今回は、「ナチスドイツ海軍の計画のみで終わった艦艇」の第二回目(中編)、ということで、「H級」戦艦の系譜のご紹介、過去投稿等をまとめて振り返っておきたいと考えています。
筆者は本稿を初めて改めて自覚したのですが、こうした未成艦の体系的なコレクションはまさに模型の世界ならではで、筆者がコレクションをしている目的の一つなんだなと感じながら、今回の投稿をまとめています。
今回はそういうお話です。
ドイツ再軍備と戦艦建造への流れ
既に本稿では何度もご紹介していますが、少しおさらいも含め背景をまとめておきましょう。
ドイツは第一次世界大戦に敗れ、帝政ドイツの崩壊と共に、ヴェルサイユ体制で重い戦後賠償を課せられます。
海軍について見ると、大戦前に英国との激しい軍備拡大競争の下で主力艦の保有数では世界第2位の規模を誇っていた帝国海軍は、その主要艦艇群が講和成立後の抑留地スカパ・フローで「大自沈作戦」を実施したことで、文字通り姿を消してしまいました。
敗戦後、ヴェルサイユ体制下で認められた海軍の規模は、兵員数は15000人以下(参考までに、前弩級戦艦の乗員定数が700名から800名です)、潜水艦の保有が禁じられ、バルト海諸国への脅威軽減という名目で、自国沿岸部の要塞化、砲台設置などは認めない、現有のものは破壊する、というものでした。
保有艦艇についてももちろん制約があり、装甲戦闘艦6隻(予備艦2隻)、巡洋艦6隻(予備艦2隻)、駆逐艦12隻(予備艦4隻)、沿岸用水雷艇12隻(予備艇4隻)その他若干の補助艦艇というものであり、保有を許された艦艇群はほぼ19世紀後半の装備を持つものばかりであり、結果的には沿岸警備海軍の規模への縮小が具体化されました。
この中でいわゆる主力艦(上記の装甲戦闘艦6隻(予備艦2隻))について見ると、継続して保有を認められた艦艇は全て第一次世界大戦以前のいわゆる前弩級戦艦で、第一次世界大戦期においてすら一線戦力とは見なされないものばかりでした。
(この辺り、もう少し詳しくお知りになりたい方は、本稿の下記の投稿を見てみてください)
上記の保有装甲艦艇については艦齢20年を迎えたものから代艦建造が認められますが、代艦の建造にあたっては「10000トン以下であること」という制限がありました。これは明らかに前弩級戦艦的な設計を想定したもので、新生ドイツ海軍がバルト海沿岸の警備海軍に徹するという狙いにたてばある程度強力な海防戦艦を建造できることを意味していましたが、これが同時にドイツ海軍をバルト海沿岸の警備海軍に留めておくという戦勝国の狙いでもあったと考えられます。
結果的には、この制限を逆手にとって、10000トン級の列強の条約型重巡洋艦並みの船体に、重巡洋艦を上回る砲撃力を搭載し、併せてディーゼル機関の搭載により標準的な戦艦を上回る速力を保有し、かつ長大な航続距離を有する通商破壊戦を念頭においた戦闘艦、後日「ポケット戦艦」の異名を持つことになる有名な「ドイッチュラント級」装甲艦が、代艦として生み出されます。
「ドイッチュラント級」装甲艦(1933年から就役:同型艦3隻)
(「ドイッチュラント級」装甲艦の一番艦「ドイッチュラント」の概観:150mm in 1:1230 by Neptun)
しかし、この艦級は主力艦の保有枠を転じて、あくまで有効な通商破壊戦を実施するために新たに生み出された艦種で、いわゆる主力艦としての代艦建造ではなかったと言っていいと思います。
いわゆる戦艦の復活は、ナチス党の政権掌握と1934年のヒトラーの国家元首への就任、さらにヒトラー政権による1935年3月のヴェルサイユ条約の破棄と再軍備宣言、同年6月の英独海軍協定締結による保有制限の事実上の撤廃を待たねばなりませんでした。
こうしてナチス政権下でドイツ海軍は「Z計画」の総称で知られる大建艦計画を始動させ、念願の戦艦建造を開始します。
手始めにフランスのダンケルク級戦艦に対抗すべく次期建造予定のD級装甲艦の設計を大幅に拡大し「シャルンホルスト級」戦艦が建造されました。
「シャルンホルスト級」戦艦(1939年から就役:同型艦2隻)
(上の写真は「シャルンホルスト級」の竣工時の姿:186mm in 1:1250 by Neptun:就役時には垂直型の艦首でした)
設計当初は通商破壊を大目的として長い航続力を保有する「ドイッチュラント級」装甲艦の拡大型として26000トン級の船体と30ノットの速力を有するディーセル機関搭載艦として設計されましたが、当時の大型のディーゼル機関については高速性、安定性に信頼性が低いとして最終的には蒸気タービン艦として建造されました。設計が数度変更され、最終的には32000トンまで船体が拡大され、31ノットの速力を発揮する事ができました。
(就役時の「シャルンホルスト級」の細部拡大:垂直型の艦首と55口径28センチ三連装主砲塔(上段):副砲は連装砲塔と単装砲の組み合わせで片舷6門づつ搭載されています(中段):当初はカタパルト2基を搭載して居ました(下段))
主砲にはフランス海軍の「ダンケルク級」戦艦を凌駕することを意識して38センチ連装砲が予定されていましたが、38センチ砲の開発に時間がかかることから、「ドイッチュラント級」で実績のある28センチ3連装砲塔3基の搭載で建造が進められました。ただしより長砲身の新設計55口径として長射程と高初速を目指しました(「ドイッチュラント級」には52口径11インチ砲が搭載されていました)。
55口径28センチ砲は40000メートルの射程を持っていましたが、15000メートルの距離であれば英海軍の当時の主力戦艦であった「クイーン・エリザベス級」「リベンジ級」の装甲を打ち抜く事ができるとされていました。
主砲換装計画(計画のみ:いわゆる未成艦に分類されるかと:模型ならではのご紹介)
同級は上述のように当初38センチ主砲搭載予定を、建造時間の短縮から28センチ砲に変更して完成されました。後に38センチ砲搭載の「ビスマルク級」戦艦が登場すると、「ビズマルク級」と同じ47口径38センチ主砲への換装計画が検討されましたが、最後まで実施されませんでした。
(上の写真は「シャルンホルスト級」38センチ主砲搭載案の概観:198mm in 1:1250 by Neptun:このモデルを見る限り、艦首部が延長されています)
(上下の写真は「シャルンホルスト級」38センチ主砲搭載案(奥)と実際の28センチ主砲塔装備の対比概:まず艦の全長に大きな差異が見られます(上の写真)。下の写真は38センチ主砲搭載案(右列)と実際の28センチ主砲塔装備の細部比較:当然のことながら主砲塔の大きさ、主砲砲身の長さにも差異があり(上段・下段)、これらが艦首延長にも繋がるのかと)
こうした場合「イフ」は禁忌であるということは重々承知の上で、もし当初の設計通り38センチ砲が主砲として採用されていたら、あるいは上述の計画のように38センチ砲への主砲換装が行われていたら、「シャルンホルスト」の最後の出撃となった「北岬沖海戦」で、奇しくも「ビスマルク」が撃破した「プリンス・オブ・ウェールズ」の姉妹艦「デューク・オブ・ヨーク」と、38センチ主砲を装備した「シャルンホルスト」がどのような様相の戦いを行ったのか、とついつい想像してしまいます。
しかし「シャルンホルスト級」は通商破壊艦である装甲艦の発展形という出自もあり、あわせて上述のように当初搭載予定の38センチ主砲の開発が間に合わないという事情もあり、諸列強の新造戦艦の設計に対しては見劣りがし、より強力な本格的な戦艦の建造が渇望されました。
こうした背景から建造されたのが、再生ドイツ海軍最初の本格戦艦である「ビスマルク級」でした。
(「ビスマルク級」戦艦の概観:201mm in 1:1250 by Neptun:写真は二番艦「ティルピッツ」)
「ビスマルク級」戦艦は英独海軍協定で謳われた、ワシントン・ロンドン体制に準じて一応35,000トンという新造戦艦に対する制限に則り公称は制限内の排水量35,000トンとしたものの、実際には制限を無視した41,700トンの、就役当時としては世界最大の戦艦となりました。主砲として47口径38センチ連装砲塔4基8門を装備し強力な攻撃力を備え、速力30ノットの高い機動性、防御装甲の全体重量へ占有率39%の堅牢な艦体を有する有力な戦艦となりました。
(「ビスマルク級」戦艦の細部:オーソドックスな連装主砲塔の配置(上下段)、コンパクトな上部構造(中段)など、副砲の砲塔化以外にはあまり新基軸などは盛り込まない手堅い設計であったと言っていいと思います)
一方で、主砲等兵装配置、防御設計の基本骨子などは第一次世界大戦期の超弩級戦艦に準じるような非常にオーソドックスなもので、当時の列強の新造戦艦が、様々な新機軸をその設計に盛り込んだのに対し、目新しさ、という点では特筆すべきところのない、いわゆる手堅い設計の戦艦でした。
これは、ドイツがヴェルサイユ条約下で厳しい海軍戦力に対する制限を課せられ、設計人材、技術等のブランクが生じたことによる影響も否めない、とも言われています。
上記に示すように、本級は確かに強力な戦艦で、その優秀さは優れた基本設計に準じた手堅い設計によるものでした。
史実では、一番艦「ビスマルク」の最初で最後の出撃となった「ライン演習」での目覚ましい戦果(戦艦フッド、プリンス・オブ・ウェールズとの対決と、フッドの轟沈)とその後の悲劇的な最後が伝説化(当時、英海軍はその動かしうるほとんどの戦力を、ビスマルク一隻の補足と撃沈に集中した)し、実情以上にその戦闘力が過大に評価された傾向がないわけではないと考えています。
この「ビスマルク級」戦艦(仮計画名、戦艦「F」「G」)の建造に引き続き、ドイツ海軍が設計した戦艦がその一番艦の計画名をとって我々が「H級」という総称で知ることになる戦艦群でした。
ナチスドイツ海軍の未成戦艦「H級」戦艦をめぐる妄想の始まり
筆者の妄想の始まりは、「H級」戦艦の開発計画について調べるうちに、下の投稿を発見したことでした。myplace.frontier.com
ここでは「H級」計画の全貌について実によくまとめられた文章を読んでいただくことができます。原典も複数にあたっていらっしゃって、細部の比較も実に興味深い。関心がある方にとっては、スペック表、図面なども揃っていて「よだれの出るような情報満載」(だと筆者は思っています)ですので、ご一読をお勧めします(「英語かよ」とおっしゃる方も、Google翻訳でかなりの精度で大意が取れると思います。少し表現のおかしなところは、概ね専門用語、軍事用語絡みですから、多分、そこは皆さんの「マニア・マインド」がカバーしてくれるはず)。もちろん図面や概略は今回大まかに引用掲載しますので、ご心配なく。(というわけで、今回の図面などはここから引用したものを中心に)
「H級」戦艦とは(2隻は起工後、第二次世界大戦勃発により工事中止に)
少し上述とも重複する事を恐れずにまとめておくと、再軍備宣言と英独海軍協定の締結に伴い、ドイツ海軍は潜水艦の保有も認められ、水上戦闘艦についても制約のない大型軍艦の建造へと進んでゆくことになります。
こうした制限撤廃に伴いドイツ海軍は、通商破壊を主要任務とする装甲艦の発展形としての「シャルンホルスト級」戦艦、新生ドイツ海軍初の本格的戦艦「ビスマルク級」(上述)という2艦級を建造、さらにその次級の主力艦の設計は、ということで現れたのが「H級」とひとまとめにされてきた戦艦群でした。
この艦級名は計画の最初の仮計画艦名称「H」号に基づいています。
計画では6隻まで仮称(つまりH、J、K、L、M、Nまで)がつけられて計画が実存したようなのですが、設計は6隻全て固まってたわけではなく、上記の着工までで中止になった「H」「J」の2隻は少なくとも「H39型」と呼ばれる設計でした。
上記のように「H級」戦艦の設計は固定されてた訳ではなく、戦訓や技術開発を反映して更新されてゆくのですが、少なくとも「H39型」として着工された2隻とこの後に続く「H40a型」「H40b型」(いずれも「H39型」の防御装備強化型)、さらに「H41型」までは計画承認までに至る実現可能な設計案だったと言われていますが、「H42型」以降は「研究案の域を出ない」と言っていいような段階の設計案でした。
(余談ですが「ドイッチュラント級」装甲艦3隻の仮称記号がA、B、C、続く当初「ドイッチェラント級」装甲艦の4番艦、5番艦として計画された「シャルンホルスト級」戦艦の2隻がD、E、「ビスマルク級」戦艦の2隻がF、Gの仮称記号を与えられ、従ってこれに続く主力艦の仮称記号は「H」となるわけです)
(上図は上掲の The Wells Brothers' Battleship Index: Debunking the Later H-class Battleships から)
「H39型」は、「ビスマルク級」戦艦の拡大改良型で、「ビスマルク級」では実現できなかった機関のオール・ディーゼル化を目指した案です。大型ディーゼル機関の搭載により30ノットの高速と、長大な航続距離を併せ持った設計でした。機関の巨大化により船体も55000トンに達しています(「ビスマルク級」は41700トン)。主砲口径は「ビスマルク級」よりも一回り大きな40.6センチ砲として、これを連装砲塔4基に搭載していました。
全体的な概観や兵装配置は「ビズマルク級」を踏襲しており、大きな外観的な特徴としては巨大な機関搭載により煙突が2本に増えたことと、航空機関連の艤装が艦尾に移されたことくらいでした。
1939年に仮艦名称「H」と「J 」が着工されましたが9月の大戦勃発で中止されました。
(上の写真は「H39型」戦艦の概観:224mm in 1:1250 by Neptun: 下の写真は「H39型」の細部拡大:「ビスマルク級」をタイプシップとして、それに準じた兵装配置であることがよくわかると思います。大型ディーゼルを搭載した高速長航続距離を目指した設計で、二本煙突が大きな特徴かと: 中段写真では新型で、それまでの「ビスマルク級]に搭載された開放型の砲架とは異なり閉鎖型の新型連装砲架に搭載された8基の高角砲:105mm/65 SK C/33がよくわかります)
「ビスマルク級」との比較
下の写真は「H39型」が完成されていればその前級にあたることになった「ビスマルク級」との対比を示したものです。
両モデルともにNeptun レーベルの高い再現性でディテイルが作り込まれています。大型化した機関を搭載し一回り口径の大きな主砲を搭載しながらも、同系統の設計思想に基づく物であることがよくわかると思います。上掲の「拡大改良版」の言葉そのままかと。
Neptun レーベルの泣きどころ
余談ですが、再現性が高く筆者が1:1250スケールモデルの最高峰と言っていいと考えているNeptun レーベルなのですが、唯一の泣きどころは再現性の高さから繊細に作り込まれた砲兵装類の「繊細さ」にあると考えています。つまり全ての砲兵装の砲身が細く、柔やかいホワイトメタル製であるために、曲がりやすいのです。そして一旦曲がるとなかなか元の直線には戻りにくいという弱点があるのです。「ついうっかり指が砲身に触れてしまいグニャリ、下手をすると副砲や高角砲などの小さなパーツ部分は砲身が「ポロリ」なんてことが日常的に起きるわけです。
「H39型」以降の「H級」初期型諸形式の話
「H40型」
一般的には「H 39型」の装甲強化改良型、とされていて、「H40a型」と「H40b型」の2つの設計案があったとされています。
(上図は「H40型」の設計2案「H40a型」(上段)と「H40b型」:モデルはAlbertから出ているようですが、見たことがありません 上図は上掲の The Wells Brothers' Battleship Index: Debunking the Later H-class Battleships から)
上掲の図の上段の「H40a型」は「H39型」と同等のサイズで、「H39型」で課題があるとされた防御強化を図る案でした。装甲強化等の重量増の代償に主砲塔1基を減じた設計でした。一方「H40b型」は武装等を「H39型」と同等にしたまま防御力の向上を図った設計で、当然のことですが艦型が大型化し、次に紹介する「H41型」に近いサイズになっています(排水量66000トン)。
両設計ともに「H39型」との大きな差異として機関がオールディーゼルから、ディーゼルと蒸気タービンの併載とされたことが挙げられます。速力は両型ともに30.4ノットの高速を発揮する設計でした。
「H41型」:主砲口径を42センチに
この「H級」シリーズの実現性のある設計案の最後の「H41型」は、主砲の強化を狙った設計案でした。排水量68000トン(「大和級」並)の船体に、42センチ(連装砲塔4基搭載)の口径の主砲を搭載し、機関は再びオールディーゼルとして速力28.8ノットを発揮するというスペックでした。
(上図は上掲の The Wells Brothers' Battleship Index: Debunking the Later H-class Battleships から)
(上の写真は筆者版「H41型」戦艦の概観:232mm in 1:1250 by semi-scratch based on Superior:「筆者版」の種を明かすと1:1200スケールのSuperior製H-class(おそらく「H39型」)をベースにしています(≒Superior社の1:1200スケールのひと回り大きな「H39型」を1:1250スケールの「H 41型」のベースとして流用している、と言う訳です)。筆者が知る限り、「H41型」の1:1250スケールモデルはAlbert社からのみ市販されていますが、未だ見たことがありません)
船体が大きくなったため建造には、港湾の水深と同艦の喫水の関係で課題が発生しただろうと、上掲の文書では記述されています。 The Wells Brothers' Battleship Index: Debunking the Later H-class Battleships
同艦では新たな42センチ口径の主砲が搭載される計画でしたが、クルップ社製の40.6砲をベースとすれば、同砲の砲身が肉厚だったため、比較的容易に口径の拡大はできただろう、とも記述されています。
レッドサン・ブラッククロスに登場する「フリードリヒ・デア・グロッセ」
仮想戦記小説の第一人者のお一人、佐藤大輔氏の「レッドサン・ブラッククロス」に登場する「フリードリヒ・デア・グロッセ」は「H41型」です。もちろんこちらは40.6センチ主砲の筆者版などではなく、オリジナルの42センチ主砲搭載艦として登場します。51センチ主砲を搭載した「超大和級」戦艦と交戦し「尾張」に大損害を与えながらも撃沈されてしまいます。
そして「H級」後期型:「H42型」「H43型」「H44型」
「H級」計画は、さらに、研究段階の設計案として「H42 型」「H43 型」「H44型」と続いています。どうも「ナチス・ドイツ」の兵器設計の常、というか(架空戦記小説から筆者が影響を受けているだけかもしれませんが)「大きく強く」のような発想が色濃く見受けられる(あくまで筆者の私見ですが)計画案が多いように感じています。いずれも強大な船であり、既に「H41型」ですら建造施設に課題が見つかっていることから、これらの建造についてはドライ・ドックでの建造等、建造方法についても研究・検討が必要だっただろうと上掲の文書では記述しています。 The Wells Brothers' Battleship Index: Debunking the Later H-class Battleships
「H42型」:防御強化タイプ
(上図は上掲の The Wells Brothers' Battleship Index: Debunking the Later H-class Battleships から)
「H41型」の防御を十分に充実させた研究案として提出された設計でした。特に「H42型」から「H43型」「H44型」ともに魚雷防御に重点が置かれ、第二次世界大戦で舵に被雷して行動の自由を失った「ビスマルク」の戦訓から、舵と推進器の損害を防ぐ構造が取り入れられていました。
実は上掲のサイトでは「H42型」以降では水中防御仕様が尾推進器部分に盛り込まれる予定だった、という以下のような記述が出てきます。
"From this 'H-42' design onwards, efforts were made to give rudders and propellers maximum protection by extending the stern of the ship in the shape of two side fins forming a kind of tunnel and protecting the rudder and propellers from the sides. This design was to offer protection against the kind of fateful torpedo hits sustaned by Bismarck. The effect such a stern would have on manoeuvrability of so large a ship was not looked into and extensive model tests would have been necessary before such a project could have been carried out."
抄訳すると「「ビスマルク」に致命的な損害を与えた魚雷攻撃への防御強化策として、一種の「覆われた船尾」を装備している」とされています。「舵とスクリューを魚雷の打撃から保護するための両側にサイドフィンが装備されている」ということです。併せて「このような設計の船尾構造が巨大な戦艦の操縦性にどのような影響を与えたかは検証が必要だっただろう」とも述べています。
戦艦「ビスマルク」の戦訓
戦艦「ビスマルク」についてはその最初で最後の戦闘航海となった出撃で、デンマーク海峡での劇的な英戦艦「フッド」の撃沈が有名です。しかしこの際に実は「ビスマルク」は「プリンス・オブ・ウェールズ」の主砲弾を3発、艦首に被弾しており、その後予定されていた大西洋での通商破壊戦の継続を諦めて、そのまま通商破壊戦を継続する重巡「プリンツ・オイゲン」と別れ、単艦、ドイツ占領下にあったブレスト軍港への回航、修理を目指すこととなりました。その途中で空母「アークロイヤル」の放った雷撃機隊から魚雷2発を被雷してしまいます。そのうち右舷後部に命中した魚雷の衝撃で舵が12度で固定されてしまい、この対応で速力が7ノットに低下、英海軍の追撃をかわせず、集中攻撃を受けて撃沈されてしまいました。
この戦訓に導かれた水中防御仕様とは?
この戦訓を受けて、「H42型」以降では水中防御仕様が検討された、ということなのですが、いったいどんな艦尾構造なんだろうか、という興味が湧き上がっていたところに、筆者がAlbert製の「H級」戦艦のモデルを探していると伝えたE-bayerから、「「H級」戦艦なら、ハル部分(船底部分)のモデルもセットできるけど」とうれしい連絡をいただき、「モデルがあるのなら、是非とも」という次第で今回の入手に至った訳です。
下の写真は、その艦尾構造のアップ。なるほどそういうことか、という写真です。舵とプロペラは分かりやすい様にゴールドで彩色してみました。(by extending the stern of the ship in the shape of two side fins forming a kind of tunnel and protecting the rudder and propellers from the sides. :英語ではこんなふうに説明するんだなあ、などと感心しています。特にa kind of tunnelがあまりイメージできなかったのですが、ああ。こういうことなのか、と。百聞は一見に如かず、というやつですかね)
「H42型」は、このような防御装備の充実で排水量は90000トンに拡大しています。主砲については42センチ砲搭載説と48センチ砲搭載説の2説がある様です。機関としてはディーゼルと蒸気タービンの併載し、31.9ノットの高速艦となる設計案でした。
併せて、同サイトでも記述があるのですが、上掲の艦尾の推進器周りの構造については、素人目に見ても、理論上は対魚雷防御仕様としてはありかもしれませんが、「H級」後期型の様な巨大艦で、かつ高速航行時に操舵性にどんな影響が出るのか、慎重な検証が必要な気がしますね。ほとんど高速では旋回ができなくなりそうな、あるいは右に左に頭を振り回されそうな、そんな気もします。(The effect such a stern would have on manoeuvrability of so large a ship was not looked into and extensive model tests would have been necessary before such a project could have been carried out.)
「フォン・モルトケ級」(レッドサン ブラッククロスに登場)
前出の佐藤大輔氏の「レッドサン ブラッククロス」には「フォン・モルトケ級」という戦艦が登場します。同級は排水量で見ると「H42型」の仕様に近い規模の船なのですが、搭載主砲は42センチでも48センチでもなく51センチとされています。「H42級」と次に掲載する「H43級」の中間的な仕様として登場しています。
「H43型」:20インチ主砲搭載
(上図は上掲の The Wells Brothers' Battleship Index: Debunking the Later H-class Battleships から)
「H42型」の強化型として主砲に508ミリ砲(20インチ砲)が採用され、110000トンを超える強大な戦艦になる計画案でした。ディーゼルと蒸気タービンを併載して30.9ノットの総力を出す予定でした。主砲には「H42型」でも触れた48センチ砲搭載説もあるようです。
「H44型」級:「H級」シリーズの最終形、史上最大の戦艦
「H42型」に続く「H43型」は初めて10万トンを超える巨大戦艦の設計案でしたが、この巨大戦艦の設計案は次の「H44型」へと繋がります。
(上図は上掲の The Wells Brothers' Battleship Index: Debunking the Later H-class Battleships から)
「H44型」は公式な設計案が残る史上最大の戦艦とされています。排水量130000トン、 50.6センチ(20インチ)砲8門を主砲として搭載し、ディーゼルと蒸気タービンの併載で29.8ノットを発揮する、というスペック案が残っています。複数の枝記号を持つ図面が見つかっており、設計案が複数あったかもしれません
(「H44型」の概観:293mm in 1:1250 by Albert: 破格の大きさで、いつも筆者が使っている海面背景には収まりません。仕方なくやや味気のない背景で。下の写真は「H44型」の兵装配置を主とした拡大カット:巨大な20インチ連装主砲塔(上段)から艦中央部には比較的見慣れた副砲塔や高角砲塔群が比較的オーソドックスな配置で(中段)。そして再び艦尾部の巨大な20インチ連装主砲塔へ(下段))
この辺りの資料は「研究段階の計画艦」ということもあって「諸説」が残っていて調べ出すとキリがありません。何か面白い資料があればぜひ教えてください。
「H44型」のフルハルモデル
(上の写真は「H44型」モデルの概要:入手した艦底部分にウォータラインモデルを乗せただけで、接着していないので隙間等見えますが、ご容赦を)
少し模型的な話:Albert社の「H級」各形式のモデル
「H級」の1:1250スケールの模型はAlbert社から発表されています。筆者は上掲の「H44型」以外のモデルを見たことはありませんが、いつもモデルの検索でお世話になっているsammelhafen.deによれば「H40a型」「H40b型」(実はこの両形式は明記されていません:H-Klasse Studie A/Bとだけ表記されています)「H41型」「H42型」「H43型」「H44型」が同社から発表されていることになっています。しかしsammelhafen.deでも写真が掲載されているのは筆者が保有する「H44型」のみで、他の型式については写真は見つけられませんでした。
Z計画の戦艦総覧
(上の写真は、再生ドイツ海軍の「Z計画」での主力艦整備計画の総覧的なカット:下から「ビスマルク級」by Neptun 、「H39型」 by Neptun、「H41型」by semi-scratch based on Superior、そして「H44型」 by Albert の順)
完全な架空艦「H45型」のご紹介
これまでご紹介してきた「H級」の諸型式は研究段階という「淡い」状態ながらも何らか計画があったことが確認されていますが、もう一つ都市伝説的な型式「H45型」が、The Wells Brothers' Battleship Index: Debunking the Later H-class Battleships では紹介されています。
「H45型」は「実存しない設計案」つまりゲームの中だけで語られている設計案の一つです。
「都市伝説的な」とご紹介したのは、この設計案が、ヒトラーがグスタフ列車砲(800mm砲)を主砲として搭載する戦艦のアイディアについて語った、という設定(史実なのかどうか?)のみを拠り所として、考えられているからです。(投稿には図面が掲載されてます。「ただしなんの根拠もないよ、でもこういう自由な設定は楽しいから、いいんだよ。どんどんいこう」的なコメント付きです:Let us state for the record that there is absolutely nothing wrong with making up purely fictional ship designs for wargames. We do it all the time. It can be fun. It only becomes a problem when people start to believe that these designs were real. Since these are fictional designs, it is difficult to impossible to find good, reliable references on them. We are forced to rely on saved pictures and saved bits of text from defunct websites, as well as personal memories. So, here we present some more-or-less fictional designs that readers might find on the internet:「H45型」に関するコラムの冒頭部分をそのまま引用しています。fictional designsが何度も出てきて、ちょっと嬉しいですね)
(上図は「H45型」(上記のコラムでは”The (mostly) Fictional H-45 Design”とタイトルがついています)と称して紹介された「オバケ戦艦」:上図の上左に「ビスマルク級」の図が対比として載っているので、大体の大きさがわかっていただけるかと)
”The (mostly) Fictional H-45 Design”と銘打たれた55万トン(一説では70万トン)のまさにモンスター戦艦。全長609メートル、80センチ主砲(グスタフ列車砲)搭載、なんと28ノットの速度が出せる、ということになっています。
1:1250スケールでの模型的なお話
驚くべきことに、この船の3D printing modelが下記で入手可能です。
(上の写真はモデルの写真:506mm1(1:1200スケールでの寸法ですから、1:1250だともう少し小さい)の巨大なモデルです。かなり低い姿勢にも興味をそそられます)
この発注ページの注釈に1:1200-506 mm Length- Special Order Only- Printed in 2 Pieces と記載されていて、船体が2分割されている、ということですかね。併せてこのページのスケールの選択肢では1:1250スケールは表示がなく選択することはできないのですが、別モデルで問い合わせた際に「メモ欄に1:1250希望」と書いておいてね、と言われ実際にその通りの寸法でモデルが届きましたので、対応はしてもらえるはずです。
「2分割の接合、というのは実はなかなかの難問だなあ」などと、まだまだ楽しみはある、ということですね。
現時点(2024年2月4日)で、製作者に再度1:1250スケールでの出力の可否と、可能だとして主砲塔・副砲塔等の武装を撤去した、つまり船体だけのモデルの出力への変更が可能かどうか、問い合わせ中です(多分、ストックパーツに入れ替えたくなっちゃうと思うのです)。3Dモデルの場合には、こう言ったリクエストが聞いていただける場合が時折あります。これが叶うと、主砲塔等をどう揃えていくのかに対処する必要は出て来ますが、武装等を一旦撤去して、という工程を省け、かつ仕上げも美しくなると思うので、おそらく筆者的には嬉しいかと考えています。懸念はエキストラな費用を請求されるかも、というところかと。
それでなくても、おそらく1:1250スケールでさえ50センチ程度の巨大なモデルになるでしょうし、1:1800スケールで18.95€の価格設定になっていますので、一体いくらの設定になるのか、ちょっとドキドキです。
こちらは返答も含め、いずれはアップデートさせていただきます。
ということで、今回のドイツ海軍の未成戦艦のまとめはここまで。
次回はドイツ海軍の未成艦の最終回ということで、未成装甲艦「D級」と未成に終わった航空母艦などをご紹介したいと思っています。
もちろん、もし、「こんな企画できるか?」のようなアイディアがあれば、是非、お知らせください。
模型に関するご質問等は、いつでも大歓迎です。
特に「if艦」のアイディアなど、大歓迎です。作れるかどうかは保証しませんが。併せて「if艦」については、皆さんのストーリー案などお聞かせいただくと、もしかすると関連する艦船模型なども交えてご紹介できるかも。
もちろん本稿でとりあげた艦船模型以外のことでも、大歓迎です。
お気軽にお問い合わせ、修正情報、追加情報などお知らせください。
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