相州の、1:1250スケール艦船模型ブログ 主力艦の変遷を追って

1:1250スケールの艦船模型コレクションをご紹介。実在艦から未成艦、架空艦まで、系統的な紹介を目指します。

第一次世界大戦期のオスマン・トルコ帝国海軍の巡洋艦

空母機動部隊小史、またまた、少しお休みです。ちょっと頭を整理中。

今回は趣向を少し変えて、本稿で断続的にご紹介しているオーストリア=ハンガリー帝国海軍の絡みで、東地中海・アドリア海でのライバルである第一次世界大戦期のオスマン・トルコ帝国海軍の巡洋艦が入手できたので、ご紹介を。

 

本論の前に

スター・トレック ピカード  シーズン2」Episord 3

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(見方によってはネタバレあるかも:できるだけ気をつけますが)

****(嫌な人の撤退ラインはここ:次の青い大文字見出しに進め!)*****

 

第3話になって、お話そのものはかなり落ち着いてきたと思います(こちらが慣れてきただけかな?)。スタートレックらしいエピソード、という感じがします。

それにしても、というか、筆者にとっては「思っていた通り」というか「懸念通り」というべきか、「タイムワープ」ものは緊張します。どうしても「未来に影響が出ないはずがないじゃない」と思ってしまう。

第3話ではQは影を潜め、ボーグ・クイーンがクローズアップされてきます(こういうのが、「ネタバレ」なんだな、きっと)。ボーグ・クイーンはお馴染みの感じになってきましたが、単独だとやはり迫力がイマイチかも。ボーグ集合体の「集合体」たる所以、というべきでしょうか?

失われた仲間、新たな時代での魅力的な登場人物、とますますこれからの展開が楽しみ、でも、どことなく全体のトーンは馴染みのある展開、と、安心してなおかつsomthingを期待できそうな・・・。目が離せません。(・・・とここまで書いて、これじゃ、ますます「仲間内」(自称トレッキーの皆さん:世界中に沢山いるのですが。トレッキー集合体?)にしか通じないドラマだよな、と、ちょっと心配になってきました。まあ、筆者が楽しめればいいんですが、でも、作り続けて欲しいので)

 

ということで、今回の本題に。

オスマン・トルコ帝国海軍

オスマン・トルコ帝国海軍はスレイマン1世の時代、16世紀に最盛期を迎えています。当時はアドリア海・東地中海の覇権をめぐりヴェネツィア共和国と競い合っていました。海軍史と言う視点で見ると、1499年のゾンキオ海戦では史上初の砲撃戦でヴェネツィア海軍を破っていますしかし18世紀に入り帝国自体が停滞期を迎えると独立したギリシア黒海で対峙したロシアに敗北を重ね、特にギリシアの独立によって海軍軍人の多くをギリシア下士官、水兵に依存していた海軍は大きな打撃を受けることになります。

これらの要因も重なり、特に軍艦の蒸気化時代を迎えた近代海軍の建設にあたっては外国技術への依存度が高まり、一時期は世界3位の戦列艦保有数を誇った海軍は、大きく列強海軍に後塵を拝することとなりました。

軍艦建造においての海外技術依存は第一次世界大戦前まで続き、英国、また同盟名立後はドイツ帝国がその依存先となりました。

 

オスマン帝国海軍の第一次世界大戦期の巡洋艦

防護巡洋艦「メジディイェ」(1903年就役ー1947年退役)

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(防護巡洋艦「メジディイェ」の概観:91mm in 1:1250 by York :標準的な防護巡洋艦の形態をしています)

アメリカに発注された防護巡洋艦ですが、後述の英国へ発注された防護巡洋艦「ハミディイェ」と準同型艦として対となって行動することを目指したため、武装等は英国式のものを搭載し、外観も類似したものになっていました。

3500トン級の船体を持ち、6インチ単装速射砲2基と12センチ単装速射砲8基を主要武装としていました。22ノットの速力を有していました。

第一次世界大戦では黒海で活動しましたが1915年に触雷し沈没し、これをサルベージしたロシア海軍が復旧して艦隊に編入しロシア巡洋艦「プルート」となりました。その後のロシア革命の混乱期には所属が度々変わりましたが、1918年にオスマン海軍に返還されています。その後オスマン帝国が崩壊しトルコ共和国が成立すると共和国海軍所属の軽巡洋艦として再就役しています。その後練習艦となり1947年に退役しています。

 

防護巡洋艦「ハミディイェ」(1904年就役ー1947年退役)

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(防護巡洋艦「ハミディイェ」の概観:96mm in 1:1250 by York :ほぼ同時に建造された「メジディイェ」よりも一回り大きな船体をしていますが、標準的な防護巡洋艦の形態をしています)

本艦は1901年度計画で英国に発注された防護巡洋艦です。前述の準同型艦としてみなされた「メジディティ」よりは一回り大きな3800トン級の船体に6インチ単装速射砲2基と12センチ単装速射砲8基を主要武装として搭載し、22.5ノットの速力を発揮することができました。

前述の数奇な運命を辿った「メジディティ」と異なり、一貫してオスマン帝国とその継承者であるトルコ共和国海軍に所属し第二次世界大戦当時は練習艦として運用されていました。1945年に除籍されましたがその後もハルク(浮施設)として活用され1947年に退役しています。

 

「ペイキ・シェヴケト級」水雷巡洋艦(1907年から就役ー1944年退役)

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(水雷巡洋艦「ペイキ・シュヴケト級」の概観:66mm in 1:1250 by York :艦種名的には「水雷巡洋艦」とされていますが、後述のように後の駆逐艦に相当する=外洋での敵主力艦への水雷攻撃と、敵水雷艇からの味方主力艦の護衛、の両用を目的として建造されました)

同級はオスマン帝国海軍がドイツに発注した水雷巡洋艦です。「ペイキ・シュヴケト」と「ペイキ・サトヴェト」の2隻が建造されました。800トン級の小さな船体に105mm単装速射砲2基、57mm単装速射砲6基、47mm単装魚雷発射管3基を搭載する船体の割には重武装艦でした。速力は18ノットを発揮しました。

第一次世界大戦では両艦は主に黒海で哨戒、船団護衛等に活躍しました。1915年に「ペイキ・サトヴェト」が触雷で、「ペイキ・シュヴケト」が英海軍の潜水艦の雷撃で相次いで損傷しました。両艦は損傷回復後も活動を続け、オスマン帝国の解体後はトルコ共和国海軍に引き継がれ、近代化改装を受けたのち1944年に退役しています。

水雷巡洋艦について

あまり聞きなれない艦種だと思います。19世紀の後半から主力艦の攻撃兵器として性能の向上が著しい魚雷が注目されてゆきます。この背景には主力艦の装甲防御が向上し、艦砲ではなかなか有効な打撃を与えることが難しいと言う認識がありました。

こうして各国海軍は水雷兵器を搭載した小型の高速艦艇、つまり水雷艇を整備するわけですが、水雷艇では航洋性不足から外洋での活動に限界があることから外洋での行動が可能な大型の艦種の設計が模索されます。これが外洋で行動可能な水雷攻撃専任艦、水雷巡洋艦です。しかし、当時の魚雷性能を考慮すると近距離への肉薄が必要で、機動性等の要求に対しては十分ではなくあまりその後発展しませんでした。

一方で主力艦を水雷艇の攻撃から護衛する目的で、機動性で水雷艇に劣らない水雷砲艦が開発されるようになります。目安としては、500トン以下の小型のものを水雷砲艦、それ以上の大型のものを水雷巡洋艦と呼称しています。

この議論は結論としては、水雷艇の駆逐を行うには大型の水雷艇が最適、と言う結論に落ち着き水雷艇駆逐艦、いわゆる駆逐艦に集約されてゆきます。

 

軽巡洋艦「ミディッリ」(1914年編入−1918)(旧ドイツ帝国巡洋艦「ブラスレウ」(マグデブルク級))

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(巡洋艦「ミディッリ」(旧「ブラスレウ」)の概観:112mm in 1:1250 by Navis :やや砲力は控えめですが、攻撃力、機動性から見ればオスマン帝国海軍で最良の巡洋艦と言って良いでしょう)

同艦は後述の弩級巡洋戦艦「ゲーベン」と共にドイツ帝国地中海艦隊に配備されたドイツ帝国海軍軽巡洋艦「ブラスレウ」です。両艦は英仏海軍の追撃を掻い潜りオスマン帝国に回航され、そのままオスマン海軍に編入され「ミディッリ」と命名されました。

4500トン級の船体に102mm単装速射砲12基を搭載し27.5ノットという高速を発揮することができました。

大戦中は主に黒海で当時、同海域で両軍の最高速巡洋艦として活躍しました。大戦末期(1918年)に地中海に進出し英海軍と交戦し同海軍のモニター2隻を撃沈しましたが、触雷して沈没しました。

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(オスマン帝国海軍の第一次世界大戦期の巡洋艦一覧:手前から「ペイキ・シュヴケト級」水雷巡洋艦2隻、防護巡洋艦「メジディイェ」、防護巡洋艦「ハミディイェ」、巡洋艦「ミディッリ」(旧「ブラスレウ」)」の順。オスマン帝国海軍はこの5隻の巡洋艦第一次世界大戦期に運用していました)

 

付録:オスマン帝国海軍の第一次世界大戦期の主力艦状況

これまで新着モデルを中心にオスマン帝国海軍の巡洋艦を見てきましたが、同海軍の第一次世界大戦期の主力艦についてもまとめておきましょう。と言ってもそれほど多くご紹介する内容はなく、計画を含め以下の5艦級、6隻に過ぎず、実際に保有されたものは3隻にすぎませんでした。

 

 弩級戦艦「アブデュル・カーディル」オスマン帝国初の国産戦艦:前弩級戦艦、建造途上で中止)

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(起工されながら、キールを据えた程度で建造が中断されそのまま中止に至ったので、実艦がなく、従ってモデルもありません)

同艦は前述のように大型艦の建造はほぼ外国に依存していたオスマン帝国海軍が計画した唯一の国産戦艦でした。1892年に起工されましたが、建造が中止されています。

計画では8000トン級の列強の同時期の前弩級戦艦と比較するとやや小型の船体に、11インチ連装砲塔2基を主砲、6インチ単装速射砲6基を副砲として搭載し、18ノットを発揮できる設計でした。

 

「トゥルグート・レイス級」装甲艦(2隻:1910年ドイツ帝国から購入「ブランデンブルク級」前弩級戦艦

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(「トゥルグルート・レイス」級装甲艦(ドイツ帝国戦艦「ブランデンブルク級」)の概観:1894-, 10013t, 17knot, 11in/L40*2*2 & 11in/L35*2, 同型艦4隻 90mm in 1:1250 by Navis11インチ主砲を、前中後部の3基の連装砲塔に搭載しています。しかしこの艦の設計時期には未だ斉射法は導入されておらず、のちの弩級艦的発想からの配置ではなく、さらにその前時代の砲塔艦(ターレット艦)の名残での発想のようです。搭載している11インチ砲も艦首・艦尾の砲塔は40口径で、中央部は35口径で、正確には二種の主砲の混載艦と言っていいでしょう)

同級はドイツ帝国海軍の「ブランデンブルグ級」前弩級戦艦の「ヴァイセンベルク」と「クルフュルスト・フリードリヒ・ヴィルヘルム」をオスマン帝国海軍が買い取ったもので、「トゥルグルート・レイス」「バルバロス・ハイレッデイン」と命名されました。

ドイツ帝国の前弩級戦艦としては最も旧式のもので、1万トン級の船体に40口径11インチ連装砲塔2基と35口径11インチ連装砲塔1基と、砲身長の異なる主砲を混載していました。16ノットと前弩級戦艦としてはやや速力が見劣りしました。しかし、購入時にはすでに近代化改装を受けており、かつ前弩級戦艦ということで比較的安価に購入することができました。

第一次世界大戦期には同級は後述の、これもドイツ帝国から購入された弩級巡洋戦艦「ヤブス・スルタン・セリム」(旧「ゲーベン」)と並んでわずか3隻の大口径砲搭載主力艦でしたが、機関の老朽化のため10ノット程度の速度しか出せず、沿岸部の哨戒警備活動に主に運用されました。

1915年「バルバロス・ハイレッデイン」は英潜水艦の雷撃で撃沈されましたが、「トゥルグルート・レイス」は大戦を生き抜き、新生のトルコ共和国海軍にも主力艦として継承されました。1933年まで現役で、その後も1950年代まで練習艦として使用されました。

 

弩級戦艦「スルタン・オスマン1世(英海軍が接収、オスマン帝国海軍としては就役せず)

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(英戦艦「エジンコート」の概観:1914-, 27,500t, 22knot, 12in *2*7:163mm in 1:1250 by Navis:ブラジル海軍が英国に発注し、途中オスマン帝国海軍が買い取った艦を、敵国になる可能性の高いオスマン帝国海軍が強化されることを避けるために(もちろん自国強化も併せて)英海軍が接収したものです。主砲塔7基14門、副砲20門は、戦艦の搭載数としては最大です)

同艦は元々は、当時アルゼンチン・チリ両海軍と激しい嫌韓競争を繰り広げていたブラジル海軍が英国に発注した弩級戦艦リオデジャネイロ」(命名予定?)でした。27500トンの船体に12インチ連装砲塔7基(14問)を搭載する最強弩級戦艦を目指した設計で、22ノットの速力を発揮することができました。しかし建造途上でブラジル海軍が超弩級戦艦保有に方針を変えたため、急遽、オスマン帝国海軍が買い取ることとなったのでした。

しかしその後英独間の緊張が高まり、ドイツ帝国寄りの立場のオスマン帝国海軍への売却がmk直され、英国が接収して最終的には英戦艦「エジンコート」として収益したため、オスマン帝国戦艦「スルタン・オスマン1世」は幻になりました。

 

弩級巡洋戦艦ヤウズ・スルタン・セリム」ドイツ帝国弩級巡洋戦艦「ゲーベン」を購入) 

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f:id:fw688i:20181117132559j:plain弩級巡洋戦艦「ヤウズ・スルタン・セリム」の概観:ドイツ帝国海軍の弩級巡洋戦艦モルトケ級」の二番艦をオスマン帝国海軍が自国海軍に編入しました。オスマン帝国海軍最強の艦艇でした。「モルトケ級」弩級巡洋戦艦は実験的な性格の強かった前級「フォン・デア・タン」の改良型で、主砲を50口径に強化し、主砲塔も1基追加して砲力を強化しています。 前部乾舷が低く、やや波をかぶりやすい課題がありました:1910-, 22,979t, 25.5knot, 11in *2*5, 2 ships:151mm in 1:1250 by Navis)

同艦は弩級巡洋戦艦モルトケ」級の2番艦として建造され、第一次世界大戦前に地中海艦隊(戦隊?)として前述の巡洋艦「ブラスレウ」を従えて地中海に派遣されていました。その後、大戦の勃発後、西地中海で交通路妨害などの行動に出たのち、英仏艦隊の追撃を交わし同盟国であったオスマン帝国に到達しています。その後、弩級戦艦保有しないオスマン帝国海軍に編入され同海軍の戦力を著しく強化しました。その際に艦名を「ゲーベン」から「ヤウズ・スルタン・セリム」に改めています。両艦の運用は引き続きドイツ人乗組員によって継続され、彼らはオスマン帝国海軍に移籍しています。

編入後は黒海で主として活動しましたが、戦闘での被弾、触雷等の損害を受けつつも、オスマン帝国には同艦を入渠できる修理設備がなく、応急的な措置で修復しながら、オスマン帝国海軍が黒海で運用できる最強の存在として戦闘を継続しなくてはなりませんでした。

ロシア海軍黒海に「インペラトリッツァ・マリーヤ級」弩級戦艦を2隻就役させると、同艦の黒海での優位は崩れますが、その後も戦闘を継続し、大戦を生き抜きました。

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(「インペラトリッツァ・マリーヤ級」弩級戦艦の外観:1915年、22,600トン: 30.5cm3連装4基、21ノット:同型艦3隻:134mm in 1:1250 by Navis :ロシア海軍黒海向けに建造した弩級戦艦で、前述のガングート級の改良型。改良点としては、速力をやや抑え、防御力を高めています)

その後、トルコ共和国海軍に継承され艦名を「ヤウズ」に改め、数次の近代化改装を受け1957年に退役しています。

 

少し遡りますが、同艦の購入に伴いドイツ帝国海軍軍人がオスマン帝国海軍の中枢を握ることとなります。ドイツ帝国地中海艦隊司令官ヴィルヘルム・ゾーヒョン少将がオスマン帝国海軍の司令長官に就任します。

この就任に伴い、オスマン帝国海軍はやや暴走気味にロシア沿岸を砲撃し、ロシアはオスマン帝国に宣戦布告し、オスマン帝国は中央同盟(ドイツ帝国を中心とした同盟)に参加してゆきます。やや陰謀めいた話になりますが、そんな側面も垣間見える、ということで。

 

超弩級戦艦「レシャディエ(英海軍が接収、オスマン帝国海軍では就役せず)

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(英戦艦「エリン」の概観:オスマン帝国海軍が発注した同艦を、英海軍が押収し、艦隊に編入しもの。 キング・ジョージ5世級を基本設計としていました:1914-, 22,780t, 21knot, 13.5in *2*5:126mm in 1:1250 by Navis)

同艦はオスマン帝国海軍がロシア海軍弩級戦艦に対抗するために英国に発注した超弩級戦艦です。英海軍の「キング・ジョージV世級」超弩級戦艦をタイプシップとして、22000トン級の船体に45口径34.3センチ連装砲塔を搭載し、21ノットの速力を発揮する設計でした。

完成間近に第一次世界大戦が勃発したため、英海軍が接収しオスマン帝国海軍には引き渡されませんでした。

英海軍編入後は「エリン」と命名されました。

 

繰り返しになりますが、上記の一覧は計画艦を多く含んでいます。オスマン帝国海軍が第一次世界大戦に投入したのは上記のうち「トゥルグート・レイス級」装甲艦2隻(ドイツ帝国海軍「ブランデンブルク級」前弩級戦艦)と、弩級巡洋戦艦「ヤウズ・スルタン・セリム」(ドイツ帝国海軍弩級巡洋戦艦「ゲーベン」)の3隻に過ぎませんでした。

 

という訳で、今回はこの辺りで。

 

次回は今度こそ「第二次ソロモン海戦」のお話を、と思っていますが、どうなることか。簡単な新着モデルのお話を挟ませていただくかも。あるいは一回スキップも。

 

もちろん、もし、「こんな企画できるか?」のようなアイディアがあれば、是非、お知らせください。「以前に少し話が出ていた、アレはどうなったの?」というようなリマインダーもいただければ。

 

模型に関するご質問等は、いつでも大歓迎です。

 

特に「if艦」のアイディアなど、大歓迎です。作れるかどうかは保証しませんが。併せて「if艦」については、皆さんのストーリー案などお聞かせいただくと、もしかすると関連する艦船模型なども交えてご紹介できるかも。

 

もちろん本稿でとりあげた艦船模型以外のことでも、大歓迎です。

お気軽にお問い合わせ、修正情報、追加情報などお知らせください。

 

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