相州の、1:1250スケール艦船模型ブログ 主力艦の変遷を追って

1:1250スケールの艦船模型コレクションをご紹介。実在艦から未成艦、架空艦まで、系統的な紹介を目指します。

宝箱のようなフランス海軍:弩級戦艦登場以前のフランス海軍主力艦の系譜

本稿、前回はドイツ帝国海軍の第一次世界大戦期の装甲巡洋艦のご紹介を、コレクションモデルのヴァージョン・アップのお話を交えてご紹介しましたが、「そもそも装甲巡洋艦とは」というくだりで、「その始祖は実はフランス海軍」というようなお話をしました。

少しそのまま引用すると・・・・。

「少し意外に聞こえるかもしれませんが、この艦種の家元はフランス海軍であると考えています。世界初の装甲巡洋艦デピュイ・ド・ローム同型艦なし)」を1895年に就役させています。

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(1895: 6,676t 19.7knot, 7.6in *2 + 6.4in *6 92mm in 1:1250, WTJ:明細は筆者のオリジナルなので、気にしないでください)

フランス海軍は、速射砲の性能向上に伴う戦闘艦の攻撃力の格段の強化に伴い、これに対抗し船団護衛、もしくは通商破壊戦の展開をその主任務とする巡洋艦(当時は防護巡洋艦が全盛)に、近接戦闘での戦闘能力を喪失し難い能力を与えるべく、舷側装甲を追加しました。こうして「装甲巡洋艦」という艦種が生まれたわけです。

19.4センチ速射砲2基と16.3センチ速射砲8基を装備し、19.7ノットの速力を出すことができました。性能もさることながら、そのデザインの何と優美な事か。」

 

まあ、こんな感じでドイツ帝国海軍の装甲巡洋艦のお話にも関わらず、冒頭、フランス海軍の装甲巡洋艦のご紹介で始めていたわけです。

そんなわけで、ここらで再度、フランス海軍の主力艦の開発系譜などご紹介しておく良い折り合いかな、と思い、今回はそういうお話をしたいと思います。

全部一気に、というのは少し荷が重いので、今回は行けるところまで、という感じで進めますが、筆者のフランス海軍艦艇への関心は特に「弩級戦艦」の登場以前、に集中していますので、今回はその辺りまでなんとか行きたいな、そう思っています。

今回はそういうお話。

(上述のように、再録、的な回ですので(かなり文章は変わると思いますが)、もし出し惜しみせず全部行こうぜ、という方は下記をご覧ください)

fw688i.hatenadiary.jp

 

「宝箱のようなフランス海軍」

弩級戦艦登場以前のフランス海軍の主力艦開発の「迷走」

フランス海軍は、ご承知のように元々は英国と並ぶ海軍の老舗で、近代戦艦(いわゆる後に前弩級戦艦、準弩級戦艦と分類されるわけですが)全盛の時期にも実に多くの設計を世に送り出しています。その形式は12形式に及びますが、建造された近代戦艦(前弩級戦艦・準弩級戦艦)の総数は23隻にすぎません。つまり多くが同型艦を持たぬ、いわば試行錯誤的な艦艇、あるいはタイプシップの改良型であったと言ってもいいかもしれません。

背景には「新生学派」(ジューヌ・エコール)と呼ばれる、ある意味では、いかにも議論の国フランスらしい、「大艦巨砲主義」の対局をゆく海軍戦略を主導しようとする一派の海軍首脳部での台頭がありました。彼らの主導する海軍中枢により、戦艦建造への疑問符から生じる予算制約、建造条件の設定など、いわば戦艦設計における迷走期が長く続いたわけです。

確かにこの時期は、蒸気装甲艦の出現後、初めて日清、日露での実戦が行われ、多くの戦略的、戦術的データがあらわれた時期でもありましたので、その中で多くの仮説が現れ、それに国民的な体質が重なり(本当かな?)、このような現象が発生する必然があったと言えるかもしれません(この時期、史上初と言ってもいい蒸気装甲艦同士の海戦が「日清戦争」で行われ、そこで現れた装甲艦の浮沈性、にも関わらず、大口径砲は命中せず、勝敗は中口径の速射砲が決定した、というような海戦から現れた諸相を見れば、戦艦の存在そのものに疑問符がもたれても、ある意味仕方がない、ということかもしれないと、筆者も感じています)

が、経緯はどうあれ、日本海軍が日清・日露で実戦で体感し実証し、その後、ドイツやイギリス、日本などが、同一口径の戦艦の集中的な運用による艦隊決戦の思想に至り、果ては「弩級戦艦」に行き着く艦艇開発を進めた時期に、フランス海軍で生起したこの議論と試作(あえてこの段落のサブタイトルでは「迷走」と言い切りました)は、フランス海軍を世界の二大海軍の座から脱落させた要因の一つと言っていいように考えています。

 

一方で、このことは艦艇設計的には長い期間、競争試作的な時期が続いたということでもあるわけで、その設計は常にユニークで、例えば他国に先駆けた副砲の砲塔化、あるいは四連装砲塔の実現など、その技術的な発展には見るべきものが多い時期でもあった、と考えています。

 

これらのことを艦船模型的な視点でまとめると、実に多くの試作品がカタログに盛り込まれた「宝箱のような海軍」で、筆者のモデルコレクターの魂を強く揺さぶるのです。

例えば、1891年から就役したシャルル・マルテル準級(準級:聞き慣れませんが、緩やかなグループ、というような意味ですよね、きっと)には5隻の戦艦が属しているとされているのですが、発注時に排水量・備砲・速力などは一定の基準を設けられたものの、デザイナーも造船所も異なり、まさに「競争試作」が、なんと「戦艦」で実際に行われた、というようなことが見て取れるわけです。

既にほぼ同時期に、永年の仮想敵であったイギリス海軍は、同型艦を多数揃え、戦隊での統一指揮下における戦闘運用を構想するという主力艦艦隊(戦隊)の設計思想を確立していました。ドイツ帝国艦隊もこれに追随し、その果てにいずれは「ドレッドノート」という革命的な艦の設計と、その後の両海軍を中心とした大建艦競争が待っているわけですが、そうした統一構想を持たない(むしろ背を向けた?)フランス艦隊を、イギリス海軍は「サンプル艦隊」と揶揄していました。

しかし、まさにこの「サンプル」感覚から、これからご紹介する興味深い、そして優美な(筆者にとっては!?)艦船群が生み出されたということには、本当に感謝したいのです。

 

重ねて感謝

下のリンク、フランス海軍の艦船開発史について、大変興味深くまとめていらっしゃいます。

上記の整理についても、大変参考にさせて頂きました。紹介させて頂きます。

フランス艦艇に興味のある方、必読です。

軍艦たちのベル・エポック(前編)

軍艦たちのベル・エポック(後編)

 

近代戦艦:前弩級戦艦 

フランス海軍は「1890年計画」で、主力艦24隻配備を目標に向こう10年間に10隻の主力艦を建造することを目標として掲げます。以下にご紹介する一連の主力艦はこの計画に沿ったものなのです。(実は最初の「ブレニュス」は少し微妙です。起工は1889年ですので、「1890年計画」以前なのですが、後述のように軍政サイドのゴタゴタで工事が中断し、中断期間中に開発された技術などを取り込んで建造が再開されていますので、この1隻に数えるべきかどうか・・・)

戦艦「ブレニュス」(1895年就役)

ja.wikipedia.org

(1891-, 11,190t, 18knot, 340mm *2*1+340mm*1*1)

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(戦艦「ブレニュス」の概観 :97mm in 1:1250 by WTJ )

 同艦は上述のフランス海軍の「新生学派」主導時代(ジュール・エコール)における、最初の戦艦 です。

建造の経緯は少し複雑で、元々は前級「マルソー級」(装甲艦?いずれ改めてご紹介)の4番艦として予算確保されましたが、軍政面でのゴタゴタ(海軍大臣の交代等)で一旦建造中止となり、再度の大臣交代に伴い、全く新しい設計で新造されました。f:id:fw688i:20220529095347p:image

(戦艦「ブレニュス」の砲兵装の配置:艦首部の34センチ連装砲塔(上段)、艦中央部の16センチ単装速射砲。中央砲郭の名残的な配置ですが、一部は単装砲塔?(中断)、艦尾部の単装34センチ砲塔)

34センチ砲を主砲とし、前部に連装砲塔、後部に単装砲塔の形で搭載していました。全周装甲の連装砲塔や、16センチ速射砲を単装砲塔形式で登載、あるいは新型のボイラー採用等、新機軸を多数盛り込んだ意欲的な設計でした。当時の戦艦としては18ノットの高速を発揮することができました。

 

「シャルル・マルテル準級」戦艦(1893年から就役:準同型艦5隻)

大鑑巨砲に懐疑的な「新生学派」支配下のフランス海軍は、次世代の主力艦に明確な構想を見出すことができませんでした。しかし一方で仮想敵である英海軍の海軍軍備整備は進んでおり、主として英海軍への対抗上、建艦計画をスタートさせることとなりました。その辺りの紆余曲折は上記の「ブレニュス」の建造の経緯にも現れているのですが、それとほぼ平行して、シャルル・マルテル準級が建造されることとなりました。これは、設計の基本スペックを規定し、すなわち排水量(11,500t ±)、搭載砲(30.5cm * 2+27cm *2)、速力(17.5 knot ±)などのスペックを与え、設計者・造船所により一種の競争試作を行わせる、というようなものでした。

この競争試作の結果、「シャルル・マルテル」「カルノー」「ジョーレギベリ」「マッセナ」「ブーヴェ」の5隻が建造されました。いずれも主兵装を菱形配置とし、30.5センチ砲2門を艦の前後に、27センチ砲2門を艦の左右に単装砲等で登載しています。

 (「シャルル・マルテル準級」の5隻:「シャルル・マルテル(左上段)」「カーノウ(左下段)」「マッセナ(右上段)」「ブーヴェ(右中段)」「ジョーレギベリ(右下段)」 注:それぞれの塗装は筆者のオリジナル塗装です。この様な迷彩(?)塗装の記録はありません。「ふざけるな!」<<<お叱りごもっともです。ご容赦ください)

 

戦艦「シャルル・マルテル」(1897年就役)

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(1897, 11,639t, 18knot, 30.5cm *1*2+ 27cm *1*2 )  

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(「シャルル・マルテル」の概観:94mm in 1:1250 by WTJ:War Time Jornal)

同艦は「「準級」計画の一環として建造され、ブレスト海軍造船所が建造にあたりました。美しいタンブルホーム型船体を有しています。

艦首部、艦尾部に主砲である30.5センチ砲を単装砲塔で装備し、両舷側に中間砲である27センチ砲をこれも単装砲塔形式で装備していました。併せて14センチ副砲も全て単装砲塔形式で搭載され、広い射界を与えられていました。f:id:fw688i:20220529100716p:image

(「シャルル・マルテル」の砲兵装配置:艦首部から30.5センチ単装主砲塔と両脇の14センチ単装速射砲(上段)、艦中央部の27センチ単装中間砲とその周辺の14センチ単装速射砲、さらに艦尾部の30.5センチ単装主砲塔と周辺の14センチ単装速射砲(下段):「準級」の標準的な砲兵装配置、と言っていいでしょう)

この搭載形式。配置により艦首尾方向に30.5センチ砲1門、27センチ砲2門、14センチ砲4門が、舷側方向には30.5センチ砲2門、27センチ砲1門、14センチ砲4門が、それぞれ指向でき、強力な火力を有していました。

 

戦艦「カルノー」(1897年就役)

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(1897, 11,954t, 17.8knot, 30.5cm *1*2+ 27cm *1*2)  

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(「カルノー」の概観:94mm in 1:1250 by WTJ:War Time Jornal)

同艦はトゥーロン海軍造船所が「準級」計画の一環として建造しました。

「シャルル・マルテル」同様、タンブルホーム型の船体を有し、主砲・中間砲・副砲の搭載形式もほぼ同等で、艦首尾、舷側それぞれの方向に強力な火力を指向することができました。f:id:fw688i:20220529100523p:image

(「カルノー」の砲兵装配置:搭載砲とその配置は上掲の「シャルル・マルテル」に準じた配置になっています。艦首部から30.5センチ単装主砲塔と両脇の14センチ単装速射砲(上段)、艦中央部の27センチ単装中間砲とその周辺の14センチ単装速射砲、さらに艦尾部の30.5センチ単装主砲塔と周辺の14センチ単装速射砲(下段))

同艦が属するこの「準級」計画は 1890年海軍計画の一部で、10年間で10隻の新造戦艦を建造する、という計画の一部でした。「準級」計画の特徴は同じ基本スペックに対する競争試作を行うとするもので、様々な創意を具現化し個艦の性能向上を目指す効果を促進する一方で、同時期に英独海軍が推進していたような同型艦を量産し統制された戦隊行動により強大な破壊力を創出する、というような戦術的な運用に対しては、適性が高いとは言えないものでした。

 

戦艦「ジョーレギベリ」(1897年就役)

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(1897, 11,818t, 17knot, 30.5cm *1*2 + 27cm *1*2 )  

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(「ジョーレギベリ」の概観:89mm in 1:1250 by WTJ:War Time Jornal)

同艦の設計者はアントワーヌ・ジャン・アマブル・ラガヌで、ラ・セーヌ造船所で建造されました。設計者のラガヌは、本艦の設計以前にフランス戦艦「マルソー」(菱形主砲配置の先駆的存在)、やスペイン戦艦「ペラーヨ」を手がけたベテランで、この後、馴染みのあるロシア太平洋艦隊旗艦の「ツェザレヴィッチ」の設計を手がけることになります。

本艦のみ副砲を連装砲塔で装備しています。連装の副砲は前部艦橋と後部艦橋のそれぞれ脇の上甲板状に配置され、広い射界を与えられ、主砲・中間砲の菱形配置と併せて、艦首尾方向、舷側方向それぞれに強力な火力を指向することができる設計でした。f:id:fw688i:20220529101040p:image

(「ジョーレギベリ」の砲兵装配置:同艦のみ副砲は連装砲塔形式で搭載されていました:艦首部から30.5センチ単装主砲塔と両脇の14センチ連装速射砲塔(上段)、艦中央部の27センチ単装中間砲、さらに艦尾部の30.5センチ単装主砲塔と周辺の14センチ連装速射砲塔(下段))

この副砲の連装砲塔での搭載は、のちにロシア海軍向けに設計された「ツェザレヴィッチ」やこれをタイプシップとする「ボロディノ」級戦艦などにも影響を与えたと言っていいでしょう。

 

戦艦「マッセナ」(1898年就役)

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(1896, 11,735t, 17knot, 30.5cm *1*2 + 27cm *1*2 )  

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(「マッセナの概観:94mm in 1:1250 by WTJ:War Time Jornal)

同艦の設計者はルイス・マリー・アンヌ・ド・ビュシィで、世界初の装甲巡洋艦である「デュピュイ・ド・ローム」の設計者として有名です。ロアール造船所で建造されました。「デュピュイ・ド・ローム」との共通点が多く見られ、世界初の3軸推進の戦艦となりました。

主砲・中間砲・副砲などの搭載形式は「準級」の他艦と同様で強力な火力を周囲に向けることが可能でしたが、完成後は、設計に対し重量超過となり、肝心の装甲帯が水中に没し防御力に課題があることが判明しました。また、極端なタンブルホーム形状から、安定性に問題があったとされています。

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(「マッセナ」の砲兵装配置:搭載砲とその配置は上掲の「シャルル・マルテル」に準じた配置になっています。艦首部から30.5センチ単装主砲塔と両脇の14センチ単装速射砲(上段)、艦中央部の27センチ単装中間砲とその周辺の14センチ単装速射砲、さらに艦尾部の30.5センチ単装主砲塔と周辺の14センチ単装速射砲(下段):極端なタンブルホーム形式の船体を採用していることがよく分かります。意欲的なことは伝わってきますが、課題の多さもなんとなく予見できますね)

筆者としてはこの「極端なタンブルホーム」というのが大のお気に入りで、この「準級」の中では一番だったので、少しこれらの課題があることは残念です。もう一つ、確かにここまで艦型が多感と異なると戦隊としての行動は運動特性から難しそうですよね。

(下の二点の写真は多くの共通点があるとされる世界初の装甲巡洋艦「デュピュイ・ド・ローム」の概観:再掲と両艦の概観比較)

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戦艦「ブーヴェ」(1898年就役)

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(1898, 12,007t, 18knot, 30.5cm*1*2 + 27cm *1*2)

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(「ブーヴェ」の概観:96mm in 1:1250 by WTJ:War Time Jornal)

同艦は「準級」最終艦としてロリアン造船所で建造されました。

砲装備の配置などは、「準級」の他艦と同様で、全周に対し強力な火力を指向することができました。

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(「ブーヴェ」の砲兵装配置:搭載砲とその配置は上掲の「シャルル・マルテルに準じた配置になっています。艦首部から30.5センチ単装主砲塔と両脇の14センチ単装速射砲(上段)、艦中央部の27センチ単装中間砲とその周辺の14センチ単装速射砲、さらに艦尾部の30.5センチ単装主砲塔と周辺の14センチ単装速射砲(下段):同艦の絞り込みの強いタンブルホーム形式の船体の特徴がよくわかるのでは)

寸法、排水量とも同準級の他艦を少し上回るサイズとなりましたが、最新式のハーヴェイ・ニッケル鋼を装甲に用いるなど、同準級の中では最もバランスの取れた艦となったとされています。同艦も「マッセナ」同様、三軸推進でした。

第一次世界大戦ではガリポリの戦いで触雷し、「準級」の中で唯一の戦没艦となりました。

 

シャルルマーニュ級」戦艦(1899年から就役:同型艦3隻)

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(1899-, 11275t, 18knot, 30.5cm *2*2, 3 ships)

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(「シャルルマーニュ級」戦艦の概観:94mm in 1:1250 by WTJ:War Time Jornal)

「シャルル・マルテル準級」でフランス海軍が主力艦のあるべき姿を瞑想(迷走?)している間に、英海軍は近代戦艦の標準を見い出し、同型艦のセットを揃えてこれを戦隊で運用するという構想を実現しようとしていました。この「量産=同型艦の建造」には、同一口径の巨砲を数多く揃え、これらを統一指揮する戦術運動への指向も併せ持っていたわけです。

ところがフランス海軍ではこれまで見てきたように、いわゆる「サンプル艦隊」としてスペックの共通性はあったものの、個艦の性能向上への指向が設計に色濃く現れており、運動性の統一、戦隊としての運用等には大きく出遅れていることに気付かざるを得なかったわけです。

英海軍に続きドイツ帝国海軍もこれに追随する動きを見せ、これらに対応するために、フランス海軍が建造したのが、「シャルルマーニュ級」からその改良型である「イエナ」「シュフラン」に至る戦艦群でした。

シャルルマーニュ級」ではそれまでフランス戦艦の標準的な搭載砲であった主砲・中間砲・副砲の三種混載を改めて、中間砲を廃止し主砲を連装砲塔2基で艦首・艦尾に配置しています。「シャルル・マルテル準級」では標準化していた感のあった副砲の搭載形式も砲塔から軽量化が可能なケースメイト方式に改め、連装主砲塔2基の搭載による重量増に対応した形としました。

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(「シャルルマーニュ級」戦艦の砲兵装配置:艦首部から30.5センチ連装主砲塔、重量軽減のためにケースメイト形式で搭載された副砲群が艦中央部に続き(上段)、艦尾部の連装主砲塔へと続きます:実験的な要素は影を潜め、標準化(=量産?)を意識した手堅い設計を目指したことが伝わるような・・・)

第一次世界大戦時には既に弩級戦艦の時代を迎えていたため、同級は二線級戦力として後方支援にあたりました。ガリポリの戦いに参加し、同級の「ゴーロア」は陸上からの砲撃を受け損傷しています。

 

戦艦「イエナ」(1902年就役)

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(1902-, 11688t, 18knot, 30.5cm*2*2)

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(戦艦「イエナ」の概観:100mm in 1:1250 by Hai)

同艦は前級「シャルルマーニュ級」の改良型として1隻建造されました。前級からの改良点は、副砲を14センチ速射砲から16.4センチ速射砲に強化し、装甲の強化を併せておこなっています。

1907年に当時の火薬の不具合から弾薬庫の爆発事故を起こし、多数の死傷者を出し、以降は標的艦とされました。

 

戦艦「シュフラン」(1904年就役)

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(1904-, 12432t, 17knot, 12in *2*2 )

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(戦艦「シュフラン」の概観:99mm in 1:1250 by WTJ:War Time Jornal)

同艦は前出の「イエナ」同様、「シャルルマーニュ級」の改良型として一隻のみ建造されました。「イエナ」で副砲に採用された16.4センチ速射砲を単装砲塔形式で搭載し、広い射界を確保しています。

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(「シュフラン」の砲兵装配置:艦首部から30.5センチ連装主砲塔、副砲を16.4センチ速射砲として、「イエナ」ではこれをタイプシップの「シャルルマーニュ級」同様メースメイト方式で搭載していましたが、「シュフラン」では単装砲塔形式とケースメイト形式の混載として、射界を広くとる工夫が)

第一次世界大戦では主としてトルコ戦線方面で前弩級戦艦を中心に構成された戦艦戦隊の旗艦を務め活動しましたが、修理のための回航中にドイツUボートの雷撃を受け、弾薬庫が誘爆し轟沈しています。

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(上の写真は「シュフラン」とタイプシップである「シャルルマーニュ級」の比較:艦型はやや大型に(上段:上が「シュフラン」)。中段と下段では副砲搭載形式の比較(下段が「シュフラン」の副砲搭載:単装砲塔とケースメイトの混載))

 

「レピュブリク級」戦艦(1906年から就役:同型艦2隻)

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(1906-, 14605t, 19knot, 30.5cmi*2*2, 2 ships)

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(「レピュブリク級」戦艦の概観:103mm in 1:1250 by Navis)

同級以前のフランス戦艦には、排水量に制限がかけられていました(これも「新生学派」影響?)。本級ではそれが撤廃され、一気に艦型が大型化されています。設計は日本でも「三景艦」で馴染みのある、エミール・ベルタンで、これまでの戦艦とは異なる外観となり、航洋性が改善されました。連装砲塔に収められた主砲は従来と同様ですが、副砲は従来同様16.4センチ速射砲を採用し、これを連装砲塔6基、単装砲6基、計18門と大幅に装備量を強化しています。

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(「レピュブリク級」の砲兵装配置:艦首・艦尾に30.5センチ連装主砲塔を搭載、副砲を16.4センチ速射砲として、連装砲塔とケースメイトの混載で18門と格段に強化しています)

船体の大型化に伴い機関出力をあげ19ノットを越える速力を発揮することができました。

こうして一段階レベルアップした感のあるフランス近代戦艦が誕生したのですが、就役時には、すでに英海軍のドレッドノートが就役しており、いわゆる生まれながらにして旧式新造艦のラベルを貼られることとなってしまいました。

 

強化型近代戦艦:準弩級戦艦 

リベルテ級」戦艦(1908年から就役:同型艦4隻)

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(1908-, 14860t, 19knot, 30.5cm *2*2 & 19.4cm*1*10, 4 ships )

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(「リベルテ級」戦艦の概観:103mm in 1:1250 by Navis)

同級は1900年計画で建造が認められた6隻の戦艦(フランス海軍では艦隊装甲艦)の第二陣です。第一陣は前出の「レピュブリク級」の2隻で、第二陣である同級は4隻が建造されました。

同級は前級「レピュブリク級」の改良型で、基本設計は前級のものを踏襲し、副砲を装甲巡洋艦の主砲並みの19.4センチ速射砲として、これを単装砲で10基、搭載していました。うち6基は単装砲塔形式で搭載され、広い射界が確保される設計でした。f:id:fw688i:20220529105427p:image

(「リベルタ級」の砲兵装配置:艦首・艦尾に30.5センチ連装主砲塔を搭載、副砲を19.4センチ速射砲として、単装砲塔とケースメイトの混載としています)

こうして大幅な火力強化を狙った同級でしたが、前級同様、就役時には、すでにドレッドノートが就役しており、いわゆる旧式新造艦のラベルをはられる結果となりました。

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(上の写真は「レピュブリク級」と「リベルタ級」の比較:「リベルタ級」は「レピュブリク級」の副砲強化改良型として設計されましたので、基本的な艦型、配置等は同一です(上段):中段、下段では「レピュブリク級」(下段)と「リベルタ級」の最大の差異である副砲の比較:いずれも単装砲塔とケースメイトの混でした)

 

「ダントン級」戦艦(1911年から就役:同型艦6隻)

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(1911-, 18754t 19knot, 30.5cm*2*2 & 24cm *2*6, 6 ships)

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(「ダントン級」戦艦の概観:113mm in 1:1250 by Navis)

前級からさらに艦体を大型化し、副砲口径を前級の19.4センチから、24センチにさらに強化しています。この副砲を連装砲塔6基に収め、広い射界を確保し、火力を強化した設計でした。機関出力をさらに上げ、19ノットを越える速力を発揮することができました。f:id:fw688i:20220529110340p:image

(「ダントン級」の砲兵装配置:艦首・艦尾に30.5センチ連装主砲塔を搭載、副砲を24センチ速射砲として、連装砲塔で6基搭載しています。さらに舷側上甲板直下には、水雷艇対策として7.5センチ速射砲を片舷12門を装備しているのが分かります)

この砲配置により、艦首尾方向には30.5センチ砲2門と24センチ砲8門、舷側方向には30.5センチ砲4門と24センチ砲6門を指向させることができました。

本級も就役時には、イギリスはもちろん、ドイツ、アメリカも弩級戦艦を次々に就役させており、旧式新造艦 として就役せざるを得ませんでした。

第一次世界大戦ではネームシップの「ダントン」が1917年に地中海でドイツUボートの雷撃を受けて失われました。

 

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(上の写真は、フランス海軍の前弩級戦艦と準弩級戦艦の発展を追ったもの:下から最初の前弩級戦艦「ブレニュス」『シャルル・マルテル準級」の代表として「マッセナ」、「シャルルマーニュ球」、「シュフラン」、準弩級戦艦リベルテ級」、「ダントン級」の順:「リベルテ級」はフランス海軍最後の前弩級戦艦である「レピュブリク級」とほぼ同型ですので、「レピュブリク級」以降の艦級で、飛躍的に大型化したことがよく分かります)

 

付録:さらに魅力的な「泥沼」:前弩級戦艦 以前の模索期の装甲艦・海防戦艦(・・・少しだけ)

これまでフランス海軍の前弩級戦艦・準弩級戦艦の開発系譜を見ながら、同海軍の「迷走」に伴う艦級のヴァリエーションを見てきたのですが、実は前弩級戦艦以前にも、同海軍は多様な海防戦艦、艦隊装甲艦(実はフランス海軍には「戦艦」という艦種名称はありません。全て「艦隊装甲艦」と称されています。本稿ではあえて「戦艦」という一般的な総称を使ってきましたが、ここでは「戦艦」と言わないほうがしっくりくるかも。気分的には「いわゆる戦艦とは違う、それ以前のもの」というほどの意味です)を建造しています。とてもこれを体系的にコレクションするところまでは手が回っていないのですが(経済的にも、収集の手段的にも)、いくつか手元のものをご紹介しておきます。

 

装甲艦「オッシュ」(1891年就役)

ja.wikipedia.org

(1891-, 6,224t, 16knot, 34cm*1*2+27cm *1*2 )

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(装甲艦「オッシュ」の概観:83mm in 1:1250 by Mercator)

同艦は沿岸防備目的で1隻だけ建造された装甲艦です。海防戦艦と言ってもいいかも。

極めて低い乾舷とその上の大きな上部構造物から安定性に欠くことが容易に想像され、内外から嘲笑の的となった、そんなエピソードがある、ある意味「有名」な艦です。

主砲(34センチ)、中間砲(27センチ)、副砲(14センチ)という後に一時期のフランス戦艦の標準的な搭載砲の構成を見ることができます。f:id:fw688i:20220529104403p:image

(「オッシュ」の砲配置:艦首・艦尾に30,5センチ主砲(上段:下段)、艦中央部両舷に27センチ中間砲が配置されていました)

確かに復原性には重大な課題がありそうで、見るからに沿岸向き、航洋性には課題がある、という形状ですが、それはそれで大変「味」があるデザインだなあ、と思ってしまうのですが、フランス艦船に甘い筆者の贔屓目でしょうか。

 

「ブヴィーヌ級」海防戦艦(1895年から就役:同型艦2隻)

ja.wikipedia.org

(1895-, 6,681t, 17knot, 30.5cm*1*2)

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(「ブヴィーヌ級」海防戦艦の概観:77mm in 1:1250 by Mercator)

同級は外洋での航洋性にも配慮した高い艦首を持つ海防戦艦の艦級です。45口径の長砲身を持つ30.5センチ砲を主砲として艦首、艦尾に1基づつ単装砲塔で搭載しています。f:id:fw688i:20220529104701p:image

(「ブヴィーヌ級」海防戦艦の主砲配置:艦首・艦尾に大きな30.5センチ主砲塔を装備していました)

上掲の「オッシュ」とは一味違った洗練されたデザインです(おっと、これも贔屓目か?)

 

他にもこの時期のフランス海軍の艦艇はなんとも言えない魅力があります。

上述しましたが、なかなかコレクションに加えるのが難しい。流通量が多くない、従ってオークションなどで見つけても取り合いで、結局高価で落札され、なかなか手が出ない、そんなこんなでなかなか「系譜」としてご紹介できるところへ至らない、というのが実情です。

でもまた何か動きが出た時に。

 

もちろん弩級戦艦以降の同海軍艦艇には、この回でご紹介した諸艦とは一味違った、「洗練性」とでもいうような味わいが感じられる(例えば4連装砲塔など)と筆者は思っているのですが、それはまた改めて。

というわけで今回はこの辺で。

 

次回はフランス海軍艦艇の続きを。弩級戦艦以降にするか、装甲巡洋艦にするか、どうしようかな。

 もし、「こんな企画できるか?」のようなアイディアがあれば、是非、お知らせください。

 

模型に関するご質問等は、いつでも大歓迎です。

特に「if艦」のアイディアなど、大歓迎です。作れるかどうかは保証しませんが。併せて「if艦」については、皆さんのストーリー案などお聞かせいただくと、もしかすると関連する艦船模型なども交えてご紹介できるかも。

もちろん本稿でとりあげた艦船模型以外のことでも、大歓迎です。

お気軽にお問い合わせ、修正情報、追加情報などお知らせください。

 

 

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