第一次世界大戦の戦訓
本稿で見てきたように、第一次世界大戦に対する日本海軍の関与は、ほぼ独海軍の展開する通商破壊戦への対応に尽きると言っても過言ではない。
具体的には、開戦当初のシュペー率いるドイツ東洋艦隊への対応、そしてANZAC派遣軍の護衛であり、地中海への駆逐艦で編成された特務艦隊の派遣であった。
ANZAC派遣軍の護衛任務は、ドイツ東洋艦隊の根拠地青島、あるいはマリアナ・カロリン両諸島を失って以降、ドイツ海軍がインド洋、太平洋に拠点を持たなかったため、ほぼ名目的な任務に過ぎなかったが、地中海に派遣された特務艦隊はドイツ、あるいはオーストリア=ハンガリー海軍の潜水艦を相手に、対潜水艦戦を経験し、損害も出した。
この新しい「潜水艦による通商破壊戦」は、第一次世界大戦で諸国の海軍が初めて経験する形態の戦闘で、手探り、という点では横一線でのスタートと言えた。しかし、これも本稿ですでに触れたことであるが、諸国の対応は鈍く、英国などはその重大な脅威を肌身で実感したはずであったにも関わらず、戦後、その戦訓が明快な形を結ぶことは、なかった。
日本海軍も同様であり、日露戦争およびこの大戦での水雷兵器の発展と、その発射プラットフォームとしての潜水艦に対する水野広徳大佐による優れた先駆的分析がありながら、のちの太平洋戦争が主として南方の資源確保がその主題であったにも関わらず、米潜水艦の跳梁に対し、何ら有効な手段を持ち得なかった。
写真上段は第二特務艦隊として地中海に派遣された日本海軍駆逐艦に種、樺型と桃型。
第二特務艦隊には、当初、樺型8隻、増援として桃型4隻が投入された。
樺型駆逐艦:1915− :595トン、30ノット、66mm in 1:1250
桃型駆逐艦:1916–:755トン、31.5ノット、66mm in 1:1250
下段は、第一次世界大戦当時の代表的なドイツ海軍Uボート (U23クラス:水上670トン・水中870トン、水上16.5ノット・水中10ノット、50mm in 1250)
https://en.wikipedia.org/wiki/U-boat#World_War_I_(1914–1918)
第一次世界大戦は、諸国が初めて経験する総力戦であった。即ちそれまでの戦争のように数回の主戦力同士の会戦(陸海問わず)によって雌雄が決まる形式の戦争ではなく、補給、資源供給能力を問われる長期戦であり、そこでは海上決戦のような局地的、短期的な戦闘形態は有効ではなくなりつつあった。特に海軍の任務で言えば、通商路の破壊と防御のウエイトがより高まり、そこで求められるのは、より広域に展開され、常設的で、浸透性の高い戦術であったと言えよう。ドイツ帝国海軍は戦争初期に、意識してかどうかはさておき戦術転換を成し遂げ、主力艦の出撃は限定的に抑える一方、無制限潜水艦作戦で具現化した。
諸列強が熱意を込めて整備してきた主力艦の時代の終幕が濃厚に予感された。
第一次大戦開戦当初、日本海軍は、特に弩級戦艦、超弩級戦艦の整備で諸列強に大きく出遅れた。
本稿でも触れたが、例えば開戦時の主力艦の保有数をみれば、イギリスは弩級・超弩級戦艦を22隻、巡洋戦艦を9隻、前弩級戦艦を40隻保有していたのに対し、ドイツ帝国はこれに次いでそれぞれ14隻、4隻、22隻で、名実ともに当時の雌雄であった。これに次ぐのはアメリカ海軍で、それぞれ12隻、0隻(アメリカは何故か、巡洋戦艦に興味を示さなかった)、23隻、さらに、かつての大海軍国フランスは、それぞれ3隻、0隻、17隻であった。一方、イタリア海軍は3隻、0隻、8隻、オーストリア=ハンガリー海軍は4隻、0隻、9隻で、地中海で対峙していた。
日本海軍を見ると、弩級戦艦2隻(河内、摂津)、超弩級戦艦なし、巡洋戦艦2隻(金剛、比叡:大戦中に榛名、霧島2隻が就役)、前弩級戦艦17隻で、そのうち第一線級の戦力とみなされるものは、金剛級の巡洋戦艦だけであった。超弩級戦艦の整備が切望された。
金剛級超弩級巡洋戦艦と対をなす超弩級戦艦として、扶桑級戦艦は建造された。
主砲は金剛級と同じ14インチ砲で、これを連装砲塔6基12門搭載。艦首部と艦尾部は背負い式配置として、残り2基をを罐室を挟んで前後に振り分けた。軍艦史上初めて30,000トンを超える大鑑で、日本海軍の念願の超弩級戦艦は、一番艦の扶桑完成の時点では、世界最大、最強装備の艦と言われた。
艦型全体で見ると、6基の砲塔はバランス良く配置されているように見えるが、実はこれが斉射時に爆風の影響を艦上部構造全体に及ぼすなどの弊害を生じることが完成後にわかった。また罐室を挟んで砲塔が配置されたため、出力向上のための余地を生み出しにくくなっていることもわかった。さらに欧州大戦でのユトランド海戦での長距離砲戦への対策としては、水平防御が不足していることが判明するなど、世界最大最強を歌われながら、一方では生まれながらの欠陥戦艦と言わざるを得なかった。
(1915年、30,600トン: 35.6cm連装砲6基、22.5ノット) 同型艦2隻 (165mm in 1:1250 by Navis)
扶桑級戦艦は完成後、前述のような欠点を持っていることが判明したため、扶桑級の3番艦、4番艦の建造に待ったがかかった。設計が根本から見直され、主砲配置、甲板防御、水雷防御などが一新し、全く異なる艦型の戦艦となった。これが伊勢級戦艦である。設計の見直しに併せて、主砲装填方式の刷新、方位盤の射撃装置の採用なども行われ、より強力な戦艦となって誕生した。
一方で、砲塔の配置転換などにより居住区域が大幅に削減され、乗組員は劣悪な居住性に甘んじなければならなかった。
(1917年、29,900トン: 35.6cm連装砲6基、23ノット)同型艦2隻 (166mm in 1:1250 by Navis)
同時期の列強の戦艦は以下の通りである。
注目すべきは、米海軍においてはペンシルベニア級、ニューメキシコ級、テネシー級ともに日本海軍と同じ14インチ砲ながら、これを3連装砲塔に収め、これにより艦型そのもののコンパクト化を目指し、一方では重点防御への展開が見られた。
他方、英海軍を見ると、クイーン・エリザベス級、リベンジ級ともに15インチ砲を主砲として採用している。併せて速力は扶桑級、伊勢級を上回っている。
いずれの列強の新造艦を見ても、さらに強力な戦艦の建造を目指す必要があった。
(1916年 31,400t: 35.6cm砲三連装4基 21ノット)同型艦2 隻(147mm in 1:1250 by Navis)
主砲塔を全て三連装とし、12門の主砲をコンパクトに搭載した。この艦以降、機関はタービンとなった。
(1918〜1919年 32,000t: 35.6cm砲三連装4基 21nノット)同型艦3隻 (152mm in 1:1250 by Navis)
主砲を50口径に強化し、新設計の主砲塔を採用した。艦首の形状をクリッパー形式とした。ニューメキシコ のみ、電気推進式タービンを採用した。
(1919〜1920年 32,600t: 35.6cm砲三連装4基 21ノット)同型艦2隻 (152mm in 1:1250 by Navis)
ニューメキシコ 級の改良型で、艦橋と射撃指揮装置を拡充した。機関には電気推進式タービンを採用した。
(1915年、29,150トン: 38.1cm連装砲4基、23ノット)同型艦5隻(154mm in 1:1250 by Navis)
38.1センチ砲を主砲として採用し、砲力の格段の強化を図った。あわせて速力を24ノットとして、高速化を図った。高速戦艦の登場である。
(1916年、28,000トン: 38.1cm連装砲4基、23ノット)同型艦5隻 (150mm in 1:1250 by Navis)
アイアン・デューク級の船体に38.1センチ砲を搭載する方針で設計された。重油専焼ボイラーを搭載し、速力を23ノットとした。
(三海軍超弩級戦艦、艦型比較:上から、日本海軍:伊勢級、米海軍:ニューメキシコ級、英海軍:クイーン・エリザベス級)
扶桑級・伊勢級、ともにその計画は第一次世界大戦前に遡り、一部大戦の戦訓を盛り込んだとはいえ、十分なものではなかった。併せて前述のように競合列強は次々にこれらを凌駕する強力な戦艦を建造しており、日本海軍としては、さらにこれを上回る艦の建造を求めた。
列強の諸艦に対しては、世界初の16インチ砲を採用しこれを圧倒することとし、この巨砲群の射撃管制のための巨大な望楼構造の前檣を採用し、その最頂部に大型の測距儀を設置した。併せてユトランド沖海戦からの戦訓として、防御力の拡充はもちろん、高速力の獲得も目指された。計画当初は24.5ノットの速力が予定されていただが、ユトランド沖海戦から、機動性に劣る艦は戦場で敵艦をとらえられず、結果、戦力足り得ない、との知見を得て、26.5ノットの高速戦艦に設計変更された。
(竣工時の長門級。当初、前部 煙突は直立型であったが、前檣への排煙の流入に悩まされた。煙突頂部にフードをつけるなど工夫がされが、1924年から1925年にかけて、下の写真のように前部煙突を湾曲型のものに換装した)
(1920-, 33,800t, 41cm *2*4, 26.5knot, 2 ships: 176mm in 1:1250 by Hai)
(直上の二点の写真は、1925年ごろのもの。1924年から1925年にかけて、前部煙突を湾曲型のものに換装した)
(三海軍超弩級戦艦、艦型比較:上から、日本海軍:長門級、米海軍:ニューメキシコ級、英海軍:クイーン・エリザベス級)
長門級の誕生により、世界の主力艦情勢は新たな局面を迎える。これを機に、列強は軍縮の方向に舵を切り、ワシントン条約によるネイバルホリデーが始まる。七大戦艦が君臨する一種のモラトリアム期間に入るのだが、本稿では、別の形でのネイバルホリデーが描かれることになる。
次回は、その準備段階として七大戦艦と、ワシントン条約について。
***模型についてのお問い合わせ、お待ちしています。或いは、**vs++の比較リクエストなどあれば、是非お知らせください。
これまで本稿に登場した各艦の情報を下記に国別にまとめました。
内容は当ブログの内容と同様ですが、詳しい情報をご覧になりたい時などに、辞書がわりに使っていただければ幸いです。