相州の、ほぼ週刊、1:1250 Scale 艦船模型ブログ

1:1250スケールの艦船模型コレクションをご紹介。実在艦から未成艦、架空艦まで、系統的な紹介を目指します。

英海軍の航洋型装甲艦事情(その3):砲塔式装甲艦の系譜(近代戦艦への過渡的設計)

今回は英海軍の航洋型装甲艦の3回目。

英海軍は、砲塔の重量化に伴い、砲塔を中央部に配置する装甲艦「インフレキシブル」に始まり「エイジャックス級」「コロッサス級」と中央砲塔艦を建造してきましたが、この形式では、折角強力な主砲を搭載しながらも舷側方向を中心とした射界しか得ることができず、そのような中央砲塔艦の限界を踏まえて、以下でご紹介する「アドミラル級」装甲艦では上部構造物の前後に砲塔を配置する形式に回帰(この形式は既に中央砲塔艦の艦級群の前に建造した「デヴァステーション級」装甲艦と、それに続く「ドレッドノート」(五代目)で経験済みでした)する形式が採用され、次第に近代戦艦(前弩級戦艦)の基本形が形作られてゆきます。

今回はそういうお話です。

 

露砲塔式装甲艦(後装式主砲搭載)

「アドミラル級」装甲艦(1882年から就役:3形式6隻)

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(「アドミラル級」装甲艦の3形態:右から「コリンウッド」「ロドネー級」「ベンボウ」の順)

同級では強力な主砲に広い射界を確保するために、主砲は上部構造物の前後、中心線上に配置されています。同級では「デヴァステーション級」や「ドレッドノート」(5代目)では中央砲郭形式の流れから砲塔が中央砲郭内に配置され十分な上部構造物のスペースが確保できなかった反省を踏まえ、砲塔間に十分なスペースが与えられる設計となりました。ここに副砲・艦橋・司令塔・煙突・吸気筒などを配置した広い上部構造物が設置されました。

主砲は25口径から30口径のこれまでよりも長砲身の後装ライフル砲が選択され、火力が充実しています。これらの主砲は波浪等を避けるために上甲板から一段高い位置に置かれましたが、一方で全周囲型の砲塔形式は重量が大きくなり復元性への影響も配慮されて、十分に防御された砲台基盤に砲身を剥き出しのまま載せる露砲塔形式で搭載されました。この形式は波浪や敵弾による損傷のリスクは孕んでいましたが、一方で俯仰角に制限がなく、あわせて後装砲の装填の際の砲尾から放出される砲煙やガスを解放できる利点もありました。

搭載主砲の口径の違いから3種の準同型艦を含む6隻が建造されました。

船体は10600トン級が基本形で、16ノットから17.5ノットの速力を発揮することができました。機関や武装、上部構造物などの基本配置は後の近代戦艦(前弩級戦艦)の基礎となるものでしたが、前後甲板の乾舷が十分ではなく、荒天時の運用には困難がありました。

 

装甲艦「コリンウッド」(1882年就役:同型艦なし)

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(装甲艦「コリンウッド」の概観:84mm in 1:1250 by WTJ)

「アドミラル級」装甲艦の一番艦で、25口径30.5センチライフル後装砲を主砲として連装露砲塔2基の形式で搭載していました。副砲として15.2センチ単装砲がケースメート形式で片舷3基づつ装備され、他に水雷艇防御用の速射砲多数を搭載していました。

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(装甲艦「コリンウッド」の主要部の拡大:目立つのはやはり上部構造物の前後に配置された露砲塔ですね。防御の施された砲台基板の上に砲身が剥き出しのまま配置されています。次発装填は写真では砲台基板の外側の突起部分から行われる構造でしたので、装填時には砲身を正艦首尾方向に戻す必要がありました。モデルで目立ちませんが、副砲は上部構造物の舷側中段に搭載されていました)

「アドミラル級」の中では最も小柄な9600トン級の船体を持ち、9600馬力の機関を搭載し16.8ノットの速力を出すことができました。

 

閑話休題:ライフル砲と滑空砲

ライフル砲は、いわゆるライフル銃と同様に砲身の内部に螺旋状のスジを刻み(ライフリング)砲弾に回転を与え射程の延伸と弾道の安定を狙って開発されました。しかし前装砲全盛の時代には、装填時の作業性が劣る(溝に沿って砲弾を砲口から押し込める作業が必要)、かつ砲弾の製造過程も複雑になる(丸い砲弾に鋲などを埋め込んで溝を拾う仕掛けを盛り込む必要がある)などの要因から、一部にしか使用されず、普及は後装砲の開発を待たねばなりませんでした。

ナポレオン期の戦列艦(いわゆる我々が帆船模型として良く知る軍艦)ではその搭載砲のほとんどは前装式の滑空砲だったわけです。

原理的な理解で言えば、ライフル砲は滑空砲に比べ長い射程での命中精度が高くなるのですが、この当時は艦砲は未だ砲側照準の時代で、せいぜい2000メートル程度が有効射程でした。まあそういう射撃法が主流の時代でもあったので、被弾に対しても低い弾道を想定しておけばよく、露砲塔が採用されていたのではあるのですが。

一方、近年の戦車砲など射程の比較的短い火砲では、砲弾の回転が砲弾性能を減衰させるケース(HEAT弾などはメタルジェットの噴出で装甲を貫通するのですが、砲弾に回転を与えるとメタルジェットの収束を弱めて、威力が減衰してしまいます)があり、滑空砲が主流になっています。

 

「ロドニー級」装甲艦(1884年から就役:同型艦4隻)

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(「ロドニー級」装甲艦の概観:84mm in 1:1250 by WTJ)

「アドミラル級」装甲艦の2番艦から5番艦で、主砲が強化され30口径34.3センチライフル後装砲とされ、砲弾の威力はもちろん最大射程も延伸されてます。これを主砲として連装露砲塔2基の形式で搭載していました。副砲には「コリンウッド」と同じ15.2センチ単装砲6基がケースメート形式で片舷3基づつ装備され、他に水雷艇防御用の速射砲多数を搭載していました。f:id:fw688i:20240707105856j:image

(「ロドニー級」装甲艦の主要部の拡大:搭載砲の口径が「コリンウッド」より大きな34.3センチに強化されていルコとを除けば、装填法などは同じ機構です

10300トンから10600トンの船体を持ち、11500馬力の機関を搭載し17ノットの速力を出すことができました。

 

装甲艦「ベンボウ」(1885年就役:同型艦なし)

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(装甲艦「ベンボウ」の概観:84mm in 1:1250 by WTJ)

同艦は「アドミラル級」装甲艦の6番艦で、搭載予定の30口径34.3センチライフル後装砲が間に合わず、41.3センチ後装砲を単装露砲塔2基の形式で搭載していました。単装砲となった露砲塔の影響でやや搭載主砲の重量減を受けて、副砲には「コリンウッド」と同じ15.2センチ単装砲が各舷ケースメート形式で5きづつ、計10基搭載され、他に水雷艇防御用の速射砲(57ミリ、47ミリ)が多数搭載されました。f:id:fw688i:20240707110207j:image

(装甲艦「ベンボウ」の主要部の拡大:「ベンボウ」は上部構造物の前後の露砲塔に41.3センチ単装砲を搭載していました)

10600トンの船体を持ち、11860馬力の機関を搭載し17.5ノットの速力を出すことができました。

 

露砲塔:バーベットと揚弾筒:次発装填の話

直下に示した図は「アドミラル級」の「ベンボウ」の搭載主砲と露砲塔の構造を示したものです。(Wikipediaより拝借しています)

上図からわかるように、次発装填の際には主砲砲身が載せられている旋回砲台(図の円形の台)外にある揚弾筒(四角いハッチ)の位置に砲身位置を戻し、さらに仰角をかけて砲尾を装填口に合わせる必要がありました。これは「アドミラル級」装甲艦の他の口径主砲を搭載した艦でもほぼ同じ機構で、装填作業は蒸気ポンプによる水圧によって行われ、人力の補助が必要でした。この次発装填に有する時間は2−3分であったと言われています。

 

再び装甲砲塔式装甲艦

「ヴィクトリア級」装甲艦(1887年から就役:同型艦2隻)

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(「ヴィクトリア級」装甲艦の概観:89mm in 1:1250 by WTJ:艦首部に装甲主砲塔1基を装備するという特徴的なフォルムをしています)

同級は「アドミラル級」装甲艦の防御が十分ではないとの反省に基づき、改良型として設計されました。装甲範囲の拡大や装甲厚事態の見直しが行われ、さらに当時急速に発達しつつあった速射砲の被弾防御のため、全周囲型装甲砲塔が復活しています。

比較的波浪の穏やかな地中海での運用を想定して設計され、10500トン級の船体に14200馬力級の機関を搭載して17.3ノットの速度を発揮することができました。

主砲には「ベンボウ」と同じ30口径41.3センチ砲が採用され、これを連装砲塔1基に収めて搭載しています。同砲は当時の最強砲でしたが、前出のように旋回砲塔外での装填機構を有しており、装填時には砲身位置を揚弾筒位置に戻し仰角をかけるなどの作業が必要で、次発の装填に4−5分を要しました。

また同砲を連装砲塔1基にまとめて艦首部に搭載したため、後方への射撃ができず、副兵装として 25.4センチ単装砲を艦尾甲板に搭載していました。さらに副砲には15.2センチ単装砲を12基装備していましたが、同級から、これら副砲は速射砲が採用されました。加えて水雷艇防御用の速射砲多数を搭載していました。f:id:fw688i:20240707110532j:image

(「ヴィクトリア級」装甲艦の主要部の拡大:低い乾舷の艦首部に大きな全周囲装甲の連装主砲塔を搭載しています。主砲塔は艦尾方向に向ける事がかなわないので、その補完を狙って艦尾には防楯付きの25.4センチ単装砲が搭載されています(写真下段))

強力な火力を持つ同級は地中海艦隊の旗艦など主軸を務めましたが、装甲重量等の増加、装甲砲塔の復活等もあって、同級の乾舷は3メートルしかなく、波浪時には主砲の射撃に支障があったとされています。さらに1893年に地中海艦隊旗艦を務めていた「ヴィクトリア」は戦艦「キャンパータウン」(前出の「ロドネー級」2番艦)と衝突しわずか15分で沈没、乗員の半数を失うという事故に遭遇するのですが、この沈没までの時間の短さも、この乾舷の低さに一要因があったと言われています。

 

「トラファルガー級」装甲艦(1887年から就役:同型艦2隻)

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(「トラファルガー級」装甲艦の概観:85mm in 1:1250 by WTJ:「ドレッドノート」(5代目)に先祖帰りしたような平甲板型の世帯を持っています)

同級は「アドミラル級」「ヴィクトリア級」の防御設計をさらに強化した艦級です。装甲範囲の拡大、装甲厚の向上などが行われ12000トン級に増大した排水量に対する防御重量は35%に達しています。

船体の構造は平甲板型で、沿岸装甲砲艦的な性格の強い装甲艦「ドレッドノート」(5代目)に近い構造でした。

主砲には「ロドネー級」と同じ30口径34.3センチ後装ライフル砲が採用され、これを連装装甲砲塔2基の形式で上部構造物の前後に搭載しました。副砲には12センチ単装速射砲が片舷3基づつ、これに加えて従来の速射砲(57mm, 47mm)が搭載され、より水雷艇防御に力点を入れた火力構成となりました。f:id:fw688i:20240707110927j:image

(「トラファルガー級」装甲艦の主要部の拡大:低い乾舷の艦首部、艦尾部に設置された装甲連装主砲塔と舷側のケースメート式で搭載された副砲は、のちに開発される近代戦艦の基本装備となりました)

速力は16.8ノットを発揮する設計でしたが、乾舷が5メートルしかない低乾舷の平甲板型の船体で凌波性には課題があり、13ノットに制限がかかる場面もあったようです。しかし本来が地中海での運用を想定して設計された同級でしたので、それほど大きな問題にはなりませんでした。

 

装甲艦「フッド」(1893年就役:「ロイヤル・サブリン級」戦艦の8番艦)

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(装甲艦「フッド」の概観:96mm in 1:1250 by WTJ:上部構造物の前後に大きな装甲連装砲塔を搭載しています)

同艦は近代戦艦(前弩級戦艦)の基本形となったと言われる「ロイヤル・サブリン級」戦艦の8番艦として設計されました。しかし当時の英海軍軍令部長であったフッド大将の強い要望で主砲塔が原設計の露砲塔形式(1番艦から7番艦)から密閉式装甲砲塔に改められ、この重量増に伴い低乾舷艦となって完成しました。

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(装甲艦「フッド」の主要部の拡大:装甲連装主砲塔の搭載による重量増で、低い乾舷を持つ艦となりました)

結果的にこの試みは失敗で、航洋性・安定性が原型(「ロイヤル・サブリン級」)に対して不良で、速力も所定で0.5ノット遅く、さらに荒天時には13ノット程度の制限がかかるなど弊害が出てしましました。

このため同艦は近代戦艦の分類に入れられず、この項で紹介しています。

 

原型である「ロイヤル・サブリン級」戦艦との比較

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(装甲艦「フッド」と原型となった「ロイヤル・サブリン級」戦艦(写真奥)との比較:左下の写真では、乾舷にどの程度の差が生じたのか、わかると思います)

 

参考)近代戦艦の始祖

「ロイヤル・サブリン級」戦艦(1892年から就役:同型艦7隻)

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(「ロイヤル・サブリン級」戦艦の概観:94mm in 1:1250 by WTJ)

同級は大西洋・北海での運用を想定して高い乾舷を持つ凌波性に考慮が払われた設計でした。

代償として主砲塔は密閉型装甲砲塔を諦め露砲塔としましたが、航洋性は良好で、「強力な火力(30口径34.3センチ連装露砲塔2基)を有し、良好な航洋性を持ち、高速性(16.5ノット)を備えた、近代戦艦(前弩級戦艦)」の基本設計が同級で確立されたとされています。

14100トン級の船体を持ち17.5ノットの速力を発揮することができました。

(詳しくは、本稿でおそらくそう遠くない時期に紹介する「英海軍の近代戦艦の系譜」の回でご紹介するでしょう)

 

ということで、今回は英海軍の航洋型装甲艦の最終形式ともいうべき砲塔式装甲艦の各艦級について見てきました。こうした試行錯誤の中から、次第に近代戦艦の基本形が構成されてゆきます。次は英海軍の航洋型装甲艦はいわゆる近代戦艦(前弩級戦艦)の時代に入ってゆきます。・・・とここまで書いて、これまで英海軍のこの時代、という視点では投稿がないかもしれない、ということに気がつきました。

次回はこの続きで英海軍の近代戦艦(前弩級戦艦)のお話をするか、ちょっと視点を変えて、現在制作中のモデルのお話をするか。どうするか思案中です。

 

もちろん、もし、「こんな企画できるか?」のようなアイディアがあれば、是非、お知らせください。

 

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