相州の、1:1250 Scale の艦船模型ブログ 主力艦の変遷を追って

1:1250スケールの艦船模型コレクションをご紹介。実在艦から未成艦、架空艦まで、系統的な紹介を目指します。

コレクターの日常(今回も妄想満載):日本海軍22インチ主砲搭載艦「播磨」の完成とその周辺の計画艦・架空艦など

本稿前回では、ナチス・ドイツ海軍再建計画の主力艦の到達点である「H級 44型」戦艦のモデルご紹介に関連し、架空戦記的に「これに対抗するべく日本海軍が22インチ砲搭載艦の建造に着手」として、「22インチ砲搭載艦」の仮組みまで漕ぎ着けました、というお話をしました

fw688i.hatenablog.com

ますはこれが一応の完成を見たので、このご紹介。

今回はそういうお話です。

ご注意を!)しかし、ほとんどが史実にはない架空のお話、筆者の妄想ですのでくれぐれもご注意ください。でもそういうお話が好きな人にとっては、きっと面白いんじゃないかな。

 

日本海軍:22インチ(56センチ)主砲搭載戦艦「播磨」建造の経緯

「播磨」は今回の妄想モデル建造のトリガーとなった佐藤大輔氏の著作「レッドサン・ブラッククロス」からそのまま艦名をいただいています。(実は筆者的にはちょっとした齟齬が生じるのですが。併せて記しておくと、佐藤氏の著作「レッドサン・ブラッククロス」に登場する「播磨」は基準排水量21万トン・ 全長380メートル:1:1250スケールでは304mm:の巨大戦艦と記述されていますが、筆者版「播磨」はそこまで大きな船ではありません)

20インチ主砲搭載艦の建造

少しおさらい的に建造背景等を整理しておくと(繰り返しますが、以降は現実と相半ばした筆者の創作(妄想)ですのでくれぐれもご注意を)、18インチ(46センチ)主砲搭載の「大和級」を建造し個艦性能で一歩先んじた日本海軍は、いずれは建造されるであろう米海軍の18インチ砲搭載艦への対応として20インチ(51センチ)砲搭載艦の設計に着手します。これが「A-150計画艦」、「超大和級」戦艦の設計案として知られているモノです。

A -150計画艦=「伊予級」戦艦

ja.wikipedia.org

f:id:fw688i:20221127104905p:image
(日本海軍のA-150計画艦の概観:217mm in 1:1250 by semi-scratched based on Neptun:下の写真はA-150計画艦の最大の特徴である51センチ連装主砲塔の拡大。兵装配置、基本設計は「大和級」をベースにしたものだと言うことがよくわかります)

f:id:fw688i:20221127104910p:image

当初は新設計で20インチ三連装砲塔3基を搭載する計画もあったようですが、当時の日本の技術力では20インチ三連装砲塔を駆動する方法の開発に時間がかかり、これに対応する巨大艦の建造にも施設から準備せなばならないということで、「大和級」の設計をベースに「大和級」とほぼ同寸の船体に連装砲塔3基搭載し(連装砲塔であれば「大和級」の砲塔とほぼ同じ重量で駆動系も既存のものが使えたようです)防御力等を強化した80000トン級の戦艦として設計されました。

ちなみにほぼ同級に匹敵する戦艦が佐藤大輔氏の仮想戦記小説「レッドサン・ブラッククロス」には「紀伊」「尾張」という名で登場しています。

 

**余談)筆者の世界では「もう一つの」ワシントン・ロンドン両軍縮条約の制限下で「八八艦隊計画」が一部実現されており、「紀伊」「尾張」は40センチ主砲搭載戦艦の第三世代として建造されていますので、「A-150計画艦」は「伊予」「播磨」と命名していました。冒頭に記述した「ちょっとした齟齬」というのはこのことで、22インチ主砲搭載艦に「播磨」に名をつけるなら、これは変更しなくてはなりません。ということで以後、同級は「伊予」と「常陸」に変更します。

少し艦名の整理

この機会に少し艦名を整理しておきます。

八八艦隊計画以降の戦艦

長門級」:「長門」「陸奥

「土佐級」:「土佐」「加賀」

紀伊級」:「紀伊」「尾張(ここまでが40センチ主砲艦)

「改紀伊級=相模級」:「相模」「近江」(初の46センチ砲搭載艦:4隻建造する予定だった上述の「紀伊級」を2隻で切り上げ、条約明けの無制限状況を想定し「改紀伊級」の公式名称の下に、全く異なる46センチ主砲搭載戦艦として設計されました。史実の八八艦隊計画では「十三号巡洋戦艦」として知られる設計を防御力を強化して戦艦として建造した、という設定です。建造当時はまだ少し史実から改変された(だから八八艦隊計画の一部が実現できたのですが)ワシントン・ロンドン軍縮体制が生きていたため、その主砲は「2年式55口径41センチ砲」と命名され、その真実の口径は最高機密だった、というような設定です。この辺り興味のあるかたは、以下の回を)

fw688i.hatenablog.com

ここまでが、いわゆる条約時代の戦艦です。

そして軍縮条約が継続されなくなり、「新戦艦」の時代を迎えます。

その一番手が「大和級」:「大和」「武蔵」「信濃」(他の欧州列強の条約明けの新戦艦が、半ば条約の継続を期待してそのレギュレーションを意識した設計だったのに対し、同級はこれに全く拘らない他を圧倒した設計だったと言っていいでしょう)

「A -150計画艦(超大和級)=伊予級」:「伊予」「常陸(51センチ砲搭載艦)

「改A -150計画艦=駿河(当初46センチ砲搭載艦でしたが、後に新設計の51センチ主砲に換装しています。後ほどこちらはご紹介します)

この辺りまで「もう少し詳しく」とおっしゃる方は、下記の回をお読みいただければ。

(細かいことを言うと、いずれにせよ多くが架空の話をしているので、登場する年次等は矛盾するかもしれません。そこはできるだけ寛容な心を持っていただけると)

fw688i.hatenablog.com

そして今回の「56センチ砲搭載艦=播磨」(今回ご紹介)

 

改A-150計画艦=戦艦「駿河

前出の「伊予級:A -150計画艦」は、米海軍が「相模級」「大和級」の登場に刺激されいずれは18インチ(46センチ砲)搭載艦を建造するであろうという予想の元に設計された戦艦で、特に「伊予級」として実現したものは、この51センチ主砲という口径を軸に、早急に建造できる、つまり既存の技術で建造できるという、実現を優先した設計でした。このためその船体の大きさは「大和級」とほぼ同等でなくてはならず、かつ主砲搭載形式も特に砲塔の駆動系の技術的な当時の限界から連装砲塔とされました。このため単艦での射撃で十分な命中精度を得るにはやや心許ない6門という搭載数にとどまらざるを得ませんでした。

この点を改めて検討した上で設計されたのが「改A-150設計艦=駿河」でした。同艦では単艦での行動を想定した際に必要数とされる主砲搭載数8門を設計の主軸に置き、駆動系の改良と軽量化を実現した新設計の51センチ連装砲塔4基の搭載を設計に織り込んでいました。

この軽量化高機動砲塔の実現が、船体の大きさにも好影響として現れ、なんとか当時の造船施設でも建造可能な90000トン級の主砲口径の割にはコンパクトな戦艦として起工されることとなりました。

しかし着工後、新設計の連装砲塔の開発には種々の障害が発生し、結局、当初は「大和級」と同じ3連装46センチ主砲塔4基を搭載する戦艦として完成されました(「伊予級」の51センチ主砲塔は重すぎて搭載できませんでした)。f:id:fw688i:20221127110147p:image

(戦艦「駿河」就役時の概観:220mm in 1:1250 by 3D printing: Tiny Thingajigs:就役時には「駿河」は46センチ主砲12門を搭載していました:下の写真は「駿河」就役時の兵装関連の拡大)f:id:fw688i:20221127110152p:image

新型51センチ連装主砲塔への換装
一旦は46センチ主砲の搭載数を強化した形で就役した「駿河」でしたが、その就役後も新砲塔の製造は継続され、新型主砲塔の完成後、「駿河」の主砲は51センチ砲に換装されています。f:id:fw688i:20221127110138p:image

(上の写真は、主砲を新設計の51センチ連装主砲塔に換装した後の戦艦「駿河」就役時の概観:下の写真は、主要兵装の拡大)

f:id:fw688i:20221127110143p:image

新型51センチ連想主砲塔について

下の写真は「駿河」が就役時に搭載していた46センチ三連装主砲塔(「大和級」の主砲等と同じものです)と新開発の51センチ連想主砲塔の比較です。基本設計や構造は「大和級」の46センチ三連装主砲塔をベースにしたものであったことがなんとなく想像できるかと。f:id:fw688i:20221127110156p:image

そして次の写真は「伊予級」に搭載されていた51センチ連装主砲塔と新砲塔の比較。「伊予級」の砲塔が開発を急いだため旧来の連装主砲塔の拡大型であったことがよくわかります。防御力を向上させながら軽量化を目指し、結果、高機動性を獲得した新砲塔の完成で、「駿河」の船体は「大和級」「伊予級」をわずかに拡大した程度のコンパクトなサイズに収まり、51センチ砲は格段の威力を発揮するわけです。f:id:fw688i:20221127110623p:image

 

ナチス・ドイツ海軍20インチ主砲搭載艦の登場

これまでに見てきたように日本海軍の20インチ主砲搭載艦の建造目的は主として米海軍の18インチ(46センチ)級主砲搭載艦の登場に対する対抗策でした。

しかし一方で第一次世界大戦の敗北で一時は沿岸警備海軍の規模に縮小していたドイツ海軍が、ナチスの台頭と共に再軍備を宣言し、特に海軍は英独海軍協定の締結と共に「Z計画」と言われる大建艦計画を実現しつつありました。

その主力艦群は40000トン級の「ビスマルク」級(40000トン級:38センチ主砲搭載)の建造にはじまり、「H39型」(55000トン級:41センチ主砲搭載)、「H41型」(68000トン級:42センチ主砲搭載)と次々と巨艦を建造し、ついに130000トン級の「H44型」に至りました。

「H44型」

(「H44型」の概観:293mm in 1:1250 by Albert: 破格の大きさで、いつも筆者が使っている海面背景には収まりません。仕方なくやや味気のない背景で。下の写真は「H44型」の兵装配置を主とした拡大カット:巨大な20インチ連装主砲塔(上段)から艦中央部には比較的見慣れた副砲塔や高角砲塔群が比較的オーソドックスな配置で(中段)。そして再び艦尾部の巨大な20インチ連装主砲塔へ(下段))

ビスマルク級」から「H44型」までの、いわゆるZ計画の開発系譜一覧

下の写真は、再生ドイツ海軍の「Z計画」での主力艦整備計画の総覧的なカットです。下から「ビスマルク級(40000トン級:38センチ主砲)、「H39型」(55000トン級:40.6センチ主砲)、「H41型」(64000トン級:42センチ主砲)そして「H44型」(130000トン級:50.6センチ主砲)の順です。

「H44型」は上述の日本海軍の「伊予級」「駿河」等と同じ20インチ(51センチ)主砲搭載艦でしたが、日本海軍の20インチ砲が45口径であるのに対し52口径の長砲身で、長射程、高初速、高射撃精度を持つ格段に強力な主砲でした。

つまり日本海軍の「伊予級」や「駿河」が「H44型」と砲戦を交わした場合、アウトレンジからの射撃を受けたり、同砲に装甲を貫通されたりする恐れがありました。「伊予級」「駿河」は共に上述のように米海軍の新戦艦の登場編対抗策として建造を急いだがゆえに18インチ(46センチ)砲搭載の「大和級」をベースにした設計で、防御を強化したとはいえ、その砲戦の結果にはかなり危惧を抱かざるを得ない状況でした。

f:id:fw688i:20221127112417p:image

(本文で既述のように、同じ51センチ主砲搭載艦といいながらも、「H44型」は52口径の長砲身砲で、45口径の「駿河」に対し格段に強力な打撃力を持っていました。船体の大きさも格段に異なり、射撃時の安定性にもかなり差が出たかもしれません)

こうした経緯から、日本海軍の22インチ(56センチ)主砲搭載艦の建造が急がれたわけです。

 

22インチ(56センチ)主砲搭載戦艦「播磨」の誕生

f:id:fw688i:20221127111243p:image
(「播磨」の概観:262mm in 1:1250 by semi-scratched modek based on 1:1000 scale Yamato, Gunze-sangyo : 下の写真は「播磨」の細部。副砲としては新型3連装砲塔5基に搭載された長砲身の15センチ砲を採用し、広角砲等は「大和級」に準じています。上甲板に設置された機関砲座は、主砲斉射時の強烈な爆風から砲座の要員を守るため、全周防御の砲塔になっています)f:id:fw688i:20221127111247p:image

全体的な構造、配置等は「大和級」に準じるような設計となっていることがわかっていただけるかと思います。特に次に掲げる写真をご覧いただけると、よりその理解が進むかも。それが良いことか、悪いことかは、さておき。

大和級」から「播磨」まで:いわゆる日本海軍の「新戦艦」の開発系譜一覧

下の写真は、日本海軍の条約開け後の「新戦艦」の総覧的なカットです。下から「大和級(64000トン級:46センチ主砲)、「伊予級」(80000トン級:51センチ主砲)、「駿河(90000トン級:51センチ主砲)、そして「播磨」(120000トン級:56センチ主砲)の順。

f:id:fw688i:20221127112348p:image

ライバル対比:「H44型」と「播磨」

下の写真は「播磨」建造のトリガーとなった「H44型」との対比。

f:id:fw688i:20221127112413p:image
ドイツ海軍の「H44型」が旧来のオーソドックスな兵装配置や上部構造物の設計を色濃く継承している感があるのに対し、「播磨」は船体のみならず上部構造も「大和級」以来受け継がれた設計思想によりコンパクトに仕上げられており、このあたりに、第一次世界大戦の敗戦で一旦主力艦建造の技術に中断期があるドイツ海軍と、主力艦建造を継続できた日本海軍の蓄積技術の差が現れているように思われます。

 

さて対決の結果は?

佐藤大輔氏の「レッドサン・ブラッククロス」の外伝に収録された「戦艦ヒンデンブルク号の最期」でも読んでみてください。

ja.wikipedia.org

それ以外にもそれぞれが空想を逞しくしていただくのも一興かと。筆者としては、対決など永遠に訪れず、お互い睨み合っていると言う状況が「最も心地よい」かもしれません。

ということで今回はこの辺りで。

 

次回は・・・。未定ですが、このところ「架空艦」続きで、その整備に興味と手が取られ、一方で新着モデル、あるいは整備中のモデルなどがいくつかありますので、そのあたりで何かテーマを見つけて、と考えています。そろそろ「H44型」の船底部分のモデルが届く頃かも。もしそれが届いていたら、もう一回くらい「H44型」関連で続けるかもしれません。(日本海軍の機動部隊小史なども途中ですので、その辺りも気にはなっているのですが)

もし、「こんな企画できるか?」のようなアイディアがあれば、是非、お知らせください。

 

模型に関するご質問等は、いつでも大歓迎です。

特に「if艦」のアイディアなど、大歓迎です。作れるかどうかは保証しませんが。併せて「if艦」については、皆さんのストーリー案などお聞かせいただくと、もしかすると関連する艦船模型なども交えてご紹介できるかも。

もちろん本稿でとりあげた艦船模型以外のことでも、大歓迎です。

お気軽にお問い合わせ、修正情報、追加情報などお知らせください。

 

ブログランキングに参加しました。クリック していただけると励みになります。

 

 

 


艦船ランキング