相州の、1:1250スケール艦船模型ブログ 主力艦の変遷を追って

1:1250スケールの艦船模型コレクションをご紹介。実在艦から未成艦、架空艦まで、系統的な紹介を目指します。

日本海軍巡洋艦開発小史(その1) 防護巡洋艦の系譜

さて、今回は艦船模型サイトらしく(胸を張って、いうんじゃない!・・・おっしゃる通りです)、日本海軍の巡洋艦開発(装甲巡洋艦巡洋戦艦は主力艦として既に紹介済みなので、それ以外)を辿るシリーズの第一回です。少し細切れに、6回程度のシリーズにする予定ですが、今回は、これまでにすでに紹介した内容の再録もあるので、日本海軍成立からの防護巡洋艦を一気にご紹介。

 

日本帝国海軍の防護巡洋艦

本稿ではこれまで何度も触れてきたので、「またか」の感はあるかとは思いますが、防護巡洋艦は基本、舷側装甲を持たず、機関部を覆う防護甲板により艦の重要部分を防御し、舷側の防御は石炭庫の配置に委ねるという設計構想を持った艦種で、艦の重量を軽減し高速と長い航続距離を両立させることができました。

一般に巡洋艦の主たる使命を、仮想敵の通商路破壊と自国通報路の防御においた欧州各国にとっては非常に有用な艦種と言え、一世を風靡しました。

その時期は明治初年の日本海軍の黎明期と重なり、早急な海軍整備のためには欧州先進国からの軍艦購入に頼らざるを得ない日本にとっては、乏しい国家財政も勘案して比較的調達の容易な(程度の問題ではありましたが)艦種として、多くが購入さたことは、本稿でも紹介してきたところです。

まさに日清戦争時における、日本海軍の主力艦群であったと言えるでしょう。

 

日本海軍初期の防護巡洋艦

日清戦争期までの防護巡洋艦(浪速級から吉野級)については、本稿の第3回、第4回で、ご紹介しています。以下、再録(抄録)しておきます。

fw688i.hatenablog.com

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トーゴー」さんと一緒に有名になっちゃった。日本海軍、最初の巡洋艦

浪速級防護巡洋艦 -Naniwa class :protected cruiser-(浪速:1886-1912 /高千穂:1886-1914)

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Naniwa-class cruiser - Wikipedia

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日本海軍は明治16年度の艦艇拡張計画で3隻の防護巡洋艦の建造を決定。

そのうち、イギリスに発注された2隻が、浪速級防護巡洋艦であり、「浪速」「高千穂」と命名されました。

設計にあたっては、当時、世界の注目を浴びた優秀艦「エスメラルダ」(後述)をタイプシップとして、防御甲板の増強による防御力の向上、主砲口径の拡大など、若干の改良が盛り込まれました。いわゆるエルジック・クルーザーの系譜に属する、日本海軍最初の防護巡洋艦です。

船体はタイプシップである「エスメラルダ」より少し大型化し3,700トンとなり、26センチ主砲2門、15センチ砲6門を主要兵装として備え、速力は18ノットを発揮することが出来ました。(77mm in 1:1250 Hai)

日清開戦時の「浪速」の艦長が東郷平八郎であり、彼と「浪速」は、開戦劈頭の「高陞号事件」で名を挙げました。

日清戦争後、兵装を15.2センチ速射砲に換装し、日露戦争に望んだ。日露戦争では第二艦隊に所属、主力の装甲巡洋艦を補佐しました。

「高千穂」は、第一次世界大戦で、ドイツ太平洋艦隊の根拠地青島要塞の攻略戦に封鎖艦隊の一員として参加しました。その際、ドイツの水雷艇S-90の雷撃を受け、補給用に搭載していた魚雷が誘爆、轟沈しました。日本海軍における、敵艦との交戦で失われた最初の艦となってしまいました。

 

待てど暮らせど・・・。どこに行っちゃったんだろう?

幻の防護巡洋艦「畝傍」-Unebi :protected cruiser-

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Japanese cruiser Unebi - Wikipedia

f:id:fw688i:20181013214613j:plain明治16年度の艦艇拡張計画で3隻の防護巡洋艦を英仏2両国に発注しましたが、このうちフランスに発注された1隻が「畝傍」でした。

3,600トンの船体に、舷側4箇所の張り出し砲座に設置された24センチ砲、15センチ砲7門などを搭載し、18.5 ノットの速力を発揮しました。(::mm in 1:1250 Hai)

同時期に発注された当時の最新式の防護巡洋艦であるにも関わらず、「浪速」級とは、直上の写真のように、流麗でやや古めかしい三檣バーク形式の船でした。フランスから日本への回航途上で行方不明となったことはつとに有名です。

浪速級と比較すると、やや低めの乾舷と、舷側の4箇所の砲座に搭載された24センチの主砲が、ややバランスの悪さを感じさせます。フランス艦には時に復元性能に問題がある場合があり、回航途上に暴風雨などに遭遇しその弱点が瞬時の転覆をもたらしたのかもしれません。

しかしその流麗な艦容で高速を発揮し敵に肉薄する姿など、見てみたかったと思いませんか?

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(直上の写真は、「浪速級」と「畝傍」の関係の比較。同年代なのに、基本設計が異なるのでしょうね。後述の「松島級」のそうですが、フランスの設計は、好きだなあ)

 

舷側装甲帯を持った防護巡洋艦?そんなのあり?

千代田 -Chiyoda :protected cruiser-  (1891-1927) 

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Japanese cruiser Chiyoda - Wikipediaf:id:fw688i:20180915210056p:plain

「千代田」は、前出のフランスから日本への回航途上で消息を絶った巡洋艦「畝傍」の保険金により調達されたといういわく付きの巡洋艦です。イギリスで建造され、舷側水線部に貼られた装甲帯を持つところから「日本海軍初の装甲巡洋艦」ともいわれることもありますが、2,500トン、主砲は持たず12センチ速射砲を舷側に10門装備した、正確には装甲帯巡洋艦、一般的には防護巡洋艦に分類されるでしょう。(75mm in 1:1250 WTJ)

19ノットの速力を持ち、当時としては快速でありながら、重厚な連合艦隊主隊に組み込まれたため(おそらく、その装甲帯のため?)、その快速を発揮する機会は、黄海海戦においてはありませんでした。

 

倒せ定遠鎮遠!すごいの作っちゃったよ。

三景艦:松島級防護巡洋艦 -Matsushima class :protected cruiser- 

(厳島:1891-1925/ 松島:1892-1908/ 橋立:1894-1925  

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Matsushima-class cruiser - Wikipedia

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(直上の写真は、「松島」。「松島」は主砲を後ろ向きに搭載している。フェアリー企画製レジンキット

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(「厳島」と「橋立」は同景艦。手法を前向きに搭載している。Hai製。ベルタンの設計では、主砲を後ろ向きに搭載した「松島型」2隻と、前向きに主砲を搭載した「厳島」「橋立」の4隻で、一セットの戦隊として戦場に投入される予定だったと言われています)

この3隻が、フランスの天才造船家エミール・ベルタンの設計であることはつとに知られています。清国の当時アジア最強を謳われた定遠級戦艦(砲塔装甲艦)「定遠」、「鎮遠」に対抗する艦として設計されました。

これらの艦の最大の特徴は、4,000トン強の小さな船体に巨大な38口径32センチ砲を主砲として一門搭載していることで、主砲自体の性能は、射程、口径、弾丸重量ともに、「定遠級」の主砲(20口径30センチ砲)を凌駕していました。「厳島」と「橋立」はこの主砲を前向きの露砲塔に搭載し、「松島」は後ろ向きに搭載しています。「アジア最強の戦艦を上回る強力艦を手に入れた」と国民の少年のような高ぶりが伝わってくるような気がします。

早速、連合艦隊も「松島」をその旗艦に据えました。(75mm in 1:1250 Hai)

 

 **本稿でのラーニング:筆者は以前から、この「松島級」の特に「松島」に装備された後むきの主砲はどの様に使用される目的があったのだろうかと、疑問を持っていました。この疑問に対し、ご投稿(「通りすがり」さん)をお寄せいただき、「設計者ベルタンのオリジナルの設計はもう少し大きな艦型になるはずだった。日本海軍は予算の関係で船体を小さなものにせざるを得なかった」(これは筆者も聞いたことがありました)、そして「その設計では、もう少しまともに舷側方向に射撃ができたはず」(なるほど!)、さらに「何れにせよ使いにくい巨砲ではあったので、中口径砲の乱射で敵艦の行動の自由をある程度奪ったのちに、必中のタイミングでトドメを刺すような使い方を想定したのではないか。標的と想定された「定遠」級装甲砲塔艦の装甲を撃ち抜くには、この巨砲しかなかったのだから」という趣旨の解釈を伺うことができました。眼から鱗、とはこのことです。ありがとうございました。

 

初の国産巡洋艦。結構良いんじゃない?

秋津洲 Akitsushima :protected cruiser- (1894-1927)

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Japanese cruiser Akitsushima - Wikipediaf:id:fw688i:20180917142146j:image

 「秋津洲」は、巡洋艦のような大型艦としては、設計から建造まで初めて日本国内で行われた、記念すべき軍艦です。

3,150トン、19ノットの快速を発揮し、15.2センチ速射砲4門と12センチ速射砲6門を装備した、国産のいわゆるエルジック・クルーザーです。設計当初から巨砲を主砲とせず、当初から速射砲を装備しています。他の防護巡洋艦の多くが、就役時に装備した主砲を、その後速射砲に換装していること考えると、まさに慧眼と言えるでしょう。あるいは、巨砲を調達できなかった、案外、実情はそういうことかも知れませんが。経緯はさておき、本艦以降、日本海軍の防護巡洋艦は、速射砲中心でその兵装を整えて行くことになります。(80mm in 1:1250 WTJ)

 

元祖エルジック・クルーザーを手に入れた!

防護巡洋艦「和泉」、元は「エスメラルダ」-Esmeralda :protected cruiser: Izumi - (1884-1912: 1894、日本海軍に売却、以降、巡洋艦「和泉」)

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Japanese cruiser Izumi - Wikipediaf:id:fw688i:20180917122434j:image

 「エスメラルダ」は、当初、チリ海軍によってイギリス・アームストロング社に発注された、防護巡洋艦です。(68mm in 1;:1250 Navis)

建造時には、3000トン弱の船体に、主要兵装として25.4センチ単装砲2門を主砲、他に15センチ砲6門を装備し、18ノットの速力を出すことが出来ました。

日清戦争中の1895年に日本に売却され、艦名を「和泉」としました。日本海軍に移籍後、主砲を15センチ速射砲に、その他を12センチ速射砲に換装するなどして、日露戦争では、第三艦隊の序列に加わり戦いました。

本艦がアームストロング社エルジック造船所で建造されたところから、以降、同様の設計で建造された防護巡洋艦は、造船所の場所に関わらずエルジック・クルーザーと呼ばれるようになりました。いわゆる元祖エルジック・クルーザーという「記念的」な巡洋艦と言えるでしょう。日本海軍の防護巡洋艦は、フランスで生まれた「松島級」、舷側装甲を持った「千代田」を除いて、すべてこの形式です。

 

世界最速の・・・

吉野級防護巡洋艦 -Yoshino class :protected cruiser - (吉野:1893-1905/高砂:1898-1904)

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Japanese cruiser Yoshino - Wikipedia

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明治24年度計画で、イギリス・アームストロング社に発注されました。建造は同社エルジック造船所で行われ、まさに本家のエルジック・クルーザーです。

その特徴は何をおいても23ノットという高速にあり、就役当時は世界最速巡洋艦、と言われました。4,200トンの船体に、「秋津洲」同様に兵装は全て速射砲で揃えていました(15.2センチ速射砲4門・12センチ速射砲8門)。 (95mm in 1:1250 WTJ)

黄海海戦にあたっては、第一遊撃隊の旗艦として、坪井少将が座乗しました。

同型艦高砂日清戦争後に発注され、主砲口径を20.3センチにするなど、いくつかの改良点が見られます。

その後、「吉野」は日露戦争には、第3戦隊の一隻として参加しましたが、いわゆる日本海軍「魔の1904年5月15日」、封鎖中の旅順沖を哨戒中に濃霧に遭遇、同行の装甲巡洋艦「春日」と衝突して沈没しました。同日、機雷で戦艦「初瀬」「八島」を喪失し、日本海軍にとって5月15日は、まさに災厄の1日となりました。

同型艦高砂」も、同年12月13日にやはり旅順閉鎖作戦中に触雷して失われました。

 

日清戦争以降の防護巡洋艦

 

これで国産定着?

須磨級防護巡洋艦 -Suma class :protected cruiser-(須磨:1896-1923 /明石:1899-1928) 

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Category:Suma-class cruisers - Wikipedia

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「須磨」級防護巡洋艦は、前出の初の国産巡洋艦秋津洲」を小型化し改良したものです。

2,657トンの「秋津洲」よりも二回りほど小さな船体に、「秋津洲」と同様の兵装、15.2センチ速射砲4門と12センチ速射砲6門を装備し、同級より若干優速の20ノットを発揮します。(78mm in 1:1250 WTJ)

日清戦争には間に合いませんでしたが、日露戦争では建造年次の新しい防護巡洋艦として高速をいかした前哨索敵等の任務でほぼ全ての主要な海戦に参加し活躍しました。

さらに第一次世界大戦では、青島要塞攻略戦やインド洋でのANZAC護衛任務等に参加した後、「明石」は第二特務艦隊旗艦として地中海での対Uボート作戦に派遣されています。

 

(直下の写真は、前回ご紹介したWTJ製の3D printing model。防護巡洋艦「笠置」級(奥)と「須磨」級(手前)。今回ご紹介する「須磨級」「笠置級」両防護巡洋艦は、これを仕上げたものです)

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「吉野」をもう2隻!

笠置級防護巡洋艦 -Kasagi class :protected cruiser-(笠置:1898-1916 /千歳:1899-1928)

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Kasagi-class cruiser - Wikipedia

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(直上の写真は、「吉野級」と「笠置級」。「笠置級」は「吉野級」をタイプシップとしたため、類似点が多い)

「笠置級」防護巡洋艦は、「吉野級」の2番艦「高砂」をタイプシップとして、アメリカで建造されました。日本海軍としては、海外に発注された最後の防護巡洋艦となりました。

武装タイプシップである「高砂」に準じて、20.3センチ速射砲2門、12センチ速射砲10門を主兵装としています。速力は22.5ノットを発揮しました。(95mm in 1:1250 WTJ)

日露戦争では、海軍主力艦隊の第一艦隊に所属し、戦艦戦隊を補佐しほぼ全ての主要海戦に参加しました。

 

偵察専任!無理のない設計で、しかも国産。

新高級防護巡洋艦 -Niitaka class :protected cruiser-(新高:1904-1922 /対馬:1904-1939)

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Niitaka-class cruiser - Wikipedia

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 「新高級」防護巡洋艦は、日本海軍としては初めて設計当初から偵察任務を想定して建造された国産巡洋艦です。そのため前級にくらべやや小型の艦型となりました(3,366トン)。雷装を廃止し、兵装も15.2セント速射砲6門、速力も20ノットととやや抑えたものとなっています。(81mm in 1:1250 Navis)

この様に一見したスペックでは華々しさには欠ける同級ですが、一点、堅牢性、実用性は大変高く評価された様です。(日本海軍は、ともすると「一点豪華」へのこだわりが強く見られ、ともすればその「豪華」装備へのこだわりで、設計に齟齬をきたす様なことが時折みうけられたりするのですが、本級における成功は、米軍におけるシャーマン戦車やドイツ軍の4号戦車などの様な成功例と何処かに通ずるところがある様な気がします)

第一次世界大戦では、インド洋でのシーレーン防御任務に活躍し、南アフリカケープタウンあたりまで遠征しています。

 

予算がちょっと足りないから、少し小ぶりに作ってみました

音羽 Otowa :protected cruiser- (1904-1917)

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Japanese cruiser Otowa - Wikipedia

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前出の「新高級」同様に 偵察任務を想定し1隻のみ建造されました。予算の関係で、「新高級」をさらに小型化した設計となり、3,000トンの船体で21ノットを発揮しました。

兵装は前級同様、雷装は持たず、15.2センチ速射砲2門、12センチ速射砲6門と、艦型の小型化に準じさらに抑えたものになっています。

偵察巡洋艦の本領を発揮して、日露戦争に続き、第一世界大戦でも主として警備活動に活躍しました。

(本艦の1:1250スケールの艦船模型は、未入手です。Hai社から製品化されてはいる様なのですが。写真はLaWaRuというモデルショップのものを拝借。いずれはセミクラッチにトライしてみようかな。何処かに資料があったかな?)

 

やっぱり「吉野」は良かったよね。国産でも作ってみよう。

利根 Tone :protected cruiser- (1910-1931)

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Japanese cruiser Tone (1907) - Wikipedia

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前出の「吉野級」防護巡洋艦タイプシップとして、日露戦争直後の臨時軍事費で1隻のみ建造されました。タイプシップを 「吉野級」にしたところからも、艦隊型巡洋艦として設計され、前級「新高級」「音羽」では廃止されていた雷装を装備し、兵装も「吉野」に準じて15.2センチ速射砲2門、12センチ速射砲10門としています。(99mm in 1:1250 Navis)

本艦の最大の特徴は、これまで戦果実績が見られず、一方では両艦同士の衝突などによる喪失事故が見られた艦首の衝角を廃止し、クリッパー型の艦首を持ったところにあります。

4,113トンの船体にレシプロ蒸気機関を搭載し23ノットの速力を発揮しました。本艦は日本海軍の巡洋艦として、レシプロ機関を主機とした最後の巡洋艦となりました。

 

次の次元に行ってみよう。防護巡洋艦から軽巡洋艦への過渡期。

筑摩級防護巡洋艦 -Chikuma class :protected cruiser-(筑摩:1912-1931 /矢作:1912-1940 /平戸:1912-1940)

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Chikuma-class cruiser - Wikipedia

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本級は明治40年度計画で3隻の建造が 承認されました。一番艦「筑摩」は佐世保海軍工廠で建造されましたが、「矢作」は三菱長崎造船所、「平戸」は川崎造船所、といずれも初めて民間造船所で建造された巡洋艦となりました。

前級「利根」同様に艦首衝角を廃止しクリッパー型艦首を持ち、艦型は一気に5,000トンと大型化しています。主機には初めて蒸気タービンが採用され、26ノットの高速を発揮します。

3基の魚雷発射管と、15.2センチ速射砲8門を主要な兵装として装備しています。(177mm in 1:1250 Navis)

本級は防護巡洋艦から後の軽巡洋艦(軽装甲巡洋艦)への過渡的な存在と言え、防護巡洋艦本来の舷側防御である石炭庫の配置に加え、舷側の一部に87mmの舷側装甲を有していました。

第一次世界大戦では、ニューギニアドイツ領の攻略戦や、ドイツ太平洋艦隊(シュペー提督指揮)の通商破壊戦への警備活動、のちにはインド通商路の警備活動などに活躍しました。

 

 

ということで、今回は日本海軍の設立当初からその戦力として重要な一翼を担ってきた防護巡洋艦をおさらいも含めて一覧してみました。当然、この後、軽巡洋艦(軽装甲巡洋艦)、重巡洋艦と続いていくのですが・・・。(次回予告をしないところは、これまでの学習効果、ということで)

 

模型に関するご質問等は、大歓迎です。

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