相州の、1:1250スケール艦船模型ブログ 主力艦の変遷を追って

1:1250スケールの艦船模型コレクションをご紹介。実在艦から未成艦、架空艦まで、系統的な紹介を目指します。

Neptune版:第二次世界大戦下のドイツ海軍駆逐艦、水雷艇(再録:追加コラムあり)

今回は、つい最近アップしたばかりの「第二次世界大戦期のドイツ海軍駆逐艦水雷艇」の再録です。

今回はそういうお話。

ですので「本文はもういいや」という方、確かに修正箇所はそれほどたくさんはないので、この直下の「言い訳」のセクションと、本文は写真だけパラパラっと見て、でも一番最後に、多分、「ちょっと面白い」と思ってもらえるんじゃないかな、と思うRhenania社オーナー氏との対話の紹介があるので、そこだけは読んでいってもらえると嬉しいなあ(と、これは筆者の「心の声」です)。

 

脱稿から間もない「回」にも関わらず「再録」の言い訳と、艦船模型のコレクションについて

基本的に筆者のコレクションでは、主としてディテイルの確かさから、Neptune社製のモデルを中心に(第二次世界大戦以前の艦船はNavisのブランド名で展開されています)、これを補完する狙いで同様に再現精度の高い(と筆者が勝手に評価している) Argonaut社、Hai社、Mercator社を中心にご紹介してきています。最近のSwedenコレクションではこれに新たに(以前から実は時々顔を出してはいたのですが)Rhenania社製のモデルもこのラインに加わってきています。

更に、主としてこれに筆者のお財布事情が加わり、かつIf艦、未成艦のラインナップの豊富さと、筆者による加工のしやすさなどの観点から、Shapewaysなどで入手可能な3D printing modelがかなりウエイトを高めてきています。

 

そのような一般的な背景の中で、実は第二次世界大戦期のドイツ艦艇は、種々の事情から(価格も含めたモデルの入手しやすさ、が一番大きいかな)、Hansa社のモデルで統一されて来ています。(Hansa社製のモデルはebayで比較的安価で出品されていて、特にドイツ海軍艦艇のコレクションに手厚いラインナップを誇っています)

という事情で、コレクションのドイツ海軍艦艇にはNeptune社製のモデルがほとんどなく、これまであまり気にしてこなかったのですが、実は本稿で表題の「第二次世界大戦期のドイツ海軍駆逐艦水雷艇」を脱稿した際に、唯一コレクションに入っていたNetune社製の「Z17  級」のモデルをHansa社製のモデルと並べてしまったのでした。やはり細部の再現性、それと、実は全体の「大柄さ」の方が気になってしまったのでした。

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(上段:Hansa社製「Z17級」駆逐艦と下段:Neptune社製「Z17級」駆逐艦。「気にしない」はずが、気になると、何とも・・・。困ったことです)

ということで、急遽、Neptune社製のモデルを調達、ほぼその入れ替えが完了しましたので、模型の写真を入れ替えて、再録、とさせていただきます。(本文は前回投稿のものを使用してゆきますが、若干、細部に手を入れてゆきます)

 

ドイツ海軍の駆逐艦水雷艇

第一次世界大戦敗戦後、ドイツはベルサイユ条約により海軍軍備に大きな制限を受けます。具体的には、駆逐艦は800トン以下に排水量制限が設けられ予備艦4隻を含め16隻、水雷艇は200トン以下の排水量のものを、やはり予備艦4隻を含め16隻という保有制限でした。加えて艦齢15年を越える場合にのみ代艦建造が認められていました。

こうした厳しい制限下で、ドイツ海軍は、特に大型戦闘艦の分野ではこの制約を逆手に取ったような「ポケット戦艦」などの新機軸の新造艦を建造し始めました。

 

ヴェルサイユ条約の制約下での新造駆逐艦

1923年の建艦計画から、旧式駆逐艦の代艦の建造計画が始動し始めます。この流れは1924年度の建艦計画でも継続し、併せて12隻の駆逐艦の代艦建造が始められました。

 

1923年型水雷艇同型艦6隻)1924年水雷艇同型艦6隻)

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(「1923年級」水雷艇の概観:73mm in 1:1250 by Neptune)  

両級合わせて12隻が1926年から1929年にかけて就役しました。

就役当初は、前出のベルサイユ条約の制約から駆逐艦に分類されていました。

公称800トン(実際には900トンを少し超えていました)の制限いっぱいの船体を持ち、4インチ砲3基と500mm三連装発射管2基を搭載し、33ノットの速力を発揮することができました。このスペックは例えば本稿前回でご紹介したスウェーデン海軍の「エレンスコルド級駆逐艦(1927年就役)にほぼ準じるもので、同じクラスの艦級と比較して見劣りするものでありませんでしたが、列強の駆逐艦の標準は1500トンクラスに移行しており、これらと比較すると「格下」の感は否めませんでした。「1924年型」ではこれらに対するせめてもの対策として、主砲口径を4インチから5インチに拡大する設計が盛り込まれたようですが、連合国の反対にあって4インチ砲の実装となりました。

 

ナチス政権の台頭後、1935年にドイツは再軍備を宣言、同年には英独海軍協定が結ばれ、実質上、ベルサイユ条約の制限下から解き放たれました。この結果建造されることとなった2000トン級の船体を持つ「1934年級」駆逐艦(後述)の誕生とともに、同級は水雷艇に艦種変更されました。同時期に搭載魚雷の口径を21インチに拡大し、対空兵装の増設を行うなど、兵装強化が実行されました。

第二次世界大戦期には、同級に続けて建造された後述する新型「水雷艇」の艦級(800トン級、1200トン級)とともに、護衛任務、機雷戦任務等に、使い勝手の良い汎用艦として活躍しました。

第二次世界大戦前に僚艦との衝突事故で沈没した1隻を除き、残り11隻全てが第二次世界大戦中に失われました。

 

ドイツ再軍備宣言後、英独海軍協定後の駆逐艦

「Z1級:1934級」駆逐艦同型艦4隻)

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(「Z1級」駆逐艦の概観:95mm in 1:1250 by Neptune) 

同級は前述のドイツ最軍備宣言、英独海軍協定の締結を経て、それまでのベルサイユ条約の制限を脱した艦級として新たに建造されました。

それまでドイツの駆逐艦は800トンの排水量制限を受けていましたが、同級は同時期にフランスやポーランドが整備中であった大型駆逐艦に対抗するため、いきなり2200トン級の大きな船体を与えられています。

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搭載兵装は、5インチ単装砲5基と21インチ4連装魚雷発射管2基と標準的で、36ノットの速力を有していました。しかし搭載した新型の高圧ボイラー等の機関の整備が難しいなど、課題が見つかったため、4隻で建造が打ち切られ、改良型の後述の「Z5級」に建造は移行しました。

4隻中3隻が第二次世界大戦で失われ、生き残った一隻は英国に賠償艦として移譲されました。

 

「Z5級:1934A級」駆逐艦同型艦12隻)

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(「Z5級」駆逐艦の概観:96mm in 1:1250 by Neptune) 

 前出の「Z1級」駆逐艦の改良型で、12隻が建造されました。

前級で課題のあった機関に改良が加えられ、併せて凌波性を改善するために船首楼を若干高くするなど設計に手が入れられ、結果やや船体が大きくなり、速力も38ノットに向上しています。一方兵装とその配置はほぼ前級を踏襲しています。

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(「Z1級」(左)と「Z5級」の比較。船首楼の高さ、ほとんどこれではわかりませんね(笑))

第二次世界大戦では12隻中7隻が失われ、残りの5隻は賠償艦として連合国に引き渡されました。

 

「Z 17級:1936級」駆逐艦同型艦6隻) 

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(「Z17級」駆逐艦の概観:97mm in 1:1250 by Neptune) 

 同級は前級「Z5級」の改良型で、若干船体が大きくなっています。外見的には煙突が低くなる、後檣の位置の変更、艦首形状の変更などが見られます。兵装は前級に準じています。

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(「Z5級」と「Z 17級」(右列)の比較。船首楼の形状、煙突の高さ、後檣の位置、など相違点が見受けられます)

6隻が建造され、5隻が1940年4月の第二次ナルヴィク海戦で失われました。生き残った一隻は第二次世界大戦を戦い抜き、戦後、賠償艦としてソ連に引き渡されました。

 

 

さて、ドイツ駆逐艦を語る際に、やはりナルヴィク攻略戦での活躍と悲劇を紹介しないわけにはいかないかな、と。 

ナルヴィク攻略戦 :ドイツ駆逐艦の墓場

1940年4月、ドイツはノルウェー侵攻を開始します。(ウェーゼル演習作戦)

ノルウェーの北極圏に位置するナルヴィクはオーフォートフィヨルドの最深部に位置し、北大西洋海流に影響されて冬季でも利用可能な不凍港でした。ドイツは鉄鉱石の多くをスウェーデンから供給されていましたが、そのボスニア海に面した積み出し港が冬季には凍結するため、ナルヴィクはその搬出ルートとして大変重要でした。

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侵攻戦の一環として、ドイツはエデュアルト・ディートルの指揮する山岳猟兵連隊を基幹とする精鋭部隊約2000名を、当時22隻しか保有していなかった駆逐艦のうち10隻を割いてナルヴィクに直接送り込みました。

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この際に陸兵輸送に使用された駆逐艦は、Z1級1隻、Z5級4隻、Z17級5隻でした。

当時ナルヴィク港にはノルウェー海軍の主力ともいうべきノルゲ級海防戦艦2隻が守備についていて、侵入するドイツ駆逐艦に対し砲撃を加えましたが、両艦共にドイツ駆逐艦の魚雷で撃沈され、ドイツ軍山岳猟兵連隊は無事に上陸を果たし、ナルヴィクを無血占領しました。

ノルゲ級海防戦艦

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ノルウェー海軍「ノルゲ級」海防戦艦の概観:75mm in 1:1250 by C.O.B. Constructs and Miniature: 3D printing modelです)  

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 3500トン級の船体に21cm単装砲2基と15cm単装砲6基を搭載するノルウェー海軍の保有する最大最強の海防戦艦です。ああ、こんなところで「脇道探索」の海防戦艦コレクションが役に立つとは・・・。

 

第一次ナルヴィク海戦

陸兵を下ろしたドイツ駆逐艦部隊は、帰途につくために燃料補給を行いますが、給油船の手配に齟齬があり、予定より時間を要してしまいました。

その間に、イギリス海軍のH級駆逐艦5隻からなる駆逐艦部隊がオーフォートフィヨルドに侵入し、ドイツ艦隊を奇襲しました。ドイツ駆逐艦もこれに反撃し、双方2隻づつの駆逐艦を失いました。規模としては小さな戦闘でしたが、双方の指揮官が戦死するなど、狭い海面での激戦だったと言えるでしょう(第一次ナルヴィク海戦:1940年4月9日)。

この戦闘の結果、ドイツ駆逐艦部隊は2隻の損失の他4隻が損傷を受け、損傷のない4隻は給油を受けていない状況で帰途につける状態ではありませんでした。

「H級」駆逐艦

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(「H級」駆逐艦とほぼ同等の外観を持つ「G級」駆逐艦の概観:79mm in 1:1250 by Neptune: そして直下の写真は、「G級」と「I級」駆逐艦の艦橋のアップ。「H級」の艦橋は下の「I級」の方が近い形状をしているかもしれません。こうして整理するまで、実は「H級」のモデルが手元にないことに気がつきませんでした。やれやれ) 

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第二次ナルヴィク海戦

4月13日、戦艦「ウォースパイト」と「トライバル級駆逐艦を中心に9隻の駆逐艦で構成された英艦隊がオーフォートフィヨルドに再び侵入し、ドイツ駆逐艦部隊と交戦しました。

戦艦「ウォースパイト」

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(「クイーン・エリザベス級」戦艦の1942近代化改装後: 32,930t, 23knot, 15in *2*4, 5 ships,154mm in 1:1250: 戦艦「ウォースパイト」は第一次世界大戦中に建造された「クイーン・エリザベス」級の一隻で、数次改装を経たとは言え、第二次世界大戦期にはすでにロートル艦と言っても良い艦齢でした。しかし大戦中には八面六臂ともいえる活躍をし、多くの識者から「大戦中の最優秀戦歴戦艦」の呼び声が高い船ですね。 日本海軍でも最も活躍した「金剛級」の4隻もやはり主力艦中の最旧式艦であり、旧式艦ならでは、物惜しみされずいろいろな戦場に投入される、ということなのかもしれません。

ナルヴィクでの戦闘でもフィヨルド外まで「ウォースパイト」と同行していた「レナウン」は、その稀な高速性からオーフォートフィヨルドの狭い海面での戦闘での不測の事態を懸念して温存方針が出され、フィヨルド侵入戦に投入されませんでした。

 

トライバル級駆逐艦

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 (直上の写真:「トライバル級駆逐艦の概観。91mm in 1:1250 by Neptune

イギリス海軍第一次世界大戦後新たな設計のもとで1920年代以降建造してきた一連の駆逐艦の集大成というべき艦級で、駆逐艦部隊の旗艦として巡洋艦の代替も出来る様に設計された大型駆逐艦です。1900トンクラスの船体を持ち、これに12cm連装砲4基、53.3cm4連装魚雷発射管1基を搭載し、36.5ノットの速力を発揮しました。

 

4隻の損傷艦と初期の侵攻戦と第一次海戦で弾薬の欠乏したドイツ駆逐艦部隊は次第に追いつめられ、最終的には10隻全てが失われました。英艦隊は駆逐艦3隻が損傷しました。

冒頭にも記述しましたが、当時ドイツ海軍は駆逐艦を22隻しか保有しておらず、そのうち10隻が一気に失われたことは大打撃でした。

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直上の写真は、ドイツ海軍の「Z17級」駆逐艦(左)と英海軍の「トライバル級」(中央)、「G級」(右)の大きさ比較。かなりドイツの駆逐艦が大きいことがわかります。Neptune社製モデル同士の比較なので、ほぼ見た目通りと思っていただければ)

 

その後、ナルヴィクを巡ってはノルウェー軍とそれを支援するイギリス軍、フランス軍ポーランド軍部隊により、5月ナルヴィクは奪還され、ドイツ陸軍の山岳猟兵部隊は周辺の山地に追いやられましたが、結局、フランスでの英仏軍の敗北により、連合軍は撤退を決定し、ドイツ軍が再度占領することとなりました。

 

「Z 23級:1936A級」駆逐艦同型艦前後期型あわせて15隻)

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(「Z23級」駆逐艦の概観:101mm in 1:1250 by Neptune)  

 同級では搭載主砲の大口径化が行われています。具体的にはそれまでの5インチ単装砲5基搭載という標準的な駆逐艦の主砲兵装を、軽巡洋艦並の150mm単装砲4基に搭載口径を強化し、それに伴い船体がさらに大型化しました。前期型・後期型(「Z31級」とされる場合もあります)併せて15隻が建造されました。

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 (直上の写真:「Z23級」(奥)と前級である「Z17級」の比較。主砲口径の違いに加え、クリッパー型の艦首形状に変更されていることがわかります。この巻首形状は、順次、「Z17級」にも取り入れられました) 

 

主砲搭載の形式については、設計当初では艦首部に150mm連装砲塔を搭載し、後檣周辺に単装砲3基、計5門の搭載とする予定でしたが、連装砲塔の製造が間に合わず、初期型の8隻は単装砲4基搭載で建造され、後に4隻が連装砲塔に換装しています。

 (直下の写真:「Z23級」の特徴である150mm砲の配置のアップ。前期型では連装砲塔の生産が間に合わず、艦首部に単装砲1基と艦尾部に3基の配置となっています) 

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「Z23級」駆逐艦後期型

後期型7隻は建造時から艦首には連装砲塔を搭載していました。

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(「Z 23級後期型=Z31級」駆逐艦の概観:101mm in 1:1250 by Neptune: 直下の写真では、「後期型」の最大の特徴である艦首部の連装砲塔のアップをご覧いただけます)  

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第二次世界大戦で前期型・後期型併せて15隻中6隻が先頭で失われ、残り9隻は賠償艦として連合国に引き渡されました。

 

150mm砲の話

砲力強化を狙い採用された150mm主砲でしたが、小型の駆逐艦には負担が大きく、連装砲塔の重量(単装砲の3倍:60トン)による艦首浮力の低下と凌波性の悪化、砲弾重量の増加に伴う射撃速度の低下(装弾等は人力で行われたようです)と主戦場の北海等の荒れる海での運用の困難さ等から、主砲口径の大きさの有利さを活かすことができず、次級では再び5インチ主砲に戻されました。

 

駆逐艦の艦名の話

同級から駆逐艦の艦名はZ(Zerstorer)の「駆逐艦艦種記号」と番号の組み合わせのみで表記されることとなりました。ちなみに同級以前の駆逐艦には第一次世界大戦で戦死したドイツ帝国海軍軍人の名前が与えられていました。

 

「Z 35級:1936B級」駆逐艦同型艦3隻 建造途中2隻)

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(「Z35級」駆逐艦の概観:102mm in 1:1250 by Neptune:  直下の写真:「Z35級」の主砲。「Z35級」では不評だった前級の150mm主砲を再び4インチ砲に変更しています)  

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 ナチス・ドイツ海軍が建造した最後の駆逐艦の艦級です。

 前級で採用した150mm主砲が、課題のみ多く、大口径の有利さを発揮できないことが明確になったため、主砲は同級では5インチ砲に戻されています。

主砲口径を除いては、基本的には前級「Z23級」を継承しており、5隻の建造が計画されていましたが、うち3隻が就役、残りの2隻は敗戦のためそのままスクラップにされました。

就役した3隻は2隻が自軍機雷で失われ、残る1隻も敗戦時に自沈しています。

(下の写真は、第二次世界大戦期に投入されたドイツ海軍の駆逐艦の形式の一覧。手前から、「Z1級」「Z5級」「Z17級」「Z23級前期型」「Z23級後期型」「Z35球」の順)

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水雷艇

「T1級:1935級」「T13級:1937級」水雷艇同型艦21隻)

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 同級は前級にあたる「1923年級」水雷艇が、前述のように本来はベルサイユ条約の制限下での代艦駆逐艦として設計されたのに対し、ロンドン条約での駆逐艦の定義から逃れるために制限外の600トン級の船体の「水雷艇」として設計されました。結果両者は、最終的には同じような大きさとなりましたが、そのため全く異なる外観を持つ艦級となりました。

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(「T1級」水雷艇の概観:66mm in 1:1250 by Neptune) 

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(直上の写真は、「T1級」から始まる新水雷艇のシリーズの特徴的な兵装配置。主砲は艦尾に4インチ砲を1基のみ搭載し、主兵装が魚雷であることがよくわかります。後々、この砲兵装の弱さは課題となってゆきます。しかし意欲的な設計であることは伝わってきますよね)

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(「T13級」水雷艇の概観:68mm in 1:1250 by Neptune: 艦首部にバウチェイサーと言われる機関砲を搭載し砲力を少し強化しています) 

 同級の主兵装は21インチ三連装魚雷発射管2基で、砲兵装は艦尾に4インチ単装砲1基を搭載するのみで、他には機関砲しか搭載しておらず、このクラスの艦種に期待される警備活動や、船団護衛、機雷戦等の用途には少し物足りない結果となりました。

800トン級の船体を持ち、35ノットの速力を発揮することができました。

「T13級」はやや船体を大型化して航続距離等を伸ばしていますが、基本的な兵装等には大きな差異はありませんでした。

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(「T1級」(手前)と「T13級」の比較:直下の写真では艦首形状の違いやボートダビッドの形状の違いなどをみていただければ。上が「T1級」)
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「T1級」「T13級」あわせて21隻が建造されましたが、12隻が戦没しています。

 

「T22級:1939級」水雷艇同型艦15隻) 

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(「T22級」水雷艇の概観:81mm in 1:1250 by Neptune:  直下の写真では、「T22級」の特徴的な主砲配置。前級で課題であった砲兵装の弱点を各段に強化し、汎用性の高い小型駆逐艦を実現しました)

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 「同級」は前級「T1級・T13 級」が砲兵装に課題があったことを踏まえ、砲兵装を著しく強化した設計となりました。1200トン級の船体を持ち32.5ノットの速力を発揮しました。前級から飛躍的に大きくなった船体に4インチ単装砲を4基搭載し、21インチ三連装魚雷発射管2基を搭載しています。大型化した船体に各種の機関砲等も搭載し火力が強化され、小型駆逐艦としての汎用性が向上しています。

 

15隻が建造され、11隻が戦没しています。

 

(直下の写真:ドイツ海軍の水雷艇の諸形式を一覧で。手前から「1923級」「T1級」「T 13級」「T 22級」の順。こうして一覧すると、改めて「1923級」と「T22級」は小型駆逐艦としての性格が顕著で、「T1級」「T3級」では警備艦的な性格が期待されていることが、よくわかります)

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ちょっとおまけで、

Sボート:高速戦闘艇

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(直上の写真:「Sボート」前期型(左:26mm)中期型(中央:28mm)後期型(右: 29mm)の概観比較: 下の写真では概観の最大の違いである魚雷発射管の装備形態の比較:上から前期型、中期型、後期型の順)
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ドイツ海軍は「Sボート」の呼称で知られる高速戦闘艇を多数戦闘に投入しています。2基の魚雷発射管を搭載し、予備魚雷も含め4本程度(一部は予備魚雷なし)の魚雷を搭載しこれを主兵器としているところから、魚雷艇と分類されています。主兵装の魚雷以外に複数の機関砲を搭載しており、後期型になる程、重武装化が進んでゆきます。

連合国の魚雷艇に比べ、船体が100トン程度と概ね大きく(連合国の代表的なPTボート「エルコ80フィート級」は51トン)、40ノット程度の速力を出すことができました。特に後期型は魚雷発射管が船首楼内に格納され、凌波性、航洋性が優れていました。

形式には各種ありますが、外見的には艦首の魚雷発射管を露出している前期型と、魚雷発射管を船首楼に格納した中期型(S-30型)、船体を延長して機関砲を増強した後期型( S-26型、S-100型)に大分類ができるでしょう。

「Sボート」は247隻(?)が建造され、沿岸哨戒や警備活動のほか、船団護衛、あるいは通商破壊戦、 機雷敷設など幅広い目的で運用され、第二次世界大戦期間中を通じ、水上戦闘による戦果21万トン、機雷戦による戦果15万トン、計36万トンの戦果をあげました

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ということで今回は第二次世界大戦期のドイツ海軍艦艇で紹介できていなかった「駆逐艦水雷艇」そしておまけで「Sボート」をご紹介しました。

 

再びコレクションと模型ブランドの話

ということで、今回はこれまでHansa製モデルで揃えて来たドイツ海軍艦艇のコレクションを、駆逐艦に限りNeptune社製に置き換えてみた、という話でした。

ほとんど自己満足の世界なのですが、では、他のコレクションはこのままでいいのか、ということにも少し触れておいた方がいいかも。

下の写真は原則Hansa製で揃っているドイツ海軍艦艇のうちで、Neptunes社製のモデルも保有している大型艦の比較、2点です。

 

まず「ビスマルク級」戦艦:上段がHansa製モデル、下段がNeptune社製です。

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次が軽巡洋艦ニュルンベルグ」:同じく上段がHansa製モデル、下段がNeptune社製です。

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そして両艦の上からの比較:上がいずれもHansa製、下がNeptune社製です。

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こうして比較すると、全体のサイズやプロポーションには目立つほどの大差がありませんが、あえていうならば、エッジなどのシャープさには差が見られます。更に、主砲や副砲、更に対空火器等、武装パーツの造作に顕著に差が現れています。

さて、この差と価格差を天秤にかける訳ですが、3倍から4倍(最小でも2倍)の調達価格と見合うかどうか。これは難しい。

・・・ということで、このリプレイスは駆逐艦のみで止め、大型艦のコレクションはそのままにする、というのが、当面の結論です。(と言いながら、実はebayでNeptune社製のポケット戦艦のモデルに入札していたりします。当面、というのはそういうことなので、多分、チャンスがあれば次第に置き換えてゆく、ということなんでしょうね。「なんか他人事みたいに聞こえるけど」と言われそうですが、まあ現実は、お財布事情も関わってくるし、他にもコレクションしなきゃね。そんなところです)

Neptune(Navisを含む), Argonaut(オーナーが亡くなられて、新作も追加ロットも製作される予定がないようですので、流通数がますます少なくなり、中古市場でも同社のモデルが高騰しています:これはあとでご登場いただくRhenaniaオーナー氏からの情報), Hai, Mercator, そしてこれに最近コンタクトのあるRhenania、この辺りが筆者にとって、Tier 1の模型ブランド、ということになるかと思います。まあ、できるだけこの辺りに集約してゆく、そういうことになりそうです。

**上記の筆者の「Tier 1ブランド」は、明治期から第二次世界大戦にかけての艦船モデルについてのことで、現用艦船や商船を入れると少し事情は違ってくるとは思います。

 

そしてRhenaniaオーナー氏との対話

本稿の読者の方ならば、最近、筆者がRhenania社のオーナー氏と、スウェーデン海軍の艦艇を巡って密にコンタクトを始めていることにお気づきかもしれません。対話の主題であったスウェーデン海軍駆逐艦の同社のモデルは、先週、発送されたとの連絡をもらいましたので、月内には手元に届くことになると思います。モデルについては、改めてまたご紹介するとして、今回は、そのやり取りの中でちょっと面白い話を。

 

3D printing modelにひと言

まず、オーナー氏から「ところで、どうしてスウェーデン海軍なの?」と質問をいただき、「次は、日本ではあまりメジャーじゃない1:1250スケールの艦船モデルのコレクションの紹介のブログやっていて、今の興味領域がスウェーデン海軍なんです」と。「日本語しかないけど」と、ちょっと調子に乗って本稿のリンクをお送りしました。

すると、筆者のブログでShapewaysのモデルをたくさん紹介していることが、少しお気に召さなかったご様子。仰りたいことは「1:1250スケールのモデルのためには、質の良いものを揃えて紹介してよ。NeptuneとかAugonautとか。そうすると1:700スケールよりも優れていることも、ちゃんと認識してもらえるんじゃないのかな」ということのようです。どうやら、ごく一部を除いては、あまり3D printing modelを評価していらっしゃらないように見受け、それが1:1250スケール全体の基盤を損なうんじゃないか、ということのようです。

 

「私のモデルに手を入れると言うのかね・・・」

併せて、そもそも、この方とコンタクトを取る発端となったスウェーデン駆逐艦「Klas Horn級」については、オーナー氏のTo Doリストにはあるものの、モデルはまだないとのことで、であれば筆者の方針としては「近しいモデルから捻り出す」という方針ですので、モデルがないのであれば、近いのは「Ehrenskjold級」なので、このモデルの在庫をお尋ねし「これをベースにセミ・スクラッチしてみようと思うんですが」と申し出ました。すると「確かに似ているかもね。でも、私のブランド名では出して欲しくない。いずれは作るから」とのこと。これまでいろいろなモデルのオーナーにコンタクトして、こんなふうに触っちゃいましたよ、と紹介すると大抵は「おお、楽しんでくれて嬉しいなあ」という反応だったので、ちょっとびっくり。

とはいえ、快くモデルは売ってくださるようなので、筆者としては「不快」とかそういうことでは、全くもってないのですが、要は相当、ご自身の品質に対してこだわりを持っていらっしゃる、ということろに妙に感銘を受けてしまいました。本家「クラフトマンシップ」という感じでしょうか?

筆者にとっては確かに「週末の趣味」なんですが、彼は「プロ」なんですよね。失礼のないように、楽しませていただこうっと。

 

Rhenaniaというブランドネームについて

もう一つRhenaniaというブランドネームについて伺ってみました。すると「ライン川のローマ時代の名前からもらったブランドネームなんだよ。すぐ近くなんだよ。RHENUS =RHEIN=Rhine in English」という丁寧な解説付きのお答え。確かに本稿でも下記のリンクの回でRhenania社のアドレスがライン川にほど近い場所にあることを機載していましたね。

何とも素敵な名前ですね。

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ということで、実はRhenania社への発注第二弾も済ませました。何と航空巡洋艦「ゴトランド=Gotland」と例の駆逐艦、という組み合わせです。Gotlandはオーナー氏からのお勧めで、もしかすると本稿の3Dモデルのクオリティに対する危惧もあるのかも。「Gotlandには搭載機があった方がいいから、なんか探してあげるよ」という親切なお言葉も。

こういうお付き合いは大事にしてゆきたい。

 

ということで、今回はここまで。

 

来週は、新着モデルがいくつかあるはず。そのご紹介か、あるいは、フランス海軍の第二次世界大戦期の巡洋艦のご紹介の準備がほぼ整ったので、その辺りを。

 もし、「こんな企画できるか?」のようなアイディアがあれば、是非、お知らせください。

 

模型に関するご質問等は、いつでも大歓迎です。

特に「if艦」のアイディアなど、大歓迎です。作れるかどうかは保証しませんが。併せて「if艦」については、皆さんのストーリー案などお聞かせいただくと、もしかすると関連する艦船模型なども交えてご紹介できるかも。

もちろん本稿でとりあげた艦船模型以外のことでも、大歓迎です。

お気軽にお問い合わせ、修正情報、追加情報などお知らせください。

 

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