相州の、1:1250スケール艦船模型ブログ 主力艦の変遷を追って

1:1250スケールの艦船模型コレクションをご紹介。実在艦から未成艦、架空艦まで、系統的な紹介を目指します。

号外 Vol.1.5: カタログ : 装甲巡洋艦抄録 英独の開発史を中心に そして、コロネル沖海戦/ Summary of Armored Cruisers and Battle of Coronel

装甲巡洋艦の終焉

前回の号外で、ドレッドノートという革命的な戦艦の登場により、ほぼその歴史上の役割を終えた近代戦艦(前弩級戦艦、準弩級戦艦)の総覧を行なったが、同様に、装甲巡洋艦という艦種も、その役割を終えようとしている。

これまで見てきたように、装甲巡洋艦の系譜には、大きく二種類の段階がある。

一つは、通常の巡洋艦本来の通商破壊や商船護衛、植民地警備といった任務を想定し、長期間の作戦航海への適性や快速性に重点をおき、さらにそれに砲力や防御力を付加した強化巡洋艦型の到達点としての段階であり、もう一つは、これを準主力艦、と位置付けて、同種艦数隻で戦列を構成して戦艦部隊とともに行動させる、いわゆる高速主力艦としての段階である。

日本海軍を中心に本稿は主力艦の発展を見てきているが、その好敵手であったロシア海軍装甲巡洋艦の多くは前者に属し、日本海軍のそれは全て後者に属すると言っていい。

これはロシア海軍がそもそも長い歴史を持ち、かつ多くの植民地を持つ英仏(特にフランス)の影響下で海軍を発達させたのに対し、日本海軍は、そもそもが植民地を持たず、自国防衛を第一義に、いわゆる「攘夷」(外敵の脅威を打ち払う)の思想から発展したがゆえに、常に艦隊決戦をその海軍の建艦思想に置き、かつその根底にある自存独立への危機感から、国家の体力など無視したように、一時期に集中的にかんていをほゆうしたからに他ならない。

両者の対決は図らずも日露戦役中の「蔚山海戦」において実現し、当然のことながら、強力な武装を持つ後者の勝利に終わった。(本稿、第七回に記載)f:id:fw688i:20180924122141j:plain

ウラジオストック艦隊の3隻の装甲巡洋艦(グロモボイ:上段、ロシア:左下、リューリック:右下)

 

f:id:fw688i:20180924120229j:plain6隻の装甲巡洋艦(八雲:左上、吾妻:右上、出雲級の2隻:出雲、磐手 左右中段、浅間級の2隻:浅間、常磐 左右下段)***日露海戦直前に、さらにこれに「春日」「日進」が加わり、日本海軍は8隻の装甲巡洋艦を整備し、日露戦争に臨んだ

 

さらに、日本海軍がその後建造した「筑波級」「鞍馬級」の装甲巡洋艦では、その武装(主砲)は当時の戦艦と全く同等のものを装備し、ここに「高速主力艦」は装甲巡洋艦の時代を終え、高速戦艦巡洋戦艦)の段階へと発展する。f:id:fw688i:20181028141019j:plain

装甲巡洋艦 筑波 生駒 のちに巡洋戦艦に艦種変更)

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装甲巡洋艦 鞍馬:手前、伊吹:奥 後に巡洋戦艦に艦種変更)

 

日露に限らず、その趨勢を見ると、英仏海軍の装甲巡洋艦はその海外植民地の多さ、それに伴い規定される海軍の役割に準じ前者に属し、一方、独海軍において、装甲巡洋艦は後者への展開を見ることができる。

今回は、装甲巡洋艦のある種の総括の意味も含め、以下に、英独両海軍の装甲巡洋艦の発達を見て行こう。

 

英独装甲巡洋艦

イギリス海軍装甲巡洋艦

以下の7クラス、36隻が建造された。

各級の変遷を追うと、大変興味深いことに、前述のように、巡洋艦本来の任務への適性に重点を置いた航洋巡洋艦の強化の系譜を辿りながら、次第にその新たな仮想敵となった独海軍の装甲巡洋艦群への対抗上の必要性から、次第に強大な砲力を指向していく傾向が見て取れる。

 

クレッシー級装甲巡洋艦 - Wikipedia

(1901年竣工、12,000トン、23.4cm(40口径)単装砲2基、21ノット)6隻

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いかにも伝統あるイギリス海軍巡洋艦、というシルエットである。その後のイギリス装甲巡洋艦の基本形と言える。

(114mm in 1:1250) 

 

ドレイク級装甲巡洋艦 - Wikipedia

(1902年竣工、14,150トン、23.4cm(45口径)単装砲2基、23ノット)4隻

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前級より艦型を大型化し、機関を強力にした。結果、23ノットの高速を得た。大型化により、副砲の搭載数を増やしている。

(128mm in 1:1250)

 

モンマス級装甲巡洋艦 - Wikipedia

1903年竣工、9,800トン、15.2cm(45口径)連装速射砲2基+同単装速射砲10基、23ノット)10隻

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大型化しすぎた感のあった前級から一転し、軽量化を目指した。備砲は主砲を廃止し前級では副砲であった15センチ砲で備砲を統一した。連装砲塔を前後の上甲板に装備し、舷側砲とあわせて14門を装備した。機関を簡素化しながら23ノットの速力は維持したものの、装甲も軽くしたために、やや不評であった。

(110mm in 1:1250)

 

デヴォンシャー級装甲巡洋艦 - Wikipedia

(1905年竣工、10,850トン、19.1cm(45口径)単装速射砲4基、22.25ノット)6隻

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前級の反省から、主砲口径を19センチ級にあげ、これを4門単装砲で装備し、火力を向上させた。防御力も改善され、速力も22ノットを発揮した。

(115mm in 1:1250)

 

デューク・オブ・エジンバラ級装甲巡洋艦 - Wikipedia

1906年竣工、13,550トン、23.4cm(45口径)単装砲6基、23.25ノット)2隻

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主砲を23センチ級単装砲6基とし、一層向上させた。速力は23ノットを回復している。

(124mm in 1:1250)

 

ウォーリア級装甲巡洋艦 - Wikipedia

1906年竣工、13,550トン、23.4cm(45口径)単装砲6基、19.1cm(45口径)単装砲4基、23ノット)4隻

(no photo)

副砲口径を19センチ級に上げている。

 

マイノーター級装甲巡洋艦 - Wikipedia

(1908年竣工、14,600トン、23.4cm(50口径)連装砲2基、19.1cm(50口径)単装砲10基、23ノット)2隻

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イギリス海軍最後の装甲巡洋艦。19センチ級副砲の搭載数を10門に強化している。

 

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 (艦型比較:上から、クレッシー級、ドレイク級、モンマス級、デボンシャー級、デューク・オブ・エジンバラ級

 

ドイツ海軍の装甲巡洋艦

以下の6クラス、9隻が建造された。

後者の系譜、すなわち当初から、準主力艦の位置付けに置かれていた。こちらは次第にその機動性に戦艦との差異を求め、その側面で特性を伸ばしていく。

 

フュルスト・ビスマルク (装甲巡洋艦) - Wikipedia

(1900年、10,700トン、24cm(40口径)連装砲2基、18.7ノット)f:id:fw688i:20181111120042j:image

 ドイツの装甲巡洋艦は、既にその最初の級である本艦から、当時のドイツ海軍の主力戦艦「カイザー・フリードリヒ3世級」「ヴィッテルスバッハ級」と同等の主砲を装備している。外洋巡行性に優れた艦型を有し、速力は戦艦に対し若干の優速であった。

 (100mm in 1:1250)

 

プリンツ・ハインリヒ (装甲巡洋艦) - Wikipedia

(1902年、8,890トン、24cm(40口径)単装速射砲2基、19.9ノット)f:id:fw688i:20181111120109j:image

前級と同様、当時の戦艦と同等の口径の主砲を装備しているが、連装を単装に改め、副砲数を減らし、一方で戦艦に対する優速性を高めている。(100mm in 1:1250)

 

プリンツ・アーダルベルト級装甲巡洋艦 - Wikipedia

1903年、9,090トン、21cm(40口径)連装速射砲2基、20.4ノット)2隻

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主砲口径を縮小し、一方で戦艦に対する優速性をさらに高めている。(100mm in 1:1250)

 

ローン級装甲巡洋艦 - Wikipedia

(1905年、9,550トン、21cm(40口径)連装速射砲2基、21.1ノット)2隻

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前級の特徴を継承し、戦艦への優速性を一層充実した、大変バランスの取れた艦となった。(101mm in 1:1250)

 

シャルンホルスト級装甲巡洋艦 - Wikipedia

(1907年、11,610トン、21cm(40口径)連装速射砲2基+同単装速射砲4基、23.5ノット)2隻

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艦型を大型化し、強力な機関を搭載し優速性を一層高めた。あわせて主砲を舷側にも配置し砲力を大幅に強化した。首尾方向に4門、側方へ主砲6門を指向できた。(114mm in 1:1250)

 

ブリュッヒャー (装甲巡洋艦) - Wikipedia

(1909年、15,840トン、21cm(44口径)連装速射砲6基、25.4ノット)

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主砲は前級と同口径(21センチ)であるがさらに長砲身(44口径)を採用し、戦艦並みの射程を得た。連装砲塔6基12門の主砲数は、従来の装甲巡洋艦の概念を一新するものであったが、既に英海軍にはインヴィンシブルを始めとする巡洋戦艦が建造されていた。

その長射程、高速を有するがゆえに、第一次大戦においては巡洋戦艦部隊に組み入れられ、苦戦することになる。 (128mm in 1:1250)

 

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 (艦型比較:上から、フュスト・ビスマルクプリンツ・ハインリヒ、プリンツ・アーダルベルト級、ローン級、シャルンホルスト級ブリュッヒャー

 

こうして、双方の系譜、段階での結論は、次代の巡洋戦艦へと引き継がれてゆくが、それは、再開する本編で見てゆくことになる。

 

コロネル沖海戦

時系列からいうと、少しフライングになってしまうのだが、両タイプの装甲巡洋艦の対決例、ということで、第一次大戦コロネル沖海戦に少し触れてみたい。

 

第一次大戦開戦当初、中国膠州湾、青島に、ドイツ東洋艦隊は本拠を置いていた。装甲巡洋艦シャルンホルストグナイゼナウ防護巡洋艦ニュルンベルク、エムデン等がこれに属し、これらをマクシミリアン・フォン・シュペー少将が率いていた。

開戦後、シュペーは当時ドイツ領であったマリアナ諸島パガン島に各所に分散していた諸艦を集結し、間近な日本海軍等による行動封鎖を嫌い、本国へ南米経由で帰還することを決意し、出発した。(1914年8月)

その後、エムデンをインド洋に分派し、一方、防護巡洋艦ドレスデンライプツィヒなどと合流しながら、10月にはイースター島を出発、南米沖を目指した。

一方、イギリス海軍はクラドック少将の指揮下に、装甲巡洋艦グッドホープ、モンマス、防護巡洋艦グラスゴー、前弩級戦艦カノーパスなどからなる捜索艦隊を編成し、シュペー艦隊の捜索に当てていた。クラドック自身、この戦力にやや不安を覚えたらしく、最新式のマイノーター級装甲巡洋艦「ディフェンス」の増援を求めていたが、実現しなかった。

ここまでの本稿の記述に添えば、ドイツ艦隊は準主力艦型の装甲巡洋艦2隻を主力とし、一方イギリス艦隊は強化巡洋艦型の装甲巡洋艦2隻をその主力としていたと言える。両艦隊を砲力で比較すると、ドイツ艦隊は2隻の装甲巡洋艦で、21センチ速射砲を片舷12門、15センチ速射砲片舷6門をそれぞれ指向できるのに対し、イギリス艦隊は同じく2隻の装甲巡洋艦で、23センチ砲2門、15センチ速射砲17門を片舷に指向できた。

速力は双方共に23ノットを発揮でき、遜色はなかった。

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イギリス海軍クラドック艦隊の装甲巡洋艦 グッドホープ(手前)、モンマス)

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 (クラドック艦隊の防護巡洋艦グラスゴー:本艦はコロネル沖海戦を生き抜き、後にフォークランド沖海戦にも参加 110mm in 1:1250)

グラスゴー (軽巡洋艦・初代) - Wikipedi

f:id:fw688i:20181111174535j:plain (クラドック艦隊の前弩級戦艦カノーパス:本艦はコロネル沖海戦には間に合わず、後にフォークランド沖海戦にもその前哨戦に参加 98mm in 1:1250)

カノーパス級戦艦 - Wikipedia

 

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(ドイツ海軍シュペー艦隊の装甲巡洋艦 シャルンホルスト(手前)、グナイゼナウ

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(シュペー艦隊の巡洋艦  左からライプツィヒブレーメン級 89mm in 1:1250)、ニュルンベルクケーニヒスベルク級 94mm in 1:1250)、ドレスデンドレスデン級 95mm in 1:1250):エムデンも同型)

ブレーメン級小型巡洋艦 - Wikipedia

ケーニヒスベルク級小型巡洋艦 (初代) - Wikipedia

ドレスデン級小型巡洋艦 - Wikipedia

 

11月1日、チリ・コロネル沖で、両艦隊は遭遇し、海戦が発生した。

英艦隊の前弩級戦艦カノーパスは低速から別働しており、海戦には間に合わなかった。

このため、海戦は圧倒的に火力に勝るドイツ艦隊の一方的な勝利に終わり、グッドホープ、モンマスは沈没、クラドック少将も戦死した。

シュペー提督の名は、栄光に包まれ、一方、英海軍にとって「コロネル沖」は屈辱の名となる。

 

そしてこの海戦の約1ヶ月後、12月に、シュペーの艦隊はフォークランド沖で、今度は巡洋戦艦2隻を主力とする英艦隊に遭遇し、全く逆の立場となって、火力、速力に圧倒され波間に姿を消すことになるのだが、それはまた別の機会にご紹介することになるであろう。

 

次回は本編に戻って、弩級戦艦から超弩級戦艦の発展と、第一次世界大戦へ。

 

模型についてのご質問は大歓迎です。

実は、この稿を始めて、フランス艦の魅力を再発見しています。実はあまりこのスケールでも既成のモデルが少ないのですが、今後のチャレンジ領域かと、再認識しています。昨今は3Dプリンターなどを用いた業者さんも現れており、比較的気軽に相談ができるようになってきているように思います。