相州の、ほぼ週刊、1:1250 Scale 艦船模型ブログ

1:1250スケールの艦船模型コレクションをご紹介。実在艦から未成艦、架空艦まで、系統的な紹介を目指します。

編集版:ドイツ帝国海軍装甲巡洋艦の開発系譜のご紹介

今回は紹介をしておきたいと思います予告通りあまり週末に時間が取れません。

そこで、次回(以降?;複数回になるかも)予定しているドイツ帝国海軍の防護巡洋艦・小型巡洋艦の開発系譜を中心としたご紹介の露払い、と言う訳ではないのですが、すでに一連の投稿が終了している同時期のドイツ帝国海軍の装甲巡洋艦のモデルコレクションをご紹介しておきます。

 

その前に「装甲巡洋艦」なる艦種について少しおさらいしておきましょう。

装甲巡洋艦とは(おさらい)

二つの発展系

装甲巡洋艦の系譜には、大きく二種類の発展の方向性があったと認識しています。

いわゆる強化型巡洋艦として

一つは、通常の巡洋艦本来の適性国に対する通商破壊や自国の商船護衛、植民地警備といった任務を想定し、長期間の作戦航海への適性や快速性に重点をおき、さらにそれに砲力や防御力を付加した強化型巡洋艦の到達点としての段階が「装甲巡洋艦」として具現化した、と解釈しています。この系譜は守るべき植民地を海外に多く持った英海軍、フランス海軍、海軍の近代化においてフランス海軍の影響を色濃く受けたロシア海軍で発展してゆきました。

少し意外に聞こえるかもしれませんが、この艦種の家元はフランス海軍であると考えています。世界初の装甲巡洋艦デピュイ・ド・ローム同型艦なし)」を1895年に就役させています。

f:id:fw688i:20190224122933j:image

(1895: 6,676t 19.7knot, 7.6in *2 + 6.4in *6 92mm in 1:1250, WTJ:明細は筆者のオリジナルなので、気にしないでください)

フランス海軍は、速射砲の性能向上に伴う戦闘艦の攻撃力の格段の強化に伴い、これに対抗し船団護衛、もしくは通商破壊戦の展開をその主任務とする巡洋艦(当時は防護巡洋艦が全盛)に、近接戦闘での戦闘能力を喪失し難い能力を与えるべく、舷側装甲を追加しました。こうして「装甲巡洋艦」という艦種が生まれたわけです。

19.4センチ速射砲2基と16.3センチ速射砲8基を装備し、19.7ノットの速力を出すことができました。性能もさることながら、そのデザインの何と優美な事か。

(ああ、フランス艦船の話を始めると、どんどんのめり込んでゆきそうなので、この辺りで。興味のある方は下記へどうぞ.。フランス海軍の装甲巡洋艦の系譜はこちらでご紹介しています)

fw688i.hatenadiary.jp

 

高機動性を持つ準主力艦として

そしてもう一つの発展の系譜は、装甲巡洋艦を準主力艦、と位置付けて、同種艦数隻で戦列を構成して戦艦部隊とともに行動させる、いわゆる高速主力艦としての位置付けで、植民地をさほど持たず、つまり守るべき長い通商路をさほど意識する必要がなく、常に艦隊を決戦兵力と認識し、比較的短期に集中して海軍を整備し得たドイツ帝国海軍、日本海軍などで発展が見られました。

これらの両タイプ装甲巡洋艦の対決は、まず日露戦役中の「蔚山海戦」において実現しさらに第一次世界大戦でもその劈頭の「コロネル沖海戦」でも再現されました。

当然のことながら、強力な武装を持つ後者の勝利に終わりました。(両海戦については、本稿、下記の回でご紹介しています)

fw688i.hatenablog.com

fw688i.hatenablog.com

こうして艦隊の会戦で主力艦(戦艦)を補佐する一種の高速主力艦としての役割を担い始めた「装甲巡洋艦」だったのですが、一方でこの役割は「戦艦」の高速化から派生した「巡洋戦艦」へと糾合されてゆき、やがて「装甲巡洋艦」はその役割を終え姿を消してゆきます。

 

ドイツ帝国海軍の装甲巡洋艦

上記のような経緯を背景として、ドイツ帝国海軍は以下の6クラス、9隻の装甲巡洋艦を建造しています。

前述のように、ドイツ帝国海軍は、帝国がそれほど多くの植民地を海外にもたず、つまり守るべき通商路をそれほど意識する必要がなかったところから、装甲巡洋艦は当初から、準主力艦の位置付けに置かれていました。こちらは次第にその機動性の向上(速度と航続力)に戦艦との差異を求め、その側面で特性を伸ばしていくことになります。

 

装甲巡洋艦フュルスト・ビスマルク(1900年就役:同型艦なし)

ja.wikipedia.orgf:id:fw688i:20220522104017p:image
(1900年、10,700トン、24cm(40口径)連装速射砲2基、18.7ノット:100mm in 1:1250 by Navis:塗装はいわゆる熱帯仕様と言われるものです)

本艦はドイツ帝国海軍が建造した初めての舷側装甲を持つ大型巡洋艦、つまり装甲巡洋艦で、一隻のみ建造されました。 既にその最初の艦である本艦から、当時のドイツ海軍の主力戦艦「カイザー・フリードリヒ3世級」「ヴィッテルスバッハ級」と同等の主砲を装備していました。(40 口径24センチ速射砲)

en.wikipedia.org

弩級戦艦時代の英海軍との大建艦競争に突入する以前のドイツ帝国海軍は、バルト海警備を中心任務とした沿岸警備海軍の域を出ておらず、同艦も航洋性と機動性に優れた補助主力艦として建造された色合いが濃いと考えています。問題海域にいち早く到達し、強力な戦闘力を誇示して周囲を圧倒する、そんな感じですかね。

艦首の形状等に明らかなように外洋巡行性に優れた艦型を有し、速力は戦艦に対して優速を発揮することができました。

就役後は機動性を買われて遠く青島のドイツ帝国東アジア艦隊に派遣されていました。帰国後は練習艦となり、第一次世界大戦当初は巡洋艦籍に復帰したものの、老朽化のため1915年に武装を撤去した上で再び練習艦となって1920年に解体されています。

 

装甲巡洋艦プリンツ・ハインリヒ(1902年就役:同型艦なし)

ja.wikipedia.of:id:fw688i:20220522103906p:image
(1902年、8,890トン、24cm(40口径)単装速射砲2基、19.9ノット:102mm in 1:1250 by Navis)

本艦は前級をやや小型化し戦艦に対する優速性向上を意識した、ある種「巡洋艦」としての機動性をより重視し「戦艦」との差異を明らかにした設計となっています。このためやや砲力を抑え、主砲は戦艦と同等の口径の速射砲ながら連装を単装に改め、副砲数を減らしています。

就役時の構想では優速を活かして主力艦隊の前面でこれを補佐する偵察部隊の主力となることが期待されていました。

第一次世界大戦時にはバルト海で活動しましたが、1916年には老朽化から武装を下ろして司令部施設として利用され、敗戦後1920年に解体されました。

 

プリンツ・アーダベルト級装甲巡洋艦1903年から就役:同型艦2隻)

ja.wikipedia.orgf:id:fw688i:20220522105022p:image
1903年、9,090トン、21cm(40口径)連装速射砲2基、20.4ノット 同型艦2隻:100mm in 1:1250 by Navis)

同級は新開発の40口径21センチ速射砲(21cm SK L/40)を主砲として採用し、これを連装砲塔2基で装備しています。前級よりも少し艦型を大きくし副砲の一部を上甲板に盾付きの単装砲架形式で搭載するなどして射界をを広くとり総合的な砲力を高める設計としています。併せて速力も前級を若干上回る設計とし、機動力をさらに高め、前級のコンセプト「主力艦部隊の前衛偵察部隊の主力と務める」という構想を進めた設計となりました。

主砲に採用された40口径21センチ速射砲は、それまでのドイツ帝国海軍の戦艦、装甲巡洋艦の標準主砲であった40口径24センチ速射砲とほぼ同等の射程距離を持ち(16300メートル)、弾体重量こそ140kgから108kgに減量したものの、発射速度を1.5発/1分から4発/1分にあげることにより単位時間あたりの砲弾発射量を増やすことができ、以降のドイツ帝国海軍の装甲巡洋艦の標準砲となりました。

en.wikipedia.orgこの主砲の採用により、同海軍の装甲巡洋艦の設計が定着した、と言ってもいいかもしれません。

第一次世界大戦の勃発後は両艦ともバルト海での活動に従事しましたが開戦後比較的早い時期に、「フリードリヒ・カール」は触雷で(1914年)「プリンツ・アーダベルト」は英潜水艦の雷撃で(1915年)、それぞれ失われました。

 

ローン級装甲巡洋艦(1905年から就役:同型艦2隻)

ja.wikipedia.org

f:id:fw688i:20220522105540p:image

(1905年、9,550トン、21cm(40口径)連装速射砲2基、21.1ノット 同型艦2隻:101mm in 1:1250 by Navis)

同級は基本的に前級の特徴を継承し、さらに速度を向上させ、戦艦への優速性を一層充実した、大変バランスの取れた艦となりました。

f:id:fw688i:20250209203845j:image

(筆者は未保有ですが、上の写真はNavis Nシリーズの新ヴァージョンモデルです。かなり大きなディテイルアップが施されています:写真はモデル販売サイトの1:1250.comから拝借しています)

第一次世界大戦では同型艦2隻はいずれもバルト海で活動しましたが、「ヨルク」は1914年、ヤーデ湾で味方の機雷に触雷して失われ、「ローン」は1916年に退役し、その後水上機母艦に改造されることが決定していましたが、この改造は実施されず、宿泊艦として使用された後、敗戦後に解体されました。

水上機母艦への改装計画(計画のみ)

(どこかに図面はないかしら、と探していると、水上機母艦への改造案、一応、想像図(?)発見)出典:Roon Class Seaplane Carrier | CivFanatics Forums

 

(もう一つ、こちらは航空艤装甲板下の構造が想像できるかも。整備格納庫があるんですね、きっと)出典: http://www.shipbucket.com/drawings/6206

作ってみたいなあ。いつかトライしよう。新モデルが入手できれば旧モデルは浮いてきますので、改造にトライするにはいい機会です。

上の二つの図を見る限りでは以前筆者がトライしたスウェーデン海軍の海防戦艦改造の水上機母艦「ドリスへティン」よりは手がかからなそう。

スウェーデン海軍:水上機母艦「ドリスへティン」

同艦は旧式化したスウェーデン海軍の海防戦艦「ドリスへティン」を水上機母艦に改造したものです。

以下でご紹介しているのは、筆者が海防戦艦「ドリスへティン」をベースにセミ・スクラッチしたモデルです。(細かいことを言うと、実は前檣等の外観的な視点から「ドリスへティン」そのもののモデルは使わず、「アラン」級のものを使っています。

(上の写真はスウェーデン海軍の海防戦艦「ドリスへティン」の水上機母艦への改装後の概観:72mm in 1:1250 by C.O.B. Construvts and Miniature in Shapewaysからのセミ・スクラッチ)f:id:fw688i:20210228113324j:image

スウェーデン海軍の海防戦艦、それはなんだ?」と興味を持たれた方は以下のt項をご覧ください

編集版:スウェーデン海軍の艦艇:海防戦艦の系譜 - 相州の、ほぼ週刊、1:1250 Scale 艦船模型ブログ

 

・・・・と書いたのですが、話を装甲巡洋艦「ローン」の水上機母艦への改造に戻すと、上図をよく見ると改造の肝となる(であろう)艦尾部の水上機の収納庫・整備甲板(?)の位置が原型本来の上甲板よりも一層下がっているように見えます。

これはなかなか大変だ、と少し怖気付いています。

 

シャルンホルスト級装甲巡洋艦(1907年から就役:同型艦2隻)

ja.wikipedia.orgf:id:fw688i:20220522131910p:image

(1907年、11,610トン、21cm(40口径)連装速射砲2基+同単装速射砲4基、23.5ノット 同型艦2隻:115mm in 1:1250 by Navis)

前級「ローン級」でドイツ帝国海軍の装甲巡洋艦は一応の完成形を得たと言ってもいいと考えるのですが、同級の建造でさらに一段階上の艦種への展開を目論んだと言ってもいいかもしれません。

それまで同海軍の装甲巡洋艦バルト海での活動に主眼を置き、いわば沿岸警備機能を想定して設計されていたのですが、従来の10000トンを切る艦型を、同級では一気に2000トン余り大型化し、強力な機関を搭載し優速性を一層高めた設計としました(23.5ノット)。あわせて主砲である40口径21センチ速射砲を連装砲塔で艦種・艦尾に各1基配置した従来の装備に加え、両舷側にも各単装砲2基を装備し、主砲を首尾線方向に4門(従来の2倍)、側方へ主砲6門(従来の1.5倍)を指向できる設計として、砲力の格段の強化を狙っています。f:id:fw688i:20220522110434p:image

(上の写真は「シャルんホスト級」の砲配置のアップ:中段写真では艦中央部の2層になった砲郭部分の上段に主砲である21センチ40口径速射砲(21cmSKL40)が単装砲架形式(ケースメート)で配置されていることがわかります。これにより同級は首尾線上に主砲4門、両舷に対し主砲6門を指向でき、砲力が格段とアップしました)

同級の登場により、それまで英海軍の装甲巡洋艦に対し一回り小さくやや非力感の否めなかった、同海軍の装甲巡洋艦はこれらを凌駕する戦闘能力を保有し得たと言っていいと思います。

第一次世界大戦では勃発時から東アジア艦隊の中核を構成していましたが、連合国として参戦した日本海軍による封鎖と接収を逃れるために他の艦隊所属巡洋艦と連携して通商破壊戦を展開しながら帰国を目指すこととなります。

その途上、コロネル沖海戦では英海軍の装甲巡洋艦部隊と交戦しこれを砲力で圧倒して撃沈する栄光を得ますが、その直後、フォークランド沖で英海軍の巡洋戦艦部隊に補足され、両艦とも撃沈されました(1914年)。

 

装甲巡洋艦ブリュッヒャー」(1909年就役:同型艦なし)

ja.wikipedia.orgf:id:fw688i:20241123150831j:image
(1909年、15,840トン、21cm(44口径)連装速射砲6基、25.4ノット 同型艦なし:128mm in 1;1250 by Navis)

前級「シャルンホルスト級」の設計で、新たな設計段階に至った感のあるドイツ帝国海軍の装甲巡洋艦大型巡洋艦)でしたが、同艦ではその設計思想が更に深められることになります。

艦型を更に大型化し15000トンを超える大きな艦となり(「シャルンホルスト級:11600トン)、強力な機関から25ノットを超える速力を発揮することができました(「シャルンホルスト級:23.5ノット)。主砲は前級と同口径(21センチ)ですがさらに長砲身(45口径)を採用し(21cm SK L/45)、弩級戦艦並みの射程を得ています。連装砲塔6基12門の主砲数は、従来の装甲巡洋艦の概念を一新するものでした(「シャルンホルスト級:主砲:40口径21センチ砲8門:6門での片舷斉射が可能)。

f:id:fw688i:20241123150835j:image

(上の写真は「ブリュッヒャー」の砲配置のアップ:新設計の45口径21センチ砲をこちらも新設計の連装砲塔6基に装備し配置しています。中段写真ではケースメート式の副砲の配置も見ていただけます)

en.wikipedia.org

同砲はほぼ「ブリュッヒャー」専用に開発されたような大口径速射砲です。前級に搭載されていた主砲と同口径(21センチ)ですが、さらに長砲身(45口径)を採用し(シャルンホルスト搭載砲は40口径)、初速を高め弩級戦艦並みの長射程を保有し(仰角30度で29000m)、併せて高い射撃精度を得ています。

装甲巡洋艦から弩級巡洋戦艦への過渡的存在

上掲のように「ブリュッヒャー」は従来の「装甲巡洋艦」の概念を一新するいわば「超装甲巡洋艦」、「装甲巡洋艦ドレッドノート的な存在」として就役したのですが、同時期に既に英海軍は「インヴィンシブル」を始めとする同時期の戦艦と同口径主砲(45口径30.5センチ:連装砲塔4基)を装備した「弩級巡洋戦艦」を建造し始めており(1908年より就役開始:速力25.5ノット)、完成時点で「ブリュッヒャー」は既に二線級戦力の感が否めなくなっていました。

実戦でも「ブリュッヒャー」は新型主砲の長射程とある程度の高速(25ノット)を有するがゆえに、巡洋戦艦部隊(大型高速巡洋艦部隊)に組み入れられました。しかし新型主砲とはいえ、弩級巡洋戦艦超弩級巡洋戦艦との差は如何ともし難く、また高速とはいえ新設計の巡洋戦艦の速度には及ばず、大変苦戦をすることになりました。1915年のドッガー・バンク海戦にも、フランツ・フォン・ヒッパー提督率いるドイツ巡洋戦艦部隊(偵察部隊)の一艦として参加しましたが、速度的にも配置的にも縦列の殿艦となり、英艦隊の砲撃で被弾、後落したところを集中砲火を受け、撃沈されてしまいました。

そもそも、「ブリュッヒャー」は「英海軍が設計中の次期装甲巡洋艦は従来の英海軍の装甲巡洋艦と同口径(23センチクラス)の主砲を装備するものと見られる」と言う諜報に基づいて、これを凌駕する設計として登場した経緯があり、ドイツ帝国海軍は全く裏をかかれた状況、諜報に失敗したと言わざるを得ませんでした。こうした経緯で同艦以降、装甲巡洋艦の建造は見送られ、ドイツ帝国海軍も巡洋戦艦の建造へと計画を移行させてゆくことになります。

 

少しモデルのヴァージョンの余談

上掲のモデルはかなり入念に塗装されていますが、ベースそのものはNavis社の新モデルではありません。

それほど細部に不満がないので、もしかしたら、懐事情から新モデル入手には動かないかも。旧モデルでも流石にここまで塗装されていれば・・・。手を入れる、と言うのは筆者の悩みの種であるモデルのヴァージョンアップの都度、新モデルを調達するという、一種の無限ループに陥ることに対する防御策なるかもしれません。

(参考までに新モデル(NM30N)は下の写真で:こちら、いつもモデル検索でお世話になっているsammelhafen.deから拝借:比べちゃうと、気になるかも)

(ちょっと余談ですが、Navisには「ブリュッヒャー」のモデルのヴァージョンがいくつかあるようです。筆者のモデルは「NM30a」とあるように、何らかの改良ヴァージョンだろうと推測できます。下の写真は「NM30」つまり元々のオリジナルヴァージョンとして前のsammelhafen.deに掲載されているモデルです)

(そのほかにNM A-19というモデルも(下の写真):主砲塔のモールドがシャープ? このモデル、筆者のコレクションにストックされているもう一隻の「ブリュッヒャー」かもしれません。少し穿った見方をすると、Navisでも「ブリュッヒャー」のモデルではなかなか満足のいくものができなかったのかな、などと考えてしまいます。或いは次々と新しい資料が見つかったとか? こういう想像をしながらモデルのヴァージョンの写真を見ているのも、楽しみのひとつかもしれません)

新モデルの大きな改変点として、前檣・後檣のトップマストの位置取りの点があるのかもしれません。筆者が今回の投稿でご紹介しているモデルはそこに手が入れられています。と言うわけで今回ご紹介しているモデルには、旧モデルのディテイルアップのヒントがたくさんある、と思っています。

 

同艦の開発経緯でご紹介したように、まさに同艦は「装甲巡洋艦の時代」の終焉を示す存在となりました。英海軍が先行した「装甲巡洋艦から巡洋戦艦」への設計思想の転換は、ドイツ帝国海軍において一層先鋭化してゆくことになるのですが、そのあたりについて興味のある方は本稿の以下の投稿をご覧いただければと思います。

fw688i.hatenablog.com

ということで、今回はここまで。

次回は今回の流れを受けてドイツ帝国海軍の防護巡洋艦・小型巡洋艦の開発系譜のご紹介を予定しています。

もちろん、もし、「こんな企画できるか?」のようなアイディアがあれば、是非、お知らせください。

模型に関するご質問等は、いつでも大歓迎です。

特に「if艦」のアイディアなど、大歓迎です。作れるかどうかは保証しませんが。併せて「if艦」については、皆さんのストーリー案などお聞かせいただくと、もしかすると関連する艦船模型なども交えてご紹介できるかも。

もちろん本稿でとりあげた艦船模型以外のことでも、大歓迎です。

お気軽にお問い合わせ、修正情報、追加情報などお知らせください。

 

ブログランキングに参加しました。クリック していただけると励みになります。


艦船ランキング