相州の、1:1250スケール艦船模型ブログ 主力艦の変遷を追って

1:1250スケールの艦船模型コレクションをご紹介。実在艦から未成艦、架空艦まで、系統的な紹介を目指します。

ロイアル・ネイヴィー:第二次世界大戦期の巡洋艦・軽巡洋艦/防空巡洋艦

本稿では前回、英海軍の軽巡洋艦の開発系譜を遡って「第一次世界大戦期の軽巡洋艦」のご紹介をしましたが、今回は番狂わせなく、第二次世界大戦期の英国巡洋艦の結び「軽巡洋艦」編、です。

 

英海軍の新設計巡洋艦条約型巡洋艦とその発展の系譜)

第一次世界大戦で著しく国力を疲弊し、かつ人類史上初の「総力戦」の直接体験者であった英国は、それまでの「会戦方式の艦隊決戦」を念頭に置いてきた伝統の「二国標準主義=仮想敵2国の海軍と渡り合える装備を準備する」を捨て、軍縮条約による制限で自国海軍の優位を保とうと目論みます。これが結実したのが、ワシントン条約ロンドン条約だったのですが、世界第一位の海軍国の地位は維持したものの、特にロンドン条約で自ら提唱した巡洋艦等の補助艦艇の保有制限枠に苦しむことになります。

少しおさらいをしておくと、主力艦の保有制限を定めたワシントン条約では、巡洋艦については、「排水量1万トン以下、主砲8インチ砲10門以下」という個艦建造についての制限のみが決められましたが、ロンドン条約では保有枠についても制限が定められました。

以下に巡洋艦保有制約をまとめておくと、

米国:カテゴリーA(重巡洋艦):180,000トン、カテゴリーB (軽巡洋艦):143,500トン

英国:カテゴリーA(重巡洋艦):146,800トン、カテゴリーB (軽巡洋艦):192,200トン

日本:カテゴリーA(重巡洋艦):108,000トン、カテゴリーB (軽巡洋艦):100,450トン

となります。 

 

当時、英国は依然、海外に多くの連邦国・植民地を保有しており、これら海外通商路の保護、海外植民地の警備等での巡洋艦の存在は、まさに英海軍の存在の根幹と言うべきものでした。このためには巡洋艦の隻数を揃えねばならず、一方で、大戦後に新たに台頭した日米海軍が補助主力艦としての位置づけから次々と巡洋艦の個艦性能の向上を試みるのを目の当たりにするわけですが、こうした高性能の巡洋艦群への性能上での対抗と、隻数の維持・確保という矛盾する要求との兼ね合いが、これからご紹介する軽巡洋艦の発達史とも深く関わってくる、今回はそういうお話です。

 

既に前々回でご紹介した重巡洋艦の開発系譜でも、「カウンティ級重巡洋艦から次級の「ヨーク級」へのスペックダウンに、既にその一例を見ることができました。

 

新造軽巡洋艦 第一世代(大英帝国海軍の栄光と苦悩)

重巡洋艦エクセター」の建造で、ロンドン条約重巡洋艦の枠を使い切った英海軍は、軽巡洋艦の整備に着手します。前述のように広範囲な連邦領・植民地や通商路の警備・保護には、軽快な機動性を持つ軽巡洋艦の隻数を揃える必要があり(理想的な理論値は一説では70隻と言われていますが、とてもこれを賄えるような状況ではありませんでした)、大量に保有する第一次世界大戦型の軽巡洋艦を廃棄処分し、これをいかに置き換得てゆくか、条約の保有枠の制限と、疲弊した経済の両面から、英国の苦悩が始まります。

 

リアンダー級軽巡洋艦同型艦:5隻)

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(直上の写真は、「リアンダー級」軽巡洋艦の概観。 135mm in 1:1250 by Neptune) 

本級は英海軍が第一次世界大戦後初めて設計した「軽巡洋艦」です。

保有枠の関係から、最後の条約型重巡洋艦となった「エクセター」をタイプシップとして、7000トン級の船体に6インチ連装砲4基を搭載しています。重巡洋艦の設計をベースとしただけに堅牢な艦に仕上がっています。高圧缶の採用で缶数を減らし、煙路をまとめることができたため、大きな一本煙突の外観をしています。

 

前々回の「英海軍重巡洋艦」の稿でも紹介しましたが、ドイツ海軍の通商破壊艦(ポケット戦艦)「グラーフ・シュペー」の追撃戦、に本級の「エイジャックス」と「アキリーズ」が参加し、ラプラタ沖で「シュペー」を捕捉し自沈に追い込んだことで有名です。

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(直上の写真はドイツ海軍装甲艦(ポケット戦艦)「アドミラル・グラーフ・シュペー」の概観:148mm in 1:1250 by Hansa: 下の写真では、その細部を拡大。「装甲艦」という実態は通商破壊専任の巡洋艦ながら「ポケット戦艦」の二つ名の由来となった11インチ主砲と重厚な装甲司令塔(上段・下段)、6インチ副砲の配置など(中段)がよくわかります)

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ベルサイユ条約で課せられた大型艦の代艦建造の際の「排水量上限1万トン、主砲の上限11インチ」(これは、第一次世界大戦前の前弩級戦艦以上の戦力をドイツ海軍に持たせない、という意図)を逆手とり、革新的な通商破壊艦として建造された「ドイッチュラント級」装甲艦3隻の一隻として建造されました。3隻の中では同艦と姉妹艦の「アドミラル・シェーア」(就役時)は装甲司令塔(風)の艦橋部を持ち、重厚な外観を示しています。(「シェーア」は後に「ドイッチュラント」と同様な軽快な艦橋に改装されました)

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航続力に優れるディーゼル機関を搭載し、その発揮する26ノットの速力は、英海軍の戦艦では追いつけず(「フッド」「レナウン級」のいわゆる巡洋戦艦のみ、これを補足することができました)、活動阻止にあたることが想定される英巡洋艦に対しては11インチ主砲で射程外から圧倒する、という非常に厄介な存在でした。

第二次世界大戦初頭の1939年8月の出撃以降、12月までの4ヶ月間で南大西洋、インド洋で50000トンほどの戦果を上げ、次の作戦領域と定めたラプラタ河方面に向かいました。英海軍はこの阻止のために5つの部隊を派遣し、12月にその一つハーウッド准将の率いるG部隊と遭遇し、海戦に入ります。

ラプラタ沖海戦では、英海軍G部隊の重巡洋艦エクセター」と「リアンダー級」軽巡洋艦の「エイジャックス」「アキリーズ」が「グラーフ・シュペー」の追撃戦に参加します。約1時間の砲撃戦の結果「エクセター」は大破、「エイジャックス」も主砲塔2基が使用不能になるなど、英艦隊は大きな損害を受けますが、「グラーフ・シュペー」も被弾し中立港であるモンテビデオに逃げ込みます。その後、中立国ウルグアイと損傷修理等の交渉を行いますが、英国の外交の効果で、これは叶わず、併せて英艦隊集結等の欺瞞情報により、「グラーフ・シュペー」はラプラタ河口で自沈しました。

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(直上の写真はドイツ海軍装甲艦(ポケット戦艦)「アドミラル・グラーフ・シュペー」(下段)とその阻止に当たった英海軍G部隊の対比(上段):「リアンダー級」軽巡洋艦(手前:「エイジャックス」と「アキリーズ」はこのクラスでした)と「エクセター」)。下の写真では、「エクセター」と「グラーフ・シュペー」の大きさ比較:「グラーフ・シュペー」の主砲塔の大きさが目立ちます) 

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第二次世界大戦では1隻の戦没艦を出しています。

 

パース級軽巡洋艦同型艦:3隻)

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本級は、「リアンダー級」軽巡洋艦の改良型準同型艦として建造されました。建造の経済効率の模索から、大型の缶を採用し、「リアンダー級」よりも更に缶数を減らし、かつ機関と缶の分離配置によって艦の生存性を高めています。これに伴い、前級「リアンダー級」が船体中央に大きな集合煙突を持っていたのに対し、本級では二本煙突と、外観に差異が生じています。

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(直上の写真は、オーストラリア海軍「パース級」軽巡洋艦の概観:135mm in 1:1250 by Neptune)

 

当初は英海軍の「アンフィオン級」軽巡洋艦命名されましたが、後に全てオーストラリア海軍に供与され艦名がオーストラリアの都市名と変更されたため、「パース級」と呼称されています。船体の大きさ、標準的な武装配置等は「リアンダー級」を継承しています。

 

第二次世界大戦では、日本海軍との戦闘で「パース」が、ドイツ海軍の通商破壊艦(偽装商船)「コルモラン」との戦闘で「シドニー」が失われました。

 

「コルモラン」(秘匿名:軍艦41号/Shiff 41・英海軍のコードネーム:襲撃艦G/Raider G)

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Kormoran (HSK 8)

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(HSK 8「コルモラン」の概観:131mm in 1:1250 by Neptune: 8,736トン、主砲:155mm*6門、魚雷発射管6門、 水偵2機搭載、小型魚雷艇1隻搭載、機雷360個、18ノット)

1938年の建造された商船を改造した船で、1940年10月に通商破壊艦8号(HSK 8)として就役しました。通商破壊艦としては最大の船で、1940年12月から1941年11月までの戦闘航海で 大西洋、インド洋で11隻、約69,000トンの連合国船舶を拿捕・撃沈しました。

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(「コルモラン」の主砲や魚雷発射管は舷側の遮蔽板内や船倉に隠蔽されていました。後甲板部には船倉内に水偵や小型魚雷艇が収納されていました) 

1941年11月29日、オーストラリア海軍の巡洋艦シドニー」と遭遇し、オランダ船を偽装して接近した後、近距離砲戦の結果、複数の命中弾を与え、加えて魚雷も命中させるなど「シドニー」を大破(後、沈没。生存者なし)させましたが、自艦も被弾し大火災を起こし乗組員は艦を放棄せざるを得ませんでした。こうして、「コルモラン」はドイツの偽装商船の中で唯一、連合国軍艦を沈める戦果を挙げた艦となりました。

 

アリシューザ級軽巡洋艦同型艦:4隻)

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(直上の写真は、「アリシューザ級」軽巡洋艦の概観:123mm in 1:1250 by Neptune)

本級は前級「パース級」の主砲塔を1基減じて、それに合わせて5000トン級に縮小した船体に出力を減じた機関を搭載することで経済性を求めた設計となっています。第一次世界大戦型の旧式軽巡洋艦(C級、D級)の代艦として隻数を確保しようとする狙いではあったのですが、この辺りに、条約の保有制限枠、疲弊した国力と隻数の両立への模索・苦悩が現れています。

船体の小型化により、生存性はやや低下しましたが、速力は前級と同レベルを維持し、ある程度の戦闘力を持ち高い居住性と航洋性を兼ね備えた、通商路保護の本来の軽巡洋艦の目的に沿った手堅い設計の艦だったと言えるでしょう。

主として地中海方面の戦場に投入され、2隻が失われました。

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(直上の写真は、英海軍の新造軽巡洋艦第一世代の比較:てまえか「リアンダー級」「パース級」「アリシューザ級」配置の微妙な違いを見ていただければ・・・)

 

大型軽巡洋艦建造への方針転換

 英国は、これまでに見てきたように、条約体制のもとでの最後の重巡洋艦の艦級となった「ヨーク級:(ヨーク・エクセター)」に続き、久々の新造軽巡洋艦となった「リアンダー級」その改良型の「パース級」、そしてその経済版ともいうべき「アリシューザ級」と12隻の軽巡洋艦を世に送り出しましたが、その建造方針は一貫して大英帝国の宿命ともいうべき世界に広がる通商路と連邦領の警備・保護を主目的とし、そのための長期航海での居住性と航洋性、かつ広域への対応を念頭において多数を揃えるという、いわば「小型多数主義」ともいうべきものでした。

一方、英国海軍を脅かす存在となり、さらに成長を続ける日米海軍では、条約の保有制限一杯となった「重巡洋艦」を補完すべく備砲口径のみ条約の「軽巡洋艦」規定に則ったそれまでの軽巡洋艦の概念を覆す大型で強力な「軽巡洋艦」が建造されてゆきます。

それらの大型軽巡洋艦は日米ともに巡洋艦の規定枠である10000トンの排水量制限をいっぱいに使い、かつ軽巡洋艦の規定である6インチ砲を主砲としながらも、従来の「軽巡洋艦」の装備する主砲のほぼ倍に等しい15門程度を装備するというもので、いずれも条約型の「重巡洋艦」に撃ち負けない設計となっていました。

英海軍もこれらの両海軍の「潮流」を無視しきれず、ついには同様の主旨での巡洋艦設計に方針を転換してゆきます。

こうして、「タウン級(2代)」軽巡洋艦が誕生します。

 

タウン級軽巡洋艦

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 上述のように海外連邦領との通商路保護・警備に主眼をおいた「小型多数主義」から、一転して設計された大型軽巡洋艦の艦級です。

基本設計は条約制限いっぱいの1万トンの上限枠を配慮し、これも条約規定で軽巡洋艦の定義にあたる6インチ砲を多数そろえる、というものでした。

以下の3つのサブ・クラスを含んでいる、という解釈が一般的なようですが、一括りにする意味があるかどうかは・・・・「?」でしょうか。

サウサンプトン級」5隻

グロスター級」3隻

エジンバラ級」2隻

初代「タウン級」と同様に、艦名が全て英国の都市名に由来するところから「タウン級」の名称がつけられました。

 

サウザンプトン軽巡洋艦同型艦:5隻)

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(直上の写真は、「サウサンプトン級」軽巡洋艦の概観:144mm in 1:1250 by Neptune)

本級は「タウン級軽巡洋艦の第1グループとして5隻が建造されました。条約による軽巡洋艦保有枠の残(91000トン)を意識したため、9000トン級の船体(10隻の建造を予定していました)に6インチ3連装砲塔4基を搭載し、32ノットの速力を発揮する、という基本設計となっています。

これは「小型多数主義」で建造された「リアンダー級」に比べると、排水量で約3割大型、主砲数で1.5倍、速力はほぼ同等、という設計で、以降の英海軍の巡洋艦設計の原型となりました。

日米の同設計主旨の条約型軽巡洋艦の艦級と比べると、やや小ぶりで主砲搭載数が少ないですが、英国海軍の巡洋艦らしく優れた居住性・航洋性を持っていました。

 

第二次世界大戦中には航空機の発達に伴い主砲塔1基を対空兵装に換装するなど、改装が行われた艦もありました。

 

本級の「サウサンプトン」は地中海での船団護衛任務中にイタリア空軍の爆撃を受け大破し、その後味方魚雷で処分され失われました。

 

グロスター級軽巡洋艦同型艦:3隻)

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(直上の写真:「グロースター級」軽巡洋艦の概観 144mm in 1:1250 by Neptune) 

グロスター級」は「タウン級」の第2グループとして3隻が建造されました。第1グループである「サウサンプトン級」の装甲強化型であり、この強化に伴い、機関も見直され、速力は32.25ノットに向上しています。

装甲強化に伴い若干排水量が増えていますが、外観、装備配置等に前級と大差はありません。

 

(直下の写真:「サウサンプトン級」と「グロースター級」の比較。後橋の構造が少し大型化したことを除けば、ほとんど差異はありません。模型をどこまで信じるのか、という問題にもなりますが、Neptune社製ですので、多分、いいんじゃないかな?) 

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 同級の各艦は就役直後から地中海方面での船団護衛等に活躍しましたが、1941年に「グロスター」がドイツ空軍の爆撃で、1942年には「マンチェスター」がイタリア海軍の魚雷艇との交戦で失われました。

 

エディンバラ軽巡洋艦同型艦:2隻)

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(直上の写真:「エジンバラ級軽巡洋艦の概観 149mm in 1:1250 by Neptune) 

本級は「タウン級」第3グループとして2隻が建造されました。前級では船団護衛等の場面での対空兵装の強化が求められましたが、対空兵装の強化のために主砲塔1基を下さねばならないほど、設計に余裕がなかったため、同級では設計段階から艦形を拡大して対級兵装を強化しています。その結果、排水量は10000トンを超えました。

併せて機関配置を変更し、航空艤装を艦橋直後に移転し、煙突位置を後方にずらすことにより前方煙突からの煤煙の環境への流入を減らしています。

 

第二次世界大戦では、「エジンバラ」が船団護衛中にドイツ海軍のUボートに雷撃とその損傷後の回航途中の戦闘で失われています。

(下の写真は、「タウン級」の3サブ・クラスの比較。手前から「サウサンプトン級」「グロスター級」「エジンバラ級」の順。「エジンバラ級」の大きさと、煙突位置に注目)

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再び経済性への回帰

上述のように、日米の巡洋艦整備に刺激される形で大型巡洋艦の建造に方針転換した(せざるを得なかった?)英海軍でしたが、やはり英海軍の存在理由から来る「量」(隻数)への要求も軽くはなく、再び経済性を考慮した艦級の建造に回帰します。

それが次のご紹介する「クラウン・コロニー級」軽巡洋艦です。

 

クラウン・コロニー級軽巡洋艦同型艦:11隻)

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(直上の写真:「クラウン・コロニー級」の概観。135mm in 1:1250 by Neptune )

同級は、上記のような事情から、前傾の「タウン級」第1グループ、「サウサンプトン級」軽巡洋艦タイプシップとして、数を揃えるためにやや小型化した軽量版です。植民地名を艦名としたため、「クラウン・コロニー級(あるいは単に「コロニー級」)」と呼称されています。

軽量化のために艦型を少し小型化し、舷側装甲を軽減するなどしています。

(直下の写真は、速射性の高いMk XXIII 15.2cm(50口径)速射砲の3連装砲塔を4基搭載しています。)

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 後期型

大戦後期には、敵性水上艦の脅威がほとんどなくなり、変わって対空兵装の強化が求められました。これへの対応として3番主砲塔を対空兵装に換装する改装が行われましたが、後期に建造された3隻については最初から主砲塔を3基として対空兵装を強化した形で建造されました。このため前期型を「フィジー級」、後期型を「セイロン級」と呼ぶこともあります。

(下の写真は「「クラウン・コロニー級後期型」の概観)

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(下の写真は「「クラウン・コロニー級」前期型(手前)と後期型の比較:兵装配置の比較も併せて) 

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(上掲写真と同じく下の写真は「「クラウン・コロニー級」前期型(左)と後期型の主砲配置比較)  

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大戦中には、「フィジー」が1941年クレタ島近海でドイツ空軍の爆撃により、「トリニダード」が1942年にムルマンスク向けの船団護衛任務中にドイツ海軍の駆逐艦と交戦し損傷、イギリスへの回航途中にドイツ空軍の空襲で撃沈されました。

 

スウィフトシュア級軽巡洋艦同型艦:2隻)

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(残園ながら、モデルは未入手) 

本級は「クラウン・コロニー級」後期型軽巡洋艦タイプシップとして、レーダー等の発達のために有効性の減った航空艤装を廃止し対空兵装を強化した艦級です。

就役したのは大戦末期でした。

 

防空巡洋艦の整備

英海軍は第一次世界大戦後、航空機の発達による脅威の増大を予見して、旧式のC級軽巡洋艦の数隻の主砲を4インチ対空砲に換装し防空巡洋艦に改装します。

(これは、検索した限りどこにもそれらしい資料が見当たらないので、ここだけの筆者による憶測、ということにして欲しいのですが、ロンドン条約では軽巡洋艦の定義を「備砲、5.1インチ以上で6.1インチ以下」としています。主砲を4インチ(対空)砲とすることで軽巡洋艦保有枠の対象外、としたかったのではないかな?どこかで記述しましたが、英国はその広範な連邦領との通商路を保全するためには巡洋艦保有数として70隻必要、と試算していました。ところが条約で認められた保有枠はカテゴリーA(重巡洋艦)、カテゴリーB(軽巡洋艦)併せて34万トン余りで、単純に割り算すると、平均4850トンを切るサイズの船でないと数を賄えないことになってしまいます。さすがにこの時期に5000トン以下の巡洋艦は計画されていませんので、どうしても規定外の通商路保護のための艦船が必要だったのではないかと・・・。一方で前大戦で国力は疲弊しきっていて、既に旧式化していた第一次大戦期の巡洋艦を主砲換装で「軽巡洋艦」の規定枠外で有力な戦力化できる方法があるとすれば・・・。などと、妄想したりするのですが。まあ、これはその後の第二次大戦での航空優位の歴史を知る我々の「後知恵」による少々こじつけめいた憶測ですので、あまり他所で話さないでね。どこかに資料ないかな?)

 

C級軽巡洋艦防空巡洋艦への改装

C級軽巡洋艦のサブ・クラス「カレドン級」のうち1隻、「シアリーズ級」のうち3隻と「カーライル級」のうち4隻が、第二次世界大戦前には、早くも兵装を高角砲に換装し、防空巡洋艦として参加しています。主砲を全て高角砲に換装し、艦隊防空を担わせる専任艦種を整備する、という思想に、第二次世界大戦前に発想が至っていた、というのは「慧眼」というか、ある種、驚きですね。

同級で防空巡洋艦への改装を受けた3隻のうち「コベントリー(Coventry)」と「カーリュー(Curlew)」は4インチ単装高角砲(QF 4 inch Mk V gun)10基をその主兵装として改装されました。

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この両艦の防空巡洋艦改装時のモデルはArgonaut製のものが市販されていますが未入手です(Argonaut製のモデルはオーナー氏の他界により、希少化し高騰しています)。

キュラソー(Curacoa)」は4インチ連装高角砲(QF 4 inch Mk XVI gun)4基を主兵装として改装されました。

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今回はこの「キュラソー」をNavis製の「カーディフ(Cardiff) 」のモデルをベースにセミ・スクラッチしたものをご紹介。

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(上下の写真は、防空巡洋艦に改装後の「キュラソー(Curacoa)」:同級は3隻が防空巡洋艦に改装されていますが、「キュラソー」が改装時期が最も遅く、他の2艦が4インチ単装高角砲(QF 4 inch Mk V gun)10基を搭載していたのに対し、同艦のみ4インチ連装高角砲(QF 4 inch Mk XVI gun)を4基搭載しています。外見的には同艦が最も防空巡洋艦らしいのではないかな、と筆者は考えています。1番砲、3番砲、4番砲、5番砲が連装高角砲に換装されました。艦橋前の2番砲座にはポンポン砲が設置されました):本稿前回でご紹介した「キュラソー」のセミ・スクラッチ・モデルで他もモデルから転用した4インチ連装高角砲(QF 4 inch Mk XVI gun)のパーツがやや大味な気がしていたので、より再現性が高い(と筆者が勝手に判断した)パーツに置き換えてみました。

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防空巡洋艦として就役した3隻はいずれも大戦中に失われています。

 

「カレドン級」防空巡洋艦への改装(架空艦の制作)

「カレドン級」軽巡洋艦第二次世界大戦にも船団護衛等の任務で運用されました。中でもネームシップの「カレドン」は艦容が全く変わってしまうほどの改装を受けるのですが、残念ながらモデルが筆者の知る限りありません。(どこかで製作してみようかな。ちょっと改装範囲が大きいので、しっかり準備が必要です)

同級の他の艦はあまり改装を受けず、原型に近い状態で任務についたのですが、「もし、防空巡洋艦に改装されていたとしたら」と言ういわゆる「if艦」を作成してみました。

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(直上の写真:「カリドク(Caradoc)」の防空巡洋艦改装後の姿(下記に記述したように、多分、改装計画のスケッチのみのいわゆる「If艦」で実在しませんのでご注意を。))

(下の写真:同級4番艦「カリドク(Caradoc)」の防空巡洋艦改装案のスケッチはみたことがあるので、手持ちのNavis製「カリプソ(Calypso)」をベースに、スケッチを参考にし、少し兵装過多のような気がしたので、兵装を軽くして製作してみました:艦橋前、1番砲座に4インチ連装高角砲(QF 4 inch Mk XVI gun)を設置(上段)、2番砲座、3番砲座の位置にポンポン砲を設置(中段)、4番砲座と5番砲座に4インチ連装高角砲(QF 4 inch Mk XVI gun)を(下段):スケッチでは2番砲座も連装高角砲に換装、となっていたと記憶します):実は、上で紹介した「キュラソー」のセミ・スクラッチ・モデル同様に、4インチ連装高角砲(QF 4 inch Mk XVI gun)のパーツを再現性の高いものに置き換えてみています。筆者の自己満足。

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この改装に一定の価値を見出した英海軍は、防空専任艦を設計します。これが次にご紹介する「ダイドー級防空巡洋艦と「ベローナ級」防空巡洋艦です。

 

ダイドー級軽巡洋艦同型艦:11隻)

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(直上の写真:「ダイドー級」の概観。125mm in 1:1250 by Neptune )

 本級は「アリシューザ級」軽巡洋艦の設計をベースにした5500トン級の船体に新開発の5.25インチ両用砲を連装砲塔形式で5基搭載しています。

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本級の種兵装として採用された5.25インチ両用砲は、その名の通り対空戦闘と対艦戦闘の双方に適応することを目的に開発され、砲塔形式の異なるタイプが新型戦艦「キング・ジョージV世級」等にも従来の副砲に代わる兵装として搭載されています。しかし、本級は対空戦闘に重点を置き設計された艦であったにもかかわらず、結果的には対艦戦闘への適応から弾体にある程度の重量が必要で、このことが対空射撃時の発射速度の低下を招き、高速化の著しい航空機に対する対応力を低下させてしまうという結果を招き、必ずしも当初の目的のためには成功作であるとは言えない結果となりました。

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(直上の写真:「ダイドー級」の兵装配置の拡大。5.25インチ両用砲塔の配置に注目)

 

併せて砲塔の生産が間に合わず、第1グループとして建造された3隻は5.25インチ連装砲塔4基と4インチ単装対空砲1基の装備で就役せざるを得ませんでした、第2グループ6隻はようやく連装砲塔5基を装備して就役しました。定数の砲塔5基を装備できた艦は同級11隻中6隻にすぎず、第3グループ2隻は、空母「イラストリアス」等で実績のあった4.5インチ対空連装砲を4基搭載して完成されました。

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ダイドー級4.5インチ対空砲装備型

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(「ダイドー級4.5インチ対空砲装備型」の概観:by Argonaut:やはり主砲がやや弱々しく見えませんか?) 

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(直上の写真は、「ダイドー級4.5インチ対空砲装備型」(左列)と「ダイドー級5.25インチ両用砲装備型」の対比。武装の違いだけながら、かなり細部の造作が異なることがよくわかりますね。大きくは両用砲が砲塔になっているのに対し、高角砲が防盾仕様になっているところから差異が出てくるのでしょうね)

 

結局、この両艦「カリブディス(HMS Chrybdis)」「シラ(HMS Scylla)」は、巡洋艦とは言いながら駆逐艦並みの火力で就役せねばならなかったわけです。

 

大戦では主に地中海方面運用されることが多く、11隻中4隻が戦没しています。 

 

 

ベローナ級軽巡洋艦同型艦:5隻)

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(直上の写真:「ベローナ級」の概観。125mm in 1:1250 by Neptune )

本級は「ダイドー級」の改良型で、設計段階から5.25インチ両用連装砲4基として、撤去された3番砲塔(Q砲塔)跡に40mm4連装ポンポン砲を追加して近接防御砲を2基から3基に強化しています。両用砲塔をポンポン砲に置き換えたことで、艦橋構造が一層低くなり、砲塔の撤去と併せて低重心化しています。

また対空火器をレーダー・コントロールとして対空戦闘能力を強化しています。

ダイドー級」ではやや後方に傾斜していた煙突とマストが直立し、上記の上部構造の低重心化と併せて「腰高感」の否めなかった外観が改善されています。


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(直上の写真:「ベローナ級」の兵装配置の拡大 )

 

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(直上の写真:「ダイドー級」と「ベローナ級」の比較。煙突とマストの角度の違いに注目)

同級の「スパルタン」は1944年1月、アンツィオ上陸作戦支援中にドイツ空軍の放った誘導爆弾(Hs 293:いわゆる対艦ミサイルのはしり、ですね)により撃沈されました。

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ということで、ようや英海軍の第二次世界大戦期の軽巡洋艦の系譜をご紹介しました。

少々乱暴にまとめれば「質」と「量」のバランスに葛藤した開発史という見方で見ていただけると、興味深いかも、と考えます。

結局、英海軍は、第二次世界大戦終了までに、英連邦諸国海軍や亡命政権海軍への供与も含め、軽巡洋艦35隻、防空巡洋艦16隻、重巡洋艦15隻 計66隻の巡洋艦を投入し、さらに第一次世界大戦期の旧式巡洋艦26隻(C級13隻、D級8隻、E級2隻、ホーキンス級3隻)を運用し、軽巡洋艦11隻、防空巡洋艦5隻、重巡洋艦5隻、第一次世界大戦型8隻、計29隻の戦没艦を出しながら、「通商路保護のために必要な巡洋艦70隻」をなんとかクリアしました。

取り敢えず今回はここまで。

 

次回は、「第一次世界大戦期の英国海軍、軽巡洋艦」の未入手艦の何隻かが到着しています。併せてRhenania社から、スウェーデン海軍の駆逐艦も到着しています。その辺りのご紹介でもと、検討中です。

もし、「こんな企画できるか?」のようなアイディアがあれば、是非、お知らせください。

 

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