相州の、ほぼ週刊、1:1250 Scale 艦船模型ブログ

1:1250スケールの艦船模型コレクションをご紹介。実在艦から未成艦、架空艦まで、系統的な紹介を目指します。

リッサ海戦時のイタリア艦隊の艦艇群:マスト周りのアップデートを終えて

今回は、前回の史上初の蒸気装甲艦同士の本格的な海戦として有名な「リッサ海戦」時(1866年)のオーストリア艦隊の艦艇に引き続き、イタリア艦隊の艦艇群(装甲艦)のご紹介を、モデルの帆装部分のディテイルアップを中心に。

 

「リッサ海戦」とイタリア海軍

少しおさらいを。

リッサ海戦は、1866年に勃発した普墺戦争の一環として戦われた海戦でした。

普墺戦争は、統一ドイツの方向性を定める覇権争いで、産業革命推進の必須条件である一定規模の経済圏の確立範囲をめぐりプロイセン王国(小ドイツ主義=ドイツ民族経済圏)とオーストリア帝国(大ドイツ主義=中央ヨーロッパ経済圏)の間で争われた戦争でした。この戦争に、オーストリア帝国との間に領土問題を抱える統一間もないイタリア王国1861年成立)がプロイセン陣営側に立って参戦したわけです。

イタリア王国の参戦の狙いはイタリア北部に隣接するロンバルディアの支配権獲得と、併せてアドリア海での覇権確立、加えて、あわよくばアドリア海対岸であるダルマシアへの領土拡大でした。

そのアドリア海のほぼ中央にオーストリア帝国によって要塞化されたリッサ島(現クロアチア、ヴィス島)があり、この島の攻略がアドリア海制海権獲得に重要であることは明白であり、この攻略戦の一環として起こった海戦が「リッサ海戦」として後に呼称されるようになります。

 

イタリア海軍とその艦艇群の状況

前述のようにイタリア王国は、1840年代後半から機運の高まりを見せたイタリア統一運動を経て、1861年にサボイア家の統治する北西部のサルデーニャ王国を中心に統一されました。

同時期にイタリア海軍も成立したわけですが、成立当初は統一以前の各地方勢力(サルデーニャ王国ナポリ王国トスカーナ大公国教皇領)の抱える各海軍を統合したものでした。この辺りは明治維新後の日本海軍の成立過程によく似ています。

この成立したての海軍は規模としてはそこそこのもの(戦列艦1隻、フリゲート艦9隻、コルベット4隻、その他の帆走艦7隻)でしたが、もとより建造年次はまちまちで、設計思想には統一感など臨むべくもなく、一元化した運用には大きな困難がありました。

人材面でも状況は同様で、それぞれの地方勢力が母体となった旧所属海軍の教育・昇進制度等を経歴として引きずっており、それぞれは派閥を形成し、統一海軍の成立には大きな障害となりました。

併せて成立したてのイタリア王国には海軍の艦艇を建造する工業力も未整備で、海軍装備の整備は短期的には外国からの購入に頼らざるを得ませんでした。

当時の海軍大臣カルロ・ベルサーノは積極的に海外からの艦艇購入を進め、1866年の「リッサ海戦」時の艦隊主力(黎明期の装甲艦)はこうした輸入艦艇で構成されていました。

「リッサ海戦」にはベルサーノ自らが、艦隊を率いて出撃しています。

 

海戦経緯(ここはほとんど前回東欧の再録です)

1866年7月16日夕刻、ベルサーノの指揮するイタリア艦隊はリッサ島上陸部隊を伴いリッサ島に向かい出撃します。18日にはリッサ島に対する攻撃を開始しますが、断崖絶壁を利用して建設された要塞砲台への有効な砲撃が叶わず、また19日、リッサ湾からの上陸も悪天候などが原因で予定通りには進みませんでした。

19日、オーストリア帝国側からはこれを阻止するために艦隊が出撃、20日には両艦隊がリッサ島沖で激突(文字通り=これは後で種明かし)するわけです。

艦隊の構成を見ておくと、イタリア艦隊が装甲艦(木造鉄皮)12隻、非装甲14隻、その他の非戦闘艦9隻で構成され、オーストリア艦隊は装甲艦(木造鉄皮)7隻、非装甲艦14隻、非戦闘艦4隻からなっていました。海戦での主力戦闘力となるであろう装甲艦の数ではイタリアが優勢で、かつ同海軍の装甲艦は王国成立後に購入(一部国内で建造)されたものばかりで艦齢が若く(どの時代でもそうですが、兵器の製造年が新しいというのは、著しい性能の進歩を意味します)、併せて総砲門数でもイタリア艦隊の641門に対しオーストリア艦隊532門と、スペック上でのイタリア艦隊の優位は明らかでした。

しかしテゲトフ提督に率いられたオーストリア艦隊の士気は高く、イタリア人をダルマシアに対する侵略者と見做していたのに対し、イタリア艦隊は艦艇はともかく、乗員や指揮系統は前述のように母体となる旧所属海軍の寄せ集め、派閥が色濃く残されていて、統一指揮を難しくしていました。

 

イタリア艦隊は舷側砲門を有効に生かすべく装甲艦9隻(3隻は要塞攻撃に分派)のみによる単縦陣隊形を取り、3隻づつ3グループに分けてオーストリア艦隊の包囲を目指します。一方のオーストリア艦隊は7隻の装甲艦を第一列に、木造戦闘艦を第二列、第三列に並べた1000メートル間隔の3列からなる楔形陣形をとり、イタリア艦隊の横腹をつく隊形を取りました。

オーストリア艦隊の指揮官テゲトフ提督にはいくつか確信があったようで、前述のように自艦隊の士気の高さに加え、当時の砲撃が、静止目標に対してはともかく、移動目標に対し命中させることが著しく困難であること、併せて命中弾が与える損害がそれほど大きなものではないことなどから、楔形陣形による突撃と体当たりという戦法を目指す決断をしたようです。

これに加え、以下でも再度記述することになると思いますが、戦闘直前の旗艦変更による隊形と指揮系統の混乱などがイタリア艦隊側に加わり、イタリア艦隊の第一グループと第二グループ以降に大きな間隔が生じてしまい、装甲艦の数の優位性がイタリア艦隊からは失われました。

戦闘は楔形体系で突撃をかけたオーストリア艦隊の装甲艦7隻によるイタリア艦隊の第二グループ3隻への攻撃、イタリア艦隊の装甲艦第三グループ以降(4隻)とオーストリア艦隊の非装甲艦14隻の戦闘という様相を呈し、結果、イタリア艦隊は主力装甲艦「レ・ディタリア」を集中砲火とオーストリア艦隊の旗艦「エルツヘルツォーク・フェルディナンド・マックス」の衝角攻撃で、装甲砲艦「パレストロ」を衝角攻撃による損傷とその後の集中砲火で失い、オーストリア艦隊には喪失艦はなく、オーストリア艦隊の勝利となりました。

 

オーストリア帝国イタリア王国との戦いでは陸戦でも、この海戦でも勝利を挙げますが、これらの勝利は戦争そのものへの寄与はほとんどなく、ケーニヒグレーツの戦いでプロイセン軍に大敗し、8月23日に休戦条約が結ばれます。結果統一ドイツからオーストリア帝国の影響力は排除され、以降、ドイツはプロイセン中心で統一へと向かうことになります。

 

「リッサ海戦」のイタリア王国艦隊装甲艦

リッサ海戦に投入されたイタリア艦隊の装甲艦を見ておきましょう。繰り返しになりますが、海戦に投入された装甲艦は9隻、以下にご紹介する5つの艦級で構成されていました。

 

「プリンチペ・ディ・カリニャーノ級」装甲艦(1863年から就役:同型艦3隻)

ja.wikipedia.orgPrincipe di Carignano-class ironclad - Wikipedia

(モデル未保有:Hai社からモデルは出ているようですが、筆者はまだ見たことがありません。写真はWikipediaに掲載されているもの:現在Spithead Miniatures に発注しているセットの中には含まれているはずです。下の図面はNaval Encyclopediaに掲載されているもの。同級の全体配置等がよくわかります)

Principe di Carignano class ironclads (1862)

同級は草創期のイタリア海軍が国産した木造鉄皮の装甲艦の艦級で3隻が建造されました。3500トン級の船体に20.3センチライフル砲16門、16.4センチライフル砲12門を搭載する舷側砲門艦で、11ノットの速力を発揮することができました(2番艦、3番艦は国産鉄製装甲の製造の遅れから、就役までに時間を要し、建造中に備砲についても見直しが行われ、25.4センチライフル砲を搭載して就役しました)。

上記のように就役に時間がかかったことから、リッサ海戦には1番艦「プリンチペ・ディ・カリニャーノ」のみ参加し、前衛部隊の先頭艦を努めました。しかしオーストリア帝国艦隊がイタリア艦隊の前衛部隊をやり過ごしてから攻撃をかけたため、海戦には寄与できませんでした。

 

「レ・ディタリア級」装甲艦(1864年就役:同型艦2隻)

ja.wikipedia.orgRe d'Italia-class ironclad - Wikipedia

f:id:fw688i:20240929095002j:image

(「レ・ディタリア級」装甲艦の概観:75mm in 1:1250 by Hai:マスト周りの仕上げを少し変えています)

同級はイタリア海軍がアメリカから購入した装甲艦の艦級です。

木製鉄皮の構造で、5700トン級の船体に20.3センチライフル単装砲2基、20.3センチ滑空単装砲4基、16.4センチ単装ライフル砲30基を搭載する舷側砲門装甲艦でした。12ノットの速力を発揮することができました

f:id:fw688i:20240929095018j:image

(「レ・ディタリア級」装甲艦の主要兵装の拡大:典型的な舷側砲門艦形でした)

リッサ海戦には同級の2隻はイタリア艦隊の主力として参加しました。同級のネームシップの「レ・ディタリア」はイタリア艦隊の旗艦を務めていましたが、直前に新鋭艦「アフォンダトーレ」に旗艦は変更されました。

海戦では旗艦の「アフォンダトーレ」が縦列外に位置したため、第二梯団の先頭に位置した「レ・ディタリア」は旗艦と誤認されて集中砲火を受け、操舵不能になったところをオーストリア艦隊の旗艦「エルツヘルツォーク・フェルディナンド・マックス」の衝角攻撃を受けて数分で転覆沈没してしまいました。

同級のもう一隻「レ・ディ・ポルトガッロ」は第三梯団の先頭に位置していましたが、オーストリア艦隊の第二列の非装甲木造艦部隊の標的となり、その旗艦であった「カイザー」の衝角攻撃を受けました。しかし木造艦である「カイザー」の衝角攻撃は装甲艦には効果が少なく、逆に艦首を大破した「カイザー」に「レ・ディ・ポルトガッロ」は近距離から砲撃を加え大損害を与えています。

 

「レ・ディ・ポルトガッロ」に衝角攻撃をかけたオーストリア艦隊の木造機帆併装戦列艦「カイザー」

SMS Kaiser (1858) - Wikipedia

(木造機帆併装戦列艦「カイザー」の概観(上段):モデルはHai製です。筆者は未保有:写真は。例によってsammelhafen.de,より拝借:5200トン級の木造艦で、砲を92門搭載していました。リッサ海戦には非装甲艦部隊の旗艦をつとめ、「レ・ディ・ポルトガッロ」に衝角攻撃をかけますが、装甲に弾かれ損傷。そこに集中砲火を浴びてしまいます。下段写真は、リッサ海戦直後の即称した姿:写真はWikipediaより拝借しています)

1869年、装甲艦への大改造を受けた「カイザー」

普墺戦争に敗れたオーストリアは統一ドイツの覇権争いからは脱落し、ハンガリーとの二重帝国を設立し中央ヨーロッパの大国となったものの、産業革命からは一歩遅れを取り、財政難に直面します。新造艦の建造は難しいため、既存艦の近代化を図ります。

「カイザー」は5700トン級の装甲艦として生まれ変わり、1902年まで在籍していました。

f:id:fw688i:20241201100710j:image

(中央砲郭型装甲艦「カイザー」の概観:67mm in 1:1250 by Sextant:モデルは元々木造蒸気推進の戦列艦であった同艦を、リッサ海戦での大損傷からの修復の際に装甲艦への大改造をおこなったのちの姿です:下の写真は改造後の装甲艦「カイザー」の中央砲郭部分の拡大:前出の「リッサ」の配置の影響が色濃く見えるかと

f:id:fw688i:20241201101621j:image

 

模型的な話を少し:シュラウドの仕上げスタンダードの話

今回、マスト周りの仕上げを少し手を入れていることは記述の通りです。では前後で何が変わったのか、今後のこともあるので比較をしておきたいと思います。

f:id:fw688i:20240929095038j:image

(写真は「レ・ディタリア」のマスト周りの比較:上段が以前のもの、下段が今回手を入れたのちのもの)

帆装船のマスト周りの構造をざっくり整理すると、風を受ける帆、帆を固定するヤード、帆とヤードを固定するマスト、マストを固定したり帆を操作するロープ、大体このような部材で構成されています。

推進力を生み出す帆を抱えたマストには大きな力がかかりますので、これらを船体に固定するために補強のためのロープがたくさん貼られており、これをリグ(索具)と呼んだりします。このリグは一般的には受ける風力に対しマストが安定して固定されるように、船首方向と両舷方向に貼られるのですが、この両舷方向にはられるリグには横方向にロープを通し乗員がマストに登れるようになっています。これをシュラウド(shroud)と呼びます。

大スケールの帆船モデルではこのリグやシュラウドの再現が見所になるのですが、筆者のような小スケールではなかなかそこまで手を入れられず、市販のモデルもマストまでの再現が一般的です。

(下の写真は以前本稿でも掲載したことのある上掲の「レ・ディタリア」のHai製モデルのオリジナルです。マストのみの再現で、リグやシュラウドは再現されていません)

f:id:fw688i:20240526132533j:image

しかし何か少しでも工夫できることはないだろうか、ということで、今回シュラウドの再現について、本稿でもかなりの期間をかけて、試行錯誤してきています。

再掲しておくと・・・。

**マスト周りの処理の話**

今回のモデルの仕上げでもマスト周りにかなり手を入れています。

このスケール(1:1250)での仕上げ用のディテイルアップ部材として、リグを一本づつ張り巡らせて、というわけにはいかないので(情けないですが筆者に耐えられる作業ではない、といいほどの意味です)、どんなことができるんだろうか、といくつか試行錯誤をしてきた、というようなお話を投稿してもいます。

少し過去の投稿を再掲しておくと・・・。

マスト周りのディテイルアップのアプローチ(その2:その1は下の写真の模型用ネット素材の流用)

下の写真は以前本稿でご紹介したイタリア海軍装甲砲艦「パレストロ」のマスト周りのディテイルアップと称した加工のアップです。模型用の樹脂製のネットを使っていて、それなりに気に入っているのですが、一点、実は網目の向きが気になっていました。

f:id:fw688i:20240810190515j:image

同スケールの帆船モデル用には、帆船模型の老舗ブランドLangton Miniatureからエッチングパーツなどが市販されいます(下の写真)。

それなりに高価(送料入れると1500円くらい?)ですし、小さなエッチングパーツということで、サイズに合わせたカットや接着なども難しく、さらに色を塗らねばなりません。この方法は経済的な側面からも、手間的な側面からも、今流行りの「持続可能性」に難あり、と考えました。

以前は建築模型用のネット材なども使ってみたことがあったのですが、基本は透明で塗料で着色して使用しても、塗料は樹脂素材内部には浸透しませんので切断面が白く目立ってしまい、あまり使わなくなりました。

今回は模索の中で黒の網戸用のネットそのものなども試してみましたが、そもそも編まれたネットは小さくカットした時点で縦糸と横糸がほぐれてしまい、これはダメ。

そして今回行き着いたのが、網戸の補修用のシールの接着剤を取り除いて使用する、という方法でした。筆者の不明から、補修用シールについてなんの認識もなくその形態だけ見て、「ああ、これ使えるかも」と購入したのですが、「補修用のシール」なのでシート全面にすぐに貼って使えるように接着剤が塗布されています。それも、屋外で風雨の中で使用する網戸ですから、かなり強力な接着力を持っているのです。製品が届いたのち、色付きの樹脂を打ち出し成形したネットで、つまり編まれたネットではないのでほぐれることはなく、これは狙い通りだったのですが、問題はその強力な接着力で、とてもこの接着面を残したままでは小さく切ったり、モデルに使用したりできるものじゃないと、これはすぐに判明し、流用を断念しかけました。

しかし「強力接着と書いてあるじゃん」と自分の軽薄さが口惜しくて少し意地になって、この接着剤除去の方法について手元の溶剤系で実験しました。その結果、Mr. Colorのシンナーに浸したのち丁寧にブラッシングすればこの接着剤は除去できることがわかりました。こんな使い方をして、メーカーの方には本当に申し訳ないと今は思っています。

出来上がりは・・・。

やはり形態に大きな齟齬はあるという認識はあるのですが、雰囲気は出せてるかも、と思っています(この辺り、その1のネット素材の時も同じですが、自画自賛をするしかないかと)。

 

というような経緯で、一応、網戸修復用のシールから接着剤を洗い流して、という方法で仕上げていこうとしていたのですが、ややこのスケールで見ると上掲の写真でも明らかなように「網目」が荒いような気がしていました。

一方で「自動車模型用のパーツでは「網の目」の向きにかなり違和感が残り・・・」というようなコメントも上の再掲部分にはあるのですが、冷静になってよく考えると、このパーツを45度回転させれば筆者の求める「網目」の向きで使えるじゃないか、といことにようやく気がつきました。もちろんそれでかなり「無駄になる部分」もあるのですが、なぜこんなことに気が付かなかったんだろうかと、自身の頭の悪さをあらためて痛感しました。

(上が45度回転する前で下が回転後:これで網目の大きさと向きの問題は一気に解決。なんでこんな事に気がつくのに時間がかかったんだろう、と・・・)

f:id:fw688i:20240915120137j:image

ということで、今回のモデルはこの方法でマスト周りを仕上げてあります。

f:id:fw688i:20240915131209j:image

(上の写真は、「網戸補修用シート」を用いたディテイルアップ(「ドラッヘ級」のモデル)と、今回のディテイルアップ方法(「オセアン級」のモデル)の比較:「網目」の大きさの違いがはっきりすると思います)

これから少し時間をかけて、これまで仕上げたモデルをアップデートしてゆこうと考えています。

(再掲ここまで)

整理すると、自動車模型用のネットパーツや、網戸の網、その補修用シールから接着用剤を取り除いて、などいくつかの試行の末、自動車模型用のネットパーツを制作角度を考慮して、という形でのディテイルアップ・スタンダード・ヴァージョン1(Dup SD Vr.1)が設定された、ということにしたいと思います。

Vr.1としたのは、利用パーツにもまだまだ新しいものの応用が効くんじゃないか、とか、できれば簡易的にでもリグの再現にもチャレンジしたいと考えている、というほどの意味です。

例えば同じスケールでも下記のようなリグの再現を実現されているケースもあります。

(写真はSpithead MiniaturesのFBに掲載されている作例:リッサ海戦シリーズの「レ・ディタリア」のモデルです)

製作者はJohn Cookという方です。非常に良いお手本だと思いますが、筆者の根気(と目!肩こり!!)がどこまでついて行けるかどうか、課題はそんなところでしょうか。シュラウド部分はやはり切断面はそのままの状態ですので、後はリグ貼りへの挑戦ですね。

しかし、まあ第一歩は踏み出せたかと。当面は「それでよし」と自分を甘やかすことにします。

***今回の試行錯誤の副産物として、家庭用網戸の網が手に入りました。上の再掲部分でも記述していますが、この編みは本当に縦糸と横糸で編まれたもので、今回のようなディテイルアップには小さく切った部分からほぐれてしまうので、全く用をなさなかったのですが、リグ用の素材としては、ある意味もってこいかと考えています。

 

「レジナ・マリア・ピア級」装甲艦(1864年就役:同型艦4隻)

ja.wikipedia.org Regina Maria Pia-class ironclad - Wikipedia

f:id:fw688i:20240929095323j:image

(「レジナ・マリア・ピア級」装甲艦の概観:65mm in 1:1250 by Sextant)

同級はイタリア海軍がフランスに4隻を発注した装甲艦で、4300トン級の船体に20.3センチライフル単装砲4基、16.4センチ単装滑空砲22基を舷側に搭載した舷側砲門艦でした。速力は13ノットを発揮できました。

f:id:fw688i:20240929095334j:imager

(「レジナ・マリア・ピア級」装甲艦の主要兵装の拡大:同級は就役当初は舷側砲門艦形態でした)

リッサ海戦には4隻全てが投入され、ネームシップの「レジナ・マリア・ピア」は大火災を起こす損傷を負いましたが、他の3隻には深刻な損害はありませんでした。

リッサ海戦時には左右舷側方向への射撃しかできませんでしたが、その後、艦首尾方向への砲撃もできるように改造を受けました。1890年台には寛容を一変するほどの近代化改造を受け、長く海軍に在籍しました。

 

「パレストロ級」装甲砲艦(1866年就役:同型艦2隻)

ja.wikipedia.or

f:id:fw688i:20240929095906j:image

(「パレストロ級」装甲砲艦の概観:49mm(水線長) in 1:1250 by Sextant:小さなモデルです。Sextantモデルはマストが気になるので真鍮線等で手を入れています。前回投稿から少しトライしているマスト周りのシュラウド仕上げも取り入れてみました:下の写真は同級の細部の拡大:舷側砲門形式の美砲配置など、同級の特徴がわかっていただけるかと)

f:id:fw688i:20240929095916j:image

同級はイタリアがフランスに発注した2隻の装甲砲艦の艦級で、アドリア海での戦闘行動を想定して設計されました。2000トン級の小さな船体ながら20.3センチライフル単装砲2基、20.3センチ滑空砲2基を主要砲兵装とした強力な火力を搭載していました。

リッサ海戦では同級2隻(「パレストロ」「ヴァレーぜ」)は小艦ながら主力部隊に加わり、集中砲撃を受けたイタリア艦隊第二梯団の先頭艦「レ・ディタリア」に後続する位置にいた「パレストロ」はオーストリア艦隊の装甲艦に囲まれる形となり、集中砲撃を受けて撃沈されました。

 

装甲艦「アフォンダトーレ」(1866年就役:同型艦なし)

ja.wikipedia.org

Italian ironclad Affondatore - Wikipedia

f:id:fw688i:20240929100217j:image

(装甲艦「アフォンダトーレ」の概観:72mm in 1:1250 by Sextant)

同艦はイタリア海軍がイギリスに発注した装甲砲塔艦です。同型艦はありません。

4100トン級の船体を持ち12ノットの速力を出すことができました。イタリア海軍唯一の帆装を備えた砲塔艦でした。2基の砲塔には22センチライフル単装砲が収められ、主砲の他に80mm砲2門を搭載していました。

f:id:fw688i:20240929100232j:image

(装甲艦「アフォンダトーレ」の主要兵装の拡大:同艦はそれまで舷側砲門艦のみだったイタリア艦隊で初めて砲塔形式で主砲を搭載した最新鋭艦でした。)

就役からわずか1ヶ月でリッサ海戦に投入されますが、海戦の直前に戦場に到着し、その直後、既述のように旗艦となりました。一説ではこの旗艦変更が隊列に乱れを生じさせ、先頭縦列の3隻と後続部隊に大きな隙間を生じさせ、さらには旗艦変更の通知が自艦隊内にも徹底されず、旗艦からの指令が認識されず、これが敗因の一つでもあったとも言われています。海戦の乱戦で砲撃を受け損傷し、それが遠因となり1ヶ月後の嵐でアンコナ港内で沈没しました。その後浮揚され、3度改装を受け最後は水雷練習艦となり、1907年に除籍されました。

水雷練習艦に改造後の「アフォンダトーレ」:ほとんど原型をとどめていませんね。モデルはHai製;写真は例によってsammelhafen.de,より拝借)

 

リッサ海戦に参加したイタリア海軍装甲艦

f:id:fw688i:20240929100544j:image

(リッサ海戦に投入されたイタリア艦隊の装甲艦4艦級:手前から「パレストロ級」装甲砲艦、装甲艦「アフォンダトーレ」、「レジナ・マリア・ピア級」装甲艦、「レ・ディタリア級」装甲艦の順)

 

分派され海戦に参加しなかった装甲艦

リッサ島攻略戦には、当時イタリア海軍が保有していた装甲艦の大半が参加していました。攻略戦に参加しながらも、リッサ島方面に分派され、あるいは要塞との砲撃戦での損傷により海戦に参加しなかった3隻は、「フォルミダビーレ級」装甲艦の2隻と「パレストロ級」装甲砲艦の1隻「ヴァーレーぜ」でした。

「フォルミダビーレ級」装甲艦(1861年就役:同型艦2隻)

ja.wikipedia.orgFormidabile-class ironclad - Wikipedia

f:id:fw688i:20250224100251j:image

(「フォルミダビーレ級」装甲艦の概観:54mm in 1:1250 by Hai )

同級はフランスに発注されたイタリア海軍初の航洋型装甲艦の艦級です。フランス海軍が建造した世界初の装甲艦「グロアール」に刺激を受けています。

2700トン級の船体に20.3センチ砲4門と16.4センチ前装ライフル砲16門を搭載し、10ノットの速力を発揮できる設計でした。

f:id:fw688i:20250224100307j:image

(「フォルミダビーレ級」装甲艦の主要兵装の拡大:舷側に各舷8箇所の砲門があります。さらに上甲板上に単装主砲3基が設置されています。スペックでは4基ということになっていますが・・・??)

「フォルミダビーレ」はリッサ島要塞との砲撃戦で損傷しており、僚艦「テリビーレ」は上陸作戦に備えてリッサ島周辺に留まっていたため、海戦には参加していません。

 

その他、蒸気推進フリゲート艦等

装甲艦以外のイタリア艦についてはあまり情報がありません。モデルは時折ebayで見かけたりしていたのですが、その当時はあまり関心がなく、ebayへの出品を小まめにチェックしておけばよかったなあ、と反省するばかりです。ともあれ手元に写真等のデータが残っているものfだけでも、少しご紹介しておきます。

 

蒸気推進木造フリゲート艦「プリンチペ・ウンベルト:Principe Umberto」

(Principe Umberto by FK ;写真はebayに掲載れていたものを拝借しています)

1861年、旧サルデーニャ王国海軍で就役した同艦は、3446トンの船体を持つスクリュー推進の木造(非装甲)フリゲート艦でした。160mm前装ライフル砲8門、109ポンド砲10門、72ポンド砲32門、その他小火器を装備していました。

蒸気推進木造フリゲート艦「ヴィットリオ・エマヌエレ:Vittorio Emanuele」

(Vittorio Emanuele by FK: 写真はebayに掲載れていたものを拝借しています)

1856年、旧サルデーニャ王国海軍で就役した同艦は、3201トンの船体を持つスクリュー推進の木造(非装甲)フリゲート艦でした。160mm前装ライフル砲8門、109ポンド砲10門、72ポンド砲32門、その他小火器を装備していました。

 

同艦隊には、このような3000トン級の木造蒸気推進のフリゲートが7隻(上記の2隻を含む)、1000トン級の木造蒸気推進コルベットが1隻、外輪推進式の木造コルベットが2隻含まれていました。

 

また、以下で紹介するような小型艦艇10隻(木造砲艦など4隻、通報艦2隻(下記)、商船4隻を含む)が帯同していました。

外輪推進式通報艦エスプロレトーレ:Esploratore」

(Esploratore by Hai? :写真はebayに掲載れていたものを拝借しています)

1863年、就役した同艦は、981トンの船体を持つ外輪推進の通報艦(?)で、17ノットの速力を発揮できました。2門の30ポンド滑空砲を搭載していました。

外輪推進式通報艦「メッサジェッロ:Messagero」

(Messaggero by Hermann :写真はebayに掲載れていたものを拝借しています)

同艦は1863年に就役した外輪推進式の通報艦ですが、それ以上の情報は見つけられていません。

 

「リッサ海戦」が残したもの

前回と今回の2回で、モデルのアップデートを中心に「リッサ海戦」に参加したオーストリア・イタリア両艦隊の艦艇を見てきましたが、この海戦がその後の艦艇開発にどのような影響を与えたのか、少しまとめておきます。

既述のようにこの海戦は蒸気機関搭載の装甲艦同志の初めての本格的な海戦だったと言われています。

戦訓としては、まず、それまで列強が整備してきた木造戦闘艦は、装甲戦闘艦(と言っても木造鉄皮=木造艦に装甲を貼り付けた戦闘艦)には歯がたたないということが明らかになりました。

併せて、それまでの木造艦の主兵装であったレベルの艦砲では、まず当たらず、当たっても装甲艦に(木造艦にも?)致命傷が与えられないことも明らかになりました。装甲艦といえども当時の装甲艦が搭載していた砲兵装は木造艦と同じレベルで、そのために逆に見出されたのが衝角戦法の有効さでした。

この戦訓から、以降の艦砲については、より大きな破壊力を目指すということが最大の命題となり、具体的には、初速の速い大口径砲、つまり長砲身を持つ貫徹力の強い艦砲の搭載を目指すことになってゆきます。これは艦砲の大型化と砲の搭載重量の増大を伴い、舷側砲門形式のような多くの砲を舷側に並べる搭載法では対応できなくなってゆくことを意味します。すなわち少数の強力な砲に最大限の射界を与えるための搭載法が工夫されてゆくこととなるわけです。

さらに有効と実証された衝角戦法の実行においては、敵艦を自艦の正面に捉えおくことが求められ、従って艦砲も正面への射界確保が重要となってゆきます。

一方で、搭載砲の大型化は自艦が被弾した場合の弾薬類の誘爆への防御の重要性をも顕在化させることとなります。こうした射界の確保、防御の強化という視点から、舷側砲門形式は主力艦の主砲搭載形式として終焉を迎え、やがて砲郭・砲塔という形式の艦砲の搭載法が生み出され、中央砲郭艦、中央砲塔艦などが世に問われることとなり、やがて航洋型近代戦艦(いわゆる前弩級戦艦)として一定の結実を迎える事となるのですが、これはまた別の機会に。

・・・と言いつつ、オーストリア海軍(実は普墺戦争の敗戦後、統一ドイツの盟主への道を断念したオーストリア帝国ハンガリーと統合しオーストリア=ハンガリー帝国となり中央ヨーロッパに帝国圏を築くのですが)、改めオーストリア=ハンガリー帝国の主力艦については、既に以下の回でご紹介しています。

fw688i.hatenablog.com

また、一方のイタリア王国海軍についてはごく最近、以下の投稿でモデルをご紹介しています。

fw688i.hatenablog.com

ということで、今回はこの辺で。

 

次回は同じくマスト周りのアップデートを実行したその他の鑑定のモデルのご紹介を、と考えています。

もちろん、もし、「こんな企画できるか?」のようなアイディアがあれば、是非、お知らせください。

 

模型に関するご質問等は、いつでも大歓迎です。

特に「if艦」のアイディアなど、大歓迎です。作れるかどうかは保証しませんが。併せて「if艦」については、皆さんのストーリー案などお聞かせいただくと、もしかすると関連する艦船模型なども交えてご紹介できるかも。

もちろん本稿でとりあげた艦船模型以外のことでも、大歓迎です。

お気軽にお問い合わせ、修正情報、追加情報などお知らせください。

 

ブログランキングに参加しました。クリック していただけると励みになります。


艦船ランキング