例により、これらの史実を詳報する事は、本稿の目的ではないため、概略に止めるとしたい。
第一次世界大戦は終了した。戦争後のヨーロッパの体制については、一般には1918年から1919年のパリ講和会議でで大勢が決した。
次いで1921年、アジア太平洋地域の問題を論じるためワシントン会議が開催された。
会議の提唱者は、米大統領ハーディングであり、その目的の多くは、日清・日露両戦役、さらには今回の第一次大戦、およびその後のシベリア出兵などにより一層強化された日本の中国に対する影響力の制限、日本の委任統治領となった旧ドイツ領の南太平洋の諸島での日本の活動の制限などであった。
これらについては、四カ国条約(日米英仏)、九カ国条約(先四カ国に、イタリア、ベルギー、オランダ、ポルトガル、中国)などにより、日本の山東省の中国への返還、西太平洋の非要塞化などにより、実現された。
第一次世界大戦は人類が初めて経験した総力戦であった。敗戦国はもちろん、戦勝国でもその国土の荒廃、経済の疲弊、人的資源の損失の影響は極めて重大であった。
参戦の度合いの比較的低かった日米でも戦争景気の反動で、戦後到来した不況の影響が大きく、戦争の結果、膨大に膨れ上がった軍備に対する対策が求められた。
一方で、戦勝国の主力艦建造競争は継続されており、例えば第一次大戦中から戦後にかけて、英海軍のリヴェンジ級戦艦、米海軍のニューメキシコ級、テネシー級、日本海軍の伊勢級などが相次いで就役していた。
特に日本海軍が第一次世界大戦後に建造した長門級は諸国海軍に大きな影響を与えた。
長門級戦艦は、世界初の16インチ砲を採用し、この巨砲群の射撃管制のための巨大な望楼構造の前檣の最頂部に大型の測距儀を設置した。併せて第一次大戦中のユトランド沖海戦からの戦訓として、防御力の拡充はもちろん、高速力の獲得も目指された。計画当初は24.5ノットの速力が予定されていただが、ユトランド沖海戦から、機動性に劣る艦は戦場で敵艦をとらえられず、結果、戦力足り得ない、との知見を得て、26.5ノットの高速戦艦に設計変更された。
(1920-, 33,800t, 41cm *2*4, 26.5knot, 2 ships: 176mm in 1:1250 by semi-scratched based on Hai model)
これに対抗すべく、米海軍はテネシー級改良型として建造する予定であったコロラド級戦艦の搭載砲を急遽16インチ砲に変更するなど、再び制限のない建艦競争への展開が危惧された。
(1921-, 32,600t, 21knot, 16in *2*4, 3 ships, 152mm in 1:1250 by Navis)
しかし、上記の建造経緯に明らかなように主砲口径を長門級に同等にした以外は、速力、装甲の厚さなどの防御力は基本仕様はテネシー級と変わらず14インチ砲搭載艦と同等のままであり、特に速力においては劣速が顕著だった。(何故か米海軍は、以前から速力に対する関心が薄く、むしろ速力向上を頑なに拒んでいたように思われる。速力においてバラツキが発生するよりも、同一速力で同一単位として運用した方が戦力としてのまとまりが生じる、という事であろうか? 確かに日本海軍と異なり、常に敵に圧倒的に優位な物量を投入する事を前提とすれば、少々の個別の性能の優秀さよりも、量産に適性が高い、あるいは総合戦力としての適合性の高さを優先する、という論理は成り立つであろう。この辺りは、常に固有の性能で相手を凌駕する少数精鋭主義の日本式思考とは、対をなすかもしれない)
一方、ドイツ海軍亡き後、世界第一位の海軍力を誇る英海軍にはすぐに着手できる建艦計画はなく、一方で荒廃した国土、疲弊した経済、多くの人的犠牲を抱えたまま、むしろ過大に拡充された海軍をやや持て余す状況が出現していた。
これらの機運から、英米日に仏伊を加えた五カ国で海軍軍縮条約が締結された。
条約の結果、各国の保有主力艦は以下の通りである。
アメリカ海軍
- フロリダ級(フロリダ、ユタ)
- ワイオミング級(ワイオミング、アーカンソー)
- ニューヨーク級(ニューヨーク、テキサス)
- ネバダ級(ネバダ、オクラホマ)
- ペンシルベニア級(ペンシルベニア、アリゾナ)
- ニューメキシコ級(ニューメキシコ、ミシシッピ、アイダホ)
- テネシー級(テネシー、カリフォルニア)
- コロラド級(コロラド、メリーランド、ウェストバージニア)
(各級の詳細については、上のリンクでもお楽しみください)
日本海軍
- アイアン・デューク級(アイアン・デューク、ベンボー、マールバラ、エンペラー・オブ・インディア)
- クイーン・エリザベス級(クイーン・エリザベス、ウォースパイト、バーラム、ヴァリアント、マレーヤ)
- リヴェンジ級(リヴェンジ、レゾリューション、ラミリーズ、ロイヤル・サブリン、ロイヤル・オーク)
- タイガー
- レナウン級(レナウン、レパルス)
- フッド
- ネルソン級(ネルソン、ロドニー):日本に陸奥の保有を認めるのと引き替えに新規建造が認められた。
フランス海軍
イタリア海軍
- ダンテ・アリギエリ
- コンテ・ディ・カブール級(コンテ・ディ・カブール、ジュリオ・チェザーレ、レオナルド・ダ・ヴィンチ)
- カイオ・ドュイリオ級(カイオ・ドュイリオ、アンドレア・ドリア)
軍縮会議では、この会議までに完成していない艦は全て廃艦とする事になり、戦艦「陸奥」を巡って、完成していると主張する日本海軍と、未完成とする英米間で意見の対立が生じた。
この時点までで各国が揃って完成艦として承認していた16インチ搭載艦は、日本海軍の「長門」と米海軍の「メリーランド」の二隻だけであり、「陸奥」の去就はその後の海軍戦力のバランスに大きな影響があった。
議論の末、「陸奥」保有は認められたが、米海軍は「コロラド」「ウエスト・ヴァージニア」の建造続行が認められ、英海軍は新たにネルソン級二隻の16インチ砲搭載艦(「ネルソン」「ロドニー」)の建造が認められる結果となった。
以降、10年間、新造戦艦の建造は禁じられ、諸列強はいわゆる「ネィバル・ホリディ」を迎えることになる。
あわせて、この期間、世界に存在する16インチ砲搭載艦はアメリカのコロラド級「コロラド」「メリーランド」「ウエストバージニア」、イギリスのネルソン級「ネルソン」「ロドニー」、日本の長門級「長門」「陸奥」の7隻のみとなり、これらはビッグ・セブンの名で、各国海軍の象徴として親しまれることになる。
(ビッグ・セブン:手前から日本海軍 長門級、米海軍 コロラド級、英海軍ネルソン級)
(ビッグ・セブン:下から日本海軍 長門級、米海軍 コロラド級、英海軍 ネルソン級)
(1927-, 33,950t, 23knot, 16in *3*3, 2 ships, 176mm in 1:1250 by Mountford)
ワシントン軍縮条約の結果、英海軍は本級の新造を認められた。本級はワシントン条約で定められた制限排水量内での最大攻撃力と最大防御力を目指した、いわゆる新標準で最初に設計された戦艦となった。このため16インチ主砲を三連装砲塔に収め、すべて前甲板に配置し、集中防御を徹底するなど大変意欲的な設計となった。一方で速力は23ノットに甘んじた。
これまでに紹介してない主力艦
今回、これまでにご紹介する機会のなかった主力艦が登場する。
それらを改めて紹介しておきたい。
(1916-, 27,200t, 32knot, 15in *2*3, 2 ships, 194mm in 1:1250 by Neptune)
本級は、究極の巡洋戦艦(速力は最良の防御)を具現化すべく、30ノット以上の速力を発揮し、かつクイーン・エリザベス級と同等の15インチ主砲を搭載する、という設計思想で建造された。後にユトランド沖海戦の戦訓などから、防御力の改善が行われたが、それでも十分なレベルには達し得なかった。しかし、その高速性は有用で、レナウン・リパルス両艦は数次の改装を経て、第二次世界大戦でも、第一線で活躍した。
(1920-, 46,680t, 32knot, 15in *2*4, 216mm in 1:1250 by Neptune)
英海軍が建造した最後の巡洋戦艦である。非常に優美な外観を持ち、英国民からは「マイティ・フッド」の愛称で呼ばれ、英海軍を象徴する艦として親しまれた。
建造中に発生したユトランド沖海戦で、英海軍は巡洋戦艦を失い、その防御力の全弱性が指摘された。このため本艦では、その高速性を毀損しない限界まで防御力に対する見直しが行われた。
というわけで、今回はワシントン海軍軍縮条約について、史実に沿ってまとめてみました。
が、これでは八八艦隊計画の諸艦、ダニエルズ計画の未成艦などが登場できないので、次回以降は、もう一つのワシントン海軍軍縮条約の世界に足を踏み入れてみようと考えています。
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