍はお隣のインドシナに侵攻し領有したフランス海軍を仮想敵としており、1930年代に近代海軍の拡張を実施しました。

トンブリ級」海防戦艦はこの拡張計画の「目玉」ともいうべき艦級で、「トンブリ」「スリ・アユタヤ」の2隻が、同じアジア圏の海軍大国であった日本に発注されました。

同級は2000トン級の船体を有し、日本海軍の重巡洋艦の標準装備砲であった「50口径3年式20.5センチ砲」を連装砲塔で艦の前後に2基搭載していました

タイ王国海軍海防戦艦トンブリ級」

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(タイ王国海軍海防戦艦トンブリ級」の概観:62mm in 1:1250 by Poseidon:筆者自身もあまり馴染みのないメーカーですが、結構面白い=マニアックなラインナップを持っていそう。軍艦はタイ海軍に集中しています。日本海軍の「氷川丸」モデルも。ああ、これ持っているかも。フォルム的にはこれ「氷川丸」かな?と、ちょっと首を傾げる感じだったかもなあ。でもPoseidon社、面白いぞ、ちょっと注目です)

トンブリ級」まで網羅されているとは嬉しい限りですね。「トンブリ級」の前級にあたる(と筆者は解釈しているのですが)「ラタナコシンドラ級」が記述されながら詳述されなかったのはちょっと残縁でしたが、同級は1000トン余りの小さな船で、一般的には「砲艦」とされていますので、さすがに海防戦艦の括りに入れるには首を傾げられたのかもしれません。ある意味、納得です。(個人的にはここまで来れば、と思っただけ)

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タイ王国海軍砲艦「ラタナコシンドラ級」

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(筆者も模型は未入手です。一応、Poseidon社から出ています。写真はEbayに出品された同級の「スコタイ」by Poseidon:小さな船体、低い乾舷、不釣り合いに大きな砲塔が魅力的)

これら以外にも「海防戦艦」を補助艦艇として導入したドイツ、フランス、ロシア、日本、そしてより本格的な主力艦導入までの「繋ぎ」として「海防戦艦」を導入したA=H 帝国、オランダ、ギリシア、南米諸国など、その紹介されている艦級の数は本当に多数です。

 

オランダ海軍海防戦艦「コーニンギン・レゲンテス級」

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(オランダ海軍海防戦艦コーニンギン・レゲンテス級」の概観:77mm in 1:1250 by Hai: /直下の写真:「コーニンギン・レゲンテス級」の主砲塔の拡大:艦首部、完備部ともに、単装主砲塔のすぐ両脇に15センチ副砲が配置され、首尾線上の方力を意識した設計だったようです)

オランダ海軍海防戦艦ヤコブ・ヴァン・ヘームスケルク級」

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(オランダ海軍海防戦艦ヤコブ・ヴァン・ヘームスケル級」の概観:77mm in 1:1250 by Hai: /直下の写真:「ヤコブ・ヴァン・ヘームスケルク」の主砲塔の拡大:艦首部、完備部ともに、単装主砲塔のすぐ両脇に15センチ副砲が配置され、首尾線上の方力を意識した設計だったようです。同艦は前出の「コーニンギン・レゲンテス級」の準同型艦でしたので貴保的なレイアウトは踏襲していますが、15センチ単装砲を両舷側に1基づつ追加装備しています)

 

上述の「デンマーク海軍」の例にもあるように、筆者の情報は格段に充実し、新たに「海防戦艦」コレクションの再整理に向けての意欲を沸かせてくださった、本当に素晴らしい本だと感謝しています。やはり「極める」ということは凄いことですね。心から脱帽です。

この素晴らしい著作に刺激されて、いずれ「海防戦艦」については追々見直してゆくことになると思っています。

 

ということで、変な興奮のままにちょっと変わった投稿になってしまったなあ、と振り返っているのですが、今回はこの辺りで。

次回は整理が進めつつあるフランス海軍のそれこそ黎明期の「海防戦艦」他等をご紹介しましょうか。

 

もちろん、もし、「こんな企画できるか?」のようなアイディアがあれば、是非、お知らせください。「以前に少し話が出ていた、アレはどうなったの?」というようなリマインダーもいただければ。

 

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特に「if艦」のアイディアなど、大歓迎です。作れるかどうかは保証しませんが。併せて「if艦」については、皆さんのストーリー案などお聞かせいただくと、もしかすると関連する艦船模型なども交えてご紹介できるかも。

 

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新着モデルのご紹介:おそらく艦艇史上最も重要な船「ドレッドノート」の話

本稿ではこのところモデルのアップデート・ヴァージョンをどう扱うかが、一つのトピックとなって来ているのは、ご承知のことと思います。

かいつまんで言うと、筆者がコレクションしている1:1250スケールモデルの制作各社で行われるモデル品質向上に対し、コレクションのヴァージョン・アップもそれにどこまで付き合うべきか、経済的にもこれまで使ってきた時間的にも大変悩ましい、と言う話題です。

ヴァージョン・アップの前後を比べると、その差は当然(各制作会社が努力されているわけですので)歴然としているので、本当に頭を抱え込んでしまいます。「ああ、これまで揃えて来たのは、何だったんだ」と言うわけです。特に筆者のように各国海軍の主力艦の体系的なコレクションを目指している場合、一つヴァージョン・アップするとその周辺の艦級が気になってしょうがなくなる、と言うような問題にも発展し、結局大ごとになる、と言う体験を身をもってしているわけです。これまでにドイツ帝国海軍の前弩級戦艦装甲巡洋艦、英海軍の装甲巡洋艦で、歯抜け状態ながらこのヴァージョン・アップが行われ、今週、ほぼドイツ帝国海軍の弩級巡洋戦艦もほぼ入れ替えが完了、と言う状態です。

その辺りの「ドタバタ」は本稿以下の回で、ご紹介していますので、新旧モデルの差異がどの程度かも含め、興味のある方はご一読いただければ、と思います。(一番最後のドイツ帝国弩級巡洋戦艦のヴァージョン・アップについては、ようやくモデルが手元に揃ったところなので、また改めてご紹介します)

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 上記の投稿でも度々触れているのですが、筆者の認識では新旧モデルの差異が最も著しいのは実は第一次世界大戦期の英海軍のNavisモデルで、この系譜のモデルのヴァージョン・アップは一部の装甲巡洋艦を除いてほとんど未着手の状態なのです。さすがに近代海軍の家元と言っていい英海軍だけに、その艦級の数も多く、従ってヴァージョン・アップすべきモデル数も多く、筆者は主に経済的な理由から尻込みしている、と言うのが実情です。

併せて、筆者が主としてモデル調達に利用しているeBayでの英海軍のNavisの新モデル(Navis Nシリーズと仮称しています)の出品が極端に少ない、と言うのも入れ替えが進まない理由になっています。

どの程度進んでいないかというと、ドイツ帝国海軍の入れ替え進捗が、前弩級戦艦:5艦級中5艦級完了、装甲巡洋艦:6級中4艦級完了、弩級巡洋戦艦:未成も含め6艦級中5艦級完了、弩級戦艦超弩級戦艦:5艦級未着手、であるのに対し、英海軍では前弩級戦艦:9艦級中1艦級完了、準弩級戦艦:2艦級中1艦級完了、装甲巡洋艦::7艦級中5艦級完了:弩級戦艦超弩級戦艦・巡洋戦艦:17艦級未着手と言う状況でした。

 

と言うことで、なかなか進まない英海軍のNavisモデルヴァージョン・アップだったのですが、今週、ようやく手元に「ドレッドノート」とその最初の量産型とも言うべき「べレロフォン級」の新モデルが届いたので、ご紹介しておきます。

かなり前置きが長くなりましたが、今回はそう言うお話。

 

戦艦「ドレッドノート」(1906年就役:同型艦なし)Navis新モデルの入手

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(「ドレッドノート」の概観:128mm in 1:1250 by Navis(新モデル  Nシリーズ))

同艦は近代海軍の発達史を語る上で、間違いなく最も重要な「艦」の一つと言っていいと思います。この船の登場で、前弩級戦艦・準弩級戦艦弩級戦艦以降、と言う分類が生まれました。

さらに言うなら同艦の登場で、それまで二国標準主義(二カ国の海軍軍備の合計を上回る戦力を維持する方針)ををとり、他の列強海軍に対し圧倒的とも言える戦力を保持し続けてきた英海軍の戦備に綻びが生じ、この機に乗じ英国の圧倒的優位に一石を投じようとするドイツ帝国海軍、あるいは米海軍との間に大建艦競争が始まるきっかけが作られた、と言ってもいいと考えています。

同艦はでそれまで各国が営々と建造してきた、あるいはその時点で建造途上の主力艦を、一夜で全て旧式設計の第二戦戦力に格下げするほどの革命的な「艦」でした。つまり同艦の登場は、世界に英国の技術的、戦術的思考の優位を示すと同時に、英国がそれまで維持してきた主力艦における数的な優位を、一気に消し去ってしまう「両刃の刃」でもあったわけです。

強大な海軍力を誇る英海軍が、同艦の登場で一気に大量の二線級戦力を抱えた海軍に転じてしまった、この機を捉え特にドイツ帝国弩級戦艦の量産に着手し英国の優位を脅かします。前弩級戦艦の数では永遠に追いつけないけど、弩級戦艦はこれからみんな一斉スタートだから、追いつけるんじゃない、ドイツ皇帝が垣間見たのは、そんな感じの光景だったんじゃないでしょうか?

 

その設計思想

蒸気装甲艦の登場以来、さまざまな試行錯誤を経て、19世紀半ばに主力艦の標準形の第一世代が登場します。おおむね1万トンの船体に、12インチ砲を主砲として旋回能力のある装甲連装砲塔2基に搭載し、18ノット程度の速力を発揮する、こういう前弩級戦艦の標準が定まるわけです。

そして、ヨーロッパの列強から遠く離れた極東で俄に勃興した日本海軍を中心に実戦データが得られる戦争が勃発しました(日清・日露)。特に日露戦争は前出の前弩級戦艦同士が戦った複数の海戦が行われ、大口径砲がその存在感、存在意義を存分に示せるはずの長距離砲戦でいかに命中しないか、あるいは命中しても単発での命中では十分に装甲された戦艦に対しては致命的な損害を与えられないこと、などの戦訓が示されたわけです。

こうした戦訓から例えばフランス海軍などでは「主力艦懐疑派」が海軍中枢を支配し「主力艦不要論」、あるいは高速小型艦艇に搭載した水雷兵器への傾斜を強めたりするわけですが、英海軍や戦争当事者の日本海軍では長射程を持つ大口径砲の命中率を上げる射撃法の確立へと動きが発生します。

こうしてそれまで一般的だった砲側照準による独立撃ち方から、多数の同一大口径砲が同一のデータに基づく照準で同時に弾丸を発射し、着弾の水柱を見ながら照準を修正してゆく「斉射」法が生み出されてゆきます。実際に日本海軍では日露戦争の末期には旗艦砲術長の指示・号令で「斉射」に近い方式が取られていたようです。

まあ、それでも主砲はほとんど当たらず、中口径速射砲の薙射により敵艦の戦闘力を奪い火災を発生させ、あるいは敵艦の設計上の欠陥から装甲帯以外の場所への命中弾の破口からの浸水で転覆を誘う、そんなところが海戦の実相だったようですが。特に日露戦争のクライマックスとも言うべき「日本海海戦」を語る際に必ず言及される「東郷ターン」は、筆者の理解の限りではよく言われる「敵艦隊の縦列にT字を切って集中砲火を浴びせる」と言うよりも、自艦隊の優速を活かして「日本艦隊が優位に立てる中口径砲以下の射程に距離を詰める機動」だったのではないかな、と考えたほうが腹落ちがいい、と考えています。(この辺り、興味のある方は本稿の下記の回あたり、読んでみてください)

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こうした背景で、大口径砲を多数搭載し「斉射」を展開する「長距離砲戦に強い主力艦」の設計が第一海軍卿ジョン・アーバスノット・フィッシャー提督の号令下、始まったわけです。

 

その設計

ドレッドノート」は英国の前弩級戦艦のある種到達点ともいうべき「ダンカン級」(1903年から就役)に対して2割増、「キング・エドワード7世級」(1905年から就役)に対し1割増の船体を持っています。

最大の特徴は、なんと言ってもそれまでの標準的な主力艦(いわゆる前弩級戦艦:もちろん前弩級戦艦という言葉はまだなかったのですが)の2.5倍の主砲を装備していたことです。同砲は「1908年型 Mark X 30.5cm(45口径)砲」と呼ばれる砲で従来の標準的な戦艦(前弩級戦艦)の搭載砲でもありました。386kgの砲弾を15000mまで届かせることができました。

この砲の連装砲塔を首尾線上に3基、両舷側に各1基搭載し、首尾線上には従来戦艦の3倍の6門、両舷側には倍の8門の主砲を指向する事が出来ました。

一方で主砲搭載量の確保のために中口径砲、いわゆる副砲は全廃され、水雷艇防御用の近接戦闘火器としてに3インチ単装速射砲27基が搭載されました。水中魚雷発射管も5基装備していました。

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(上の写真は、「ドレッドノート」のディテイルの拡大:できるだけ多くの主砲を搭載する工夫が特に舷側主砲塔の周辺に見て取れるかと。さらに同艦は、主砲搭載を優先するためいわゆる副砲を全廃し、個艦防衛のための水雷艇撃退用の3インチ速射砲を副兵装として搭載していましたが、その多くは主砲塔上に搭載されていました。射界は広く確保できたでしょうが、主砲発射時には使用できませんでした。実は上部構造上にも3インチ速射砲の砲座がかなり埋め込まれていたはずなのですが、残念ながらモデルでは一部が艦橋周りで確認できるだけです)

もう一つ大きな特徴として、大型艦として初めて蒸気タービンを主機として4軸推進を導入、21ノットの速力を発揮できる高機動性を有していました。それまで18ノットが標準的な主力艦の速力であった時代に、有利な長距離砲戦を展開し続けるためには、このような機動性の確保も重要な要素だったと言えるでしょう。

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(「ドレッドノート」とそれ以前の準弩級戦艦・前弩級戦艦との大きさ比較:手前から前弩級戦艦「ダンカン級」(1903年)、準弩級戦艦「キング・エドワード7世級」(1905年)、「ドレッドノート」(1906年)の順:「ドレッドノート」が極端に大きな船体を持っていたわけではないことがわかるのでは。それでも主砲の搭載数は2.5倍で、それまでの主力艦設計を塗り替えてしまいました)

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(上の写真は参考までに「ドレッドノート」とほぼ同時期に日本海軍が威信をかけて「世界最大」と称して建造していた「薩摩級」準弩級戦艦の「薩摩」(1910年就役)の比較:手前から「薩摩」(1910年)、「ドレッドノート」(1906年)の順:「薩摩」は12インチ主砲4門と10インチ中間砲12門を搭載する強力な火力を搭載したいわゆる準弩級戦艦でしたが、その就役は「ドレッドノート」(1906年就役)とそれに続く次に紹介する「べレロフォン級」の就役後(1909年から就役)であったため、同艦は生まれながらに旧世代の主力艦のレッテルを貼られるという不運に見舞われました。建造途中で「ドレッドノート」の登場の一報に触れた設計担当者はどんな気持ちだったでしょうか)

 

戦歴

ドレッドノート」自体は、先見性のある実験観的な存在として1906年に就役し、前述のように自国海軍も含め一気にそれまでに建造された主力艦を一気に第二戦級戦力に貶めてしまいましたが、その後の列強の建艦競争は激しく、第一次世界大戦期には、既により大きな口径の主砲を装備した超弩級戦艦が現れており、本国艦隊に属しながらもあまり活躍の場は多くはありませんでした。

大戦末期には就役時には高機動性を誇っていた同艦も、いつの間にか低速艦と見做されており、本土防衛等の任務に従事していました。大戦後の1920年の退役し、1921年に解体されています。

 

新旧モデル比較

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(上の写真は「ドレッドノート」Navis旧モデルの概観)
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(「ドレッドノート」のNavis新旧モデルの比較:上の写真では旧モデルが上段:新モデルは全体的にエッジが立っているというか、締まって見えませんか? 旧モデルもそれだけ見ていればそんなに気にはならないのですが、こうして並べてしまうと、その差が歴然。いいものが手に入ったなあ、という満足感と、これからどこまで手を広げようか、という悩みと。これも楽しい悩み、かと。「コレクション」はキリがないなあ)

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(「ドレッドノート」のNavis新旧モデルの比較:上の写真では旧モデルが左列:やはり中央の上部上造物の再現性が格段に進歩しているのがわかると思います。ボートの再現だけでもかなりディテイルが異なって見えるものですね)

 

「べレロフォン級」戦艦(1909年から就役:同型艦3隻)

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(「べレロフォン級」戦艦の概観:128mm in 1:1250 by Navis(新モデル  Nシリーズ):下の写真は、「べレロフォン級」のディテイルの拡大)f:id:fw688i:20220807093448p:image

同級は多分に実験的な性格で建造された「ドレッドノート」に続いて、量産型の実用主力艦として建造された英海軍の2番目の弩級戦艦の艦級です。

1906年に就役し世界の主力艦設計を塗り替えた「ドレッドノート」でしたが、全般的には高評価だったものの、就役後に幾つかの課題が判明したため、同級は基本設計は「ドレッドノート」を踏襲しながらも、それらに対する改良が盛り込まれました。

改良点の一つは「ドレッドノート」では前部煙突直後に設置されたマストとその上部の射撃指揮所が、排煙と熱気に悩まされたため、これを前部煙突の前に設置した設計として、煙突からの排煙の影響を抑えることが試みられました。

今一つの大きな改良点は、水雷艇対応用に搭載された3インチ速射砲が、駆逐艦に対しては威力不足で有効ではないとの指摘から、4インチ速射砲16門に改められた事でした。

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(「ドレッドノート」と「べレロフォン級」の比較:上の写真では「ドレッドノート」が上段:全体の構成は変わりませんが、マストが2本になっているのと、前部マストの位置が煙突からの排煙の流入が不評であったことを受けて、煙突前に移動してるのが目立ちます。後部マストは、結局前後の煙突に挟まれて、やはり排煙と熱気の影響が大きかったとか)

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(「ドレッドノート」と「べレロフォン級」の比較その2:上の写真では「ドレッドノート」が左列:「ドレッドノート」では再現されていなかった(ように筆者には見えます)上部構造物の副兵装(4インチ速射砲)が「べレロフォン級」のモデルでは再現されています(写真中段:こういうのは嬉しい))

 

戦歴

第一次世界大戦期にはあ本国艦隊に配置され、ユトランド沖海戦にも参加しています。その後、東地中海艦隊に派遣され、黒海方面での作戦に参加したりしています。大戦後は練習艦・操砲訓練艦等として運用されたのち、1921年から1923年ごろに解体されています。

 

新旧モデル比較

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(「べレロフォン級」のNavis新旧モデルの比較:上の写真では旧モデルが上段、下の写真では旧モデルは左列:「ドレッドノート」と同じように、全体的に新モデルは「締まった」フォルムになっていると思います。これも比較すれば、ということで旧モデルが「あまあま」かというと、決してそんなことはなかったのですが):下の写真では、やはり中央の上部上造物の再現性が格段に進歩しているのがわかると思います。「ドレッドノート」ではあまり気にならなかったのですが、特に注目するのは副兵装(あえて副砲とは言わないでおきます)。この時期の弩級戦艦は一旦副砲を廃止しているのでちょっと目立たないのですが、副兵装である4インチ速射砲のディテイルなども特に下の写真の中段を拡大して見てもらえると、よくわかると思います)

というわけで、今回は近代主力艦発達史上最も重要な戦艦と言ってもいいであろう「ドレッドノート」とその改良量産型「べレロフォン級」戦艦を、のNavis新モデルの到着を機に、ご紹介しました。

 

ということで、今回はこの辺りで。

少し「ぼやき」、というかため息。このところ筆者がよく取り上げているモデルのヴァージョン・アップ対応を巡る話題、もちろんスケールの違いはありながら歴史上の「ドレッドノート」の登場の状況にしばしば筆者の中ではシンクロしているのです。「それまで営々と築き上げてきたもの(筆者の場合はコレクションですが)が、一気に色褪せて見えてしまう」、「ドレッドノート」登場の衝撃はまさにこれだったんじゃないのか、と。筆者の場合にはNavisのNシリーズを入手した途端、それまでのコレクションが全て「旧世代」に見えてしまう、そういうことです。

今回、上掲の文章にあえてあまり「ドレッドノート」に近しい関係のない「薩摩」の紹介を入れたのは、そんな「共感」めいたものを感じたから、なのです。全くの余談でした・

 

次回は、夏休みと帰省旅行が重なるため、一週、お休みさせていただきます。

実は筆者の大好きなフランス海軍の主力艦黎明期(=前弩級戦艦登場以前の主力艦)のモデルがいくつか手元に到着しています。まだ下地処理段階でご紹介は少し先ですが、いずれはご紹介したいと考えています。いつものように、筆者の予告編は、あまり当てになりませんが。

 もし、「こんな企画できるか?」のようなアイディアがあれば、是非、お知らせください。

 

模型に関するご質問等は、いつでも大歓迎です。

特に「if艦」のアイディアなど、大歓迎です。作れるかどうかは保証しませんが。併せて「if艦」については、皆さんのストーリー案などお聞かせいただくと、もしかすると関連する艦船模型なども交えてご紹介できるかも。

もちろん本稿でとりあげた艦船模型以外のことでも、大歓迎です。

お気軽にお問い合わせ、修正情報、追加情報などお知らせください。

 

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