ドイツ海軍のZ計画
これまでにも本稿では何度か触れてきたが、 第一次世界大戦の敗戦で、ドイツはかつては世界第2位を誇った海軍を失い、さらにその保有海軍力に大きな制限を課されることになった。1万トン以上の排水量の艦を建造することが禁じられ、その建造も代替艦に限定された。戦勝国側の概ねの主旨は、ドイツ海軍を沿岸警備の軍備以上を持たせず、外洋進出を企図させない、というところであったろうか。
しかし、戦後賠償等の混乱の中で、ドイツにはナチス政権が成立し、1935年に再軍備を宣言、海軍力についても、同年に締結された英独海軍協定で、事実上の制限撤廃が行われた。
主力艦についても、それまでの建艦制限を超えたシャルンホルスト級が建造され、その後、就役時には世界最大最強と謳われるビスマルク級戦艦を建造するに至った。
Z計画は、1939年以降の海軍増強計画を記したもので、このプランには二つの大きな柱があった。一つは通商破壊戦を実施する戦力の整備であり、即ち英国を仮想敵とした場合、通商破壊戦を展開することが有効であることは、第一次世界大戦の戦訓で明らかであった。これを潜水艦(Uボート)と装甲艦(ポケット戦艦)のような中型軍艦 、あるいは偽装商船のような艦船で行うにあたり、その前提として、英海軍による北海封鎖を打破することは必須であり、そのためには強力な決戦用の水上戦力が必要であった。従って通商破壊戦の展開の前提を創造するための英海軍主力を打破できる水上戦力の整備が2番目の柱となる。
史実では1939年のドイツのポーランド侵攻と共に、英仏がドイツに対し宣戦布告し、第二次世界大戦が始まったため、Z計画は中止となったが、本稿ではドイツのポーランド侵攻後も英仏はこれを非難しつつも宣戦布告せず、Z計画は1942年まで継続する。
本艦の建造経緯については、既に前回詳述した。
ヨーロッパ諸列強の新造戦艦と互角に渡り合え、あるいは凌駕することを目的に建造された本艦であったが、その排水量の大きさ等から、あまりにも万能視されすぎたきらいがある。確かに就役時には世界最大の排水量を誇り、強力な戦闘力を持つ戦艦であることは事実であるが、その威力はあまりにも過大に評価されすぎた。
史実では英海軍がその脅威を排除するために、その動かしうる戦力のほとんどをこの戦艦の捕捉・撃滅戦にと投入するなどしたために、その過程でのデンマーク海峡海戦でのフッド轟沈の栄光、その後の悲劇的な最後などと合わせて、伝説となった。
(1940-, 41,700t, 30 knot, 15in *2*4, 3 ships, 202mm in 1:1250 by Hansa)
戦艦フリードリヒ・デア・グロッセ(Freidrich der Grosse):改ビスマルク級戦艦
フランス海軍のリシュリュー級の優秀な主砲に対抗するために、ビスマルク級の強化改良型として、一隻のみ建造された。設計、配置などその殆どがビスマルクに準じ、唯一、主砲のみ55口径の長砲身15インチ砲を採用した。
この艦をZ計画の派生と見るか、ビスマルク級の改良と見るかは意見が分かれるところである。
(1941, 44,000t, 30 knot, 15in *2*4, 218mm in 1:1250 by Superior)
(ビスマルク級とフリードリヒ・デア・グロッセの艦型比較:上、ビスマルク、下、フリードリヒ・デア・グロッセ 砲塔配置などほとんど同じレイアウトで若干大きさが違うことがわかる)
Z計画に基づき、1939年に起工された。基本はビスマルク級の拡大改良版である。装備の配置、上部醸造のレイアウトなど、酷似している。主砲口径を拡大し、ドイツ海軍初となる16インチ砲を連装砲塔で4基8門搭載した。速力はビスマルク級と同じく30ノットとして、主機はディーゼルとした。本級の艦体規模においてのディーゼル機関の採用は非常に特異なものであった。
巨大なディーゼル主機の搭載により、長大な航続距離と高速航行が可能となり、一方で艦型は巨大なものになり、煙突が二本となった。
(1942-, 53,000t, 30 knot, 16n *2*4, 3 ships, 225mm in 1:1250 by Hansa)
(直上写真はバイエルン級の3隻:手前からバイエルン、プロイセン、バーデン)
戦艦グロースドイッチュラント(Grossdeutschland)
Z計画に基づき、1941年に起工された。前級バイエルン級をさらに拡大したもので、当初の設計では主砲に17インチ砲を採用する計画があった。しかし、風雲急を告げるヨーロッパの情勢に鑑み、建造が急がれたため、主砲にはバイエルン級と同じ、実績のある16インチ砲が採用され、ただし三連装砲塔4基12門と搭載数を大幅に増やしたものとなった.
主機は前級に引き続きオール・ディーゼルとし、長大な航続距離と、この巨大な艦型にも関わらず、28.8ノットの高速を発揮した。
計画では3隻が建造される予定であったが、第二次世界大戦開戦とともに2隻がキャンセルされ、グロースドイッチュラント1隻が完成した。
本艦の就役がZ計画艦の最後となり、ドイツ海軍はシャルンホルスト級3隻、ビスマルク級3隻、フリードリヒ・デア・グロッセ、バイエルン級3隻、グロスドイッチュラントの計11隻の戦艦で、第二次世界大戦に臨むこととなった。
(1942, 63,000t, 28.8 knot, 16in *3*4, 233mm in 1:1250 by Superior)
(直上写真は、ドイツ海軍の誇る戦艦群の艦型比較:左から、ビスマルク級、フリードリヒ・デア・グロッセ、バイエルン級、グロスドイッチュラント:レイアウトの相似性、艦型の拡大傾向が興味深い)
新たな通商破壊艦
冒頭に記述したように、Z計画には有力な二つの柱があった。一つは強力な決戦艦隊の整備による英海軍主力艦の撃滅であり、それらはこれまでに記した諸戦艦の建造の目的とするところであった。
もう一つは、上記の艦隊決戦により英艦隊による海上の封鎖線を解き、そこから広範囲に向けて浸透した潜水艦・通商破壊艦を用いた通商破壊戦の展開であり、英国を屈服させるには、こちらの有効な展開にこそ、戦争そのものへの勝機を見出すことができるはずであった。
デアフリンガー級巡洋戦艦は、この目的のために建造された、いわば通商破壊専任戦闘艦であった。
デアフリンガー級巡洋戦艦(O級巡洋戦艦) - Wikipedia
本級は、通報破壊を専任とする為に、通商路の防備に当たる巡洋艦以上の艦種との戦闘を想定せず、従ってこの規模の戦闘艦としては、非常に軽い防御装甲しか保有していなかった。基本、単艦での行動を想定するが故に、複数の巡洋艦との交戦を避けることができるだけの速力を持ち、あるいは運用面では、その強力な火砲で敵艦隊の射程外から、アウトレンジによる撃退を試みるとした。
一方で機関にはディーゼルを採用し、長大な航続距離を用いて神出鬼没に敵の通商路を襲撃することを企図して設計された。
主砲にはビスマルク級と同じ15インチ砲を採用し、これを連装砲塔3基に収めた。
デアフリンガー、モルトケ、フォン・デア・タンの3隻が建造された。(史実では建造されていませんので、ご注意を)
本級は、開戦初期こそ、設計通りに戦線背面への浸透を果たし、その戦果を挙げたが、航空機の目覚ましい発達により、次第にその活動に神出鬼没性が失われ、あわせて軽めに設定された防御力が裏目に出て、主として航空機による攻撃により、すべて撃沈されるという結果となった。
(1941, 38,000t, 33 knot, 15in *2*3, 3 ships, 207mm in 1:1250 by Hansa)
(直上写真は、デアフリンガー級の3隻:手前から、デアフリンガー、モルトケ、フォン・デア・タン)
( 直上写真はデアフリンガー級とシャルンホルスト級の艦型比較。下:デアフリンガー級、上:シャルンホルスト級。デアフリンガー級の大きな二つの煙突位置から、その搭載する巨大な機関が推測できる)
欧州諸国海軍の対応
フランス海軍の新造戦艦
独海軍のZ計画推進に対し、フランス海軍は、リシュリュー級戦艦の系譜を充実することで対応することとした。この系譜は、優秀砲である1935年型正38センチ砲をその主打撃力として設定し、高速、高防御力を兼ね備えた優秀艦で構成された艦隊を維持、充実し、対応しようとするものであった。
本級建造の背景等はすでに前回詳述した。
基本形は前級ダンケルク級の拡大版であり、口径をダンケルク級よりも大きい38センチとして4連装砲塔に装備し前部甲板に集中配置、MACK構造の後檣の採用など、非常に特異で近代的なフォルムを持つ。
速力は30ノットを発揮し、4連装砲塔の採用で浮いた重量を防御装甲に回すなど、機動性と攻守を兼ね備えた強力艦となった。
(1940-, 48,180t, 30 knot, 15in *4*2, 2 ships, 197mm in 1:1250 by Hansa)
https://en.wikipedia.org/wiki/Richelieu-class_battleship#Gascogne
本級はリシュリュー級の改良型である。そのため基本的なスペックは、ほぼリシュリュー級に準じている。大きな変更点としては、主砲塔の配置をリシュリュー級の前甲板への集中装備から、上部構造の前後への振り分け配置とした事である。
この配置の変更については、リシュリュー級の就役後に、同級の真艦尾方向への火力不足への懸念が、運用現場から強力に挙げられたことによるとされている。ガスコーニュ、クレマンソーの2艦が建造された(史実では建造されていません。ご注意を)
(1941-, 48,180t, 30 knot, 15in *4*2, 2 ships, 197mm in 1:1250 by Hansa)
(直上の写真:ガスコーニュ級の2隻:手前:ガスコーニュ、奥:クレマンソー)
本級はリシュリュー級をタイプシップとして、これを改良・拡大したものである。
特にリシュリュー級以来採用されている1935年型正38センチ砲は非常に優秀な砲で、20,000メートル台の砲戦距離ならば、日本海軍が後日建造する大和級を除くすべての戦艦の装甲を打ち抜くことができると言われていた。
このリシュリュー級以降、フランス海軍自慢の4連装砲塔を、後部甲板に一基追加し、主砲12門を搭載する強力な戦艦となった。
その他の構造的な特徴は、ほぼリシュリュー級を踏襲し、近代的で美しいフォルムを持つ艦であった。
アルザスとノルマンディーの2隻が建造された(史実では建造されていません。ご注意を)。
(1942-, 51,000t, 30 knot, 15in *3*4, 2 ships, 214mm in 1:1250 by Tiny Thingamajigs 3Dprinting model)
(直上の写真:アルザス級の2隻:手前:ノルマンディー、奥:アルザス)
(フランス海軍新戦艦の艦型比較:下から、ダンケルク級、リシュリュー級、ガスコーニュ級、アルザス級 艦型の大型化の推移と、主砲等の配置の変化が興味深い)
英海軍の対応 新造戦艦と近代化改装
英海軍は、自国が締結した英独海軍協定の結果、危機にさらされる。
特にZ計画により誕生する高速で強力なドイツの新造戦艦群に対し、従来の英海軍の戦艦群では対応しきれず、これに対応するために「新標準艦隊(The New Standard Fleet)」なる10カ年計画を策定した。
この計画には20隻の戦艦を整備する構想が含まれており、既存の戦艦としては、ネルソン級、大改装を施したクイーンエリザベス級、リヴェンジ級の旧式戦艦、さらには同様の近代化改装を施した3隻の巡洋戦艦を、まずこれに充てるとした。
一方で、キング・ジョージ5世級、その発展系であるライオン級の新造戦艦がこれに順次加わり、艦齢の古い艦に代替するものとした。
本級の建造に関する経緯は、前回詳述した。
軍縮条約継続を望んで、やや対抗列強に対し控えめな武装と、その浮いた重量配分を防御に充当したことから防御力に関してはかなり堅牢な艦となった。新時代を担う戦艦としてはやや物足りない結果となったと言わざるを得ない。
(1940-, 42,245t, 28.3 knot, 14in *4*2 +2*1, 5 ships, 181mm in 1:1250 by Neptune)
軍縮条約の継続を望んで、新造戦艦の第一弾であるキング・ジョージ5世級をやや控えめな設計とした英海軍であったが、やはりその諸元は列強の新造戦艦に対し、物足りず、ライオン級はこれを大きくしのぐ意欲的な設計となった。
前級のキング・ジョージ5世級戦艦は攻撃力にはやや見劣りがしたものの、その防御設計には見るべきものが多く、結局ライオン級は前級をタイプシップとしてその拡大強化型として設計された。
その為、艦容はほぼ前級を踏襲したものとなった。
主砲には新設計のMarkII 16インチ砲を採用し、同じ16インチ砲を搭載したネルソン級の主砲よりも15%重い弾体を撃ち出すことができた。この結果、垂直貫徹力で2割、水平貫徹力で1割、その打撃力が向上したとされている。
この新型砲を三連装砲塔にまとめ、前甲板に2基、後甲板に1基を配置した。副砲には、前級と同じく対艦・対空両用砲を採用した。
防御形式は、定評のあった前級のものをさらに強化したものとした。
速力は、基本、前級と変わらないものとされたが、短時間であれば30ノットの高速を発揮することができた。前級同様、5隻が建造された(史実では建造されていませんので、ご注意を)。
(1942-, 44,000t, 28.5 knot, 16in *3*3, 5 ships, 207mm in 1:1250 by Superior)
新標準艦隊(The New Standard Fleet)計画の、いずれは計画的に代替される旧式戦艦 (リヴェンジ級)の主砲転用から着想した、比較的安価な急造高速戦艦建造プランの発展形が、本艦の設計の根幹にあった。
従って、主砲は15インチ砲であることは確定しており、船体の設計はキング・ジョージ5世級、あるいはライオン級に負うところが大きい。副砲も前2級同様の対空・対艦両用砲を採用している。
(1944, 48,500t, 30 knot, 15in *2*4, 200mm in 1:1250 by ???)
(英海軍新戦艦の艦型比較:左から、キング・ジョージ5世級、ヴァンガード、ライオン級)
既存戦艦の近代化改装
前述の新造戦艦の他、英海軍は並行して既存の保有超弩級戦艦、クイーン・エリザベス級5隻、リヴェンジ級5隻の 近代化改装を実施した。これらはいずれも主砲に15インチ砲を装備する強力な攻撃力を持つ艦であった。しかし、度重なる改装により排水量が増加し、速力が就役時よりも低下せざるを得なかった。
このため、多くは船団護衛、拠点警備などの限定的な任務に割り当てられた。
最終改装では、艦橋構造の変更、副砲の撤去と対空兵装の充実などが行われ、艦容が一変するほどのものとなった。装甲重量、重厚な艦橋など、重量の増加に伴い、速力の低下を甘んじて受け入れざるを得なかった。
(1942近代化改装後: 32,930t, 23knot, 15in *2*4, 5 ships,154mm in 1:1250)
(直上の写真:上段、改装前、下段、改装後)
最終改装はクイーン・エリザベス級ほど徹底したものではなかったが、防御装甲の強化、舷側へのバルジの追加、対空兵装の強化などが行われ、速力が低下した。
(1942近代化改装後 33,500t, 21.5knot, 15in *2*4, 5 ships, 150mm in 1:1250)
(直上の写真:上段、改装前、下段、改装後)
既存巡洋戦艦の近代化改装
上述のように既存戦艦の近代化改装は、いずれも速力の低下を伴うもので、新生ドイツ艦隊の主力艦との決戦には用いる事は難しく、ある意味、任務を限定する方向へ向かうものとなった。
このため、元来高い機動力を保有する巡洋戦艦の改装には、決戦兵力の補完として大きな期待がかけられた。
史実では本艦は1941年5月21日、デンマーク海峡海戦で独戦艦ビスマルクにより撃沈されてしまうが、ここではさらにその後の近代化改装を受けた形を示している。改装により艦橋構造が塔型となり、キング・ジョージ5世級戦艦に採用された両用砲を装備した。装甲がさらに強化され有力艦となったが、優美さはやや損なわれ、さらに速力が低下した。
(1939近代化改装後: 48,500t, 27 knot, 15in *2*4, 216mm in 1:1250 by Superior)
(直上の写真:上段、改装前、下段、改装後)
艦橋をキング・ジョージ5世級と同様の塔型のものに改め、装甲等を強化し重厚な艦容となった。対空兵装を強化するなどに伴う重量の増加で、速力が27ノットに低下した。
(1939近代化改装後 32,000t, 27 knot, 15in *2*3, 2 ships, 194mm in 1:1250 by Neptune)
(直上の写真:上段、改装前、下段、改装後)
第二次世界大戦の勃発
前述のように、1939年9月、ドイツはポーランドに侵攻する。史実と異なり、英仏両国はこの時点ではドイツの侵攻を非難するにとどめ、宣戦布告は行われず、ポーランドは英仏に見捨てられる形となった。
その後、史実に遅れること約2年半、1942年5月、ドイツは突如、ベネルクス3国ならびにフランス侵攻を開始する。 第二次世界大戦の始まりである。
ドイツ機甲師団の電撃戦により、史実同様、フランスは2カ月足らずのうちにドイツに降伏してしまう・・・。
以降は、どなたかの架空戦記にお任せするとして、これで、ほぼ本稿のヨーロッパ編は終了です。
次回は舞台を太平洋に移し、日米両海軍の対峙と、主力艦の整備状況などを。
いよいよ、後3回?4回?
***模型についてのお問い合わせ、お待ちしています。或いは、**vs++の比較リクエストなどあれば、是非お知らせください。
これまで本稿に登場した各艦の情報を下記に国別にまとめました。
内容は当ブログの内容と同様ですが、詳しい情報をご覧になりたい時などに、辞書がわりに使っていただければ幸いです。